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思春期の子どもに葛藤する親たちへ(道玄坂ふじたクリニック 心理療法士:岡嶋美代)#葛藤するということ

不機嫌かと思えば急に甘えてきたり、不可解な言動でこちらを振り回したり……。「思春期」=「大人への移行期」と頭では理解していても、いざわが子の変貌ぶりを目の当たりにすると、戸惑ってしまう親も少なくありません。子どもとの関係をこじらせないための、親としての心の持ち方について、思春期臨床に詳しい岡嶋美代先生に解説していただきました。

多様性かわがままか

 東欧の国のように、戦禍にあえぎ命の危険にさらされている状況下では、どこに住み何を学びどんな癒しを得たいかなど尋ねられもしないし、限られたところでの息をひそめた生活しかありません。そう考えると、自分らしい生き方を求めることは、豊かな時代に生きる者の特権ともいえます。多くの日本人にとって、現代は自由な選択肢にあふれています。いつの間にか多様性を容認するのは、大人にとっての当然のたしなみとなり、異論を唱えようものなら袋叩きにあう社会となってきました。

 一方で、小さな社会としての家族を考えたとき、子どもが持つ価値観を尊重し、彼らの生き方の多様性を認めることは大事なことと分かっていても、学校に行かずにゲームばかりしている我が家の子どもの様子をどこまで認めればよいのでしょうか。それはわがままや怠けとはどう違うのでしょうか。eスポーツ界で活躍するかもしれないとどこまで信じて支援すべきなのでしょうか。このように境界がわからなくなった親はどうやって子どもが主張する多様性を認めていけばよいのでしょうか。全ての年代の子を持つ親にとって共通の悩みですが、思春期にさしかかった時は子どもの価値観が広がることで親にとって大きな葛藤となり、子どもたちもまさにその分岐点で戸惑っているのです。

思春期にある分岐点

 思春期が人生の分岐点となる理由はいくつかあります。小学校高学年から中学生にかけて、多くの子どもたちは第二次性徴と呼ばれるホルモンのシャワーを浴びることになります。スコールのようにすぐに乾いてもとに戻れるのなら簡単ですが、ホルモンのシャワーはもとには戻れません。徐々にそれまでの自分とは違うものに変容していくのだから、体もびっくりするけれど、それよりも心がついていけない子も出てくるかもしれません。受け入れがたい形に変容するかもしれないし、思ったよりも変容しないかもしれません。こだわりが強い子の場合は、よりその変化の細部に注意が向かい、身体違和感として認知されるかもしれません。いったん気になり始めるとなかなかそこから注意をそらすのが難しくなっていきます。

 たとえば、毛深くなったことに気づくと、鏡を見る回数が増え、それによってさらに小さな変化にも気づくようになり、不安なことを見つけやすくなります。不安なことの多くは「自分と他人との違い」です。まぶたや鼻の形の違い、あごやえらの張り具合の違い、ニキビやニキビ跡などの肌の形状の違い、ふくよかさや背の高さの違い、などなど、思春期の子どもたちは周囲の人との違いに敏感になることがあります。むくむくと変化する自分の体の受け入れが自然と行われるときには問題が生じにくいのですが、ひとたび疑問を持ち始めると、気がかりが増えてギクシャクし始めることになります。時に、イライラし、自分がこうなったのも親のせいだと思うかもしれませんし、身近な人間関係の中で同胞や同級生をうらやんだりします。また、インターネットの画面越しに芸能人とも身近につながれて、理想はますます高くなり、卒業のプレゼントが美容整形という家庭も珍しくありません。さて、これを多様性の容認として親は受け入れられるでしょうか。

プライバシーの尊重

 思春期の患者さんがクリニックのカウンセリングルームに入ってくるときに、なんのためらいもなく入室する両親やきょうだいがいたり、申し訳なさそうに同席してもいいかと聞いてくる親がいたり、子どもだけで入室したり、家庭によってさまざまです。筆者は許可を求められると必ず、「あなたが決めていい」と本人に確認しています。すると、小学生でも「一人にして」と言う子がいます。そんな子に対しては、親が出て行ったあとに「よく勇気を出して言えたね」と褒めたくなります。このように子どものプライバシーを尊重する姿勢ができている親がいる一方で、子ども自身が都合の悪い症状について正直に話さないかもしれないと懸念して、家庭での様子を書いたメモをこっそりと渡してくる親もいます。また、「同席してもしなくてもどちらでもいい」と子に言われて、嬉しそうに座ろうとする親には、「お子さんがどちらでもいいと言うのは、内心はノーと言いたいけど親を気遣う優しさなので、ここは親のほうが遠慮したほうがいいのでは?」と促すようにしています。カウンセリングとしては同席と別とどちらがいいかと親に問われることもありますが、親に聞かれたくない内容を話したい子どももいるので、患者さんの希望を尊重しながら、その時々に合わせた選択をしています。

