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「こころが立ち直ること」について考える(小塩真司:早稲田大学文学学術院教授)#立ち直る力

コロナの蔓延などが影響し、多くの人が元のような暮らしに戻れるのはいつだろう、いや、そもそも戻れるのだろうか、などと、ある種のダメージを受けている状況にあると思われます。そんな中、私たちが立ち直っていくためには、どのような考え方や行動が大切になるのでしょうか。こころの立ち直りについて、小塩真司先生にお書きいただきました。

元に戻る

 ありがたいことに,おおよそ健康な状態でこれまで過ごすことができています。しかし,次第に歳を重ねてくると,いったん体調が悪くなったとき,そこから回復するまでに時間がかかるようになっていることに気づきます。今年の年明け早々にも,家の中を急いで歩いていて家具で膝を強打してしまいました。その瞬間はそれほど痛くなかったので大丈夫だろうと思っていたものの,調子が悪い状態が1か月,2か月と続いていきました。すると,次第に不安感が心の中に広がってくるものです。

 子どもたちを育てていて驚いたことのひとつは,怪我が治るまでのスピードでした。転んで膝をすりむいても,どんどん治っていきます。「あれ,もう治ったの?」と何度声をかけたことでしょうか。そして子どもたちと比べると,ますます自分の身体の回復の遅さに気づくことになります。

 結局,その膝の怪我については,整形外科に通ったり膝のMRI写真を撮ったりしながら様子を見て,調子が戻るまで数か月かかったのでした。治ってしまった今から考えれば,当時心配していた自分のことを笑っていられますが,その渦中の自分自身は「このまま回復しなかったらどうしよう」と本当に心配していたものです。

回復と希望

  「回復できる」と予想することは,将来への希望にもつながるのではないでしょうか。どんなに深刻な状況に直面したとしても,「ここからよくなっていくはず」と将来に対してポジティブな予測をすることは,希望をつないでいくための重要な要素です。

 将来に対してポジティブな結果を期待する傾向は,楽観性や楽観主義と呼ばれる概念に相当すると考えられます。この概念はポジティブ心理学の中核に位置するとも考えられており(1),こころの回復に影響を及ぼすと考えられる心理的なレジリエンスの要因としてもよく取り上げられるものでもあります(2)。これまでの心理学の研究結果を見ても,楽観性が高いがん患者は悲観的な患者に比べて自分の病気を上手く受け入れることができたり(3),健康な人々においても楽観的な人は悲観的な人に比べて85歳まで生きる確率を高めたりする(4)と報告されています。

  「これからきっといいことが起こる」と感じること,信じることは,生活の中のさまざまなところでよい結果へとつながっていくようです。

回復の要因

 こころの立ち直りや回復に影響を与える要因は,心理的なものだけではありません。家族や友人,同僚など周囲の人々のサポートがあったほうが回復は早いでしょうし,そこでは慰めたり温かい言葉をかけたりするような情緒的なサポートだけでなく,金銭や実際の形のある援助を与えてくれる物理的なサポート,また問題への解決策につながる助言を与えてくれる情報的なサポートなど,多様な形のサポートが意味をもちます。そのためには,対人関係のネットワークを広げ,良好な状態で維持することも必要になります。

 それだけでなく,社会全体の状況,どのような法律があるのか,どのような支援があるのか,また社会のなかでどのような雰囲気があるのか,どのような文化の中で生活しているのかなどなど,多くのことがこころの回復には関係すると考えられます。

個人だけではない

  「回復する」という現象そのものに焦点を当てると,それは個人に生じる現象だけではないということに気づきます。自然災害などで被害を受けた生態系が元に戻っていくことも,回復のひとつです。また,バブル経済の崩壊などを経て痛手を被った経済システムが,ふたたびもとの状態に回復してくることもあります。そして,新型コロナウイルス感染症が広まり,社会全体が大きなダメージを受けたとしても,そこから回復してくることも私たちが経験していることです。

 私たちを取り巻くさまざまなシステムが,ダメージを受けたときに回復する傾向を示します。しかし,そこには上手く回復するケースと,しないケースが存在しているのです。では,何が回復を妨げ,何が回復を促進するのでしょうか。

