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子どもの片耳難聴とコミュニケーション(群馬パース大学リハビリテーション学部言語聴覚学科:岡野由実) リレー連載:子どものことばとコミュニケーションを支援する

昨年(2023年)9月から始まりました、言語聴覚士の先生方によるリレー連載「子どものことばとコミュニケーションを支援する」の最終回となります。今回は限られた場面で聞こえにくさが生じる片耳難聴のある子の言語発達やコミュニケーションについて、言語聴覚士であり片耳難聴の当事者でもある岡野先生にご紹介いただきます。

はじめに

 私が言語聴覚士を目指した最初のきっかけは、中学生のときに自身の左耳が聞こえなくなったことでした。当時は言語聴覚士という職業があることは知りませんでしたが、様々な出会いを経て、言語聴覚士になることができました。資格取得後は地域の療育センターで様々なニーズのあるお子さんと関わることができ、言語聴覚士としてとても貴重な経験をすることができました。

 この記事では「子どもの片耳難聴とコミュニケーション」をテーマに、言語聴覚士として片耳難聴の当事者として、私の経験や考えを書いていきたいと思います。

生まれてすぐに発見される片耳難聴

 片耳難聴は片方の耳は正常に聞こえているため、多くの場合、就学前後で発見されていました。近年、新生児スクリーニング検査が普及し、出生後まもなく片耳難聴の診断が可能となりました。ただでさえこれからの育児に不安を抱え精神的に不安定になるこの時期に、片耳難聴と診断を受ける家族の衝撃は如何ほどか想像に難くないと思います。

 これまでは、片方の耳が正常である片耳難聴では、家族の心理面を考慮して「特に問題はない」と告げられることが一般的でした。ある程度お子さんが成長してからの診断では、それでも良かったのかもしれません。しかし、生後間もなく難聴と診断されるにも関わらず「問題ない」と言われてしまうということは、かえって見通しを持つことができずに、不安を増大させてしまうことが少なからずあります。

 難聴の診断時期に関わる言語聴覚士として、家族の不安に寄り添い、片耳難聴に関する正しい情報を提供し、今家族ができる対応を助言することが求められているのではないかと思います。少しでも、家族の不安を軽減することが出来れば、子育てに向き合う気持ちも変わってくるのではないかと思います

片耳難聴があると困ること

 では、片耳に難聴があるとどのような障害があるのでしょうか。

 ヒトは耳が2つあり、それによる様々な効果(両耳聴効果)の恩恵を受けています。1つの耳しか聞こえない片耳難聴ではこの両耳聴効果の恩恵を受けることができず、理論上(1)難聴側から話しかけられると分かりにくい、(2)騒がしい場面で聞き取りにくい、(3)どこから音がするのか分からない、といった3つ場面に限定して困難さが生じるという特徴があります。そして、このような聞き取りづらい場面で一生懸命聞こうと努力するために、疲れやすいという特徴もあるかもしれません。

 片耳難聴のある人は「いつも困っているわけではない、でも『片耳が聞こえるから大丈夫でしょ?』とも思われたくない」という微妙な気持ちを抱いているのではないかと思います。

片耳難聴と子どものことばの発達

 先述したように限られた場面で聞こえにくさが生じる片耳難聴ですが、子どものことばの発達には影響を及ぼすのでしょうか。

 かつては「片方の耳が聞こえているから言語発達には問題ない」と考えられていました。しかし、最近の海外の研究では片耳難聴が言語発達に影響を及ぼすことが指摘されるようになってきました。ただし、片耳難聴のお子さん全員に影響が出る訳ではありません。環境によって多少聞こえにくさが生じたとしても、多くのお子さんは自身の力でカバーしていくことができます。しかし、中には言語発達に遅れが生じる片耳難聴のお子さんもおり、その割合は両耳が聞こえているお子さんたちよりも多いことが分かってきました。