依存と自立のはざま

 思春期の子どもたちの成長のスピードには個人差が大きいものです。カウンセリング室で出会う子どもたちの中には、小学生のような高校生がいたり、高校生のように見える小学生がいたりします。奥田(2009)は、子どもへの対応を成長過程に合わせて変えるべきという意味で、傷をつけないようにそっと扱う「もも組」、距離をとりつつ自由な活動を見守る「りす組」、自立を信じて送りだす「ライオン組」と、成長の段階に合わせた3つの組を想定し、わかりやすく解説しています。それでいうと思春期はとうに「ライオン組」であるはずなのに、いつまでも、乳幼児のように大切にそっと傷つけないような「もも組」扱いを続けている親もいます。それが、ためらいもなく堂々と子のカウンセリングに入って来るような親ではないでしょうか。もしかしたら、守ってあげたいという愛情が濃すぎるのかもしれません。大事な一人っ子だから、あるいは、病気がちな幼少期を経てきた子だったのでしょうか。一方で、子どもの一人立ちをまだ信じられない、やや心配性な親なのかもしれません。

 いつかは自立していくことを信じて待つこと以外に思春期の子を持つ親ができることはあるのでしょうか、いや、なさそうです。
 しかし、信じて待てと言われても、自傷行為ややせ願望など食行動の異常が見られたりすると、ただ待つのはつらいものです。そんなときは、親もカウンセリングを受けて対応の方法を聞いてみるといいでしょう。

言い訳を引き出す言葉

 以下に、簡単な親子の会話例があります。解説とともに読んでみてください。

親1:いつまで寝ているの?
子1:うるさいなあ、あとで起きるから
親2:学校に遅刻しても知らないよ
子2:ギャーギャー言われると、頭痛くなるからあっち行って
親3:そんなこと言うなら、二度と起こしてやらないから

 親1の発言は質問のような形ですが命令文です。本当に言いたいことは「早く起きなさい」なのに、なぜかよく使ってしまうフレーズです。このタイプの疑問文には、「なんでそんなことをするの(したの)?」(そんなことをしないでくれ!)という思いが含まれまれるため、命令文なのです。それで、「うるさいなあ」などと反発されます。
 
 親2は、意味のない売り言葉に買い言葉です。そのため、子2は、頭が痛いなどと言い訳をしています。子の態度の間違いを指摘する発言は、学校に行きたくない言い訳として体調不良を引き出してしまうのです。正論を突き付けられると、人は誰でも言い訳を言うようにできています。
 
 親3は、心にもないことを言って脅しています。明日から二度と起こさないなんて決心しても、親としてはなかなかできるものではありません。本当にそうしたいのであれば、親のほうが一大決心をして言うべきです。そうでなければこんな嘘をつく態度を子どもに見せるのはよい作戦ではありません。
 
 この会話の場合は、問題は起床なのでそれほど難しいと感じないかもしれませんが、これが自傷や過食嘔吐の場合でも同じです。命令をすれば、その応答は反発でしかありません。そのように考えてコミュニケーションを工夫していきます。

「なぜ、また切ったりしたの?」とか「また、吐いたりしたの?」などは無意味な質問風命令文だと気づけるようになりましたか。これを共感的な対応に変えるなら、「また、切ってしまいたくなるようなことがあったんだね」とか、「食べるのも吐くのも苦しいだろうねぇ」などと伝えてください。すると、次の言葉がきっと変わっていきます。

子どもだって葛藤する

 心配性なのは親だけではありません。少しだけ大人に近づいてきた中学生のシナモン(仮名)ちゃんは、最近、お父さんの恋人のことが気になっています。お母さんが亡くなって5年もたったお父さんに恋人ができるのは仕方ないことと頭では理解できても、父親がこれまでのような父ではなくなるようで、不安でした。ちょうどお父さんがお風呂に入っているときに、恋人からスマホに届いたメッセージがチラッと見えてしまいます。なんとその一行目に自分の名前が書かれているのを見つけたシナモンちゃんは、ドキドキする気持ちを抑えることができず、そっとメッセージを読んでしまいました。それ以来、お父さんのスマホを盗み見ることが続いています。自分のことがどんなふうに書かれているのか気になってしかたがありません。いけないことと分かっていても、もう止められません。「お父さんが指紋認証とかにすればいいのにね」と言うと、それは困ると言います。自分が邪魔もの扱いされていないか、父親をとられてしまわないか心配でもあり、新しいお母さんになる人に甘えたいような反発したいような、複雑な葛藤の渦中にいました。

 スマホを盗み見るのは、昔から心配性や支配欲の強い親の仕業でしたが、最近はこのように子どもの方が操作が巧みであったり、ロックの突破の方法を知っていたりするために、逆転現象が起こっています。思春期の子どもの揺れる心のバックグラウンドはどんどん複雑になってきています。

 このエッセイを読んだ人が、「なんで、私のスマホを覗いたの?」とは言わずに「彼女のことが気になっていたんだね」とか「ちょっと寂しくさせていたのかな」と言えますように!

【参考文献】
奥田健次 2009 子育てプリンシプル、一ツ橋書店

◆執筆者プロフィール

岡嶋 美代(おかじま みよ)
道玄坂ふじたクリニック 心理療法士、オンラインで行動療法カウンセリングなどを行うBTCセンター東京/なごや 代表。専門行動療法士,公認心理師。強迫症の治療に豊富な経験をもつ。著書に『図解やさしくわかる強迫症』『やめたいのに、やめられない ――強迫性障害は自分で治せる』(共著)などがある。

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