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「心の葛藤を綴ること」で、他者とつながり、自己を成長させる―葛藤なき親子関係の危険性―(白梅学園大学子ども学部子ども学科教授:増田修治) #葛藤するということ

かつて親子は成長と共に対立し、葛藤し合って自立していくものと考えられていたと思います。しかしこの頃、ずっと仲良しで、強い葛藤もないという親子関係も増えてきたようです。以前とは違う親子関係の影響は、どのような形で表れているのでしょうか。増田修治先生にお書きいただきました。

1、葛藤なき親子関係の増加

    わが国初の家族療法カウンセリング専門機関として、所長・福田俊一(精神科医師)が淀屋橋(大阪市中央区北浜)に設立し、その後1993年に大阪府豊中市に転居した「淀屋橋心理療法センター」では、よくある相談事例として「葛藤のない家族の葛藤(対立のない家族の葛藤)」を挙げている。

その事例の説明として、

    「大きな揉め事がなく穏やかなご家庭。親子で一緒に買い物に行ったり、旅行に行ったりもする。表面だけを見ると、仲の良い何の問題も無さそうなご家庭です。しかし実は、性格の優しい子どもが親と揉め事が起きないように、言いたいことを我慢していた。こういう葛藤も少なくありません。溜まった不満を言葉で表現する代わりに、頭痛や腹痛など身体症状で表現するようになってしまったり、ひきこもりになってしまう場合があります。『元々は素直で育てやすい子だったのに』とおっしゃる親御さんは少なくありません。」(1)

と紹介しています。

 また、ゲームやカード等を媒介にした親子関係の構築も見過ごせない問題となっています。例えば、未だに人気の「ポケモン」などは、ゲームの世界だけにとどまらなくなっており、ポケモンカードを使っての大会(ポケモンカードゲームチャンピオンシリーズ2022)なども開かれています。そうした「ポケモンのゲームやカードゲームを一緒にやることで、親子のつながりを作っている」と言った声も結構聞かれるのです。ポケモンやカードゲームでは、むしろ親世代がちょうどポケモンブームだったこともあり、積極的に関わっている例も見受けられます。そうしたゲームによるコミュニケーションが全くダメとは言いませんが、子どもが越えるべき課題が家庭の中に存在しないことは、のちのちの成長に大きなマイナスをもたらすに違いありません。

 子どもは、幼児期においては、親に依存する存在ですが、思春期前期あたりから、親に口答えをしたり、価値観をぶつけることで、自ら葛藤を起こしそれを乗り越えていこうとします。その行為は成長の過程ではごく自然であり、親を乗り越えて自立していくために必要なイニシエーションであると言えます。

 葛藤のない親子関係は、子どもの成長の壁になり得ないだけでなく、いつまでも親に依存する、あるいは相互依存する関係を創り出すことになる可能性が高くなります。

 私が担任した小6の子どもの例ですが、同じペアルックを着て化粧まで一緒にする、お母さんと娘が一卵性双生児のように付き合っているケースがありました。よく二人で、渋谷に行っていました。

 娘さんが中学になってから、子どもが「友達と一緒に渋谷に行く!」と言い始めました。これは、もちろん歓迎すべき変化です。これに対して、母親が鬱状態になりました。子どもに依存していたのはもちろんですが、母親自身が厳しい親に躾けられ小中高と遊べなかったことを取り返そうとしている行為であることが分かりました。

2、葛藤を詩に綴る

 子どもたちは、一見何も考えてないように思えるが、実はとても考えているのです。例えば、私のクラスに由佳(仮名)という女子児童がいました。父親が思い心臓病を患っていました。詩を書く時間の時に、いつもならすぐに書けるはずなのに、なかなか書くことができませんでした。そのときの詩の題名は、「今一番思っていること」でした。45分の授業の最後の5分で書いてきた詩は、「お姉ちゃんとのケンカ」でした。私は、その子と話し合ってみました。

 すると、「今一番思っていることは、お父さんの病気のことなんだ。でも、病気のことを私が心配しているのをお父さんが知ると、お父さんが困るし、逆に私のことを気にしたらイヤだから…。」と語ってくれました。そして、「お父さんがいいって言ってくれたら書こうと思っている」
とも語ってくれました。私は、「無理に書かなくてもいいよ。でもお父さんに書いてもいいかどうか一応聞いてみてごらん。」とアドバイスしました。家に帰って聞いたところ、すぐにOKが出たので、長い間言えないでいた自分の思いを次のような詩に綴ってきたのです。

  お父さんの病気     石川 由佳(4年)
私のお父さんは、/私が生まれた時から入院していました。/でもなおりませんでした。
2年生のある日/お父さんと同じしんぞうの病気の人が、/テレビで手術しているのを
お父さんは/いっしょうけんめい見ていました。
少ししてお父さんは/その同じ手術をしました。/でもまだなおったわけではありません。
お父さんの病気は、/なおらない病気なのです。
病院の先生も/どうやってなったのか/どうやったらなおるのか/知りません。
もし私の願いを/1回かなえてくれるなら、
「お父さんの病気をなおしてください!」/とお願いしたいです。
お父さんの病気が/なおらないとわかっても、
いつかは願いがかなうといいと/思っています。

