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これで安心! 怪しい心理学記事に騙されないための5つのポイント(慶應義塾大学ほか非常勤講師:鳥山理恵) #その心理学ホント?

インターネットを見ていると、何らかの研究を根拠に「○○をすると○○になることが発見された」などと述べる記事を目にすることがあります。一見するとわかりやすく研究成果がまとめられていますが、はたしてそれで研究を正確に理解することはできるのでしょうか。今回は、慶応義塾大学で「騙されないための英語論文講読特訓」という講義を担当されている鳥山理恵先生に、研究紹介記事を読むうえで注意すべきポイントをご解説いただきました。

慶応義塾大学で「騙されないための英語論文講読特訓」を担当するようになって3年目になります。2019年までは普通の英文講読の授業を行っていました。よくある、毎回の発表担当者を決め、論文の内容をレジュメにまとめてきてもらうような演習です。しかし毎回の授業では発表者以外は盛り上がりに欠けることも多く、また、機械翻訳の技術の進歩もあり、そのような形式の授業を続けることに限界を感じていました。そのような折、授業の共同担当者の平石界先生から「研究のプレスリリースを読んだ後に、実際にその原典にあたって、そのプレスリリースのウソ・ホントを検討する形でやってみたらどうか」とのご提案を頂き、プレスリリース(現在はプレスリリースに限らず研究紹介記事全般)に騙されないためにはどうすればいいのかを考える授業を始めることになりました。ここでは、その授業でのやり取りの中から、研究紹介記事を読む際に注意すべき点として私なりに考えてみたことを皆さんにお伝えできればと思います。

①その「タイトル」ホント?

ネット上でぱっと目についたその研究紹介記事のタイトル、実はかなり盛られているかも知れません。これまで授業で多くの記事を扱ってきましたが、本文自体は論文の内容に忠実で正確なものであっても、タイトルで盛られているものは多いです。例えば、(研究のキーワードとして完全に無関係な話ではないものの)論文内では全く検討されていない「how to」の話のようなタイトルにされていたり、論文内で使用されている定義から離れて言葉の定義が都合よく行われていたり、といったケースがありました。また、「これで安心!」などとむやみやたらに煽ったり、インパクトを狙って「5つのポイント」などと言っておきながら、実際の記事の中ではポイントが4つしか述べられていないといったこともあります(例:この記事のタイトル)。記事を読んでもらうためにはある程度キャッチーなタイトルになるのは仕方がないのですが、そうして盛られたタイトルだけを記憶して、本来の研究内容とは異なる形で理解してしまうことのないように注意が必要です。

②その「イメージ」ホント?

紹介記事の中で最初に目に入ったそのイラスト、実は研究内容とは無関係かも知れません。特にWeb上の研究紹介記事では、写真や図、イラストなどのイメージが載せられていることも多いです。読む側としては当然、研究内容と深く関連した図なのだろうと期待しますね。しかし実際には、例えば動物を対象とした研究であるのに人が実験を行っている場面のイラストが載せられていたり、アンケート調査のみを使った研究であるのに脳の画像が載せられていたりというように、「イメージ」が実際の論文の内容と全く関係ないことがあります。盛られたタイトルと無関係なイラストで研究内容を誤った形で理解してしまうことのないように注意が必要です。

③その「方法や結果」ホント?

研究の概要を紹介する記事の中で、その詳細な方法や結果までは書かれていないのは当然と言えば当然です。しかし、省略され過ぎたために研究内容について誤解を招くようなケースも多くみられます。例えば、研究手続きの中で重要なキーワードとなる語の定義の説明が曖昧であったり、実際の分析の中では様々な関連変数の調整を行っているものの、紹介記事ではそれらについては触れられていなかったり、といったものもありました。他には、研究全体の参加者のうち一部の人たちだけで実施された分析の話であるのに、記事内では研究全体の参加人数が書かれていたり、1000人が500組のペアとして参加した研究で「1000組が参加」と紹介されたりするなど、参加者の人数の表記が誤っているケースもありました。また、紹介記事では研究参加者の属性は明記されていないことも多いです。しかしそのデータが文化的背景や生活習慣が全く異なる集団の人たちから得られたものであれば、それが読者にとってどれだけ当てはまるものなのかわからないかも知れません。更に言えば、研究自体は動物実験の結果であって、そもそも人間にどれだけ当てはまる話なのかはまだわからないといったケースもあります。

④その「まとめ」ホント?

