見出し画像

第2回 説得の技法:フット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイス(高知工科大学 経済・マネジメント学群 教授:三船恒裕)連載:#再現性危機の社会心理学

今日の心理学は、過去の研究知見が再現されないという問題(再現性の危機)に直面しています。人間の行動を説明・予測する普遍的な命題を定立することを目的とする心理学が積み上げてきた研究成果は、砂上の楼閣に過ぎないのでしょうか。こうした問題に応えようと、心理学者たちは、過去の知見の再現可能性を確認する研究に取り組んでいます。
第2回では、説得の技法であるフット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイスの知見について三船恒裕先生にご解説いただきます。


大学生時代のある日の出来事

 筆者が大学1年生か、2年生の頃だっただろうか、英会話学校への勧誘の電話がかかってきた。いつもならばすぐに断るのだが、「一度、教室までいらっしゃって説明を受けてみませんか?」という言葉にひかれてついつい新宿まで行ってしまった。着いたのは午後1時頃だったように思うが、教室を出たのは6時か7時頃、もう外は真っ暗だったのを覚えている。帰り道、家に向かってトボトボと歩きながら、そうか、社会心理学の知識はこういうところでも活かされているのか、としみじみ思ったことを覚えている。

態度と説得

 社会心理学において多くの研究を生み出してきたトピックのひとつに「態度」がある。ルールを破った子どもを親が叱っているときに、その子どもがふてくされていると「なんだ、その態度は!」とさらに怒ってしまうこともある。「ルールを守ろう」とするつもりがない、そういう態度が見えないために怒ってしまうのだ。

 親が子どもを叱るという上記の場面は、「叱られる」という子どもが嫌がることをすることで、親が子どもの態度を強制的に変化させようとしているとも言える。このような強制的な手法を使わずに態度を変化させようとする働きかけも存在する。それが説得である。英会話に興味がない人間に興味を抱かせ(好意的な態度を抱かせ)、英会話学校に通わせようとするのは、まさに説得による態度変化である。社会心理学ではどのような説得技法が有効なのかについて多くの研究が行われてきたが、最も有名な説得技法がフット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイスである。

フット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイス

 フット・イン・ザ・ドアとは、小さな要請を受諾させてから、本当に頼みたい大きな要請をすることで、承諾させるという技法である。このフット・イン・ザ・ドアを最初に実証した有名な研究はFreedman & Fraser (1966) によるものである。この実験ではカリフォルニアのパロアルトの住人に対して要請を行い、それが聞き入れられるかどうかを測定した。実験1では、実験スタッフが「消費者グループ」の調査として、「朝の2時間、5、6人の男性があなたの家に入って家具を自由に調べたい」という要請を行なった。その結果、22%が承諾した。これが基準となる承諾割合となる。一方、この要請を行う3日前に実験スタッフが「あなたが使用している家具について教えて」という小さな要請をしていた場合、それに承諾していた人のうち上記の大きな要請に対して53%の参加者が承諾した。実験2では実験スタッフは「家の前に大きな『安全運転をしよう』の看板を立てさせてくれないか」という要請をした。この看板は道路から玄関までの道が隠れてしまうくらい非常に大きなものだったため、承諾したのは17%のみだった。一方、この大きな要請をする2週間前に「安全運転するドライバーになろう」の小さなシールを窓か車に貼るように要請した場合、これを承諾した人に上記の大きな要請をすると承諾率が76%に上昇した。このように、小さな要請を受諾することが後の大きな要請の受諾につながることが示された。

 ドア・イン・ザ・フェイスとは、「拒否したら譲歩」とも言えるテクニックで、相手に対して本当に承諾してほしいと思う要請を出す前に、それよりも大きな要請を出してそれを拒否させるという方法である。相手に拒否された後で本当に承諾してほしい(最初の要請よりは小さな)要請を出すと、承諾率が高まる。これを最初に実証した研究がCialdiniらによる研究である(Cialdini et al., 1975)。この実験では、実験スタッフが日中、大学をひとりで歩いている学生に対して、「鑑別所の少年少女を無給で動物園に2時間連れて行ってくれないか?」という要請をした。初めにこの小さな要請をしただけだと、承諾率は16.7%だった。しかし、小さな要請をする前に「鑑別所の少年少女に対する無給のカウンセリングを、最低2年間、2時間のカウンセリングを1週間に2回してくれないか?」という大きな要請をして、それを参加者の学生に断らせた後に先ほどと同じ小さな要請をすると、この小さな要請の承諾率は50%に上昇した。つまり、大きな要請を先に断らせることで、本当にしたかった要請が受け入れられやすくなることが示された。

