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これから必要になる「お金教育」とは( あんびるえつこ:生活経済ジャーナリスト 「子供のお金教育を考える会」代表)#子どもたちのためにこれからできること

経済活動に大きな影響が出た今回、次々とお金にまつわる問題が出て来ています。今後、子どもたちには、お金についてどのような点を教えていかなければならないでしょうか。長年、子どものお金教育に携わっている、あんびるえつこ先生にお書きいただきました。

1.コロナ禍がもたらした“新しい消費生活”

 コロナ禍で提唱された“新しい生活様式”は、同時に私たちに“新しい消費生活”をもたらした。この“新しい消費生活”の中で育つ子どもたちには、どのような「お金教育」が必要になるのだろうか。まず“新しい消費生活”とはどのようなものか、日常のワンシーンを想定し、その問題点を考えてみたい。

「小学3年生のAくんは、リビングに寝ころび、タブレットでオンラインゲームをしながら退屈そうにしていた。その時、父親がネットで注文しておいた商品が届いた。母親は見ていた映画を止めて、Aくんに宅配便を受け取るようにいうと、スマホで夕食のためにデリバリーを手配し始めた。」

 こうした家庭の光景は、コロナ禍でより「日常」となった。家にいる時間が長くなったため、国民生活センターには「学校が長期休みとなり、自宅でタブレット端末のオンラインゲームを利用し、高額の課金をしてしまった」等という相談が寄せられるようになった。2020年度の「オンラインゲーム」に関する相談件数は、前年同期の約1.4倍に増加している(2020年6月30日現在)。

 「ネットで注文」する機会も増えた。総務省「家計消費状況調査」(2人以上の世帯)によると、2020年6月のネットショッピング支出額の名目増減率は、前年同月+20.3%である。有料動画配信サービスによる「映画」の視聴も、家にいながら楽しめる娯楽として支持されている。IT関連シンクタンクのインプレス総合研究所が2020年5月に行った調査では、有料動画配信サービスの利用率は21.5%で、昨年から4.3ポイント増加した。もはや、5人に1人が利用していることになる。

 そして外食がはばかられる中、「デリバリー」も活況を呈している。日本経済新聞は、4月7日の緊急事態宣言後に、料理宅配サービスを行っている出前館とウーバーイーツの利用者が6割増加したと報じている。

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2.目に見えない「対価としてのお金」

 こうした“新しい消費生活”は、確かに便利で、より快適な日常を与えてくれる。しかし前出のAくんの視線で捉えてみると、どうだろう。「オンラインゲーム」で有料アイテムを購入したとしてもキャッシュレスで支払われるため、手元の金銭が減る様子を見ることはない。タブレットを動かすための光熱費を意識することもない。多くの家庭で口座引き落としやクレジットカード払いだからだ。

 父親の「ネット注文」もクリック一つで決済でき、Aくんが目にするのは、欲しいものが宅配業者によって運ばれてくる光景だけである。母親の見ていた「映画」は有料動画配信サービスのサブスクリプション(※ⅰ) を利用しているため、「視聴し放題」という印象だけが残る。「デリバリー」に至っては、プラットフォーマーの介在により、飲食店や配達員に実際にいくら払われているのか、大人であっても直ちに知ることはできない。

 つまり、商品やサービスを受ける対価として「お金」を支払っていることが、子どもであるAくんの目には見えない。このように「対価としてのお金」が生活の中で見えてこないのが、“新しい消費生活”の特徴なのである。

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3.子どもの生活経験と学校での学び

 新しい学習指導要領により、“新しい消費生活”を支える「クレジットカード」や「インターネットを介した通信販売」等を、中学で学ぶことになった(表)。

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    これは2022年に成人年齢が18歳に引き下げられることを受けたものである。教科書には「クレジットカードは借金である」「つい使いすぎるという短所がある」などと書かれているが、実際の生活の中でクレジットカードを保有することができない中学生が、どれほどの現実感を持って理解することができるだろうか。

 しかし一方で、中学生は「つい使いすぎるという短所がある」ものをすでに使用している。三井住友カードの調査では、中学生の35%(高校生は50%)が「キャシュレス決済をしたことがある」と回答している。使っているのは、電子マネーやQRコード決済である。そして、「現金とキャッシュレスでお金を使った感覚に違いがあるか」という質問に、中学生の約6割が「ある」としている。本来なら、こうした「感覚の違い」を手掛かりに、キャッシュレスにおける問題を発見し、知識を習得し、解決策の検討、実践へとつなげるべきであろう。しかしおよそ10年ごとに見直す学習指導要領では、QRコード決済のような金融環境の変化についていくことは難しい。

 インターネット取引についても同様である。若い世代に人気のファッションサイト「ZOZOTOWN」の「ツケ払い」(※ⅱ) 利用者の約16%は10代である(2017年8月18日現在)。支払い猶予が2か月以内の一括後払いのためクレジット関連法令の規制を受けず、厳格な審査を経る必要がなく、未成年でも保護者の同意があるとすれば利用できてしまう。しかし、これもクレジットカードと同様に「借金」であり、支払いが遅れれば、督促や裁判手続による強制的な回収が行われるものである。

 またSMBCコンシューマーファイナンスの調査では、15~19歳の学生の18.5%がフリマアプリ「メルカリ 」(※ⅲ)で収入を得たことがあると答えており、また41.9%は「したい」としている。もはやインターネット取引も、消費者としてだけではなく、販売者や生産者として関わるようになってきている。

 こうした子どもたちの生活経験は、教える側の想像以上に変化が早く、また個人差もある。現場の教員が、日進月歩の金融サービスやインターネット取引等を理解し、さらに子どもたちの経験をも把握して、授業を組み立てていくことは、実際問題難しいだろう。結果、教科書における「知識」と実際の生活は乖離したまま、子どもたちに実感のない「知識」を記憶することを要求してしまうのである。