読者にわかりやすく伝えようとして、「〇〇が明らかになった!」などと言い切るような形でまとめられている記事も多いです。しかし実際の論文の中では、そこまで強い主張はされていないかもしれません。また、研究結果が誇張されていたり、論文で報告されている結果をそもそも読み間違えて紹介していたりすることもあるので注意が必要です。実際のところ、元の論文内でも最後に少し盛った解釈をされているようなことは多いです。それを紹介記事で更にわかりやすく伝えようとした結果として、最終的にかなりの拡大解釈になってしまうこともあります。他にも、紹介記事には読者がほっこりするような「いいまとめ」で終わっているものも多いです。しかしその中には、研究でわかったことから離れて、記事の著者の勝手な憶測で書かれているようなケースもみられます。元の論文は、その「いいまとめ」で述べられているようなことを本当に調べたものであったのか、注意する必要があります。

ここまで挙げたポイント全てに気を付けながら記事を読んでも、それでも騙されてしまう可能性は大いにあります。では騙されないためにどうすれば良いのでしょうか。残念ながら、「これで安心!」なんてお手軽な方法は存在せず、元の論文を自分で読むしかありません。機械翻訳の力を借りれば、英語論文の中身を把握すること自体はそこまで困難な試みでもないでしょう。しかし論文というのは、「言葉がわかれば読める」というものでもありません。「読み方」を知る必要があるのです。「読み方」については、授業では毎年最初の課題として、Carey et al. (2020)の『Ten simple rules for reading a scientific paper』という論文を読んでもらい、「こういうことを知りたい時には論文内のどの部分をどう読めばいいかな?」といったことを考えてもらっています。論文を読み慣れている皆さんにとっては鼻で笑うような質問ですよね。私も最初は全員当たり前のように正解して解説する必要もなく終わるのだろうと思っていました。それが実は、(ほぼ)初めて研究論文を読む学生さんたちにとってはこれが結構難解なようです。また、論文を読む上で、批判的視点を持って内容に向き合うことは重要ですが、これも、何のトレーニングもなしにできることではないでしょう。このように、「読み方」を知らないと元の論文を読むことは難しいものである一方で、大学を卒業してしまうとこれを学ぶ機会はなかなか得られないのではないでしょうか。今これを読まれている学生の皆さんには、ぜひ大学にいる間に論文の読み方を学んでほしいなと思います。

ここまで、研究紹介記事に騙されないために注意すべきポイントを考えてきました。しかしこれは読む人たちだけが気を付けるべき問題だというわけではなく、書く側の人たちも同じく気を付けるべき問題だと言えるでしょう。(プレスリリース含め、自分の研究の紹介を何かしらの媒体に書くという時に、わかりやすく伝えたいという気持ちが強くなってついほんのちょっと盛ってしまうという気持ちは私も大変よくわかるので、えらそうなことはとても言える立場ではないのですが...)。

最後に、新聞記事やWeb上のコラムなど、何かしらの媒体で研究紹介記事を書かれる立場の方がもしこれをお読みになっているのであれば、記事の読者が自分で元論文の内容を確認できるように、どうか元論文の書誌情報は必ず掲載頂くようお願いいたします。

謝辞

ここで紹介した内容は、「騙されないための英語論文講読特訓」の受講生の皆さん、共同担当者の平石界先生との授業内でのディスカッションを通じて得られたアイデアに基づくものです。多くの素晴らしいアイデアを頂きましたことに感謝申し上げます。

引用文献

Carey MA, Steiner KL, Petri WA Jr (2020) Ten simple rules for reading a scientific paper. PLoS Comput Biol 16(7): e1008032. https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1008032

執筆者プロフィール


鳥山理恵(とりやま・りえ)
シンポジウムの通訳、質問紙翻訳(バックトランスレーション)、英文スライド校閲など、主に心理学の研究分野で英語に関するサポートを提供している。専門は文化心理学。
https://researchmap.jp/riet


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