片耳難聴のある子どものことばを促すために

 片耳難聴がお子さんのことばの発達に及ぼす影響を最小限に留めるためにはどうしたら良いか、考えてみたいと思います。片耳難聴の聞こえは聴取環境による影響を受けます。特に騒がしい環境の中で聞き取りにくくなってしまうため、なるべく静かな環境を作ること(例:窓を閉める、テレビや音楽を消す、掃除機や食洗器を使っている間には話しかけない等)、近づいて話しかけること(距離が近い方が雑音が入りにくくなります)、反響音を低減できる環境を整えること(例:絨毯を敷く、厚手のカーテンを使う等)などの対策が考えられます。

 そうした環境を整えた上で、お子さんの言語発達に応じた丁寧な言葉かけをすることで、お子さんのことばの発達を促すことができるのではないかと考えます。お子さんのことばの発達を促すことばかけについては、今回のリレー掲載の第3回で岩﨑淳也先生が解説されていますので、是非参考にしていただければと思います。

片耳難聴のある子どもたちへの理解のために

 生まれつき片耳難聴のあるお子さんでは、片耳での聞こえ方が当たり前のため、特に困った様子もなく、どのように聞こえにくいのか、片耳が聞こえにくいとはどういうことなのか、本人にも周りにいる大人たちにも分かりにくいのではないかと思います。

 実際、大人になった片耳難聴のある人にインタビューをしてみると、もちろん学生時代にも「友達から無視されたと言われたことがある」「先生によっては聞き取りづらい授業もあった」などの意見もありましたが、「限られたコミュニティの中で生活している学生のうちはそんなに困ることは少なかった」「一期一会の人も増え、立場によって席順が決まってしまう社会人になると、困ったなと思う場面が増えていった」といった意見も多く得られました。“片耳難聴によって本当に困るのは大人になってから”と言えるかもしれません。

 周りの大人としては、子どもたちが困らないように先回りして環境を整えてあげたくなるかもしれません。しかし、大人になるまでの間に、片耳聞こえないことでどのような場面で困るのか、そのような場面で周りの人にどのように伝えたら理解してもらいやすいか、いろいろと試行錯誤することが大切です。ある程度、聞こえにくくて困るという経験をすることも成長過程においては大切なことなのかもしれません。

 片耳難聴のお子さんの就学に際して、聞き取りやすい耳を教卓側に向くように席順を配慮するといったことが推奨されています。ただ、片耳難聴当事者の経験としては、教卓に聞き取りやすい耳が向くよりも、隣の友達の声が聞き取りやすい席の方が良いかもしれません。先のインタビューの中では、この席順の配慮について「特別扱いされたことがイヤだった」や、逆に「席替えで聞き取りにくい席になるのがイヤだった」と様々な意見が寄せられました。一言で片耳難聴と言っても、そのお子さんによって困り具合や難聴への認識は様々です。周りの方々には、ぜひ、どうして欲しいのか、お子さん本人の気持ちを聞いてあげて欲しいなと思います。自分で考え自分で決めることを通して、大人になるまでの準備を進めていくことができるのではないかと考えています。

 片耳難聴があるからと言って、いつでも聞こえにくくて困っている訳ではありません。でも、周りの人たちの理解とちょっとした配慮があれば、とても生活がしやすくなります。片方の耳だけの難聴があること、限られた場面で聞き取りにくくなること、聞き取りやすい場所を譲ってもらえるだけでも楽になること、そういった片耳難聴への理解が広まることを願っています。

プロフィール

岡野由実(おかの・ゆみ)
群馬パース大学リハビリテーション学部言語聴覚学科講師。言語聴覚士。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。博士(リハビリテーション科学)。川崎市中央療育センター、目白大学耳科学研究所クリニックなどを経て現職。また都内の大学病院耳鼻咽喉科やろう学校にて臨床活動を行っている。著書に『片耳難聴Q&A:聞こえ方は、いろいろ』(学苑社)。NHK連続テレビ小説『半分、青い。』制作において片耳難聴のレクチャーを担当。13歳で左耳を失聴し片耳難聴に。2019年に「きこいろ 片耳難聴のコミュニティ」を立ち上げ代表を務める。