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転機が自己形成や人生に与える心理学的な仕組み(近畿大学教職教育部教授:杉浦健) #転機の心理学

はじめに

 誰しも人生を振り返ったとき、自分が大きく変わったきっかけや出来事、その出来事がなければ今の自分はなかっただろう、そんな転機の経験を大あれ小あれ思い出すことができるだろう。

 簡単に言えばそれは過去に転機を経験したことで自分が成長したのだということなのだが、心理学的に考えると、事はそんなに単純ではなく、そこには転機が人の成長や発達をもたらす心理学的機序(心理学的な仕組み)、さらに言えば、私たちがどのように自分自身や自分の人生を形成していっているのか、非常に重要な心理的プロセスが隠されている。

 本論では、転機が私たちの自己形成や人生に与えている影響の心理学的プロセスについて論を進めていきたい。その結論を前もって言えば、私たちの自己や人生は実は多く思い込みで形作られており、転機はその思い込みの重要な根拠になっているということである。どういうことか、以下に論を進めていこう。 

自己転換の語り

 かつて大学生のスポーツ選手の転機を調査した際にある一人の選手は、1年生のときにチームになじめず、退部しようとしたときに、先輩たちと話し合った経験を転機として語ってくれた(杉浦,2004a)。 

 そっからですね、変わったと。なんか、今まで嫌いだった先輩とかと仲良くなりはじめて、自分が、あの時先輩とか集まって話しなかったら、今の自分はないんじゃないかって思ったし、あと、なんか1年の初めっていうか、自分が情けなくなったっていうか、あーなんだこんなんで悩んでたんだっていうのがあったし。嫌いな先輩とかと仲良くなれて、逆に気にいられて、お前変わったなって言われて、自分何変わったのかわかんないんで、ただ今は楽しくてっていうのがあったし。ほんとに楽しかったし、うん、精神的に強くなったかなって思いますね。

 この調査では、「自己転換の語り」と名付けた、転機の出来事の前後で自分が大きく変わった、多くの場合、マイナスの状態からプラスの状態へと変わったという語り口が典型的に見られた。しかしながら、それは転機の出来事のとき、にわかに変わったというわけではない。転機の出来事が本当に意味を持つのは、転機の出来事のときではなく、その出来事を語った時点で振り返ったときである。たとえば別の転機の調査(杉浦,2004b)では、ある大学生は中学生のはじめに、今でも続けている吹奏楽部に入ったことがきっかけで積極的な性格に変わり、それが転機であったと語っていた。

 もちろん吹奏楽部に入部届を出したときに、急に積極的に変わったというわけではなく、あくまで10年近く吹奏楽を続けてきたことで、その始まりである中学校での吹奏楽部入部が、現在から振り返ったときに自分が積極的に変わるきっかけとなったということで意味を持ったのである。

転機の根拠となる引き続いた経験

 そうやって振り返った時点で転機を語ることができるのは、その自己転換の語りに根拠があるからである。つまり吹奏楽部の彼女は、吹奏楽を続ける中で、自分が積極的に動く経験を多くできたからこそ、自分は積極的に変わったと語れるのであり、スポーツ選手の彼は、自分が大きく変わった(成長した)ことを感じられる経験を多くしたからこそ、あの転機の経験で変わったと語れるのである。

 もし彼女が吹奏楽部に入部したはいいが、なかなか積極的に行動する経験を持てなかったら、吹奏楽部への入部は今、転機になっていないのである。

 つまり転機によって成長したという語りは、常にその後の根拠となる経験とさらには現在の状態とセットになっているということである。そして何よりも重要なことは、転機となる出来事、後の根拠となる経験、そして現在の自分とがセットになった転機の語りは、その後の成長をも形作る力を持っているということである。 

転機の語りは成長を増強する

 たとえば転機を語る吹奏楽部の彼女は、その自分自身の転機の語りによって自分が積極的に変わったと思っている(もっと言えば思い込んでいる)ために、何か行動しなければいけないときに、転機の経験を根拠にして積極的に行動する勇気を持つことができる。そしてそうやって積極的に行動することで、さらに根拠が増強されて、その後も積極的に行動し続けられるということである。