 由佳は、今まで心の奥に置いていた「お父さんへの思い」を書きました。そして由佳はこの時「私はお父さんが倒れるたびに、心がキュンとするんだ。だから、お父さんの心臓と私の心臓と取り替えっこしてもいいと思うんだ!」と言うのです。親が子どもを心配するのは当然ですが、それと同等かそれ以上に子どもが親を思っていることが分かった瞬間でした。

 この詩を読んで、由佳のお父さんは、こんな感想をよせてくれました。

「うれしくて涙がこみあげてきました」    石川 健男
 由佳の詩を読んで一番最初に感じたことは、「由佳がこんなに私の病気のことを思ってくれているとは思わなかった」ということです。とてもうれしくて、読んでいる途中で、涙がこみあげてきてなかなか最後まで読むことができませんでした。
 
 日頃からきちんと家族で話し合ったりする事がなく、由佳の悩みや思っている事、将来の(夢の)事などまったく聞いたことがなかったのです。おかげ様で、由佳の思っていることがわかり、とても嬉しいです。

 このミニ詩集(自分の思っていること)を読ましていただいて、自分の悩みや友だちの悩みがとてもよく分かる詩集になっているなと思いました。また、自分の心を開放して聞いてくれる仲間がいる事は、とても良い事だと思います。みんなが一人の悩みや痛みを思い合うと同時に、一人一人がみんなの悩みや痛みを思い合っていくというとても良い方法だと思いました。

 ありがとうございました。

 お父さんの病気については、家での話題にはほとんどならなかったし、話題にしようともしていなかったようでした。しかし、子どもが親への思いを綴ることで初めて娘がどんなに深く考えているかが分かったのです。

 書こうかどうしようかという葛藤した末に生まれた詩は、親子の関係を変えました。お父さんは、「生きる勇気をもらった」と言っていました。また、由佳はお父さんの病気に向き合うようになりました。

 この詩を書いてから4年後の冬のことです。お父さんが風邪を引き、風邪のウィルスが心臓に入ってしまい、死んでしまいました。由佳はもちろん泣いていました。しかし、しっかりと前を向き、自分なりの人生を生きています。綴ることで、由佳は「お父さんの死を乗り越えて行く覚悟」ができていったのではないかと思うのです。

3、虐待を受けていた葵

 6年生の葵という女の子が、次のような詩を綴ってきたことがありました。

テレビの活き作り       安川 葵(6年)
テレビで活き作りの魚についてやっていた。のってる魚はまだ生きていた。
それを見てママが、/「あの魚にビールを飲ませたらどうなるだろうな。」/と言った。
「出てきちゃうんじゃない。」/と答えた。/そして二人で笑った。
久しぶりにママと会話したのでうれしかった。/そしたら突然涙が出てきた。
ママはいつも疲れてあまりしゃべらないから、/これだけの会話でもとてもうれしかった。
その夜私は、/ふとんの中で泣きながら魚のことを考え、/笑いながら寝た。

 言葉では言い表せないほど重い詩だと思うのです。そのほかにも彼女は、「先生、私なんていてもいなくてもいいし、生きている意味なんてないよね!」とつぶやくことがよくありました。また、他人に対して攻撃的な言葉を数多く投げかけるため、みんなとうまく関係が持てないことが多かったのです。自分自身も「私はみんなに嫌われている」と思っていました。

 6年生の2学期になって、「家庭科で料理をして家の人にも食べてもらおう」という取り組みを学年で行いました。その取り組みのあと、彼女がしょんぼりとしていました。私は気になって、休み時間に彼女に「どうしたの?」と優しく尋ねてみました。すると、「家でハムエッグを作ってお母さんを待っていたの。その日は、看護師の遅番だったので、帰ってくるのが9時すぎになったの。でも、喜んでもらいたくてお母さんに『これ私が作ったんだ。食べて!』と差し出したの。そうしたら、『あなたの作ったものなんて食べられないわよ!』と言って、私の目の前でゴミ箱に捨てたの」と言ったのです。

 こうしたネグレクトを受けている子は、ほとんどの子が「私が悪い子だから、こんな風にされてしまうんだ!」と自分を責めるのです。だから私はその時に、「君はちっとも悪くないよ。悪いのは、お母さんだよ。僕は君がとてもいい子だと思っているよ」と力を込めて話をしました。

 「もしこの話がお母さんに伝われば、大きな問題になるかもしれない」そう思いもしましたが、私はあえてそう言い切りました。もしお母さんが学校に来た時には、私は全身全霊でぶつかるつもりでいました。しかし、幸か不幸か、お母さんは来ませんでした。