追試研究

 フット・イン・ザ・ドアもドア・イン・ザ・フェイスも、どちらも2020年以降に直接的追試実験が報告されている。まず、フット・イン・ザ・ドア現象を示した研究として有名なFreedman & Fraser (1966) の追試研究を紹介しよう。Gamian-WilkとDolinskiはFreedman & Fraser (1966) における実験1の状況をできるだけ忠実に再現した直接的追試実験を初めて実施し、その結果を2020年に発表した(Gamian-Wilk & Dolinski, 2020)。追試実験は2003年と2013年にポーランドとウクライナで実施された$${^{1}}$$。2003年の結果では、フット・イン・ザ・ドア効果が認められたのはウクライナのデータのみであり、ポーランドではその効果は見られなかった。2013年の結果では、どちらの国でも効果は認められなかった。オリジナルの研究ではひとつの条件あたり36人が参加していたが、追試実験ではそれよりもやや少ない30人が参加したといった違いを考慮しなければならないが、実験結果の再現には失敗したことになる。

 ドア・イン・ザ・フェイスの最初の実証研究(Cialdini et al., 1975)から45年後、Genschowらによって直接的追試実験がなされた(Genschow et al., 2021)。オリジナルの実験における72人をはるかに上回る410人が実験に参加し、オリジナルの実験と同じ手続きと説明で、実験スタッフから提示される要請を承諾するか否かを回答した$${^{2}}$$。その結果、オリジナルの研究結果とほぼ同様の承諾率が示され、ドア・イン・ザ・フェイスの効果が改めて確認された$${^{3}}$$。

メタ分析

 追試実験の結果はフット・イン・ザ・ドアは「不確かな」効果であり、ドア・イン・ザ・フェイスは「確かな」効果であるという印象を抱かせる。しかし、問題はそんなに簡単ではない。オリジナルの研究をそのまま再現しようとした直接的追試研究はこれまで無かったものの、それぞれの効果を検証した研究はこれまでに多く発表されている。そうした研究の中には「確かに」それらの効果が見られることを報告するものもあるし、効果は無いのではないかと主張するものもある。つまり、フット・イン・ザ・ドアにせよ、ドア・イン・ザ・フェイスにせよ、それらを最初に報告した実験の結果が再現されないとしても、それらの効果そのものが否定されるわけではない。ならば、それぞれの効果が本当に存在するのかどうかを確かめるために、多くの研究をまとめて分析し、全体として効果が見られるのかを分析すればいい。メタ分析の出番である。

 フット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイス、どちらのメタ分析も1980年代に複数の論文で報告されている(Beaman et al., 1983; Dillard et al., 1984; Fern et al., 1986)。例えば、オリジナルの研究と同様の内容で実験した結果をまとめて分析したBeamanら(1983)の結果では、フット・イン・ザ・ドアの効果は小さいながらも認められる(Beaman et al., 1983)。他のふたつのメタ分析論文ではフット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイスの両方についてメタ分析を行っているが、おおよそ、どちらの説得技法も小さいながらも効果が認められるようである(Dillard et al., 1984; Fern et al., 1986)。その後も複数のメタ分析論文が発表されているが、基本的にその効果は認められると言ってよいだろう(Burger, 1999; Feeley et al., 2012; O’Keefe & Hale, 2001)$${^{4}}$$。

 では、フット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイス、どちらの説得技法の方が効果的なのだろうか。過去にはフット・イン・ザ・ドアの方がドア・イン・ザ・フェイスよりも効果が大きいと指摘する論文もあるが(Fern et al., 1986)、両方の説得技法を比較するメタ分析を行った2005年の論文によると、両者に効果の差は見られないようである(Pascual & Guéguen, 2005)。

私は説得されたのか?

