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【第6回】ダブルバインドを面接でどう使うか~多量服薬から過呼吸になった女子高生の事例から①~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表)連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

 前回はブリーフセラピーにおける代表的な技法であるダブルバインド(二重拘束)について、定義を紹介し、よくある事例として、家庭内のダブルバインドや社会でのダブルバインドなどを紹介しました。その上で、人それぞれに考え方が異なる以上、ダブルバインド状況になるのは避けては通れないことであり、ダブルバインド状況が身近であると意識することが大事だとお伝えいたしました。

 今回は、ダブルバインドを実際にどのように扱えばよいのか、大変印象的なカウンセリングの事例を通して、紹介していきます。

【事例】前日に多量服薬から過呼吸になった女子高生
当時、筆者がいた相談室に当日予約で入ってきた相談である。
女子高生が母親に連れられてやってきた。前の日に寮の自室で過呼吸になり、救急搬送された。救急隊員が駆け付けた時に部屋の中には不自然なほど大量の薬があり、病院で本人が「死にたい」と何度も繰り返していた。また、看護師に本人が「薬をたくさん飲んで死のうと思った」と答えたことから、搬送先の病院でドクターが、「落ち着いたらカウンセリングを受けるように」と勧めた。両親が迎えに行き寮ではなく一旦実家に戻り、カウンセリングを受けられる場所を探したところ、筆者の元に来たという。

まずは、“前日大変な思いをしたこと、そんな中で今日母親と一緒に相談室にやってきたこと”を軽くねぎらった。その上で、すぐに筆者(以下「Co」)は、「今日はどんな話ができればいいと思う?」とたずねた。

Aさん「死にたい」「早く楽になりたい」
Co「その話は、とても大事な話なので、あとでじっくり聞かせてほしい。でも、(アチャ~、やってしまったという表情を浮かべ)その前に聞いておかなければいけないことを忘れてたんだ。悪いけれど、別の質問を先にしていいかな」
Aさん「はい(うなずく)」
Co「ありがとう。じゃあ、質問させてください。今は、あまり考えられないかもしれないけれど、それなら昔考えていたことでいいから教えてほしい。将来どんな人になりたいと思っているの?」
Aさん(一瞬、間を置いた後)「ずっと、看護師になりたいと考えていた。でも最近は、ウェディング関係の仕事にも興味がある」
Co「そっか、看護師もウェディング関係も素敵な仕事だね。どうしてそういう仕事に興味があるの?」
Aさん「人の役に立つのが好きだから」
Co「それは、すばらしいね」

 ここまで見ていただくと、カウンセラーが話の順序を変えるなど、会話をかなり積極的にリードしていることがわかると思います。もしかすると文字だけを見ると「まったく共感していないのではないか」「強引なのではないか」と感じる方もいらっしゃるでしょう。

 ブリーフセラピーでは、面接場面は「現実を発見する場」のではなく「現実を作り出す場」と考えます。したがって、相互拘束を意識した積極的なかかわりが必要になります。

 文字にはできていませんが、かなり表情や姿勢といったノンバーバルな部分でAさんに寄り添う反応を心がけました。特にこの事例のように自殺念慮がある場合、「次回も(元気に)面接に来る」ことが重要です。したがって、文字だけでは強引に見えますが、その分のノンバーバルを意識することが必要です。

続けて、前日の自殺未遂に至るまでの経緯を丁寧に聞いた。まとめると、“友人や家族のトラブルが重なり、なおかつそのトラブルが本人にとっては相手のために良かれと思ってやっていることが結局裏目に出てしまったため、「自分は役に立たない」という思いから「生きている意味がない」と考えてしまい行為に及んだ”という。そこで、再度話を戻し、

Co「今日どんな話ができればいいと思う?」
Aさん「うーん」(考え込む)
Co「さっき『死にたい』『楽になりたい』と言っていたけれど、少し気分は変わった感じかな?」
Aさん(うまく気持ちが整理できない様子で首をかしげる)
Co「あなたは人の役に立ちたいと考えるやさしい人だ。だから、申し訳ないが今日は僕に協力をしてほしいのだけど、いいかな?」
Aさん「いいですけど、どんなことですか?」
Co「ありがとう。とても難しいことだと思うのだけれど、僕のためにこの面接が終結するまでは、『死にたい』と思っても全然いいので、ただ行動に移さないでほしい。君が行動に移したら、僕はとても悲しいし、カウンセラーとして失格になってしまうから。僕のために約束をしてほしい」
Aさん(これまでにないしっかりとした声で)「わかりました。それは大丈夫です」

 初回面接はここから後半に入るのですが、後半部分については次回紹介します。気になる方もいらっしゃると思いますので、事例の結論だけを先にお伝えしますと、面接は3回で終結しました。Aさんはその後のフォローアップでも自傷行為をすることなく元気に過ごしております。今回紹介するにあたり、加工した事例をメールで確認してもらったところ、「もちろんいいですよ」という快諾と、「そんなこともありましたね(笑)」と返事がありました。この面接以来、薬の多量服薬はもちろん自傷的な行動はみられません。

