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【第8回】ダブルバインドを面接でどう使うか~多量服薬から過呼吸になった女子高生の事例から③~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

 前回まで2回続けて、女子高生Aさんの面接について紹介しました。今回も同じ面接の続きです。Aさんが相談室からいったん退出して、廊下にいた母親が相談室に入ってきました。廊下に出て、母親を呼ぶAさんの表情は面接前の暗い表情から一変し、笑顔になっていたので母親はとても驚いたようです。

 寮から実家に帰ってきているAさんをどのタイミングで寮(学校)に戻してよいのか、母親は悩んでいました。それに対して、どのように進めていくか一例を紹介いたします。不登校のお子さんの学校復帰のタイミングや、引きこもりやパニックで外出できない家族の外出時期など、仕掛けるタイミングをどう判断するかにも参考になると思います。

Aさんには別室で待機してもらい、母親との面談を進める。

母親との面談では、母親がAさんを説得して面接室に連れてきたこと、遠く離れた病院までAさんを迎えに行ったことなどをねぎらった(病院から連絡があったとき、父親は不在で運転が苦手な母親が夜の高速道路を運転して1人で駆け付けたそうだ)。そして、Aさんに事前に許可をとった範囲で、Aさんとの面接の様子を報告した。その後、これまでの経緯やAさんが心配するBさんを含めた人間関係について、あらためて聞き取りをした。

母親に対しても「今日はどんな話ができればいいでしょうか?」と訊ねた。すると、母親は「今は仮設住宅に住んでいるが、そこにはAの部屋がない。だから、本人が1人でのんびりできるスペースがない。でも、寮に返してしまうのも心配。学校には行かせた方がいいのか、休ませたままの方がよいのか。どう思いますか?」と質問してきた。

 本来なら、母親からさらに情報を聞き出した上で質問に答えるのですが、この時はAさんとの面接かなり時間を消費したので、カウンセラーは3つの条件を出しました。

1つ目は、万全の状態で行くのではなく、少し調子が悪いぐらいの時に「ダメで元々」「つらかったらすぐ帰る」つもりで行くこと。

2つ目は、父・母・Aさんで話し合って、全員一致で結論を出すこと。1人でも反対したら現状維持(欠席)とすること。

3つ目は、全員一致で決めた日に行けなかったら、それは連帯責任なので3人で腕立て合計30回やること(誰が何回やってもよい)。

そして「以上の3つを守れば、再登校の時期はいつでも良いです。例えば、今週の金曜日に登校すれば、疲れても土日ゆっくり寝て休むことができますね」と付け加えた。

不完全のすすめ(治療的ダブルバインド)

 ここ数回の連載を読まれた方であれば、まず1つ目の万全の状態でなく少し調子が悪い時に「ダメで元々」「つらかったらすぐ帰る」つもりで行く、という提案が治療的ダブルバインドであることに気づかれるかもしれません。つまり、「成功してもよい」「失敗してもよい」という状況になっています。

 登校してもし疲れが出たり調子が悪くなっても「想定内」であり、「想定に反して」順調に行ったのであれば、ちゃんと登校できたことになり、いずれにせよ「成功」なのです。ダブルバインドが「何をしても禁じられている(罰を受ける)状況」であるのと異なり、治療的ダブルバインドはこのように「何をしても認められる(称賛される)状況」を作り出すのです。また、「少し調子が悪いぐらいの時に」と伝えることで、試しやすくなるという利点もあります。これが「万全の体調になって、絶対にうまくいく確信が持てたら登校しましょう」となったら、いつまでたっても踏み出せないかもしれません。このようにクライアントが気軽に動けるように拘束するのも、ブリーフセラピーの戦略としてとても大切です。

家族の団結(家族システムへの介入)

 2つ目の「父・母・Aさんで話し合って、全員一致で結論を出すこと。1人でも反対したら現状維持(欠席)」という提案は、家族が協力しやすい状況を作ったのと、誰かに責任を擦り付けることなく親子がそれぞれ自分の問題としてとらえるように意図しました。

