【第一の達人登場!】ズバッと解決ファイル4U ~もしも、単位の変換がわかりにくい子がいたら?~(澳塩 渚:まなびルーム ポラリス主宰)
前回、阿部利彦先生にご紹介いただいたとおり、今回のケースは “算数のつまづき” です。まずケースの詳細を紹介し、そのあと第一の達人である澳塩 渚先生に、「ズバッと!」解決していただきます!個別での支援という側面から、どのようなアプローチができるのでしょうか。
では以下より本編スタートです!
ケースファイル紹介
ワタルくんは小学校5年生です。元気がよく、よく冗談を言ってクラスメイトを笑わせたりしています。勉強は得意な方ではありません。2年生と3年生で習った単位の変換も苦労したようですが、5年生の体積の問題もつまずきが見られます。
体積が「縦×横×高さ」で求められることは覚えられましたが、センチとメートルの両方の単位がでてくる問題は毎回間違えています。
「縦60センチ、横80センチ、高さが1.6メートルの水槽があります。(内のり)この水槽に水は何リットル入りますか。」という問題は「768000リットル」と答えました。
本人は何がちがうのかまったくわからないようです。
「メートルに合わせて計算してごらん。」と言っても「わからんし。すぐ忘れちゃうし。」と言ってそれ以上取り組もうとしません。
「体積の求め方」をみんなで考える時間にはよく取り組んで質問もしているようですが、そこで知った解き方は部分的にしか使えていないようです。
ワタルくんは「勉強頑張ろうとはおもうんだけどさ、忘れちゃうんだよね。」ということがあり、どのようにつまずきにアプローチしていってあげたらいいのか悩んでいます。
―― 個別学習指導での支援案 ――
個別指導で何ができるか
個別指導でできることは、「誰にも知られずにわからないことを勉強できる」ことだと考えています。
高学年くらいになってくると、学習が遅れやすい子は「わかっていないことを悟られたくない」という気持ちも芽生えてきます。「勉強で困っていることある?」と尋ねても、「ない」と言ったり、支援を拒否することもあります。
勉強ができる世になったり、その子がわかることが増えていくためのサポートの場としてはもちろんですが、誰にも知られることなく、リラックスしてわからないことを学習しなおせる場所として個別指導があるということも大切です。
★「誤りを誤らせない」という心構え
間違えると「ごめんなさい」と謝る子がいます。算数や国語の問題を間違えて、謝る必要はありません。
学ぶ過程で、誰もが間違えます。まだイメージの力や生活経験が大人ほどではない子どもたちではなおさらのことです。さらに、発達の個人差もあります。勘違いをする、問題を間違えるということはまったく悪いことではありません。
指導者は、子どもたちが間違えてはじめて、その子のつまずきの背景が見えてきます。個別指導では誤りが少ないのに、集団では誤りが増えるという時には環境の違いによる学びやすさを知る手掛かりにもなります。
子どもたちが安心して取り組み、安心して誤りができるような環境や働きかけなくして学習支援は成り立ちません。
誤りを理解するための基礎知識
文章問題を解くために
まずは文章問題を解く際に頭の中で行われていることを、3つのステップにわけて解説します。
◆ステップ1 文章を読む
私たちは、文章を読むときに頭の中で文字を単語に区切り意味をとらえながら読んでいます。
文字を単語のまとまりとしてとられることが苦手な人もおり、これが文章から内容を読み取りづらいということの背景のひとつとして考えられます。
◆ステップ2 書かれている数をイメージする
文字や数字が流暢に読めたとしても、問われている内容を理解しにくい場合があります。
文章問題を解く際には、書かれている数字から数量をイメージする必要があります。低学年のうちは数量のイメージが必要な問題が多く、高学年ではさらに高度な単位のイメージも必要になっていきます。
ステップ2でいう数のイメージとは?