 大きな要因のひとつは,そのシステムが持つ特徴そのものです。回復を妨げる脆弱な構造は,システムが複雑で,一箇所に集中しており,システムの要素が同質であることです。一方で回復を促進する構造は,システムが単純な要素の集合になっており,局所的に分散しており,多様であることです。このように回復をもたらしやすい要因というのは,多くの異なる単純なシステムが互いにつながって影響しあい,全体を見るとコラージュのように多様性がひしめくようなシステムになっていることです。いわゆる「選択と集中」型は効率的であるかもしれませんが,脆弱な構造をもたらします。一箇所に集中して,周囲も中央に合わせていくようなシステムを構築すると,中央がダメージを受けたときに周囲も一気にダメージを負い,回復が妨げられてしまうからです。それよりも,多様性があり,裾野が広く,異質な要素どうしが互いにつながるようなシステムであれば,ダメージが分散しやすくなります。

年齢とともに高まるレジリエンス

 さて,精神的な回復に影響を及ぼす心理特性(レジリエンス)は,成人期を通じて年齢とともに上昇する傾向がみられることが報告されています(6)。成人期を通じて年齢とともに,好ましい心理特性の傾向が高まっていくことを,成熟の原則と呼ぶことがあります。この名の通り,レジリエンスだけでなく自尊感情や協調性,誠実性のように,社会のなかで望ましいとされる心理特性は,成人期を通じて平均値が上昇する傾向を示します。

 私たちは日常生活を送りながら年齢を重ねていくにつれて多様な経験を積み重ね,それらの経験は重複的,相互的につながり,自分自身の生活を彩っていきます。これは,先ほどみた生態系や経済,社会の回復に必要な多様性によく似たシステムを作ることに相当するのではないでしょうか。もしかしたら,成熟の原則の背後には,私たちが普段の生活を重ねることで積み重なる経験があるのかもしれません。

 さて,私たちが立ち直る現象について,多様な観点からまとめた書籍が出版されています。今回の記事とともに,ぜひ手に取っていただければ幸いです。

『レジリエンスの心理学:社会をよりよく生きるために』(小塩真司・平野真理・上野雄己 編著,金子書房,2021)

文献
1. 外山美紀 (2021). 楽観性——将来をポジティブにみて柔軟に対処する能力 小塩真司(編) 非認知能力——概念・測定と教育の可能性(Pp. 101-114) 北大路書房
2. 平野真理 (2010). レジリエンスの資質的要因・獲得的要因の分類の試み—二次元レジリエンス要因尺度(BRS)の作成— パーソナリティ研究, 19, 94-106.
3. Thieme, M., Einenkel, J., Zenger, M., & Hinz, A. (2017). Optimism, pessimism and self-efficacy in female cancer patients. Japanese Journal of Clinical Oncology, 47, 849–855.
4. Lee et al. (2019). Optimism is associated with exceptional longevity in 2 epidemiologic cohorts of men and women. PNAS, 116, 18357-18362.
5. アンドリュー・ゾッリ,アン・マリー・ヒーリー 須川綾子(訳) (2013). レジリエンス 復活力:あらゆるシステムの破綻と回復を分けるものは何か ダイヤモンド社
6. 上野雄己・平野真理・小塩真司 (2018). 日本人成人におけるレジリエンスと年齢の関連 心理学研究, 89, 514-519.  https://doi.org/10.4992/jjpsy.89.17323
上野雄己・平野真理・小塩真司 (2019). 日本人のレジリエンスにおける年齢変化の再検討—10代から90代を対象とした大規模横断調査— パーソナリティ研究, 28, 91-94.  https://doi.org/10.2132/personality.28.1.10

執筆者プロフィール

小塩真司(おしお・あつし)
早稲田大学文学学術院教授。専門は,発達心理学,パーソナリティ心理学。パーソナリティ特性の測定,発達,適応過程など多くの研究を行っている。
noteページ:https://note.com/atnote
Twitter: https://twitter.com/oshio_at

▼ 著書


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