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いじめにおける自己と他者(山梨大学教育学部教授:若本純子) #自己と他者 異なる価値観への想像力

深刻な問題ととらえ続けられながらも、なかなか解決しないいじめ。いじめの問題を自己と他者という視点から考えたら、どのような状況が浮かび上がるでしょうか。いじめの研究に取り組んでいる若本純子先生にお書きいただきました。

はじめに

 私は,いじめにおける自己と他者は入れ子状の関係にあり,そのありようを最も端的に体現しているのは「傍観者」である,と考えています。昨今は,いじめ対策でも,被害者の苦痛を共感的に捉え,傍観者を仲裁者に変えていこうという指針が示され始めています。しかし,エビデンスに基づくと,いじめを傍観する「自己」が重視している「他者」は,被害者ではないようです。

傍観者とは,級友から見られている自己

 われわれの実証的検討では,傍観者,すなわちいじめに直面して何もしない自己が最も気にかけている「他者」は「その場にいる他の子どもたち」であるという結果が得られています。西野・若本(2022)では,「いじめを止めなければならないと思っているけど傍観してしまうと思う」と回答した小学生・中学生が全体の3割弱いました。いじめは悪いことで,それを止めなければならないことはわかっている,でもできない。他のクラスメイトからどう見られるか,その行動をとることで,自分がいじめられる側になってしまうかもしれないなど他者の思惑をさまざまに想像して,何もできなくなってしまうのです。

 同研究では,他のタイプの傍観も見出されています。そのひとつが「同調による傍観」です。わが国では「同調」を「同調圧力」と見なし,周囲からの圧力に抗えずに傍観してしまうことと同一視する論調を多く目にします。しかし,最近の同調のありようはそれだけではありません。原田(2020)のZ世代調査によれば,今の10代の子どもたちに見られるのは「同調圧力」というよりは「同調志向」だと言います。周囲を気にかけながらも周囲と同程度に自己アピールしたがる,あるいは「他の人がやっているからまあいいか」と同調するなどの行動をとることが示唆されています。西野・若本(2022)でも,周囲の空気に同調し,便乗して行われたと推測される傍観が見出されています。

 このような同調が生まれた背景として,友人関係の質が関連していると考えられます。現在,友人間の交流で笑いをとれる,ノリがよい,といったコミュニケーション能力に高い価値づけがなされ,テンションを共有し一緒に盛り上がれる相手が親しい友人と認識されています(若本, 2018の概観による)。このような友人関係では,いじめは「いじり」として笑いの対象となりやすく,その笑いや楽しさに同調し,調子に乗って傍観する者がいることが示唆されています(若本・西野, 2020)。

 やむなく傍観する者と,調子に乗って傍観する者,一見すると対極に思えますが,いずれも周囲の子どもたちに自分がどう見られているかという強い関心の影響下にある行動であることがわかります。

傍観者だけではなく,加害者も,被害者も,仲裁者も

 「周囲の子どもからどう見られているか」を気にしているのは,傍観者だけではありません。土井(2014)によれば,現代のいじめでは,加害者はウケを狙うという形で仲間の関心と関係を繋ぎとめるのに必死になっており,被害者の苦痛には目が向きにくいと指摘しています。言い換えると,加害者さえも注目願望や賞賛欲求から,周囲の子どもたちのまなざしを強く意識ながらいじめを行っているのです。被害者も,仲間から孤立させられ,周囲の子どもたちから「ぼっち」と見なされるくらいなら,「いじめじゃないです。いじられているだけです」と仲間に同調してそのグループに留まろうとすることも少なくないと言います。

 仲裁についての検討(若本・西野, 印刷中)では,暴力のような加害の程度が深刻ないじめ場面においてのみ,自分以外にいじめを見ている者がいないと仲裁する傾向が高いという傍観者効果が見出されました。

 このように,いじめ場面におけるさまざまな立場にある「自己」の行動は,周囲の子どもたちという「他者」のまなざしによって強く規定されているのです。

自己と他者とは二分される存在か?——関係的自己

 話は少し逸れますが,最近,卒業研究で心理学ゼミを選択する学生の研究関心を聞き取ってみると,承認欲求や評価懸念など自分がどう見られているかにかかわるものや,友人や恋人などとの関係の中での自己が挙げられることが増えました。今どきの若い人たちの中では,自己とは他者の存在とは分かつことができない,流動的なものとして捉えられており,それをどう操作すれば他者とうまくやっていけるかに関心があるように見受けられます。エビデンスで示されたいじめにおける自己と他者のありようと類似していると思うのですが,いかがでしょうか。

