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新しい生活様式の中での人間関係とトラブル対策(戸田有一:大阪教育大学教育学部教授)#子どもたちのためにこれからできること

インターネットによるコミュニケーションの光と影は、かねてより指摘されていました。しかし、現在の事態はこのコミュニケーション方式を、最大限活かさないと乗り切るのが困難な模様です。私たちは、現在のコミュニケーションの問題点を見据えつつ、子どもにどんな支援ができるでしょうか。教育心理学と発達心理学が専門の戸田有一先生にお書きいただきました。

1. 新しい生活様式の中での人間関係

 ここ数か月、テレビで観る再放送のドラマなどが感慨深い。あの人もこの人も若い! 屋内でタバコ吸い過ぎ! むちゃくちゃ三密! などと思う。その一方で、観ている側も年齢を重ねたこと、さらに、生活様式と意識が既に以前のままではないことを自覚する。

 ソーシャルディスタンスという用語にはいまだにしっくりこないが、私たちの人間関係の様相が変化したことは間違いない。私も、移動して会うことよりも、オンラインで会うことが増えた。また、対面での会議や授業では、ふつう、そこに鏡はなく、自分の顔を見ながら話すことは滅多にない。しかし、オンラインの会議等の画面には自分の顔も映っている。「ここにいる自分」と「画面にいる自分」の妙な不一致感を抱えつつ、会話が進行する。オンラインでの集まりの開始と終了がいきなりなことにも、まだ、なじめない。開始前も終了後も雑談がない。会いに行くための移動時間も前後の時間も節約されているが、余分なようで大事な情報交換ができないままであるような気がする。

 そもそも「集まり」は、「いつ」「どこで」「誰と」一緒にいるのかで多様である。それらを会議とか、授業とか、会食とか呼ぶけれど、その集まるかたちが劇的に変化した。また、ネットを介して情報を共有することも増えた。さらに、今までは参加しなかった集まりに参加することも容易になってきた。私たちは、感染予防対策のためにネットの活用が劇的に増えたことに伴い、日常の人間関係における時間・空間・仲間の枠組みの急激な変化を経験している。

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2.「見えない」「きりがない」「わからない」困惑

 最近、ある自治体での若手教員のいじめ対策の研修をオンラインで担当しているが、いじめ対策についての戸惑いの声がある。まず、子どもたちの関係がネット上で展開しているので、その関係も問題もよく「見えない」のが不安だという。次に、ネットでのつながりが学校内とか登下校中とかの場や時間を超えて自校校区の範囲外にも広がっているので、どの範囲までの問題に対処すべきなのか、関わったら「きりがない」と困惑している。そして、深刻ないじめが発覚してからではなく、より早期に認知し、できれば予防的な取り組みをする必要性は認識しているが、さて、何をやったらいいのか「わからない」と悩んでいる。問題は、すでに、個々の担任の努力の範囲ではない。

 これは、子どもたちも同様かもしれない。仲間と思っている人たちが、本当は自分のことをどう思っていて、自分が実はどう言われているのか「見えない」。いろいろな仲間とのSNSなどでのやりとりにすべて応じていたら「きりがない」。仲間にいやなことをしないために、いやがられないように、いろいろと気を遣っているが、それでいいのか「わからない」。

 「見えない」「きりがない」「わからない」困惑は、おとなにも、子どもにも広がっている。

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3.時間・空間・仲間の線引きと自己開示

 私が子どものころは、主に学校にいる時間とその前後に、学校を中心とした空間で、そこでつながった仲間と、遊び、話をし、じゃれたり、ぶつかったりしていた。それ以外の時間と空間は、仲間からオフになっていた。今の子どもたちは、いつでもネット上でつながれるために、その仲間からオフになる時間と空間がない。そのため、おとなが使用時間に関するルールを決めて制限することが、余計なお世話の子もいるし、救いになる子もいる。

 この、時間・空間・仲間の線引きの問題は、もう一つの線引きの問題と無縁ではない。

 河合(1991)は、「とりかへばや物語」の登場人物の折々の居場所の京都の中心地からの距離と、心の奥深さの相似性を指摘し、遠くまで行かない者が心の奥深くまでを理解できていないことを説明していて興味深い。この指摘をあてはめると、学校で会うだけなら、タテマエのみの浅い人間関係で済ますこともできなくない。それに対し、深夜までSNS等でやりとりをするというのは、もしかしたら、深いホンネのつながりを暗黙のうちに求めたり受け入れたりしているのかもしれない。ところが、ある限定的な場で一時的に社交辞令的な感情表現を演出できても、ネット上での際限のないやりとりのなかで、ネガティブな気持ちをすべてコントロールするのはなかなか難しい。つながる場を構成する時間・空間・仲間は、その際限の無さによって、自らの不本意な自己開示につながったり、相手の不用意な自己開示への直面をもたらしたりする可能性を高める。互いのホンネに際限なくつきあわされる場は、そして、傷つくリスクの高いやりとりを続けるのは、子どもにとっても疲れるものではないだろうか。

