これからの学校のかたち(赤坂真二:上越教育大学教職大学院教授)#子どもたちのためにこれからできること
コロナ禍は、学校教育の脆弱さや矛盾を露呈させました。しかし同時に、これからの学校のあり方を考えるよい機会にもなったのではないでしょうか。コロナ禍をきっかけにして、これからの学校の姿を考察してみたいと思います。
1 つながる手立てをもたない学校
新型コロナウィルス感染症の第一波の影響により全国の小中高等学校が、今年の2月末から休校措置をとりました。新年度になっても学校が開けず、学校再開の目処や子どもたちの学習保障をどうするかなどが、マスコミなどで話題となりました。そんなコロナ禍の最中の、5月4日、5日に、全国の小中学校、特別支援学校の教諭職の先生方(195人)にアンケートに協力していただきました (ⅰ)。そこで、「児童生徒のメンタルヘルスのために学校全体で取り組んでいることは何か」を尋ねました。すると、回答は図のようになりました(ⅱ)。
もっとも多かったのは、「なし」で39%、「電話をかける」が20%、「登校日・預かり登校時に声をかける」が9%でした。これを見ると明らかなように、4割近くの学校が子どもの心のケアに関しては何もしておらず、何かしているとしたら、電話をするか、「預かり登校」といった昼間働いている保護者のために学校が一時的に子どもたちを預かる時間等に声をかけるくらいのことでした。電話をしても何らかの都合でつながらなかったり、つながっても話ができるのはほんの数分だったりしました。預かり登校も、全員が登校するわけではありませんでした。このように今回のコロナ禍は、子どもたちが登校をしなかったら、彼らに働きかける術をほとんどもたない、という学校の消極的で受動的なあり方を露呈しました。
2 笑うに笑えない状況に置かれる学校
そうした反省から、オンライン環境の整備を進める自治体もありますが、そのスピードにはかなりのグラデーションがあり、全教員、全児童生徒にオンラインのアカウントを用意したような自治体もあれば、全くそうした動きが見えない自治体も散見されます。また、前者の自治体は環境整備が進んでいるように見えますが、そこにも格差があり、オンライン授業をいつでも実施できる市町村もあれば、アカウントはありながらもWi-Fiが使えないという笑うに笑えない状況の地域もあります。
一方で、長期の休校から開けた学校は、ものすごい勢いで失った時間の取り戻そうとしてます。ある地域の小学校の6月からの対応です。「今年度3月まで月2回の土曜授業、毎日6時間、45分授業の実施、夏休みの短縮(2週間程度)、水泳指導、宿泊学習なし、運動会中止、体育におけるマットなど共有物を使用する用いる運動は全て禁止、休憩時間は学年毎に決められたエリアだけ使用可、ボール、遊具などの共有物は使用禁止、掃除禁止、その時間にドリル学習、そして、教室内会話禁止・・・」と、続きます。どうでしょう、もし、みなさんが、子どもだったらこうした学校に通いたいですか。
3 ストレス下に置かれる子どもたち
国立研究開発法人国立成育医療研究センターは2020 年 6 月 15 日~2020 年 7 月 26 日にかけて、7~17 歳の子ども及び、0~17 歳のこどもの保護者に、この期間における生活の様子やこころの状態、困りごとなどについて調査しました(ⅲ) 。それによると、全体の72%に何らかのストレス反応・症状がみられたことを報告しています。小学生では低学年、高学年ともに「コロナのことを考えると嫌な気持ちになる」が、中学生・高校生では「最近、集中できない」が最多でした。子ども全体では、「すぐにイライラする」が約30%、「自分のからだを傷付けたり、家族やペットに暴力をふるうこと(たたく・けるなど)がある」が、約10%でした。子どもたちは、少なからずコロナ禍のストレスを受けていることがわかります。
子どもたちのストレスは、ウィルス感染だけではありません。わかるわからないにかかわらずとにかく年度内に教科書を終わらせることが目的化された学習のあり方、友だちづくりにとって極めて重要な時期である4月、5月が休校だったため、周囲との人間関係が未形成であること、また、学力保障のために連日出される大量の宿題や時数確保のために楽しみにしていた行事が中止、縮小されること、さらには、いくつかの学校現場で明らかになり始めた「コロナいじめ」や「コロナ差別」と呼ばれる侵害行為等々、例年だったら感じなくてよいはずのストレスに晒されているのが現在の子どもたちです。それにも関わらず、今の学校は、「学びを止めない」という美しいスローガンを掲げながらも、子どもたちの充実感や満足感には目をつむり、「なりふり構わず」今年度を乗り切ってしまおうとしているように見えてしまうのは私だけでしょうか。
4 ストレスを回復する条件
こうしたストレス下において大事な能力として注目されるのが「レジリエンス」です。もともとは、「弾力」や「跳ね返す」といった意味の物理学用語ですが、ここでは、精神的な防御力や抵抗力といった「心の回復力」という意味になります。レジリエンスを高める要因としていくつかのことがわかっていますが、レジリエンスに関する研究が一貫して示してきた事実があります。仁平(2015)は、強いストレスによって傷付いた心が回復する条件として「信頼できる他者」が存在することであると指摘しています(ⅳ) 。
また、ポーランド出身の社会学者バウマン(伊藤訳 2007)は、「リスクに立ち向かい、リスクを引き受け、選択を行う際に必要な勇気をもつためには、自分、他者、社会に対する三重の信頼が必要」と言います。ストレスに打ち勝ち、不安定な状況をたくましく生きるには、自らを信じ、他者と信頼を築く力が、重要な働きをすると言っていいでしょう(ⅴ) 。