 自己研究においても,近年では,日常文脈における自己概念は,自分の身体,性格などのように領域ごとに独立して認識され,自己のどの部分が注目され,評価されるかは,個人の認知スキルと社会的文脈の影響を受けて変化するとの見方がなされています。Harter(2006)は,思春期以降には「関係的自己」が発達の基軸になることを示しています。関係的自己とは,他者との関係において表象される自己であり,関係に依存して変動します。思春期周辺から友人の存在感と重要性が高まることから,この時期の子どもたちの関係的自己を賦活する最大の刺激が友人であることは想像に難くありません。

 浅野(2006)は,この関係的自己のような状況依存的で多面的な自己のあり方を,現代の若者は,家庭,学校,インターネットなどさまざまなチャネルをもち,それぞれにふさわしく自己を選択的に使い分けている。それは,多様な価値観が並存し変化する現代社会において適応的であるからだ,と説明しています。一方,Harter(2006)は,思春期以降,中学生・高校生頃までは認知スキルの発達途上にあることから,次々に表象される多様な自己をうまく統合して認知することができず,他者の意向も適切に処理できない。そのため,自己表象や自己評価の変動が葛藤や混乱をもたらすことも少なくないと言います。すなわち,児童生徒の段階では,認知発達の状況によっては,関係的自己を必ずしも主体的かつ適応的に操作できるとは限らないことに留意が必要でしょう。

おわりに——いじめ指導に向けてのヒント

 話を「いじめにおける自己と他者」に戻しましょう。子どもたちにとって,友人関係は何より大切で失いたくないものです。いじめに直面した時,子どもは,突き刺さるような他の子どもたちの視線が,自分に注がれているのを感じとります。ここで「正解」ではない行動をしてしまったら,友人関係も,学級内での居場所も失われるかもしれない。その緊張感はいかばかりでしょうか。

 このような児童生徒理解の見地に立てば,教師が「傍観はいけない仲裁せよ」と厳しく指導するだけでは,子どもを追い詰めてしまう可能性が否めません。子ども一人ひとりの実態を捉え,なぜその子が傍観しなければならないのか,背景にも思いを及ぼしていかなければ,傍観をなくすために有効な指導とは言えないと思われます。

 どんな立場にある子どもも周囲の子どもたちの目を気にしていることをふまえると,ロールプレイなどを行う際には,傍観者を含むいじめを取り巻く子どもを役割として配置し,自分のまなざしが友だちを追い詰めるかもしれないことに気づかせていきたいものです。さらに,クラス内の誰もが嫌な思いをした時に「イヤ」と口に出せる。それに対して誰かが「イヤだって言ってるからやめようよ」と許容的で支持的な反応を声にする。それをきっかけに他の子どもが次々と仲裁に同調していく学級づくりがなされれば,いじめの発生や深刻化を抑止することに繋がるように思います。

引用

浅野智彦(編)(2006)検証・若者の変貌―失われた10年の後に― 勁草書房

土井隆義(2014)つながりを煽られる子どもたち─ネット依存といじめ問題を考える─ 岩波書店

原田曜平(2020)Z世代―若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか― 光文社新書

Harter, S. (2006). The self. In W. Damon, R. M. Lerner, & N. Eisenberg (Eds.),

Handbook of child psychology: Vol.3. Social, emotional, and personality development (6th ed., pp.505-570). New York: Wiley.

西野泰代・若本純子(2022)小中学生におけるいじめ傍観の多様な様態─いじめを目撃した際の態度による検討─ 心理学研究,91,21-31.

若本純子(2018)児童生徒のSNS利用と友人関係との関連―情報モラル教育を始める前に― 西野泰代・原田恵理子・若本純子(編著)情報モラル教育―知っておきたい子どものネットコミュニケーションとトラブル予防 金子書房 pp.3-21.

若本純子・西野泰代(2020)小学生・中学生の友人関係といじめ傍観行動をめぐる「現実」(1)―「やさしい」友人関係は低年齢層へ広がっているか?― 日本発達心理学会第32回大会発表論文集p.441.

若本純子・西野泰代(印刷中)小学生・中学生のいじめにおける周辺的役割の諸相(4)―加害者・被害者・傍観者との関係性と共感が傍観・仲裁に及ぼす影響― 日本教育心理学会第64回総会発表論文集 2022年8月刊行予定

執筆者

若本純子(わかもと・じゅんこ)
山梨大学教授。専門は発達臨床心理学。最近は,いじめにおける傍観や同調,SNSコミュニケーションの普及が子どもの発達にもたらす影響について研究と実践を行っている。

著書

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