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4.子どもたち自身の選択と意思表示

 では、新しい生活様式の中での人間関係によって多様化・深刻化していくトラブルに対し、どのような対策をしていくべきだろうか。対策の全体像を示すことは難しいが、兵庫県立大学の竹内和雄准教授が中心になって展開している「オフラインキャンプ(スマホ断ち合宿)」(兵庫県青少年本部, 2018)や、スマホサミット(兵庫県青少年本部, 2019:Takeuchi et al., 2017)が参考になる。

 スマホ断ち合宿は、離島などでネット遮断環境を準備し、子どもたちにネットを介しない人間関係の醍醐味を提供する実践である。ネットがあることが当たり前の環境で育ってきた子どもたちに、同年代の仲間との対面での人間関係という選択肢を新たなかたちで提供するわけである。ふだんの生活に戻れば、子どもたちは、またスマホを使うようになるかもしれない。しかし、スマホか対面か、という選択肢は子どもたちに残ると思われる。

 スマホサミットの特長は、ネットやスマホの使用における、「おとなによる制限か、子どもの自由か」という二分法的な思考を越えたことにあるだろう。スマホサミットについて紹介するなかで、竹内は、「おとなによる他律」と「子ども自身の自律」のあいだに、子どもたちの「先輩律」や「仲間律」という段階を組み入れて考えている(竹内・戸田・高橋, 2015)。竹内の実践では、各校あるいは各地域を代表する子どもたちが何度も集まるなかで、自分たちのネット利用における利点やリスクを話し合ったり、アンケートを実施して仲間の現状を把握したり、対応策に関してビデオでメッセージを発したりと、主体的な取り組みがなされている。そのなかで、子どもたちがネット問題に関するユーモラスな「標語」を考え出して発信している。それが「ルール」ではないことが絶妙である。子どもたちの代表の発案であっても、それがルールであると、発信側と聞く側に上下関係が想定され、その普及度は限定的になってしまうだろう。その標語は、たとえば、以下のようなものである(兵庫県青少年本部, 2019)。標語の後ろの< >は、何に関するものかを示す、いわば「お題」である。

① スマホより 大事にしてね 家族の時間 <時間>
② 危ないと 感じた時には もう遅い <危険>
③ 考えて 守ってあげたい 親心 <フィルタリング>
④ その投稿 増える検索 減る友達 <人間関係>

 このような標語を、各地のスマホサミットで、子どもたち自身が個性豊かに考えている。それらの標語は、ユーモラスに、そして上から目線ではなく自戒的に、ネット利用の時間や、仲間への物言いに関して、問いや願いをなげかけている。その底流に「いつでも、いつまでも、ネットでつながることはしんどいよね」という思いがある。言っていいこととよくないことがあり、ホンネの提示に限界が必要であるということを示してもいる。つまりは、相互依存・自己開示の自主的な限界設定というかたちで、相互の尊重が合意・啓発されているのである。

 私たちは、いつでも、どこでも、誰にでも、ホンネをそのまま伝えて成り立つほどタフな心を持っているとは言えない。しかし、ネットによるつながりが、時間や空間の制約や、それまでのつながりの有無を越え、相互の依存や傷つけをもたらしている。ヤマアラシのジレンマが、空間的近接度ではなく、ネットによる時間や空間の障壁をこえたつながりで生じているわけである。そのつながりの密接さによる息苦しさや痛さに対し、お互いに心地よい距離をとろうよと、スマホサミットは呼び掛けているように思える。

 この子どもたちの声と知恵を、さらに広く共有していくために、おとなも声と知恵を出さなくては、と思う。

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文 献
兵庫県青少年本部.(2018). 平成30年度文部科学省委託 青少年教育施設を活用したネット依存対策推進事業 人とつながるOff-Line Camp 2018報告書. (2020年8月24日閲覧)
兵庫県青少年本部.(2019). 令和元年度文部科学省委託事業 青少年を取り巻く有害環境対策の推進(ネット対策地域スタートアップ事業) 青少年のネットトラブル防止大作戦 ひょうごネットトラブル防止ワークショップ スマホサミットinひょうご2019報告書.(2020年8月24日閲覧)
河合隼雄. (1991). とりかへばや、男と女. 新潮社.
Takeuchi, K., Abe, K., Miyake, M., & Toda, Y. (2017). Smartphone Summit: Children's initiative to prevent cyberbullying and related problems. In M. Campbell & S. Bauman (eds.) Reducing Cyberbullying in Schools: International Evidence-Based Best Practices, (pp. 213-223). Academic Press (Elsevier).
竹内和雄・戸田有一・高橋知音. (2015). 青少年のスマートフォン&インターネット問題にいかに対処すべきか: 社会と教育心理学の協働に向けて. 教育心理学年報, 54, 259-265.

執筆者プロフィール

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戸田有一(とだ・ゆういち)
大阪教育大学教育学部教授。専門は教育心理学・発達心理学。いじめ対策、幼児や小学生の公平分配判断、多文化共生保育などを研究している。著書に『世界の学校予防教育』(共著・金子書房)『保育における感情労働』(共著・北大路書房)『この世とあの世のイメージ』(共著・新曜社)などがある。

▼ 著書

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