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子どもを育てることばかけ(国際医療福祉大学成田保健医療学部言語聴覚学科准教授:岩﨑淳也) リレー連載:子どものことばとコミュニケーションを支援する

9月から始まりました、言語聴覚士の先生方によるリレー連載「子どものことばとコミュニケーションを支援する」の第3回となります。
第3回の今回は、国際医療福祉大学の岩﨑淳也先生に、子どものことばがどう育つのかについて「ことばがけ」という視点からご紹介いただきます。

「ことばかけ」と言葉の発達

 どんなに知能が高くても「お母さん、こんにちは!」と話をしながら生まれてくる赤ちゃんはいません。子どもが「ママ」「パパ」などの言葉を話せるようになるには、個人差はありますが、1年くらいの時間が必要です。

 言葉が育つには、大人の愛情や、認知機能の発達、コミュニケーション能力の発達など様々な要因がありますが、ここで私が取り上げたいのは、大人からの「ことばかけ」です。言葉を育てるのに、ことばかけが重要なのは言うまでもありません。親ならば誰でも、自分の子どもに良質な言葉をかけて、たくさんの言葉を話せるようになって欲しい、と願うことでしょう。

 しかしよく考えると、ことばかけには不思議な点があります。例えば、皆さんが子どもだったとして、親から急に以下のように話しかけられたら、どう思うでしょうか。
 

 「アオスゼーエンエスギープトアイネカッツェ!」 

 おそらく、何を言われているのか全く分からず、戸惑ってしまうのではないでしょうか。

 ちなみにこの言葉はドイツ語で「見て、猫がいるよ(Aussehen es gibt eine katze)」という意味です。ドイツ語を知らない方にとっては、意味も分からず、そもそもどこで区切れるのかも分からない呪文のように聞こえるでしょう。しかしよく考えてみると、子どもが初めて日本語を聞く時も、同じ状況ではないでしょうか。お父さんやお母さんは、愛情を持って赤ちゃんに一生懸命話しかけますが、その言葉は赤ちゃんにとっては未知の言葉です。一体、赤ちゃんはどうやって、全く知らない言葉を聞いて理解し、話すことができるようになるのでしょうか。

 実は子どもは、大人からの言葉を黙って聞いているだけの受け身な存在ではありません。例えば赤ちゃんは、大人の話す言葉の中によく出てくる言葉を聞いて、他と区別することができます。大人が「ミルクおいしいね」「ミルク飲む?」「ミルク買ってこなくちゃ」などと言っているのを聞くと、赤ちゃんは「ミ」「ル」「ク」という結びつきが何度も繰り返されること、「ミルク」の後に続く音はどれも異なっていることに気付き、「ミルク」はひとつの単語らしい、と分かるのです。赤ちゃんの脳は、まるでコンピューターが情報を処理するように、大人からのことばかけを分析しています。たくさんのことばを聞かせることで、子どもは言葉の使い方を理解し、自分でも使えるようになっていきます。

随伴的な「ことばかけ」

 では、子どもの周囲にたくさんの言葉があれば良いのでしょうか。例えば子どもにYouTubeの動画を長時間見せておけば、色々な言葉に触れる機会が得られるでしょうが、それで良いのでしょうか。これについて、パトリシア・クールと言う人が面白い実験をしています(文献1)。実は生まれたばかりの赤ちゃんは、世界の色んな言葉に含まれる音を聞き分けることができます。日本人の苦手な/l/と/r/も聞き取れます。やがて6か月頃から母国語の音と外国語の区別がはっきりしてきて、母国語以外の音の聞き取りが低下します。

 さて、クールは6か月の英語圏の赤ちゃんに対して中国語を教えれば、中国語の聞き取り能力が保たれるかどうかの実験を行いました。その際、「①中国人の方が子どもと対面で教える」と「②ビデオを子どもに見せる」という2つの条件を設定しました。教える時間や内容はどちらも同一です。さて、どういう結果が出たでしょうか?

