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【第12回】まとめに代えて:トトロの物語から考える子どものサポート(半田一郎:子育てカウンセリング・リソースポート代表)連載:子どものSOSの聴き方・受け止め方

 この連載では、子どものSOSの聴き方受け止め方について詳しく解説してきました。今回、連載は12回目となり、1年間が過ぎようとしています。連載の最後に、今までのまとめに代えて、映画「となりのトトロ」をもとに、主人公のサツキに焦点を当てて子どものサポートについて考えてみたいと思います。

 となりのトトロは、1988年に公開された映画です。その後、何度もテレビで放送されてきましたが、視聴率は毎回高い値となっています。いつまでたっても人気が衰えない素晴らしい物語です。そのため、映画を一度は見たことがあるという方が大多数ではないかと思います。

 トトロの人気の秘密は、トトロなどのキャラクターのかわいらしさだけではありません。子どもがサポートされながら成長していくという物語こそ人気の秘密だと感じます。そのことを少しずつお話ししていきたいと思います。

© 1988 Studio Ghibli

主人公サツキと家族について

 主人公はサツキという小学校4年生(10歳)の女の子です。なお、年齢は、後から小学校6年生へと設定変更されましたが、ここでは元々の設定どおり10歳として考えます。サツキは元気で明るい、いわゆる良い子です。また、母親が入院中なので、家事も担っている真面目でしっかり者なのです。年齢よりも大人びた印象です。

 メイは、サツキの妹で4歳です。サツキとは対照的な性格で、わがままで甘えん坊です。4歳という年齢相応の子どもらしい子どもです。

 ところで、サツキとメイのお父さんは、どんな人だと感じますか? 優しい、真面目などという答えが返ってくるかもしれません。確かに、お父さんは真面目で優しい印象が強いように思います。サツキが初めてススワタリ(まっくろくろすけ)に出会って不安になってしまったときには、「そりゃすごいぞ。お化け屋敷に住むのが、子どものころからのお父さんの夢だったんだ。」と言って、サツキの不安を和らげてくれます。子どもと同じ目線を共有して気持ちを分かってくれる優しさが印象的です。また、家で書き物の仕事をしている時には、集中して真剣に取り組んでいて真面目な印象が強く感じられます。

 しかし、実はお父さんは抜けていて頼りない面も持っています。例えば、ある日の朝には父親だけ寝坊していて、メイに起こされて目を覚まします。その時には、サツキは朝食だけではなく、家族3人分のお弁当まで作っていました。この朝は、サツキは転校して初めて、新しい学校に登校する日でした。そういう非常に大切な朝なのですが、父親は寝坊していたのです。しかも、その日はサツキがせっかく作ってくれたお弁当をメイに食べさせることもすっかり忘れてしまい、サツキが学校から帰ってきてやっと気づきます。また、3人で自転車に乗って母親の病院までお見舞いに行く時にも、父親は途中で道を間違えそうになってサツキに指摘されています。こんなふうに、大切な場面で抜けていることが多く、頼りない面が強いと言わざるを得ません。

 次に母親について考えてみます。母親は病気で入院していて、家にいません。サツキたちの家族は、母親の療養のために自然が豊かな土地に引っ越してきたのだと考えられます。時代背景や状況から考えると、母親の病気は結核なのではないかと思われます。結核は、今でも重大な病気ですが、トトロの物語の当時は死に至る恐れがある怖い病気です。つまり、母親は自分自身の健康上の大きな問題を抱えているのです。しかし、お見舞いの時の様子からは、サツキやメイのことを大切に考えていて、優しい印象が強いと思われます。

 ここで、もう一度、主人公のサツキについて考えてみます。実は、サツキは心の危機に直面していると考えざるを得ません。入院中の母親の病気については、不安を抱えています。また、知らない土地に引っ越してくることによって、大きなストレスを受けていると考えられます。しかも、初めて学校に登校する日にも父親は寝坊していて、サツキは家事を切り盛りしています。初登校の前で色々な不安や心配を抱えていてもおかしくないのですが、サツキはそういったそぶりを一切見せることがありません。もしかしたら、第10回で見たように、サツキは不快を訴えることができないのかもしれません。

 一方、父親は上にも書いたように子どもたちをしっかりサポートしてくれるわけではありません。特に、母親の病状のことは父親はサツキにも詳しく伝えていないようです。そのため、サツキは母親が死んでしまうかもしれないという大きな不安を抱えてしまうことになります。このことが、物語に大きく影響しているのです。