否定も肯定も無視もできない時

 最初に、「今日はどんな話ができればいいと思う?」と、いわゆる開始の質問をしました。すると「死にたい」「早く楽になりたい」という答えが返ってきました。ここで、「早く楽になるってどういうこと?」などと具体化する手もあるでしょう。私も、普段の開始の質問では、クライアントの答えを広げたり深めたりして、より具体的にしていきます。しかし、この事例では広げても深めてもあまり効果的ではないと判断し、話題を変えました。理由としては、前日に多量服薬を企て、当日も家族が家の中でも「死にたい」と繰り返すことに困って連れてきたという状況でした。そこから考えて、「死にたい」「楽になりたい」に対して(例えば「そんなこと考えちゃだめだよ」「そんなこと言わないで」など)の対応は家族がたくさん試みているでしょう。つまり、本人の「死にたい」という言葉を、周囲が否定する、否定された本人はさらに「死にたい」という思いを強めるといった悪循環が考えられました。そのため、同じ枠組みで対応するのは避けようと考えました。

ダブルバインド状況での工夫

 ちなみに、この事例のように「死にたい」とほのめかすこと自体がダブルバインド状況になっています。つまり、「死にたい」を肯定することが出来ず、否定すると「やっぱり私の気持ちを誰もわかってくれない」と思うのです。

前回紹介した通り、 ダブルバインドの必要条件は、以下の6つです。
・2人、あるいはそれ以上
・繰り返される経験
・第1の禁止令(メッセージ)
・第1の禁止令と矛盾する、より抽象度の高い第2の禁止令(メタメッセージ)
・第1と第2の矛盾する禁止令から逃れてはいけないという第3の禁止令
・上記が成立すれば、以後すべてが揃う必要はない

 対人コミュニケーションで生じる状況である以上、「2人、あるいはそれ以上」「繰り返される経験」「成立すれば、以後すべてがそろう必要はない」という条件は、ダブルバインドに限らず頻繁に存在します。ここで特に重要なのは、残る3つの条件です。ここでは、残る3つの条件だけを取り出して、便宜的に条件①~③と表記して説明します。

条件① 第1の禁止令(メッセージ)
条件② 第1の禁止令と矛盾する、より抽象度の高い第2の禁止令(メタメッセージ)
条件③ 第1と第2の矛盾する禁止令から逃れてはいけないという第3の禁止令

 カウンセラーの「今日はどんな話ができればいいと思う?」という質問に対して、Aさんは「死にたい」「楽になりたい」と答えました。この際に、その答えを否定できない(否定するなという命令)…条件①、肯定もできない(肯定するなという命令)…条件②、この話を止めてはいけない(この話題から逃れるなという命令)…条件③という状況に陥りました。この状況が繰り返し続くと完全なるダブルバインドが成立します。

 そこで、このカウンセラーは、「この話を止めてはいけない(この話題から逃れるなという命令)…条件③」を阻止するために、棚上げをしたのです。そして、棚上げの理由は「死にたい」「楽になりたい」とは全く関係のない理由にしなければいけません。例えば、「この話はふさわしくないから、話題を変えよう」などと提案すれば、条件①や条件②から逃れることができないからです。

 クライアントの答えが理由ではなく、「質問の順番を間違えたカウンセラー」を原因として話題を変えることでダブルバインドを避けたのです。もちろん、あとから「死にたい」には必ず触れますが、少なくとも条件①や条件②から他のメッセージに行きつ戻りつできることで、「逃げ出してはならない」という条件③からは外れました。つまりダブルバインド状況をコントロールできたのです。

リソース集めと「自殺しない契約」

 事例では、話題を変えるために将来の夢を聞きました。もちろん他の話題でもよいのですが、普段の生活にまつわる話だと家族関係や友人関係に触れて、そこから問題にまつわる話に戻ってしまいそうなので、趣味や学校や部活の話でないこととして将来の夢を聞いたのですが、結果としては成功しました。

 将来の夢について、「看護師やウェディング関係」という答えのあと、A
さん自らが「人の役に立つのが好きだから」と述べました、ここは肯定的にとらえました。行動療法でいう「正の強化」とほぼ同じです。

 「人の役に立つのが好き」という本人の言葉をしっかり肯定した上で、カウンセラーのために「面接が終結するまで~行動に移さない」という提案をしました。これなら「死にたい」「楽になりたい」に対して肯定も否定もせず、つまり悪循環に巻き込まれずに面接を継続させることができます。今回のように「自殺をしない契約」は結構効果的で、よく使います。もちろん、どんな場面であっても相手との信頼関係の構築が大前提であることは言うまでもありません。

まとめ

 今回は、多量服薬を試みた女子高生の事例から、面接中に生じるダブルバインドの具体的な例と、ダブルバインドの力を解決に生かす「治療的ダブルバインド」の例について紹介しました。今回紹介した事例は、かなりドラマチックなものでしたが、普段のカウンセリング場面でも大なり小なりダブルバインド的な状況は発生します。そして、そのダブルバインドを見立てつつ、新たな治療的ダブルバインドを利用した介入を行うことが、ブリーフセラピーの難しいところであり、面白さでもあります。

 次回以降も事例を通してダブルバインドを見立てて、治療的ダブルバインドによる介入を紹介いたします。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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