見出し画像

“心”の個人差研究の結果を解釈する(福島県立医科大学助教:三枝高大) #その心理学ホント?

心理学が使用する代表的な方法の一つが調査法です。多くのデータが得られやすい,実施や集計が容易といった強みを持つ一方,弱みもあります。本特集の第2回では,調査の「聞き方」「答え方」がデータに及ぼす影響を取り扱いました。今回は,調査の結果得られた相関関係を読み解く際に注意すべき点について,パーソナリティ心理学がご専門の三枝高大先生にご解説いただきました。

1. はじめに

パーソナリティ心理学を始めとする,心理特性の個人差を扱う心理学研究(心理特性の個人差研究)では,心理尺度を測定手段とした調査が広く実施されています。こうした調査では,心理特性の個人差を把握するために,一人ひとりの調査参加者の方々から心理尺度への回答を得て,これを集計した後に統計学的手法を用いて分析します。心理尺度を用いた調査研究は,相関心理学(※1)と呼ばれる研究の流れにあり(Cronbach, 1957),その多くでは,心理特性の個人差を含む2変数間の関連を表す統計量が論文の結果のセクションに示されます。このときに扱われる心理特性は様々ですが,分析結果として示される関連性を表す統計量の解釈の仕方には,行われた調査形態に依存する部分が諸心理特性を超えて共通してあります。

調査形態を考慮しない研究結果の解釈は,心理特性の個人差研究の知見の適切な利用を妨げます。とはいえ,心理尺度によって扱われる心理特性は,日常的によく目にする,耳にする馴染み深い言葉であることが多く,示された統計量への解釈が,調査形態によらず,心理特性を表す言葉に対して私達が素朴に抱くイメージに従って行われてしまうこともあるかもしれません。そこで本稿では,心理尺度をもちいた調査研究において報告される心理特性の個人差を含む2変数間の関連を表す統計量の解釈例を紹介します。

2. 架空の研究結果から考える

本稿では,パーソナリティ心理学で扱われる,外向性 (Extraversion),協調性 (Agreeableness),勤勉性 (Conscientiousness),否定的情動性 (Negative Emotionality),開放性 (Open-Mindedness)というBig Five Personalityの 5つのドメインの個人差を評価するBig Five Inventory-2 (BFI-2: Soto, & John, 2017; 日本語版: Yoshino, et al., 2022)の否定的情動性 (Negative Emotionality)を用いた架空の研究結果の解釈例を説明していきたいと思います。

たとえば,日本に居住する人びとを母集団と想定し,調査対象として,日本に居住する多数の人びとからBFI-2の否定的情動性への回答と飲料Aの日常的な摂取頻度の回答を同時期に得るという調査を行ったとします。この調査は,否定的情動性得点と飲料Aの摂取頻度との関連を検討した個人差研究であり,研究結果として,両者の相関関係を表す統計量である相関係数が示されています。このときに報告された統計量(相関係数)に対して,一般にどのような解釈を行うことが許容できるでしょうか。

架空の散布図:飲料Aの摂取頻度と否定的情動性の関係
(一つの点が一人にあたる,r=.61)

2-1. 個人間差としての理解

仮に,人びとの否定的情動性得点と飲料Aの摂取頻度との間に正の相関関係が報告されたとします(図参照)。このとき報告された統計量への一般的な解釈は,

飲料Aをよく飲む人びとほど,否定的情動性が高い人びとである。

あるいは,相関関係ですので,同時に次のような関係も成立します。

飲料Aを飲まない人びとほど,否定的情動性が低い人びとである。

というものです。

上記の関係は,母集団において期待される否定的情動性と飲料Aの摂取頻度の関係を示す記述です。そして,この記述は,否定的情動性が高い人びと(あるいは否定的情動性が低い人びと),または,飲料Aをよく飲む人びと(あるいは,飲まない人びと)という集団に期待される特徴を記したものであり,例えば,否定的情動性が高い特定の人物の飲料Aの摂取頻度について説明する記述ではありません。