© 1988 Studio Ghibli

トトロがサツキやメイをサポート

 まずは、物語に初めてトトロが登場してきたシーンについて考えます。物語の中で初めてトトロに出会ったのはメイです。サツキが初めて学校へ行った日は、メイは父親と2人で家で過ごしていました。父親は、仕事の書き物に取り組んでいて、メイは家の周りの父親から見えるところで草を摘んだりしながら遊んでいました。初めのうちは、父親のところに、摘んだ花を持ってきて、「お父さんは、お花屋さんね」と投げかけて、やり取りをしながら遊ぼうとします。でも、父親は書き物に集中していて、メイの相手はあまりしてくれません。そのうちメイは飽きてしまって、家の周りを探検し小トトロに出会います。メイは小トトロを追いかけて、藪の中に入って行ってしまいます。その奥で、寝ているトトロに出会います。そして、トトロのお腹の上で安心して眠ってしまうのです。その後、サツキが学校から帰ってきて、メイがいないことに気づいて、メイを探してくれます。サツキは、藪の中で眠っているメイを見つけます。サツキに起こされて、やっとメイは目を覚まして、トトロに会ったことを父親とサツキに報告するのです。

 つまり、メイは午前中から夕方まで、昼食も食べずに1人だけで遊んでいたのです。4歳の子どもが親(大人)の目を離れたところで数時間も過ごすことは危険なことです。この後のシーンで描かれていますが、メイが迷子になったときには、集落中総出でメイを探し回ってくれます。池をさらう場面も描かれていて、池に落ちる事故も生じうることが分かります。つまり、父親が仕事に集中してしまい、メイの様子まで気が回らなくなっていた状況は、メイには大人のサポートが届いておらず、命のリスクもあった状態だったと考えられます。そういうリスクもある場面にトトロは一緒にいてくれて、メイをサポートしてくれたと考えられます。

 次に、サツキが初めてトトロに出会ったシーンについて考えます。サツキが初めてトトロに出会うのは、父親に傘を持ってバス停まで迎えに行った場面です。その日、朝はお天気だったのに、夕方からは本降りの雨になりました。サツキは、学校から帰ってきてメイと2人で父親の傘を持って、バス停まで迎えに行きます。しかし、父親は帰ってくるはずのバスには乗っていません。それでも、2人は次のバスをそのままバス停で待ち続けます。なかなかバスはやって来ず、あたりが真っ暗になっても、まだバスは来ません。メイはすっかり疲れてしまったため、サツキはメイをおんぶして片手で傘をさして父親を待ち続けます。メイはいつの間にかサツキにおんぶされたまま眠ってしまいました。たった1つの街灯の明かりの中、1人で誰かを待ち続けるのは、どんな人でも不安と孤独で気持ちがいっぱいになってしまうものだと思います。サツキはまだ小学4年生ですから、本当に心配で本当に心細い気持ちになっていたと思います。そんなときに、トトロがサツキの所にやってきたのです。サツキは、メイが出会ったトトロだと気づき、トトロに父親の傘を貸してあげます。トトロは、特に何も助けてくれるわけではありませんが、傘にあたる雨粒の音を楽しみながら、サツキのとなりに並んで一緒にバスを待ってくれました。トトロは先に来たネコバスに乗って行ってしまいましたが、トトロがとなりにいてくれたお陰で、サツキの心細く不安な気持ちが少し和らぎました。そして、その後すぐに父親のバスが来たのです。

 真っ暗で雨の降る中、妹を背負ってバスを待つ間、サツキは誰にもサポートされていません。強い孤独や不安を抱えていて、本当に辛い場面だったと思います。その辛い場面にトトロがやってきてサツキのとなりにいて少しの間サツキをサポートしてくれたのです。

 ところで、トトロは父親のバスが早く着くようにしてくれるわけでありません。真っ暗な夜道を明るく照らしてくれるわけではありません。サツキの代わりに、メイをおんぶしてくれるわけでもありません。つまり、トトロは現実を変えることは一切してくれないのですが、サツキのところにやってきて、サツキのとなりにいて、気持ちをサポートしてくれたのです。第10回の連載でお伝えしたように、現実を変えようとすることではなく、気持ちをサポートしようとすることが大切だと教えてくれているように感じます。

© 1988 Studio Ghibli

3重のサポート

 トトロのいる世界では、大人のサポートが子どもまで届いていない場面にトトロが現れ、子どものとなりにいて、子どもをサポートしてくれるのです。このことは、以下のような図1にまとめられます。

図1

 子どものすぐ外側にあるサポートは「家庭のサポート」です。映画「となりのトトロ」でも父親は頼りなくて、抜けていることがありますが、それでも父親なりにサポートしています。母親も、入院中の限られた関わりですが、子どもたちをサポートしています。そして、家庭のサポートの外側には「地域のサポート」があります。カンタのおばあちゃんが色々と面倒を見てくれたり、学校もメイを教室に受け入れて一緒に勉強させてくれたりなど、地域でサポートしてくれているのです。さらに、地域のサポートの外側には「自然のサポート」があります。トトロは、父親によれば「つか森の主」です。言わば自然の象徴なのです。地域のサポートも子どもに届いていないときに、トトロが現れて子どもをサポートしてくれているのです。

現代の子どもたちに3重のサポートはあるでしょうか?

