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子ども時代の転機と心の発達(千葉大学 名誉教授・グランドフェロー:冨田久枝) #転機の心理学

転機とは?

 みなさんは、人生の転機について考えたことはありますか? 日常生活の中でどんな時に、この転機を意識するのでしょうか。私もこれまでの多くの転機と出会ってきて多分、自分なりに乗り越えて今が有るのだと思います。
それでは、転機は何時やってくるのでしょうか。前もって…それとも突然にやってくるのでしょうか。

 人は人生に何らかの変化をもたらす事態に出会うと、それを「転機」と捉えると言われています。そして、その変化は自分から求めていく場合と、自分では予測しない中で彼方からやってくる場合もあります。そして、その変化についても、自身で意識して行動する時と、その時には気づくことが出来なかった変化を、後になって「あれは転機だった」と思う事もあります。転機は必ず、過去と今を振り返り、比較する中で評価される体験とも言えるでしょう。

 それでは、子ども時代の転機はどうでしょう。私は、長年、保育現場で保育カウンセラーとして多くの乳幼児や保育者、保護者を支援してきました。その経験から乳幼児期の子どもたちは自分に降りかかった転機を自身で意識することは殆ど無く、ただひたすら、今そのものを懸命に生きていると思います。しかし、子ども時代の転機は本人に意識されることは少なくとも実に多くの「転機」という変化に出会い、成長・発達していると考えられます。
それでは子ども時代の転機はその発達にどのような影響を与えているのでしょうか。子ども時代だからこそ大切にしたい「転機」について考えていきたいと思います。

転機の種類とその特徴

 人生の転機には大きく分けて「予測可能な転機」と「予測不可能な転機」があると言われています。具体的に考えてみましょう。

●予測可能な転機とは

 「入園」「入学」「就職」「結婚」「出産」「転居」「離婚」他

 これらは、あらかじめ時期が決まっていたり、自分の必要に応じたタイミングで決めることができたりする転機で、自分でどのようにこれらの変化に向かうのかも自己調整が可能な転機と言えましょう。

●予測不可能な転機とは

 「身内の不幸」「ケガ」「病気」「失業(親)」「離別(親の離婚など)」災害他

 これらは、本人の意志に関わらず、ある日突然に本人に降りかかる転機であり、自分で決めることができない事故的な要因が多いため、子どもであって、子どもだからこそその背景や意図も理解できない中で起こる予測不可能なものが多いのが特徴でしょう。

●転機の内部要因と外部要因

 転機が起こるきっかけには、子ども自身の心理的な事情によって起こる「内部的要因」と環境の変化などで起こる外部的要因があります。

 内部的要因として「夢」「目標」「不安」「年齢」「価値の変化」「考え方の変化」などが挙げられますが、子ども時代の内部要因で多くを占めるのが「不安」や「年齢」でしょう。子ども時代はまさに成長途上で、自身で価値を判断したり考え方を整理したり、夢も未だ未分化な場合が多いからです。

 外部的要因とは「人間関係」「転園・転校・転勤(親の)」「出会い・別れ」「組織の変化:進級や進学」などが挙げられます。これは、自身が自分で選択する場合も有りますが、自身を取り巻く環境の変化によって変化が訪れるケースでしょう。自身が入園、卒園、入学、卒業という変化だけではなく、保護者などの変化や自分の周りが変化(先生が転勤や友達の転校など)から影響を受けて、これまでの安定していた生活が脅かされたりと、周りからの影響で思いがけない転機に出会う事も有るでしょう。一方で新しい出会いをもたらすこともあり、新しい出会いや新しい心の動きにも出会うチャンスの転機かも知れません。

予測可能な転機との出会い

 子ども時代の予測可能な転機についてもう少し、具体的な事例を取り上げながら、その転機が子どもたちの発達にどのような影響をもたらすか、発達と関連付けて考えていきましょう。

 私にとって最も大きかった転機は幼少期に「小児結核」という大きな病気に罹患し、2歳ころでしょうか、毎日だったのか記憶は定かではありませんが、母の背中におんぶして、通院して注射を受けるたびに看護師さんや母に褒めてもらう事が楽しみでした。この、私の、人生で最もと言っていいほど重大な転機は「死と背中合わせの転機」であり、私の記憶の中には辛かった記憶より「頑張った」「楽しかった」記憶でしたが、後に母からこの病のことを聞かされた時、どれほど重大な命がけの転機だったと知り、それを知ってから自分を大切にしようと思うようになりました。

 このように、子ども時代の転機は本人が意識することが難しい面もあり、後になってそれがどのような意味を持ったのかをしっかりと説明できる身近な大人が寄り添っていることが重要だと思いました。

●誕生(出産)

 赤ちゃんは一般的に10か月程度、母親のお腹の中で外界で生活するために必要な準備(発達)を経て、出産という営みで外界と初めて出会います。この、外界へのデビューは胎児にとって重大な転機だと考えられませんか。まさに、予測可能では有りますが自身の自覚といった心の働きはこの誕生以降の発達に依存しています。近年、この出産による様々なトラブルがその後の母子関係を築くことを困難にする場合も少なくありません。超低体重児であったり、望まない出産だったり、出産時のトラブルで赤ちゃんに何らかの障害がのこったりなど、出産という営みは、現実的には母子にとって、重大な転機であるのです。

●入園、入学(保育園、幼稚園等、小学校、中学校、高等学校等)