 もう20年以上も前、札幌から大都会東京へと上京し、きらびやかな新宿の街に足を踏み入れ、「いかにも」な高層ビルの一室へと案内された筆者は、果たして英会話教室の説得に屈したのだろうか。実は当時、すでに東洋大学の社会心理学の授業において説得の心理を学んでいた筆者は、綺麗なお姉さんが必死に手を替え品を替え、巧みな話術で説得してくるのを聞きながら「あー、これはフット・イン・ザ・ドアだな。一度OKしたらもう引き返せないぞ。そもそも新宿までわざわざ来てしまった時点で態度変化をしてしまう要因が働いている、気をつけないと」などと考えながらのらりくらりと返事を保留していた。結局、英会話教室の勧誘を断り、見事に説得による態度変化に「勝利」したのである。社会心理学を学ぶことは説得への耐性をつけるという意味でも役に立つのかもしれない。

 ここで終われば「美談」なのだが、ちょっと待ってほしい。そもそも説得への抵抗に成功したのであれば、数時間も無駄な会話に付き合わずにすぐに断って帰れば良かったのである。その時点で「完全勝利」にはほど遠い。さらに筆者は、最後の最後で勧誘のお姉さんの説得技法に敗北した。もう何を言っても態度を変えないと踏んだお姉さんは最後にこう切り出したのである。「あなたの意見はわかりましたし、ここまで話をしても英会話教室に入会しないのであればもう引き止めません。ですが、私もここまで誠意を持って説明をしてきたのですから、せめて最後に、この教室の案内をするため、ひとりだけでいいですから、ご友人の連絡先を教えてくれませんか?」と。筆者はものの見事にこの説得に負け、友人の連絡先を教えてしまったのである。まさにドア・イン・ザ・フェイスの罠にはまったのだ。説得技法のことを意識的にわかってはいても、それに抗うのが難しいこともある、ということをこの事例は示しているだろう。

研究結果と現実場面の解釈

 筆者の大学時代の事例は、いかにも、社会心理学の知見が現実場面を解釈するときに役立つことを示しているように思われる。ドア・イン・ザ・フェイスの技法は、わかっていても、抵抗できないのかもしれない。もしかしたらフット・イン・ザ・ドアの影響も受けていたのかもしれない。フット・イン・ザ・ドアやドア・イン・ザ・フェイスのような、「社会心理学の研究によって効果があることが示されました!」というニュースは、それが様々な現実場面で「いつも」働く心理であるように感じられてしまうだろう。

 しかし、もう一度、ちょっと待ってほしい。追試実験やメタ分析の結果は、ふたつの技法の効果はそれほど大きくなく、その効果が見られない場合もあるということも示しているのだ。筆者が説得に負けてしまったのも実はフット・イン・ザ・ドアやドア・イン・ザ・フェイスの影響ではないのかもしれない。もしかしたら、説得してくれていたお姉さんに魅力を感じていたのかもしれないし、疲れて相手の提案を断る気力がなかっただけなのかもしれない。現実場面における人々の行動や反応をもたらすのがたったひとつの心理であるということは稀だろう。いつも私たちは、意識的にも無意識的にも、様々なことを考えたり感じたりしながら生活している。社会心理学の研究は、そうした様々な場面で働く心理を解釈する「切り口」を提供しているのであり、現実場面の人々の心理を「丸ごと」明らかにしているわけではない。フット・イン・ザ・ドアにせよ、ドア・イン・ザ・フェイスにせよ、それを使えばどんな時でも誰にでも「100%の効果」が認められるなんてことはない。あくまで、説得の場面で生じうる心理のひとつとして、解釈すべきである$${^{5}}$$。

脚注

  1. オリジナルの研究は1960年代のカリフォルニア、パロアルトという都市で実施されたが、当時は戦後の急激な経済成長期にあり、市場調査も盛んに行われていたという背景がある。オリジナルの研究は市場調査のひとつのように実施されていたため、この背景要因は大きいだろう。追試実験では当時のパロアルトと似ているとして、2003年と2013年のポーランドのヴロツワフとウクライナのリヴィウという都市が選ばれた。

  2. オリジナルの論文では実験参加者がどの大学の学生かは明記されていないが、著者所属のアリゾナ州立大学の学生と思われる。追試論文ではドイツのケルン大学の学生が対象となっている。

  3. 具体的にはCialdini et al. (1975) の実験3が追試対象となったのだが、実は、オリジナルの実験3では効果は「有意傾向で見られた」と報告されている。この結果は、正確には有意な差とは言えず、効果が見られないと結論づけるべきである。したがって、Genschowらの追試実験はオリジナルの結果を再現していないとも言えるが、ドア・イン・ザ・フェイス効果を示した知見だとも言える。

