社会の不安定期における自閉症スペクトラムのある子・大人の支援 (内山 登紀夫 精神科医)#つながれない社会のなかで心のつながりを
いまこそ、原則的な考え方を大切に
私が自閉症スペクトラムの臨床で大切にしているフレームワークの一つにSPELLがある。Structure(構造), Positive(肯定的に), Empathy(共感), Low Arousal(穏やかな対応), Links(繋がり)の5つの頭文字で構成されている。詳細はこちらをみて欲しい。この原則は今のような不安の時代でも同じである。いや、むしろ平時より、一層強調しなければならない。
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1. 非常時、思い通りにいかないStructure(構造)
Strucuture(構造)は非常時に崩壊する。見通しがつかない状況にASDの人のみならず多くの人が苛立ったり困惑する。子どもの休校や夫のテレワークはいつまで続くのか、それがストレスでと正直に打ち明ける母親も多い。それでも、1日の過ごし方、1週間の過ごし方にある程度の構造を与えることは可能だ。何時から食事をする、家族と話をするのは何時からといったスケジュールを決めて家族で共有することだ。マクロやメゾレベルの構造が無理ならミクロレベルだけでもなんとかする。
2.社会がどうあれ、身近な人とPositive(肯定的)に過ごす
Positive(肯定)はどうだろう?社会はギスギスしている。Covid-19は「新型」のコロナウイルスで知見は限られている。専門家にとっても初めての経験であり、日々の臨床や研究の中で徐々に知見が蓄えられ、その成果を活用して専門家の提言も変化していく。それは、少しでも臨床や研究に携わったことのある人なら専門領域を問わず当然のことだ。そのように筆者は信じていた。ところがワイドショーではテレビ局の社員とか自称専門家が対策が遅いとかPCR検査をしろとか声高に叫ぶ。「新型」の事態に100%正しい方法などあるはずがないのに。こういった声高の批判がもたらす効果の一つが不安である。
ASDの人の中には明らかにメディアの影響で不安や怒りが高まっている人がいる。正確な頻度はわからないが、臨床の印象だと1、2割くらいか。ワイドショーの情報がいかに偏っているかを説明すると納得してくれる人も多い。納得してくれる人の多くは、日頃から信頼関係のできている人である。これは後述のLinksと関係してくる。このようにマクロレベルでPositiveでなくなっている現状では、ミクロレベルのPositiveを強化したい。保護者の方や当事者、子どもには自分を褒めるように繰り返し伝えている。不登校や引きこもりの人には「家にいるだけでも社会の役に立っている」状況は好機と捉えることもできる。実際に「何もしていない」と自己否定的な人や子どもには「何もしていないわけではない、家にいるという行動を選択している」と伝える。ともかく、今日一日生きていたということが素晴らしい。
3.ときに自粛のルールから逸脱することにもEmpathy(共感)を向ける
ASDの人にEmpathy(共感)することも、この時期多いに必要である。ルーチンの変更が与える影響は非常に強い。中にはルーチンを維持することでより重度の状態を避けている子どもや成人も多い。ルーチンの一部は「自粛」に抵触する。ASDの人の余暇スキルは多様だし、インドアで十分な人も多い。一方、外出しないと難しい余暇スキルが中心の人もいる。リアルの電車をみる、ジョギングやプールで水泳する、本屋にいく、公園の遊具で遊ぶなどである。最近、批判の対象になりやすいパチンコが唯一の趣味という人も少数ながら存在する。感覚過敏のためにマスクが苦手という人もいる。彼らの多くが決められたルールを苦労して守っている。その苦労に思いをはせるのも共感の一つのあり方だろう。自粛は自粛であって強制されるものではない。感覚過敏でマスクを付けないことは合理的な調整・変更である。
4. 不安な中でもLow arousal(穏やかな対応)ができる工夫をしよう
Low arousal(穏やかな対応)は、この時代劣勢である。メディアも政治家も声を張り上げる。ストレスを感じれば穏やかではいられなくなる。ワイドショーは声を張り上げることが使命であるかのようである。一番現実的で効果的な対応はワイドショーは見ないという単純な選択である。子どもの休校、親のテレワーク、祖母はデイケアの中止で急に家族が過ごす時間が増えたという家庭も多い。穏やかな対応ができれば良いが、無理なら家族が一緒の時間を減らすことが現実的だ。Stay Homeを辞儀通りにとる必要はない。Stay Home safelyと言い換えよう。Safety firstである。ジョギングしないと自傷が増えるASDの人には、バランスを考えてジョギングを推奨する勇気を持ちたい。
5.同調圧力ではない、本当の意味でのLinks(つながり)を
ASDの人は対人関心がないと思っている人が多いが、それは無邪気な誤解である。全くの孤立を好む人は例外的である。一人暮らしをしているASDの成人の方、特に中高年の方の不安は高まっている。もともと社会とのつながりは乏しい。この時代に社会的つながりを維持することは難しい。普段相談している相談機関にいけない人も増えてくる。移動の手段がなかったり、電車にのることの不安、相談機関が閉鎖したりしているためだ。Linksと似ている言葉に「絆」がある。最近叫ばれ出したが、良くない兆候だ。「絆」は人と人の強い結びつきを意味するようだが、押し付けがましいし暑苦しい。危機的状況では「絆」というスローガンでで解決しようとする人が出現する。2011年に「絆」がスローガンのように叫ばれた。当時は福島大学に在籍し、東京と福島の二重生活をしていた。「絆」を叫んでいる人がいる割りに東京の人があまりに福島などの東北の状況に無知・無関心なので驚いたものである。ASDの人とのLinksで大事なのは押しつけがましい「絆」ではない。侵襲性に注意しながら長期に渡って淡々と関心を保ち続けながら、必要な時に必要なサポートを行う決意である。コロナ危機がいつおさまるのか予測はつかないが、例えこの危機が収束しても、最近数ヶ月で直面した彼らの無力感や不安感は今後のケアを考える上で忘れてはならないだろう。
6.心の苦しみを抱える彼らの存在を忘れてはいけない
ASDの人が全体として、このような非常時に強いのか弱いのかといった二分法の議論は不毛だ。確実に言えることは非常時に不安や孤立が高まるASDの人がいることと、その影響は長期に渡って続くことである。これは東日本大震災で学んだ臨床の知である。教育や福祉の支援サービスの質と量が低下した状態が続くと本人と家族のストレスが非常に高まり、虐待や家庭内暴力、自殺念慮などのリスクが高まる。彼らの多くは支援を求めることが下手である。支援を求めないことは、存在していないということではない。彼らの存在を決して忘れてはいけない。
(執筆者プロフィール)
内山 登紀夫(うちやま ときお)
精神科医/よこはま発達クリニック 院長/大正大学 心理社会学部臨床心理学科 教授
子どもの精神医学を専攻。主に自閉スペクトラム症などの発達障害の診断や支援方法の研究や実践に取り組む。震災後は福島の子どものメンタルヘルスの状態の調査や支援方法の開発を検討している。また発達障害の成人の支援についても研究。
(関連書籍)