 今まで見てきたように、映画「となりのトトロ」の世界では、子どもたちは3重にサポートされています。一方、現代の子どもたちに3重のサポートはあるでしょうか? 家族のサポートが十分ではない子どもたちも沢山います。家の中に居場所がなかったり、家族との関わりの中で辛い思いを重ねていたりしている子どもたちも多いのです。また、地域のサポートはどうでしょうか? 例えば、地域の中に子どもたちが信頼して関わることができる大人がいるでしょうか? 困ったときに家族以外の大人に頼ることができるでしょうか? 

 現代の子どもたちの状況を見ていると、必ずしもしっかりとサポートされているとは言えません。子どもたちが、安心して、自分らしくいられる、家庭外の居場所はなかなか見当たりません。ここ数年、子ども食堂の広がりなどがあり、少しずつ地域のサポートも充実してきたように思われます。しかし、まだまだ十分とは言えません。

 そして、地域のサポートの外側にも、子どもたちのサポートする存在はあるのでしょうか? 地域に居場所がない子どもたちを、サポートする仕組みはまだまだ不十分だと言わざるを得ません。それでも最近は、少しだけ地域のサポートの外側に子どもたちをサポートする仕組みが動き始めています。例えば、SNSを使った相談活動もその1つです。もっと様々な仕組みや動きで、子どもたちをサポートして行かなくてはならないと思います。

 こんなふうに、現代の子どもたちには3重のサポートは十分ではないと考えざるを得ません。しかも、現代社会では、こういったサポートの隙間を縫うように、大人の悪意が子どもに迫っていると考えられます(図2)。例えば、TwitterなどのSNSに、つらい気持ちを打ち明ける子どもを狙って、悪意を持って近づいてくる大人がいます。そして、最初は親身に話を聞くなどして信頼を得てから、何らかの犯罪行為をその子どもに対して行うのです。第1回の連載で触れた「9人殺害事件」は、そういった犯罪の最も深刻なケースです。「となりのトトロ」の世界では、つか森のトトロに向かってSOSを訴えるとトトロが助けてくれました。しかし、現代社会では、インターネットに向かってSOSを訴えた場合、より深刻な事態を招きかねないのです。

図2

 こんなふうに、「となりのトトロ」の世界と現代社会は全く違った状況です。それでも、少しずつ子どもたちをサポートする仕組みや動きが出始めていることが本当に意味のあることだと感じます。

まずは大人がSOSに気づき受け止めること

 連載の第1回では、辛い状況にある子ども達にSOSを出すように求める事への違和感について書きました。トトロは、サツキがSOSを自分から出すことを求めていません。辛い気持ちでいっぱいになっている場面に、突然現れてサツキに関わっています。子どもにSOSを出すように求めることよりも、子どものSOSに気づき、それを受け止めようとすることが大切なのです。

 物語の最後に近い場面ですが、母親が死んでしまうかもしれないと泣いているサツキを見たメイが、1人で病院へ行こうとして迷子になってしまう場面があります。メイを探し回っても見つからないため、サツキはトトロに助けを求めます。つまり、サツキはトトロに自分からSOSを出すことができたのです。サツキは、今までのトトロとの関わりの中で、トトロが自分のSOSに気づいて受け止めてくれると感じたのだと思います。だから、自分からSOSを出すことができたのだと思います。やはり、子どもにSOSを出すように求めることを優先するのではなく、大人が子どものSOSに気づき受け止めることが優先されるべきなのです。

© 1988 Studio Ghibli

最後に

 「となりのトトロ」の世界は、大人にとっても安心・安全の世界です。大人が抜けていても、頼りなくても、病気で思うようにならなくても、その外側にも子どもへのサポートが存在しています。そのサポートの中で、子どもは成長していけるからです。

 また、子どもにとっても安心・安全の世界です。危機に直面したときには、トトロがとなりに来てくれて、気持ちをサポートしてくれるのです。こんなふうに、大人にも子どもにも安心・安全な世界を見せてくれていることが、映画「となりのトトロ」の人気の秘密かもしれません。

 もちろん、「となりのトトロ」の世界は映画の中の世界です。現実とは大きな違いがあるのです。それでも、そこから何かを感じ取って、子どものサポートにつなげていくことはできるのではないかと思います。

 最後になりましたが、1年間お付き合いくださり、ありがとうございました。

*挿入した画像はスタジオジブリのウェブサイトから引用しました。

執筆者プロフィール

半田一郎(はんだ・いちろう)
スクールカウンセラー・子育てカウンセリング・リソースポート代表。
公認心理師・臨床心理士・学校心理士スーパーバイザー。

好評を博した本連載を大幅に加筆・修正した書籍を刊行致しました。
半田一郎・著『子どものSOSの聴き方・受け止め方』四六判・212頁・2,310円(税込)

よろしくお願い致します。

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