 葵は、お母さんには自分の思いを伝えていませんでした。伝えることで、お母さんとの関係が悪くなることを恐れたからです。

 しかし、そのままで良いわけではありません。私は母親のもとを尋ねました。そして、料理を目の前で捨てた理由を尋ねてみたのです。すると、「父親が他に女の人をつくって、家を出て行ったこと」「自分自身が小さい時に可愛がってもらえた経験が無かったことから、どうすればいいか分からなかったこと」などを、ポツポツと涙ながらに語ってくれました。そして、「先生、父親が他に女の人をつくって出て行くということが、どんなことだかわかりますか?」と真剣な眼差しで尋ねられました。「分からないです。」と正直に答えると、「それは私が、女性としても母親としても否定されたことになるんです。つらいです」と語ってくれました。

 母親自身も、「子どもをどう可愛がったらいいか分からない」という葛藤の中で生きていたし、虐待の連鎖の中で身動きとれなくなっていたことが分かったのです。

 その後も、葵に家が学校の近くにあったので、卒業後もたびたび葵の家を訪ねるようにしました。そして、葵が高校生になった時のことです。

 「先生、私、この年になってやっとお母さんのつらさが少しは理解出来るようになった。だから、私もお母さんの仕事を継いで人を助ける看護士になろうと思うんだけど、先生、どう思う?」

と言ってきたのです。賛成したのは、言うまでもありません。ここには、親子の葛藤を乗り越え、母親をも乗り越え、自立へ進んでいこうとする見事なまでの成長が見られ、葵をとてもまぶしく感じた瞬間でした。

4、葛藤を創り出し、葛藤を乗り越える

 最初に、子どもと友達のような関係を持つことで葛藤がない親子関係にしてしまう例を紹介しました。「大きな揉め事がなく穏やかな家庭」「仲が良さそうに見える親子関係」の裏には、子どもが自立を求めてもだえ苦しむ姿が存在しているのです。性格が優しいがゆえに、自分の意見や考えを抑え込んで、トラブルが起きないように生活する子どもたち。

 葛藤は、人生における峠のような存在です。皆さんの中には、峠というと山の頂上を思い浮かべる人もいるかと思います。しかし、峠とは、山と山の間にあり、登るか下るかの分かれ道がある場所のことを言うのです。

 葛藤する場面は、誰の人生においても何度も経験します。そして、ベストまではいかなくてもベターな選択をしようと考えるのです。親子間での葛藤は、社会に出て行くための大事なトレーニングです。また、愛着の対象を親から他者へと変えていくためのものでもあるのです。

 ここに紹介した子どもの例ですが、葛藤することを通して、蛹が蝶になるように見事に自立していく姿が見られます。

 親子関係の葛藤を乗り越えた時の見事なまでの子どもの成長を様々に見てきた私は、葛藤が存在することに重要さを感じます。親は、子どもにとっての適切な壁になるべきだと心から思うのです。

【参考資料】

(1)「淀屋橋心理療法センター」

【著者プロフィール】

増田修治(ますだ・しゅうじ)
白梅学園大学子ども学部子ども学科教授
 1958年生まれ。埼玉大学教育学部卒。放送大学大学院修士卒。専門は、臨床教育学と学級経営及び国語教育。
 小学校教諭として28年間勤務。「ユーモア詩」を用いたユニークな教育を実践。2001年NHK「スタジオパーク」で紹介。同年「児童詩教育賞」受賞。また、NHKニュース10で「子供たちが見たテロと戦争」として、アメリカの9・11事件の授業が取り上げられる。2002年NHK「にんげんドキュメント 詩が躍る教室」が放映され反響をよぶ。2003年テレビ朝日「徹子の部屋」に出演。2008年より白梅学園大学に勤務。現在子ども学部子ども学科教授。
 2015年NHK「ニュース深読み」「あさイチ」、フジテレビ「ホンマでっかTV」出演ほか、講演会、研修会等多数。小学校教諭を目指す学生の指導と共に、東京都板橋区の保育園と13年間共同で、感覚統合や体幹と子どもの発達の関係性について研究。
 昨年度までは、練馬区立小竹小学校の研究会講師。他には、第2府中保育園の顧問などを務め、保育・幼児教育の課題に取り組んでいる。専門は「臨床教育学、教師教育論、教育実践論、学級経営論」。NPO日本標準教育研究所理事。川越市学校経営・いじめ問題アドバイザー。川越市幼保小連携モデル研究指定委員会の委員長。この研究は、文部科学省の「幼保小架け橋プログラムに関する調査研究事業」に採択されている。
 最近では、2020年3月に発表した「1998年度と2019年度の学級状況調査の比較を通して、『学級がうまく機能しない状況』(いわゆる「学級崩壊」)の実態調査と克服すべき課題を考える」[公立小学校の教員等を対象にした調査研究] 報告書が話題となり、朝日新聞・毎日新聞・日本教育新聞等に「静かな荒れ」として掲載され、話題になる。

【著書】







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