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第15回 観察課題について① ~観察とは「様子を見ましょう」ではない~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

はじめに

 ブリーフセラピーの一つに、解決志向療法(ソリューション・フォーカスト・アプローチ:以下SFA)があります。SFAは次の3つの哲学に基づいた介入が行われます。

その1:うまくいっているのなら、変えようとするな。
その2:もし一度やって、うまくいったのなら、またそれをせよ。
その3:もしうまくいっていないのであれば、違うことをせよ。

 これまでの本連載を読まれた方は、この3つの哲学が、相互作用のパターンについて、「うまくいっている(良循環)なら続ける」「うまくいっていない(悪循環)なら断ち切る」とほぼ同義であることがおわかりいただけると思います。

 SFAの初期に中心的な役割を果たした技法の一つに、観察課題というものがあります。観察というと行動分析などで問題行動のベースラインを観測するようなイメージがあるかもしれません。しかしブリーフセラピーではもっと戦略的に観察します。

 観察課題では、問題がほんの少しでもマシな時、つまり問題の例外を探すことを目的としています。また生活の中で生じるこれからも起き続けてほしいこと、あるいはすでに起きている例外について把握してもらう情報収集が、観察課題の本来の目的です。さらに、観察課題は使い方によっては色々なアレンジができますし、観察課題だけで問題が解消することも少なくありません。なぜなら、観察課題にはパラドクス介入的な意図を折り込むことができるからです。

「観察=『様子を見ましょう』」ではない

 例えば、「しばらく様子を見ましょう」というコメントを、以前相談したカウンセラーから受けたという方に臨床の場で出会うことがあります。このときに「しばらくとはどのくらいか確認しましたか?」「様子を見るとは具体的に何についての様子を見ることでしょうか?」と確認すると、「さぁ、カウンセラーは教えてくれませんでした」「息子の様子を見ることだと思うのですが、よくわからなくて」といった答えばかりでした。

 ブリーフセラピーでは、徹底的に相互拘束を重視し、「全てはメッセージになりうる」と考えます。その視点からみると、カウンセラーが具体的な根拠も目的もなく「様子を見ましょう」というコメントは、介入を保留しているのではなく、悪循環を放置するメッセージを与えたことになります。これは、相談者に対して大変失礼な行為です。

行動療法的な観察

 「様子を見ましょう」ではない、観察とは何でしょうか? 一つは、行動分析などで使われるベースラインを測定するという目的があるでしょう。また不眠症の認知行動療法などでは睡眠日誌をつけてもらうため、日誌に記録する内容を観察するよう伝えることはあるかもしれません。これらの場合は、「○○について観察するように」と具体的なターゲットが決まっているはずです。ターゲットを変えて観察しなおすことがあるかもしれませんが、「とりあえず、次回までこのまま様子を見ましょう」を漠然としたまま数か月続けるといった無駄なことはしないはずです。

解決志向型の観察

 「毎晩、深夜の3時ごろまで眠れない」という、不眠を例にしてみましょう。不眠についての 観察や記録といえば、認知行動療法で用いられる睡眠日誌(寝床に入った時刻、眠りについた時刻、目を覚ました時刻、寝床から出た時刻、 昼寝や居眠りの有無、熟睡感、日中の眠気の有無などを記録する)のようなイメージをされるかもしれません。ソリューション・フォーカスト・アプローチでいう観察は、睡眠日誌ほど厳密で細かくありません。むしろ、「何時に寝たか」など観察ポイントは1つだけに絞ります。

 毎晩3時ごろまで眠れないという悩みの場合、毎日3時ジャストに寝られるのであればあまり悩むことはありません。ギリギリまで自由に過ごして、2時59分に布団に入ればいいだけです。

 しかし当然ながら、毎日3時ジャストにスイッチが切れるかのように寝られているわけではありません。例えば、ある日は「4時半頃まで寝られずに布団の中で寝返りを打っていた」またある日は「珍しく2時前には眠ってしまった」というバラツキがあるはずです。ソリューション・フォーカスト・アプローチの観察課題では「えっ、2時前に寝られた日があったのですか!(Wow!)その日はどうして2時に寝られたのでしょうか?」「その日はどのように過ごしたのですか?」などと質問し、<SFAの哲学その2.もし一度やって、うまくいったなら、またそれをせよ>で、例外を拡張していくわけです。あるいは、4時半まで寝られなかった時の様子を聞き、例えば「その日は、夜遅くまでお酒を飲みながらゲームをしてまして……」など、他の日との差異が分かれば「じゃあ、それは控えましょうか。遅くまでお酒を飲んでゲームをする日はどんな日ですか?」と確認していき、相談者が「仕事でトラブルがあるとやけ酒をして夜遅くまで起きてしまう」などと答えたとしましょう。すると「なるほど、仕事でトラブルがあった日にお酒を飲んでゲームをしてしまうのですね。次に、同じように仕事でトラブルが起きた日があったらお酒やゲーム以外で何か他のことをするとしたら、どんなことができるでしょう?」などと、<SFAの哲学その3.うまくいかないなら、何か違うことをせよ>で、変化を与えこともできます。

 このように解決志向アプローチで用いる観察は「情報(差異)」を見つけるための積極的な観察であり、「介入がわからないからとりあえず、次回まで様子見しておこう」といった消極的なものではありません。
 
 ここまで、カウンセリングでの観察提案について、考えてきました。適切な観察課題は「何を観察すべきか」が明確でなければいけません。「とりあえず、次回までお子さんの様子を観察してきてください」とか「しばらくは見守りましょう」といったピントの外れた提案は避けるべきです。

 問題解決に向けて「何について観察するか」「いつまで観察すればいいか」を相談者に聞かれたら丁寧に説明する必要がありますし、わざわざ質問されなくても相談記録には明記しておくのが当然です。その上で、適切でなければ修正する。それらのことができず、明確な意図がなく「様子を見ましょう」というのは、問題を長期化・悪化させるだけです。

 もし、あなたがカウンセラーではなく相談する側であったり、ビジネスや日常生活で参考にしたいのであれば、「様子を見る」となった場合、「何について」「いつまで」様子を見るかを相手に尋ねましょう。そこで具体化できない場合は、「様子を見る」こと自体が単なる時間の浪費にすぎません。

 次回も観察課題について取り上げます。今度は観察課題のパラドックス介入的な使い方を紹介いたします。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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