私たち一人ひとりにできること(駒澤大学心理学科教授:藤田博康) 連載:「多方向への肩入れ」の心理学〜家族の苦しみと回復 第5回
前回は、「多方向への肩入れ」や「対話」による関係回復のプロセスの社会的な意義や可能性とともに、その限界についてもお話ししました。特に、「業」が深い家族や、ひどく拗れた関係において、「対話」による関係修復は専門家とて困難であることを、あえてお伝えしました。
この連載の最終回である今回は、そんな八方塞がりで絶望的な状況で、いったいどうしたら希望の光が見えてくるのかについて、私が思うことをお話ししてみます。
私たち一人ひとりにできること
それでも、私たちにはできることがあります。と言うより、どんな理由があれど、最終的には自分自身の苦しみには自分自身が対応するしかありません。自分の人生は自分で引き受けるしかないのです。
今回の連載で、繰り返しお話ししてきたことは、私たちは自分の苦しみが大きいと、身近な大切な他者を苦しめるように振る舞ってしまう傾向があり、その悪循環の連鎖が、本来、思いやりや癒しの拠りどころである家族の中で、さらに深く苦しめ合うことになり、破壊や絶望につながっていくということです。
ですから、そうならないためには、まずは、自分の苦しみがどう自分の中で疼いて、どう自分を振る舞わせているか、どう自分を振る舞わせようとしているかを、しっかりとわかる必要があります。そのうえで、自分の中の苦しみに、自分自身でケアをしてあげるのです。
自分の中の苦しみ、それは悲しみかも、淋しさかも、怒りかも、恨みかも、絶望かも、それらが入り混じったものかもしれません。でも、それはとにもかくにも、自分の中に助けを求めている「小さな子ども」がいるということにほかなりません。
その泣いている「小さな子ども」に気づいてあげ、自分があたかもその子の親であるかのように優しくケアしてあげるのです。もし、あなたのすぐ近くに、泣いている小さな子どもがいたら、すかさず寄り添って、優しく背中をなでてあげたり、なだめてあげたり、その子が安らぐことをしてあげたりするでしょう。苦しんでいる小さな自分にも同じようにしてあげるのです。
そのうえで、仕方がなかったとはいえ、自分がひどく苦しいあまりに、周りの人にその苦しみをまき散らしたり、身近な人を責めたり、かたくなに自分の考えや主張を通そうとしてきた、これまでずっと続けてきたそんなパターンをよく観るようにするのです。
その際に費してきたエネルギー、特に、相手を変えようとしたり、相手を恨んだりするために費やされたエネルギーは莫大です。そんなエネルギーの使い方が習慣になっていることに気づけば、心ならずもこれまで自分や相手を不幸に追いやるように使ってきたエネルギーを、自分や相手が幸せに生きるためのエネルギーとして使うことができるはずです。
確かに子どもの頃は、運悪く、親も深い苦しみを背負っていて、その親から無条件に可愛いがられたり、大切に扱ってはもらえなかったかもしれません。それどころか、感情のはけ口にされたり、あなたの優しさがいいように搾取されてきたかもしれません。
でも、大人になった今は、自分の中の苦しんでいる子ども、淋しい子ども、怒っている子どもを自分自身でケアできるのです。少しでも幸せに近づくためには、ぜひともそうしなくてはなりません。そうしてあげることで、苦しさのあまり周囲との関係を悪化させるように、破壊的に振る舞ってきたこれまでの習慣のパタ―ンにも気づいて、そこにエネルギーを浪費しないようになっていきます。実際の子どもや孫にも自分の苦しみや破壊性を引き継がなくてすむでしょう。今からでも決して遅くはありません。
そのためにも、癒し手である自分が、過去のできごとや未来への不安などに引き戻され、揺さぶられ過ぎないように、今ここの瞬間に心を意識的にとどめて、今起きていることをしっかり観てあげられるように、助けを欲している自分の中の小さな子どもの声を、ちゃんと聴いてあげられるように、特に吸う息、吐く息に意識を向けるマインドフルネスの習慣も是非、身につけていきましょう。
それらがある程度、軌道に乗ってくると、周りの人も同じように苦しむ小さな子どもを自分の中に抱えていて、未だそれに対する対応の仕方がわからず、自分に対しても、身近な人に対しても破壊的な振る舞いを続けてしまっていることが分かるようになります。そうなると、関係がとても難しい相手に対しても、手を差し伸べようと思うようになるかもしれません。もしかしたら、そんなあなたの態度に触れて、相手の苦しみや態度も変容していくかもしれません。
自分の中の苦しみをしっかりと観て、その世話をしてあげる、そのうえで、相手の中の苦しみをも観ることができるようになる、これこそが自他の苦しみが建設的なものに変容し、関係が修復される大きな秘訣です(ハン2022)。
はからずも、これまでにお話ししてきた「多方向の肩入れ」の目指す「幸せへの道」が、自分の気づきと新たな行動、新たな習慣によって実現される可能性があるのです。
もちろん、それでも相手によっては限界はあるかもしれません。相手の「業」がひどく深いと、せっかくのこちらに芽生えた思いやりや優しさが踏みにじられてしまう場合もまったくないとは限りません。それでも、自分がそんなふうに変われば、自分の苦しみや絶望感は確実に減り、いい意味での諦めに変わります。そんな場合は、相手との距離を置いた関係性を続けるか、離れるかの選択を考えることになるでしょう。
どちらにしても、それが自分の人生を自分で引き受けるということです。
苦しみのエネルギーの有効利用
そうして、自分のエネルギーを、これまでのように苦しみや相手へのこだわりなどといったネガティブなものにあまり浪費しなくなってきたら、是非、今度はそれを有効利用しましょう。
提案する使い道は二つです。まず、自分のやりたいこと、これまでやりたくてもできなかったことに使いましょう。私たちは苦しむために、嫌なことを我慢するために生まれてきたのではありません。楽しいとか、嬉しいとか、素敵だな、などという気持ちをたくさん味わうために、幸せになるために生まれてきたのです。
二つ目は、誰かを愛おしむ人になりましょう。人が幸せになるために大切なことは愛されることではありません。愛することです。あなたは、小さいころからずっと誰かから愛されることを強く求めてきたかもしれません。でも、自分で小さな子どもの自分を愛おしんであげ、苦しみを乗り越える経験を通じて、愛することの本当の価値がわかってくるはずです。
誰かを愛おしむことは、誰かを思いやり、ケアすることでもあります。深い苦しみを抱え、それを乗り越えて来たあなたは、同じく深い苦しみを抱えた人の癒し手になり得ます。
それはもちろん、相手への癒しでもありますが、実は自分自身への癒しです。誰かの苦しみが和らいでいくことを願い、ケアをすることを通じて、自分が小さい頃にあまり得られなかった愛や慈しみが、形を変えて補償されるのです。
こうして、深い苦しみを抱えてきた自分の来し方が、今度はひとすじの光となって、自分を幸せに導いてくれるようになるのです。
最後になりますが、「苦しみ」を背負っている子どもたちへ、そんな苦しかった子どもの頃の自分を抱えている大人たちへ、そして、私が自分自身にも語りかけているメッセージを、藤田(2020)より改題、引用させていただきます。
皆さんの幸せと安らぎを心から祈ります。
文献
藤田博康 2020 幸せに生きるためのカウンセリングの知恵 -親子の苦しみ、家族の癒し 金子書房
ティクナット・ハン 2022 鈴木ひとみ訳 和解 -インナーチャイルドの癒し方 徳間書店