 そうすると、もしかしたらはじめは思い込みだったかもしれない自分が積極的に変わったという自己認識は、何度も積極的に行動できることによって「検証」され、確信に変わることによって、さらに今後、積極的に活動できるようになるのである。

 先ほどのスポーツ選手は、そんな自己認識の変化が周りの人にも観察されるほどの変化となったことを語っている。その語りはきっとさらに彼に自分が成長したことを確信させるものになっているだろう。 

 そうですね、ほんとに楽しいですね、やってて、嫌なことも忘れるくらいですからね、不思議ですよ。1人だけの先輩に、変わったな、じゃなくて、周りの友達とかにも言われたし、部活以外の友達にも言われたし、親にも言われたし…

転機は実は意識して作り出せる

 このような転機によって人が変わるプロセスは、これから自分を変えたいと思っている人にとっても、自分を変える重要なヒントを与えてくれる。この原稿は年度末の3月に書いているが、これから進学や就職、職場の異動などによる環境の変化や、それに伴う新たな人との出会いなど、転機のきっかけとなりうる出来事を経験する時期である。

 すでにここまで述べたように、転機のきっかけとなる出来事を経験した時点では、人は変わっているわけではない。また変わりたいと思ったら、すぐに変われるわけでもない。しかしながら、心機一転という言葉があるが、いわば転機の「候補」となる出来事をきっかけとして自分が変わりたいと思う方向を明確にし、その方向へと自分を変化させていく行動を続けることでそれが根拠となって、転機を語ることができるようになりうる。そう考えると、転機はしばしば偶然や避けられない出来事(例えば、受験失敗など)がきっかけになることがあるとはいえ、実は思ったよりも意識的な行動によって形成することのできることなのである。

 転機を思い出し語ることの意味

 転機が転機たりうるためにはもう一つの条件がある。それは転機の出来事を忘れないことである。言い換えれば転機がなぜ転機となりうるのかは、それが転機の語り(むしろここでは物語と言ってもいいかもしれない)として容易に思い出せるからである。

 あるラグビー選手はある試合での経験を転機として語ってくれた(杉浦,2004a)。

 僕(けがをしていて)全力で走れない状態だから遅れてしまうじゃないですか。遅れたところにパーンって当たったボールが僕の所にコロコロころって転がってきて、それでトライしたんですよ。それで思ったんですけど、あの時怪我してなくて、全力で走れてたら絶対トライできなかった。あれは不思議なこともあるもんだなと。 (略)

 僕はトップで走れたと思ってるんですよ、ボールを追いかけた瞬間だけ。実際はそうじゃないと思うんですけど僕自身は全力で走れたと思ってるんですよ。やっぱ願いは届くんかなって」

「それが印象に残っていると」

「はい。やっぱりやっただけ願いはかなうと、思ってます」

 転機の語りはときにドラマチックである。彼がこの経験を忘れなければ、これからうまくいかないことがあったとしても、転機の経験に立ち戻って、「やっただけ願いはかなう」という努力を続けるエネルギーを得ることができるはずである。

未来に向かうための転機

 はじめに、転機の経験を誰しもが大あれ小あれ思い出すことができるだろうと述べた。今、もう一度、自分の転機を思い出してみてほしい。そこからきっと今でもあなたにとって重要な信念や価値観、これから生きていくにあたって大事なことが思い出せるはずである。転機を思い出すことは単に過去を思い出すことではなく、未来に向かって踏み出す原動力となることなのである。それはきっとあなたがこれからの人生を歩むにあたってのエネルギーを与えてくれるだろう。 

参考文献

杉浦健 転機の経験を通したスポーツ選手の心理的成長プロセスについてのナラティブ研究 スポーツ心理学研究 31(1) 23-34 2004a
杉浦健 転機の心理学 ナカニシヤ出版 2004b

執筆者

杉浦健(すぎうら・たけし)
近畿大学教職教育部 専門は教育心理学、スポーツ心理学。やる気をキーワードに、授業作り、教員の働き方、自己形成、メンタルトレーニングなど、多岐にわたる興味を持って研究している。

HP:「やる気の出るホームページ」(http://motivateyour.life.coocan.jp/

著書