近年、教育界でも「予測されない未来」とか「答えのない課題」という言葉がよく聞かれるようになり、変化に対応し、自ら変化を生み出すような問題解決能力をもった子どもたちを育てることが求められています。コロナ禍は、予測されない未来のひとつに過ぎません。今、多くの人たちがコロナ禍に目を奪われていますが、人口減少による社会の変化は、現在も着実に進行してしています。このような世界を生き抜き、未来を切り拓く子どもたちを育てるためには、これからの学校はどうあったらいいのでしょうか。
5 オルタナティブ・スクールに学ぶこれからの学校のあり方
愛知県の瀬戸市に、「瀬戸ツクルスクール」(運営責任者 一尾茂疋氏)があります。主にボランティアのスタッフの運営による、民間立の教育機会確保法の趣旨に沿った全日制の小中学生対象のスクール(教育施設)です。
ここでの一日は、スクールミーティングと呼ばれる、子どもたちの話し合い活動から始まります。話し合いでは、昼食のメニューや生活のルールなどが決められます。昼食は、その結果に基づき買い出しをし、自分たちで作って食べます。午後は、自分の興味・関心があることやスクールのプロジェクトなどをテーマにして探究学習に取り組みます。その他に週に1回ずつ、公園で遊んだり、農園で作業したりする日があります(ⅵ) 。保護者による振り返りアンケートには、「あんなに学校を嫌がっていたわが子が、ツクルスクールには喜んで通っている」「自分から話すようになった」「一人でタブレットを使って勉強している」などの言葉が並ぶと共に「親自身が、『子育てはこうでなくてはならない』という囚われがなくなった」など親自身の変化も記述されていました。
保護者の見取りから窺えるのは、子どもたちが主体的に行動するようになったこと、コミュケーション能力が伸びたこと、食事の準備をきっかけに他の場面でも自信を付けたことなどが書かれていました。瀬戸ツクルスクールでは、「ランドセルを買う費用で、タブレットを購入して欲しい」との方針を保護者に伝えているので、子どもたちは筆入れやノートのようにタブレットを標準装備しています。従って、休校期間には通常の学習をするようにオンライン授業をしていました。今、公立学校はGIGAスクール構想の実現に向けて急ピッチで準備が進められていますが、一部の詳しい人たちが「がんばっている」という感覚が否めないところもあります。しかし、ここの子どもたちは、雑誌、文具感覚でタブレットと付き合っています。
ツクルスクールの子どもたちがなぜ主体的になるのかは、さらなる調査が必要ですが、仮説として考えられるのは、意欲、つまり内発的動機付けが高まるシステムに基づき運営されていることが挙げられます。桜井(1997)は、内発的学習が起こる条件として、自己決定性、有能感、他者受容を挙げています(ⅶ) 。ツクルスクールの子どもたちは、公立学校に行かないという選択をして、そこに集っています(もちろん、その選択は容易ではなく、親も子どもも悩んだと言います)。通学するというレベルから、生活のあり方、学習の内容、方法までかなり広範囲に亘り自己決定権があります。また、日々の食事の準備、野菜の栽培、話し合うことによる生活の改善など、試行錯誤を繰り返しながら成功体験を積むという有能感を実感できるように日常の設計がなされています。また、学校では人間関係をつくられなかった子どもたちが、ツクルスクールでは積極的に人とかかわるようになったと複数の保護者が認識しています。それは、ツクルスクールでは、人間関係づくりなどと特別な時間をとらなくても、朝のミーティングや昼食準備、探究学習など、彼らの日常が協働で問題解決をする活動で構成されており、その過程で、認め合いや他者受容がなされていると考えられます。
現行の学校教育に対して「瀬戸ツクルスクールに倣うべきだ」と言いたいわけではありません。しかし、昨今少なからず指摘される学校教育が纏う閉塞感のようなものを打破するヒントはありそうです。瀬戸ツクルスクールのあり方からは、選択と協働を基盤にしたシステムとカリキュラムによって、学習意欲を含めた意欲の総体を育みながら自他への信頼を培い、未来を築く人を世に送り出すというビジョンが窺えます。こらからの学校は、これまでの歴史に胡座をかくのではなく、魅力的なビジョンと事実を世に示し、子どもや保護者そして社会に希望を見せていくということも積極的に取り組んで行くべきではないでしょうか。
注
ⅰ 赤坂真二「ポスト・コロナショックにおける学級経営」東洋館出版社編『ポスト・コロナショックの学校で教師が考えておきたいこと』東洋館出版社、2020、92-97
ⅱ 赤坂真二「危機を乗り切るために話を聞き共に考える管理職が教職員のレジリエンスを高める」、『総合教育技術』第75巻第5号、小学館、2020、42-45
ⅲ 国立成育医療研究センター「「コロナ✖子どもアンケート」第2回調査報告書」2020年8月18日
ⅳ 仁平義明「災害からのレジリエンスー被災者側の視点」、「学術の動向」編集委員会『学術の動向』、第20巻、第20巻第7巻(通巻232号)、2015、44-54
ⅴ ジグムント・バウマン著、伊藤茂訳『アイデンティティ』日本経済評論社、2007
ⅵ 瀬戸ツクルスクールホームページ https://setotkrschool.jimdofree.com/ 2020年9月3日閲覧
ⅶ 桜井茂男『学習意欲の心理学 自ら学ぶ子どもを育てる』誠信書房、1997
執筆者プロフィール
赤坂真二(あかさか・しんじ)
上越教育大学教職大学院教授。専門は、学校教育、教育相談、生徒指導。学級経営を中心に全国の教育委員会、小中学校に教育活動の改善について助言をしている。『学級経営大全』『アドラー心理学で変わる学級経営 勇気づけのクラスづくり』(ともに明治図書出版)など著書多数。