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4.未来を生き抜くための「お金教育」 3つのポイント

 このような変化の激しい今の時代にあっては、「お金教育」は「知識」の集積ではなく、見方や考え方、行動様式など社会との付き合い方に力点を置くべきではないだろうかと考えている。消費生活に必要な「知識」は変化しやすい一方で、インターネットを通して格段に得やすくなった。つまり、行動する前にきちんと情報収集し、「知識」を得たうえで意思決定する…といった行動様式を身につけさえすれば、生涯にわたって、子どもたち自身が主体的に最新の「知識」を得ることができるだろう。

 そして、「知識」をもとに、よりよい意思決定ができるように、さらに次の3つのポイントをおさえていくことが重要になる。

 一つには、経済の基本的なモノの見方や考え方、すなわち希少性(※ⅳ)、トレードオフ(※ⅴ) 、機会費用(※ⅵ) といった基礎概念をしっかり理解できるようにすることである。キャッシュレスは「見えないお金」だからこそ、希少性を意識し、お金を配分する必要がある。また「つい使いすぎるという短所」はトレードオフや機会費用を考えることで回避することができる。こうした基礎概念は、環境に配慮した消費生活を送る上でも有用な考え方である。資源にも希少性があり、私たちが多くを消費してしまうと次世代が使うことができなくなるというトレードオフの関係にある。「見えないお金」「見えない資源」であるからこそ、その有限性を意識することは重要である。

 二つ目には、数字で金銭管理ができるようにすることである。昭和31年度小学校学習指導要領家庭科編で「買ったものは記帳するようになる」とされて以降、金銭収支の記録は学習指導要領に盛り込まれてきたが、平成10年度小学校学習指導要領からは、削除されている。キャッシュレスは、現金のように目で見て確認することができないため、数字による金銭管理は欠かせない。またデータ主導社会(※ⅶ)を生きる子どもたちには、金銭管理の記録データから傾向を見出し、自身の消費行動の振り返る……といった習慣もつけておきたいものである。

 三つ目には、複雑な販売経路やお金の流れについて、知ろうとする態度を養うことである。商品がどのように作られ、どこから来たのか――見えなくなった商品の経路を知ろうとすること(過去)、それをもとによく考えること(現在)、自分の消費行動が未来を作るものだと自覚し、そのデザインに資するお金の流れを作ること(未来)が、重要な視点になるだろう。SDGsの各目標も、その道しるべになるかもしれない。

 変化の激しい世の中にあって、次々と現れる新しいサービスを前に、あれもこれも教えようと、あくせくする必要はない。重要なことは、「知識」の大切さに気付かせ、自ら情報収集しようとする態度を養うこと。そして、希少性のあるものを、どのように配分し、どのように楽しみ、消費を通してどのような社会を実現したいのかをよく考えさせ、実践につなげていくよう促すことである。新型コロナウイルスによってスクラップ(Scrap)された世界は今、ビルド(Build)の途上にある。未来の社会は冒頭のAくんのような子どもたちに託されていることを肝に銘じ、新たなお金教育を考えていく必要があるだろう。

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参考資料・文献
・独立行政法人 国民生活センター『各種相談件数や傾向 オンラインゲーム』2020.8.7
・総務省『家計消費状況調査 ネットショッピングの状況について(2人以上の世帯)2020年6月分結果』2020.8.7
・インプレス総合研究所『動画配信ビジネス調査報告書2020』2020.7.14
・日本経済新聞 2020.4.28 朝刊
三井住友カード株式会社HP キャッシュレス決済の基礎知識
株式会社スタートトゥデイHP 2017年8月18日ニュースリリース
・SMBCコンシューマーファイナンス株式会社『10代の金銭感覚についての意識調査2020』2020.4.2
・N・グレゴリー・マンキュー『マンキュー経済学Ⅰミクロ編』東洋経済新報社、2000


(ⅰ)商品ごとに購入金額を支払うのではなく、月額など一定期間の料金を支払う方式。期間中は、映画など対象のサービスを自由に利用できる。
(ⅱ)1注文につき324円(税込)の手数料で、支払い期限が注文日から最大2ヶ月後となる決済方法。代金の請求や料金収納業務は、別会社が行う。代金は全国のコンビニエンスストアやLINE Payで支払う。累計で54,000円(税込)まで利用可能。
(ⅲ)スマホなどのアプリから要らなくなったものや自分が制作したものなどを売ったり、また買ったりすることができる。取引が完了した時のみ、手数料がかかる。売上金はポイントで付与され、「メルペイ」のQRコード決済でも使用できる。
(ⅳ)社会の資源には、限りがあるという性質。
(ⅴ)一つの目標を達成することで別の目標が犠牲になるという、相反する関係。
(ⅵ)あるものを手に入れるためにあきらめなければならないもの。
(ⅶ)IoTによって収集・蓄積された「ビッグデータ」についてAIを解析ツールとして活用するなどして、社会課題の解決のために活かす社会(参考:平成29年版「情報通信白書」)。

執筆者プロフィール

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あんびるえつこ
生活経済ジャーナリスト。「子供のお金教育を考える会」代表。
新聞社で生活経済記事を担当しながら、日本FP協会認定ファイナシャルプランナーの資格を取得。出産を機に退社後は、家庭経済の記事を新聞や雑誌に執筆。講演活動も精力的に行う。全国の学校行われている授業「カレー作りゲーム」の考案者。著書に『アクティブ・ラーニングで楽しく! 消費者教育ワークショップ実践集』(大修館書店)などがある。


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