2-2. 個人内過程としての理解

あるいは,人びとの否定的情動性と飲料Aの摂取頻度との間に確認された正の相関関係を,

飲料Aを飲んだときに,人びとは否定的情動性という状態になりやすい。

ことを示した記述と解釈することもあるかもしれません。しかし,今回想定した調査形態で得られた相関係数に対して,こうした解釈を行うことは許容されません。というのも,今回の調査形態は,あくまでも,想定した母集団における否定的情動性と飲料Aの摂取頻度の関連を検討する個人差研究です。この調査形態は,飲料Aの日常的な摂取頻度について質問したものであり,飲料Aを飲んだ後,どのような状態になるかを確認した調査ではありません。また,心理特性である否定的情動性についても,典型的な行動を扱った質問とみなされています。そのため,ここで扱っている否定的情動性という心理特性は,否定的情動性を示す状態を扱った研究(※2)とは区別されます。もし,飲料Aを飲むと人びとはどのような状態になるかを確認したければ,例えば,飲料Aを飲む場合と飲まない場合という条件ごとで人びとの状態を確認するといった手続きを設定する形式の研究を行うことが手段の一つになるでしょう。

3. まとめ~研究を読み解く,行うにあたって~

本記事では,心理特性の個人差研究の結果の解釈例を簡易に紹介しました。ここまで記事を読まれた方には,こうした心理特性の個人差研究の結果の解釈について,そもそも誤って解釈されるようなことはそうそう起こらないのではないかと思われるかたも少なくないかもしれません。しかし,例えば,こうした心理特性の個人差調査研究の結果を他者にわかりやすく説明しようと試みるときには,ついつい特定の人物にあてはめて説明したくなったり,あることをすると人はどうなるか,のように説明したくなったりしてしまうかもしれません。慣れ親しんだ心の語彙が使われている,心理学研究の結果を読み解き,他者に伝えるためには,興味深い研究結果だけではなく,どのように研究が実施されたのかを確認する手続きが助けとなるように思います。

そして,本記事で紹介しました諸事項は,個人差を扱う手法で研究を実践している心理学者も注意を払う必要があります。はじめに述べましたように,個人差研究の手法は,日頃から心理特性の個人差を扱っているパーソナリティ心理学を専門とする研究者だけではなく,様々な心理学研究者が利用しています。そうした心理学者の中には普段,特定の一人の人物に対して働きかけることを目的としている研究者や集団ごとに特定の条件を設定することで諸個人の平均的な変化を捉えることを目的としている研究者もいるでしょう。個人差研究で用いられる調査法は,比較的簡便に実施することも可能であることから,それらの目的を検討するために本来使われるべき研究手法を用いることが困難なときの代替手段として用いられていることがあります。しかしながら,上記のような調査形態で行われた研究結果は,特定の個人に当てはめて解釈することが許容されませんし,一般に,条件操作を原因とする個人内の変化を明らかにする研究手続きを含んでいません。個人差研究を行う心理学者には,こうした調査形態の研究結果があくまでも個人個人の集合に適用されるものであることを認識した上で,個人差研究を行うことがまさに自身の研究目的に即したものであることを確認することが適切な研究実践のために求められます。

脚注

※1 相関係数を扱っているという意味ではなく,関連性を検討する研究という意味になります。

※2 例えば,「不安」という心の概念を扱っているとしても,日常的に「不安になりやすい」ことを表す心理特性と「不安になっている」状態は区別される必要があります。

引用文献

Cronbach, L. J. (1957). The two disciplines of scientific psychology. American Psychologist, 12, 671–684. https://doi.org/10.1037/h0043943
Soto, C. J., & John, O. P. (2017). The next Big Five Inventory (BFI-2): Developing and assessing a hierarchical model with 15 facets to enhance bandwidth, fidelity, and predictive power. Journal of Personality and Social Psychology, 113, 117–143. https://doi.org/10.1037/pspp0000096
Yoshino, S., Shimotsukasa, T., Oshio, A., Hashimoto, Y., Ueno, Y., Mieda, T., Migiwa, I., Sato, T., Kawamoto, S., Soto, C. J., & John, O. P. (2022). A validation of the Japanese adaptation of the Big Five Inventory-2 (BFI-2-J). Frontiers in Psychology, 13, 924351. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.924351

執筆者プロフィール

三枝高大(みえだ・たかひろ)
福島県立医科大学保健科学部助教。専門はパーソナリティ心理学,差異心理学。

著訳書

デニー ボースブーム 仲嶺 真(監訳)下司 忠大・三枝 高大・須藤 竜之介・武藤 拓之(訳)『心を測る―現代の心理測定における諸問題―』金子書房

K. リー・M. C. アシュトン 小塩 真司(監訳)三枝 高大・橋本 泰央・下司 忠大・吉野 伸哉(訳)『パーソナリティのHファクター―自己中心的で,欺瞞的で,貪欲な人たち―』北大路書房


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!