「数字の読み」理解の段階:数を学び始めた小さな子どもが、「いち・に・さん…」というように数字を順番に唱えることができる段階が「数字の読み」理解の段階です。数字を順番に暗唱できる段階なので、100まで唱えられたとしても「3つと5つではどちらが多いか」に答えることやたくさん置かれたものの中から指定された数だけ持ってくることなどは難しいです。
半具体物がわかる段階:すごろくで3の目を出したらコマを3つ進めることができるのが「数字と半具体物が結びついた」段階です。まだ数字と数量が完全には一致してはいないけれど、目で見てマークを数えることができるものなら数として扱える段階です。
数字と数量イメージが結びついた段階:数えるものが犬でも猫でも小さなアリでも3匹の集合を同じように「3」と数えられるのがこの段階になります。頭の中に数量イメージができあがり、必要な時にそのイメージを扱うことができます。
ワタルくんのつまずき
ワタルくんがどの段階でつまずいているか考えてみます。
過去に「単位の変換」の理解に苦労したということと、現在は単位をそろえて計算し体積を求める問題に苦労していることから、数量のイメージがしにくいのではないかと考えられます。
3のイメージが持てないという単純な数イメージではなく、単位がついた面積や体積やかさ、といったものの数量イメージに苦手さがありそうです。
ワタルくんが苦手な数量のイメージとは ~だいたいこのくらいの感覚~
私たちは頭の中に「だいたいこのくらい」という数量の目安となるイメージを持っています。
かさの問題であれば、500mlのペットボトルで何本分くらいかと想像するのもそうですし、ニュース等で「広さは東京ドーム〇個分」と解説するのも、目安となるイメージをしてもらうためだといえます。
もっと簡単に言えば、「だいたいこのくらい」という感覚と言い換えてもいいでしょうか。
(図 基準になるものがイメージできることで、それが倍になるイメージも持てる)
事例の中の【 縦60センチ、横80センチ、高さが1.6メートルの水槽があります。(内のり)この水槽に水は何リットル入りますか。」という問題は「768000リットル」と答えました。】というところから、センチからメートルへの変換の未定着も見受けられます。
だいたいこのくらいという感覚が薄いので、答えが大きくなりすぎても自分で誤りに気が付きにくくなります。
「1メートルは100センチ」ということを記憶できていても、1センチがどのくらいなのか、100センチがだいたいどのくらいなのかイメージできなければ使いこなすことは難しくなります。
計算手順が身についている場合は単位さえそろっていれば正解できてしまうので、本当に数量のイメージができているかどうかはチェックがしにくい所です。ただ、このイメージが持ちにくい子は日常会話の中でも「プールの幅は50センチ」「身長145メートル」などの言い間違いが目立つことがあります。
だいたいこのくらいを知るには?
(写真 ブロックを積み上げたり分解したりすることで、1×1×1の変化を体感する)
私たちは見たことのないものをイメージすることは困難です。
「だいたいこのくらい」というイメージが苦手な子は、日常で触れる数量イメージの元となるものを吸収することが苦手な場合があります。意識して基準となるものを見たり触ったりしない限りイメージとして頭の中に蓄積されていきにくいのです。
個別指導では、イメージを形作るために必要な「見る・操作する・考える」ことを満足するまで行えるという利点があります。
体積の理解が難しい場合には、実際に1×1×1のブロックを操作することでイメージを作るサポートをします。ブロックを使って考えると0がひとつ増えると体積はどう変わるのか、わかりやすくなります。
10のまとまりのブロックを10本並べて1メートルを作ったり、10×10のブロックを重ねて、そこから100×100×100のブロックをイメージするなどしていきます。
「手では持てないね」「一辺1メートルになると机にのらないね」など感覚と結び付けていくことも有効です。
効果的なサポートのために
考えるための補助としての声掛け
ブロックを十分に操作してから、問題を解く練習に移っていきます。
最初は手掛かりになる10のブロックを手元に置き、困ったときに見ることができるようにしておきます。
どうしても細かく声掛けやアドバイスで補助したくなりますが、高学年くらいになってくると、「一人でやりたい」「教えてもらうのは恥ずかしい」というプライドが出てきます。ですから、困ったときに補助になる具体物を手元に置いて、それでも困っているときには「単位をどちらにそろえる?」などの短い声掛けを使っていきます。
「できないって思われたくない」を理解する
「個別支援で何ができるか」でも書きましたが、子どもたちは「出来ないって思われたくない」のです。
支援する方は「サポートしなくちゃ」「教えてあげなくちゃ」と思ってしまいがちですが、そういった思いが先走りすぎると子どもたちのプライドを傷つけることにもなります。
子どもたちのプライドを傷つけずにサポートにつなげるには、「声掛け」が大切です。
「勉強ができるようになりたいよね?」などの直接的な声掛けは避け、「単位の変換がわかりやすくなる裏技があるんだけど、やってみない?」など、「やってみてもいいかな」と思えるようなラインを探っていくことが必要です。
【参考文献】
「子どもは数をどのように理解しているのか 数えることから分数まで」 吉田甫著 新曜社
「通常学級で役立つ 算数障害の理解と指導法 みんなをつまずかせない! すぐに使える! アイディア48」
熊谷恵子 山本ゆう著 学研プラス
「算数・理科を学ぶ子どもの発達心理学 文化・認知・学習」 榊原知美著 ミネルヴァ書房
いかがだったでしょうか。ワタルくんがどこでつまづいているのか丁寧に解き明かしながら、心の面も含めて支援をしていく。とても勉強になる達人の支援を教えていただきました。
次回は、第二の達人である上條大志先生にご登場いただき、同じ事例に対して「授業の側面」からどのような支援が考えられるか、ズバッと解決していただきます!
次回配信は9月16日を予定!どうぞお楽しみに!
執筆者プロフィール
澳塩 渚(おくしお・なぎさ)
臨床心理士・公認心理士。
学習支援教室「まなびルーム ポラリス」を主宰。現在「月刊障害児教育」(学研)にて【数の発達を支える教材たからばこ】を連載中。
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