 ①の条件のお子さんは、12か月になっても見事に中国語の音を聞き分けることができました。しかし、②の同じだけ中国語を聞いたはずの赤ちゃんは、何もしない子どもと同じように、中国語の聞き分けができなかったのです。では、ビデオでのことばかけには、何が足りないのでしょうか?

 私の意見では、①にあって②にないもの、そしてことばかけで最も大切なのは、随伴性です。「随伴」とは辞書的に言うと「ある物事に伴って起こること」ですが、ことばかけにおける随伴性は、「子どもの発話や行動に対して、即座に、しかも内容的に適切に応じること」と定義されます。例えば子どもが犬を見付けて「アア」と言ったとします。ここで「ワンワンいるね、可愛いね」と、即座に子どもの気持ちに寄り添った言葉をかけることが、随伴的なことばかけです。もし5分後に「そう言えば、さっきワンワンいたね」と声をかけても、子どもには何のことを言っているのか分からないでしょう。また子どもの様子を見ずに、「アア」という声に対して「いい天気ね」と声をかけても、ことばかけの効果は薄いでしょう。大事なのは、子どもが「アア」と声を出したらすぐに、子どもの言いたいことを適切に言葉にしてあげることです。これによって子どもは、「ワンワン」「いる」「可愛い」などの言葉の意味や使い方を学び、さらに「自分の言いたいことを言葉にしてくれた」という満足感を得て、「また話そう」という意欲を持つでしょう。先程の実験で、子どもがビデオから言葉を学習できなかったのは、ビデオの映像は子どもに合わせてことばかけを工夫してくれず、随伴的ではないからだと考えられます。

子どもを伸ばす「ことばかけ」

 私は保護者のことばかけと子どもの言語発達の関係を明らかにするため、2歳のお子さんを対象に、ことばかけの実験を行いました(文献2)。一人の子どもがおもちゃで遊んでいる様子を動画にまとめ、2歳代のお子さんを育てる保護者の方に、動画を見ながらことばかけをしていただきました。そしてことばかけの内容を、①どれだけの量のことばが含まれているか、②随伴的なことばかけか(子どもの行動や発話にすぐに適切にことばをかけているか)という視点から分析し、子どもの言語発達の状況と比較しました。すると、ことばかけの量が多く、随伴的なことばかけをする保護者の子どもほど、話せる単語の量が多い、助詞や助動詞をたくさん使うことができる、より長い文章を話すことができる、という結果が得られました。お子さんを良く見て、お子さんの立場に立ってことばかけをすることが、子どもの言葉の発達を促進することは確かなようです。

 また、「何を見ているんだろう」「何を感じているんだろう」と、子どもの様子を見ながらことばかけをすることは、大人にとっても子どもと気持ちを共有できる、楽しい時間になるでしょう。大人の子どもへのことばかけは、子どもの言葉を育てる栄養となります。全ての子どもが豊かなことばかけの中で育つことを願ってやみません。

【文献】

1)Kuhl P.K,et al.2003.Foreign-language experience in infancy : Effects of
short-term exposure and social interaction on phonetic learning.Proc Natl
Acad Sci USA,100(15):9096-9101.

2)岩﨑淳也.2023.保護者のことばかけと子どもの言語発達との関係.言語聴覚研究,印刷中.

【著者プロフィール】

岩﨑淳也(いわざき・じゅんや)
 言語聴覚士。国際医療福祉大学成田保健医療学部言語聴覚学科所属。上智大学文学部哲学科卒業、東京都立大学人文科学研究科哲学専攻修了、国立障害者リハビリテーションセンター学院言語聴覚療法学科卒業、国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻修了(言語聴覚学博士)。つくばセントラル病院、水戸メディカルカレッジでの勤務を経て現在に至る。専門は自閉スペクトラム症児の社会的認知の発達、言語発達を促すことばかけの研究など。地域で言葉やコミュニケーションの発達に不安のある子の保護者の支援にも取り組んでいる。著書に『言語学・言語発達学』(編著、メジカルビュー社)がある。

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