  4. もちろん、説得技法の効果が見られない条件を指摘する論文も多い(例えば、Feeley et al., 2012)。その条件は多岐にわたるため、詳しくは論文を参照してほしい。

  5. 現実の人々の行動や反応は、数えきれないほどの要因によって生じているのだろう。それをひとつの研究、ひとつの概念、ひとつの理論で「まるっと」説明するのは無理だろう。多くの研究がなされてきたけれども、さらに明らかにしなければならないことが膨大に残っている。だからこそ、我々研究者は毎日毎日研究を続けているのである。

引用文献

  • Beaman, A. L., Preston, M., Klentz, B., & Steblay, N. M. (1983). Fifteen years of foot-in-the-door research: A meta-analysis. Personality and Social Psychology Bulletin, 9(2), 181-196. https://doi.org/10.1177/0146167283092002

  • Burger, J. M. (1999). The foot-in-the-door compliance procedure: A multiple-process analysis and review. Personality and Social Psychology Review, 3(4), 303-325. https://doi.org/10.1207/s15327957pspr0304_2

  • Cialdini, R. B., Vincent, J. E., Lewis, S. K., Catalan, J., Wheeler, D., & Darby, B. L. (1975). Reciprocal concessions procedure for inducing compliance: The door-in-the-face technique. Journal of Personality and Social Psychology, 31(2), 206-215. https://doi.org/10.1037/h0076284

  • Dillard, J. P., Hunter, J. E., & Burgoon, M. (1984). Sequential-request persuasive strategies: Meta-analysis of foot-in-the-door and door-in-the-face. Human Communication Research, 10(4), 461-488. https://doi.org/10.1111/j.1468-2958.1984.tb00028.x

  • Feeley, T. H., Anker, A. E., & Aloe, A. M. (2012). The door-in-the-face persuasive message strategy: A meta-analysis of the first 35 years. Communication Monographs, 79(3), 316-343. https://doi.org/10.1080/03637751.2012.697631

  • Fern, E. F., Monroe, K. B., & Avila, R. A. (1986). Effectiveness of multiple request strategies: A synthesis of research results. Journal of Marketing Research, 23(2), 144-152. https://doi.org/10.2307/3151661

  • Freedman, J. L., & Fraser, S. C. (1966). Compliance without pressure: the foot-in-the-door technique. Journal of Personality and Social Psychology, 4(2), 195-202. https://doi.org/10.1037/h0023552

  • Gamian-Wilk, M., & Dolinski, D. (2020). The foot-in-the-door phenomenon 40 and 50 years later: A direct replication of the original Freedman and Fraser study in Poland and in Ukraine. Psychological Reports, 123(6), 2582–2596. https://doi.org/10.1177/0033294119872208

  • Genschow, O., Westfal, M., Crusius, J., Bartosch, L., Feikes, K. I., Pallasch, N., & Wozniak, M. (2021). Does social psychology persist over half a century? A direct replication of Cialdini et al.’s (1975) classic door-in-the-face technique. Journal of Personality and Social Psychology, 120(2), e1-e7. https://doi.org/10.1037/pspa0000261

  • O'Keefe, D. J., & Hale, S. L. (2001). An odds‐ratio‐based meta‐analysis of research on the door‐in‐the‐face influence strategy. Communication Reports, 14(1), 31-38. https://doi.org/10.1080/08934210109367734

  • Pascual, A., & Guéguen, N. (2005). Foot-in-the-door and door-in-the-face: A comparative meta-analytic study. Psychological Reports, 96(1), 122-128. https://doi.org/10.2466/PR0.96.1.122-128

【著者プロフィール】

三船 恒裕(みふね・のぶひろ)
東洋大学社会学部卒業、北海道大学文学研究科にて修士号と博士号を取得。日本学術振興会特別研究員を経て現職。
集団内への協力行動や集団間の攻撃行動の心理・行動メカニズムを社会心理学、進化心理学、行動経済学の観点から研究している。近年は国際政治学者との共同研究も展開している。社会心理学研究、Evolution and Human Behavior、Scientific Reports、PLoS ONEなどの学術雑誌に論文を掲載している。

今回の連載はこちらから!

三船先生の研究紹介記事

著書(分担執筆)

関連書籍


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!