 子ども時代の社会へのデビューが入園でしょう。家庭生活から保育園や幼稚園という様々な年齢層(乳児から幼児まで)多くの子どもたちの接点を持ちながら日々の生活を営み、影響を受けながら成長・発達します。そのような点からも保育園や幼稚園への入園は家族以外の人々、家庭以外の環境(保育室、園庭、通園、遊具など)との刺激的な出会いの機会であり、自身の自覚は未だ不十分でも多くの転機に出会っているのです。

 そして、その経験を土台に小学校、中学校、高等学校と進学・進級を重ねる中での多くの人々と環境との出会いは子ども時代の転機の如何に多い事かを感じて頂けると思います。

 さらに、成長・発達の途上で起こる様々な心理的な成長発達の転機も起こってきますね。

転機がもたらす心の育ち

 転機は本人に多くのストレスと、楽しさと、戸惑いと、高揚感となど様々な心の変化と出会いながら成長発達します。その成長発達の中で、近年注目されている困難を克服できる力「レジリエンス」とそのレジリエンスの源泉と言われている乳幼児期に獲得する「アタッチメント(愛着)」について触れてみたいと思います。

●レジリエンスと転機 

 レジリエンスという逆境を跳ね返す力への関心が高まったのが、我が国を襲った東日本大震災の時でした。レジリエンスとはもとは物理学の用語で「外力による歪みを跳ね返す力」という意味を心の力として捉えたと言われています。そして、この逆境を跳ね返す力の秘密は「子ども時代」に有るとされ、同じような逆境に遭遇しても立ち直れる人と、立ち直れない人がいる(Werner & Smith,1977,1982,1992)ことが分かっています。そして、その特徴の構成要素として「自尊心」「楽観主義」「感情調整」「未来志向」「安定した愛着関係(新奇性追求)」「支援者」「ユーモア」などが挙げられていて、転機を乗り越える力にはレジリエンスが関与していると考えることが出来きます。

●レジリエンスの構成要素「アタッチメント:愛着」とは

 転機を乗り越える力・レジリエンスの構成要素に挙げられている「アタッチメント」は乳幼児期の発達に欠かせない重要なかかわりでもあります。この、愛着は精神科医のジョン・ボウルビィが提唱した理論で「アタッチメント理論」と呼ぶことがあります。そして、ボウルビィはこの行動を「母親(養育者)の世話・養育を求める乳児の行動」名づけました。そして、この愛着行動のパターンを「発言行動:泣く、笑う、声を出す」「定位行動:目で追う、接近するなど」「経済的身体接触行動:抱きつく、よじ登るなど」で説明されています(Bowlby,1969 ; 矢野・落合,2000)。また、子どもがある危機的恐恐に接する、そうした状況を予知することで恐れや不安の情動が強く喚起された時に特定の母親や養育者への接近を通し、安全の感覚を回復・維持しようとする傾性(Bowlby, 1969,1973 ; 数井・遠藤, 2005)も愛着と考えられています。

 そして、この乳幼児の積極的な接近や接触行動は、特定の養育者によって繰り返し行われるお世話により、心の強い結びつき(絆)が生まれると言われています。 例えば、赤ちゃんはお腹がすくとそれを泣くというサインで知らせ、その泣き声を「空腹」のサインと養育者が読み取りお世話を受けた結果、赤ちゃんは満たされる経験を得ることが出来ます。この双方向のやり取りと養育者の応答的なかかわりの繰り返しが信頼関係を構築し、絆が生まれ、他者とのコミュニケーションの第一歩を踏み出すのです。この愛着は大きく3つの基地機能「安全」「安心」「探索」から形成されると言われています。安全とは恐怖や不安などのネガティブな感情から守られることで、安心は落ち着く、ほっとする、安らぐ、楽しくなるといった繋がり感、探索は安心・安全基地から分離でき、安心・安全基地に必要に応じて帰還できる力です。

 この、豊かな親子関係から乗り越える力・レジリエンスの構成要素を成長発達の中で身に着けることは「子ども時代の転機」をしなやかに軽やかに乗り越えることを可能にするのではと思います。

参考文献

・Werner, E.E., & Smith, R.S.(1977). Kauai’chidren come of ege. Honolulu;
University of Hawaii Press.
・Werner, E.E., & Smith, R.S.(1982). Vulnerable bad invincible: A longitudinal study of resilient children and youth. New York: Cambridge University
Press.
・Werner, E.E., & Smith, R.S.(1977).Overcoming the odds: High risk children
from birth to adulthood Ithsca. NY: Cornell University Press.
 ・Bowlby,J. (1969/1982). Attachment and loss, Vol1: Attachment. Basic Books.
(ボウルビィ,J. 黒田実郎・大羽薫・岡田洋子・黒田聖一(訳)
 母子関係の理論Ⅰ 愛着行動 岩崎学術出版
・Bowlby,J. (1969/1982). Attachment and loss,Vol2:Separation:Anxiety and
 anger. New York; Basic Books.
(ボウルビィ,J. 黒田実郎・岡田洋子・吉田恒子(訳)(1995)。母子関係の理論Ⅱ 岩崎学術出版)
・遠藤利彦(1997). 愛着と発達 井上健治・久保ゆかり(編)子どもの社会的発達 東京大学出版会

執筆者

冨田久枝(とみた・ひさえ)
千葉大学名誉教授・グランドフェロー。専門は心理学(博士)。主に保育現場における乳幼児期の発達支援を主とした研究と実践を行っている。