 ブリーフセラピーは「原因探しや犯人探しをせず、相互作用で問題をとらえる」ことは繰り返し説明してきました。うまくいかない時には誰でも原因探しをしてしまいます。この事例でももしうまくいかなかった場合に、Aさんが「やっぱり生きている価値がない」と思ってしまったり、母親が「自分の育て方が悪かったのか」などと責任を感じてしまうかもしれません。また、この面接に参加できなかった父親も「助けたいけれど、状況が把握できないから傍観するしかない」あるいは「自分は仕事が忙しいから、娘のことは妻に任せた」などと振る舞うかもしれません。このような拘束は、多くの家族で見られることです。そこで、父親を巻き込んでコミュニケーションを変えようと考えました。

 連帯責任にしたことにより、他人に責任を押し付けることが出来なくなります。一方で、自分1人が抱え込む必要もなくなります。母親はこの問題を解くためには、少なくともこの面接の様子を父親に伝えて連携する必要があります。Aさんも父親と話す機会が生じます。このタイミングで父親を巻き込まなければ、父親は関与しにくくなり、母親が抱え込むことになりそうだと、当時の私は判断しました。

 先述したように、治療的ダブルバインドをかけているので、登校すれば、途中で調子が悪くなって早退しても、フルタイムで学校に滞在できても成功になります。しかしながら、「明日登校する」と決めて、当日の朝に万が一、家で過呼吸を起こすなど登校できない可能性もあり得ます。この時に、Aさんが自分を傷つけず、ご両親も落ち着いて対応できるように準備をしておく必要があります。

 そこで3つ目の提案として「全員一致で決めた日に行けなかったら、それは連帯責任なので3人で腕立て合計30回やること(誰が何回やってもよい)」と伝えました。

 今回に関してはAさんが「死にたい」と多量服薬をして緊急搬送されたという経緯があるため、家族が協力して改善に取り組む必要があるため、家族全員で協力する一環として提案しました。また、「3人で腕立て合計30回やること(誰が何回やってもよい)」という提案の「誰が何回やってもよい」というところがポイントだと私は考えます。つまり、全員が10回ずつ腕立てをしてもいいし、話し合った結果であればAさんと母親は0回で体力に自信のある父親が1人で30回腕立てをしてもいいのです。その中で、3人それぞれが「頼る・頼られる」という関係ができるかもしれません。

 連帯責任について、念のために付け加えると、例えば部活などで誰か1人が遅刻したら連帯責任で全員が同じ距離を走らされるような、理不尽な連帯責任を私は肯定しているわけではありません。連帯責任の名の下に全員が同じ罰を受けるようなことは反対です。この面接での提案は無理のない内容で、懲罰が目的ではなく、家族の協力を目的としています。そもそも、強制力はなく腕立てを実際にやらなかったところで家族にとっては何の問題もないことからも、全く質が違うことはおわかりいただけると思います。

さいごに

 3回にわたって、多量服薬をした女子高生と母親に対する初回面接の様子を通して、ダブルバインドと治療的ダブルバインドについてみてきました。
掲載に当たっては当然のことながら許可を取った上で脚色した事例ではありますが、ダブルバインドの構造や家族への介入のポイントについては実際の事例に沿っております。誰か1人の責任にしたり、原因探しをするのではなく、面接中のカウンセラーとクライアントとの相互作用を重視して戦略を立てつつ、家族の相互作用にも変化を与えていく様子が伝わったでしょうか。変化を生み出すためには、すでにある「何をやっても否定される」ダブルバインド状況を明確にしつつ、「何をやっても肯定される」治療的ダブルバインドを提案していくことで問題自体が消えていくのです。

 次回以降も、別のパターンのダブルバインドと治療的ダブルバインドの事例を紹介していきます。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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