【第4回】自傷行為への関わり方(半田一郎:子育てカウンセリング・リソースポート代表)連載:子どものSOSの聴き方・受け止め方
前回のnoteでは、リストカットなどの自傷行為をしている子どもに対して、手当てをするように約束することを通して関わりを持つことをお勧めしました。自傷行為そのものについては、話し合うことが難しい段階でも、手当てについて話すことを通して、自傷について安心して話すことができる関係づくりを目指すのです。
今回は、子どもとの関係性がある程度深まった段階で、自傷行為そのものについてどのように扱っていけば良いかについて考えて行きます。
やめさせようとすること
前回も説明しましたが、自傷行為をやめさせようとすることは、逆効果になりがちです。見えにくいところを自傷するようになったり、関わりそのものが持てなくなったりするリスクがあります。
そうであっても、「自傷行為は良くないことだから、何とか説得してやめさせなくてはならない」といった考えを持っている方もいらっしゃるかもしれません。そういった方は、こんなことを考えてみてください。算数の問題が解けなくて子どもが困っているときに、その問題の答えを大人が教えてあげることは簡単です。しかし、子どもがその問題を解くための力をつけることには全く役立ちません。それと同じで、自傷行為をしてはいけない、やめた方が良いというのは、一種の正解です。しかし、それを教えたところで、子どもが自分で自傷行為がやめられるようにはならないのです。
やめさせようとするのではなく、自傷行為について安心して話し合える関係を保つことが最も重要です。その関係を通して、少しずつ自傷行為が減ってくるという変化が生じてくることが期待されます。その場合、子どもの心の中に本質的な変化が生じてきて自傷行為を必要としなくなったのだと考えられます。
自傷行為について傾聴すること
上に書いたように、やめさせようとするのではなく、自傷行為について安心して話せる関係を保つことが何よりも大切です。そのためには、子どもの話を大人が丁寧に傾聴することがスタートとなります。
しかし、自傷行為について話すことは子どもにとっても話しづらい可能性がありますし、大人にとっても聞きづらい可能性があります。そこで、前回のnoteでは、手当てという話題から入ることをお勧めしました。そこをスタートとして、少しずつ自傷行為を巡る子ども自身の心の動きについて話してもらい、それを傾聴することが大切です。
自傷行為について話し合う際には、具体的な事実関係を聞くだけでは不十分です。どのようなことを考えたのかという思考や認知、それに伴ってどのような気持ちが湧いてきたのかという気分や感情についても丁寧に傾聴することが求められます。それを通して、子どもの気持ちをしっかりと受け止め、心をサポートすることが大切です。
例えば以下のようなやり取りができるかもしれません(仮想例)。
このやり取りでは、認知や思考として「イヤなことばかり考えてしまう」ということや、気分や感情として「モヤモヤして苦しくなる」ということが語られています。しかし、イヤなことを考えるというのが具体的にどういったことなのか明確ではありません。また、モヤモヤして苦しいという感情もまだまだ不明確です。つまり、十分に聞くことができていません。今回だけで全てを聞いてしまおうとせず、機会を何度も持ちながら、少しずつ具体的に聞いていくことが必要だと思います。
こういった話は、すらすらと語られることは少なく、少しずつ語られることが多いと考えられます。聴く側の大人がドンドンと先に進んでいこうとせず、子どもが自分から話すペースにあわせて傾聴することが大切です。子どもが安心して語ることができる体験を重ねることで、より深く詳しく語ることができるようになると思います。そのためにも、根掘り葉掘り聞こうとするよりも、子どものペースで話してもらい、それを丁寧に傾聴することが求められます。
ところで、子どもたちは、自分自身の辛い気持ちや苦しい気持ちに押しつぶされそうになったときに、そこから逃れるための対処方法として自傷行為を行っています。言わば、やむにやまれず自傷行為に陥っているわけです。そのため、子どもから話を聞くときには、自傷行為のきっかけとなる辛さや苦しさに心を寄せながら傾聴するだけでは不十分です。やむにやまれずに自傷行為に至ってしまうという辛さや苦しさも理解しようとしながら傾聴することが大切だと思います。
行動記録表によるモニタリングについて
自傷行為から少しずつ抜け出していくために、松本(2015)では、行動記録表をつけて一緒に考えて行く方法が紹介されています。毎日、時間毎に区切った表に、誰と何をしたのかを記録し、自分を大事にしない行動(自傷行為)も記録していく方法です。この方法は、自傷行為のきっかけとなるものを発見し、自傷行為に至らない助けとなるものを探すことを目指す方法です。医療やカウンセリングの場で活用するには非常に良い方法だと考えられます。一方、子どもの身近にいる大人が行動記録表を使うように促すことは、慎重に行うべきだと思います。なぜならそれは、医療やカウンセリングという場で生じる医師やカウンセラーとの関係と日常生活の中で生じる身近な大人との関係が異なるからです。
そもそも、医療やカウンセリングは治療や支援を受けるために、時間と労力と費用をかけて子どもが利用するものです。このことが、行動記録表を活用する土台となっているのです。子ども自身が、自傷行為から抜け出していくことを目指して医療やカウンセリングを利用するからこそ、その一部として行動記録表が活用できるのです。
また、子どもの自傷行為は、子どもの日常生活の中で生じています。しかし、医師やカウンセラーは、子どもの日常生活の場にいるわけではありません。子どもと、どんなに多くても週に1回1時間程度、医療機関やカウンセリングルームで会うだけです。医師やカウンセラーは子どもの日常生活から離れているからこそ、行動記録表を通して子どもの日常に触れていくことが必要なのです。
子どもの立場から考えると、行動記録表をつけるときには、医師やカウンセラーを日常生活の中で思い出します。子どもが医師やカウンセラーを信頼して支援を受けている場合、その存在を思い出しつつ記録表をつけることによって、子どもにはサポートされている感覚が生まれてくると考えられます。医師やカウンセラーが離れたところにいるからこそ、毎日の生活の中で行動記録表をつけることが意味を持つのです。
こういったことから、子どもの身近な大人が行動記録表を使うよう促すことは、医師やカウンセラーが促すこととは、子どもにとっての意味が違ってきます。しかも、行動記録表は毎日の出来事を記録する物です。子どもによっては、大人が監視・支配しようとしていると捉える可能性もあります。一方、自傷行為から抜け出せない子どもたちは、「管理的・支配的な発言には敏感」(松本、2015)とも言われています。大人が良い方法だと思っても、逆効果になってしまう危険性があると考えられます。
なお、子ども自身がこの行動記録表を使うことに乗り気の場合は、使ってみる価値があります。この場合も、支配や監視にならないように気をつけながら、行動記録表をもとに一緒に考えてみることをお勧めします。
日常生活の中での関わり
それでは、子どもと日常生活をともにしている身近な大人は自傷行為にどのように関わっていくことが良いのでしょうか?身近な大人は、身近にいるからこそできる関わりがあるのです。
子どもが自傷行為に陥ってしまいそうな場面は、辛さや苦しさ、不安や恐怖などの不快な感情に押しつぶされそうになっている時です。その時こそ、身近にいる大人が力を貸すことが求められるのです。
自傷行為をしたくなるほど不快な感情が強くなった時には、そのことを自分に教えるように促します。「自傷行為をしたくなった」と伝えてきた場合には、伝えられたことを肯定的に支持します。そして、一緒に話したり、お茶を飲んだり、体を動かしたり、散歩をするなどして、その辛い時間を一緒にやり過ごすのです。しかったり、感情的にならずに、淡々と一緒に時間を過ごすことができると良いと思います。
また、もし自傷してしまった後でも、そのことを自分に教えるように促します。そして、自傷したことを伝えられた時には、自分から伝えられたことを肯定的に支持することが大切です。そして、叱ったり感情的になったりせずに、冷静に手当てをすることが求められます。
こういったことは、子どもの身近にいるからこそできる関わりです。医療やカウンセリングではできないサポートなのです。
なお、自傷行為の前後の記憶がすっかり飛んでしまっている場合やごく常識的な手当てで対応できる範囲ではない自傷の場合には、できるだけ早く医療のケアを受けることも大切です。どのように医療につないでいけばよいかについては、また次回以降に書きたいと思います。
それでもなお自傷行為をやめさせたい場合
以上のように、今回は自傷行為への関わりについて解説してきました。基本的には、自傷行為をやめさせようとせず、辛い気持ちを傾聴してサポートすることが大切です。しかし、それでもなお、自傷行為をやめるように言わなくてはならないと考えている方もいらっしゃるかもしれません。その場合には、考えの背景にあるご自身の気持ちの動きを少しだけ見つめていただきたいと思います。例えば、自傷行為の傷跡を見たり、子どもが自傷行為をしていると考えるだけで、心の中に不安や恐怖などの不快な感情が湧いてくるのかもしれません。この場合、自傷行為をやめさせようとするのではなく、その不快な感情を言葉にして冷静に子どもに伝えてみることも一つの方法です。例えば、「自傷行為をやめなさい」と言うのではなく、「あなたが自傷行為をしていると考えるだけで、すごく怖くなる」と子どもに伝えてみることをお勧めします。
また、どうしてもやめるように言いたい場合にも、「やめなさい」と言うのではなく、言いたい気持ちを言葉として表現してみることをお勧めします。例えば、「やめなさいと言いたい」と言ってみるのです。
こういった方法は、大人が持つ不快な感情を子どもにぶつけてしまうのではなく、大人がきちんと自分の言葉で語るという方法です。残念ながら、こういった方法でも、子どもの心に負担をかけてしまう可能性が高いと思われます。しかし、大人もごく普通の1人の人間です。子どもの自傷行為に直面したときに感情や思いが湧いてくることもごく自然なことです。その感情や思いをぶつけるのではなく、言葉にして冷静に伝えることは、身近な大人のありのままの姿を伝えることになると思います。それは、子どもにとっても大人にとっても意味があることなのではないかと思います。少なくとも、大人が自分の感情を子どもにぶつけてしまうよりは良い方法だと思います。
なお、こういった伝え方をすると、子どもから反論が返ってくるかもしれません。大人が自分の感情を伝えた場合、「私には関係ない」「私は、やめる方が怖い」などと返ってくるかもしれません。また、「やめなさいと言いたい」と伝えた場合、「言ってもムダ」「言っても良いけど、やめないよ」「言いたくても言わないで」などと反論が返ってくるかもしれません。こういった反論は、子どもの気持ちや考えの率直な表現です。反面、子どもとのやり取りは平行線のようになっていて、自傷行為から抜け出すことにはつながりにくいことが分かります。しかし、子どもが率直に自分の考えを伝えてくれることが素晴らしいことです。そのことに感謝しつつ、気持ちや考えを傾聴し受け止めていくことが大切だと思います。
まとめ
自傷行為はやめさせようとするのではなく、自傷行為について安心して話せる関係を保ち、子どもの話を大人が丁寧に傾聴することが基本です。そして、監視するのではなく、子どもが自分から「自傷しそうだ」「自傷してしまった」などと話してもらい、一緒に対処することが大切なのです。
執筆者プロフィール
好評を博した本連載を大幅に加筆・修正した書籍を刊行致しました。
半田一郎・著『子どものSOSの聴き方・受け止め方』四六判・212頁・2,310円(税込)
よろしくお願い致します。
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