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子どもの「生きていく力になる」コミュニケーションの成立を目指して(WAKUWAKUすたじお 代表:原哲也) リレー連載:子どものコミュニケーションとことばを支援する

9月から始まりましたリレー連載「子どものことばとコミュニケーションを支援する」の第2回です。
第2回の今回は、言語聴覚士・社会福祉士であり、児童発達支援事業所「WAKUWAKUすたじお」の代表でもある原哲也先生に、子どもを対象とする言語聴覚士の仕事について詳しくご紹介いただきます。

言語聴覚士という仕事

 言語聴覚士は、コミュニケーションとことばへの応援をする仕事ですが、さて具体的に何をするのかはよく知らない、という方が多いのではないでしょうか。

 今回、発信の機会をいただいたので、事例を踏まえて、子どもを対象とする言語聴覚士の仕事について私なりの考え方を少し詳しくお伝えしようと思います。

ゲンちゃんのこと 

 言語聴覚士は何をするのかという話をするにあたって、ある男の子の例を取り上げようと思います。男の子の名前を、仮にゲンちゃんとしましょう。

 もう少しで2歳になるゲンちゃんは、医療機関からの情報によると、「立位歩行不可。言語理解力も幼児語、名詞レベル不通過。手差しや指差しなど無し。無発話。人の認識も曖昧。聴覚過敏や触覚過敏もあり、加えて新奇な場所や人への緊張感も高く、日常生活場面では泣いていることが多い」「ご両親は、子どもとどう向き合えばいいのか、どうコミュニケーションを取ればいいのかを知りたい」とのことで、県内の医療機関から、私が代表を務める児童発達支援事業所に紹介されてきました。

 初めて会った時、ゲンちゃんは母親に抱っこされて父親とともに入室してきました。確かに表情は乏しく、両親からの働きかけに対する反応は希薄で、私が視界に入っても視線が私の前をスッと通り過ぎて行く感じで、私の存在を認識してないように思えました。両親からお話をうかがうと、主訴としては、「ゲンちゃんが何がわかっていて、何がわからないかを知りたい」「コミュニケーションを取れるようになりたい」ということでした。

子どものコミュニケーションに関する視座

 ここで、私が専門職として、特に子どものコミュニケーションについて取り組むときに、常に念頭に置いている基本的な考え方を簡単にお伝えしようと思います。

 それは次のように整理されます。

① 子どもだけでなく、そして、障害があろうがなかろうが、全ての人は「願い」を持つ。

② その「願い」は、「安心したい」「楽しみたい」「尊重されたい」「有能でありたい」「信頼できる人に出会いたい」「繋がりたい」の6つである。

③ これら6つの「願い」はすべての人に共通だが、その具体的な中身はそれぞれ異なる。人はその「願い」を叶えようとして生きている。

④ 子どもは、その「願い」を叶えてくれる人に出会いたいと思い、その「願い」を叶えてくれる人と強く、深く、繋がりたいと願っている。

⑤ 「願い」を叶えるような関わりこそが、子どもが求めているコミュニケーションである。

⑥ 子どものコミュニケーションについて考えるときは、子どもだけに注力するのではなく、子どもと関わる養育者や支援者の「子どもとの関わりについての「願い」にも意識を向け、子どもと周囲の人とのコミュニケーションが充実するようにアプローチすることも大切なこととして捉え、関わる。

ゲンちゃんの場合で言えば、

① 目の前にいるゲンちゃんの「願い」は何かを注意深く見極め、その「願い」を叶えるような関わりを見つけ出し、関わる。

② 母親がゲンちゃんとコミュニケーションを取れるように、母親がゲンちゃんの「願い」を叶える存在になれるように応援する。

ことになります。

言語聴覚士のゲンちゃんへのアプローチ

 では、そのために、言語聴覚士はどのようなアプローチをしたでしょうか。以下、セッションについて説明します。

① セッションは、聴覚刺激や視覚刺激や他の刺激を制御できる小さい個室でおこなう。

② ゲンちゃんと母親との関わりを観察したところ、ゲンちゃんからの応答や反応を得たいという思いから、母親からの関わりが頻回に、強くなっている傾向が見られた。そこでセッションでは、母親には頻回な声かけや身体への過剰な接触は避けてもらい、ゲンちゃんが自分のペースで落ち着いて、個室の状況や母親や私がいる空間を観察できるように工夫した。

③ 母親の話によると、揺らされること自体への嫌悪感はないとのことだったので、「ゆらす」ことを彼と母親のやり取り場面として設定した。母親には、優しく、ゲンちゃんを抱っこしてもらいながら、本当にゆっくり、ゆっくりと揺らすようお願いし、活動を始めた。

④ 揺らす前には、今から始まる活動をゲンちゃんが予期できるように「ゆらゆらするよ」と伝えてもらい、揺れているときには「ゆらゆら」という穏やかな声立てで関わる。止まる前には、「止まるよ」と止まることを予期できるような声かけをしてもらい、止まった時には「止まったね」と伝える。

⑤ 私(言語聴覚士)は、ゲンちゃんから発せられる全てのサインの変化を、活動前後を含め、注意深く観察する。サインというのは、ゲンちゃんの視線、表情、発声、呼吸の状態、体全体の緊張感や弛緩の程度、母の身体をつかむ指先の力の入り方などである。

⑥ 観察したところ、揺らしているときの表情や体全体の様子からは緊張感や嫌悪感はなく、活動自体から得られる「揺れ」の感覚を感じようをとしているようにも若干見えた。さらに、母親や周囲の様子を見ようとする様子も観察されたので、この活動を続けた。

⑦ 揺れが止まった後、ゲンちゃんから母親への要求のサインの表出を待ち、そして何かしらのサインが出たあと、④の揺れる活動を開始してもらうように母親に伝えた。なお、ゲンちゃんからの要求のサインの発信の判断は私がおこなうことにした。

⑧ 待つだけではゲンちゃんからの発信は見られなかったため、母親に、ゲンちゃんに向かって穏やかな声立てで「ゆらゆらする?」という言葉をゆっくり言ってもらった。そうしたところ、声かけから3秒くらい後に、母親の胸をゲンちゃんが手で「とんとん」と叩いたので、それを要求サインとみなして、「ゆらゆら」を始めてもらった。

⑨ その後、自宅でも同様の活動をしてもらったところ、初めは偶然のようでもあった「とんとん」が、2週間後の2回目のセッションまでには活動が止まったとたんに「とんとん」と叩くようになった、「とんとん」が力強くなったなど、要求方法が確実になっていった。はじめは「偶然ではないですか?」と言っていた母親も「しっかりと叩いて要求してくれています」と言うようになってきた。

⑩ 初めて会ってから3か月後には、ゲンちゃんは周囲にいる人へのアイコンタクトが増えた。また、母親からの働きかけがなくとも、母親の体を「とんとん」する形で、自分から揺れ活動を要求することや、絵本、そして音が出るクーゲルバーンのようなおもちゃでの活動を楽しめるようになっていた。

⑪ 同席できない父親への状況報告として、スマートフォンで活動の動画を撮影してもらい、情報共有をした。

「ゲンちゃん」「母親」「ふたりの関係」に起きたこと

 セッションを始めた時点では、聴覚過敏や他の過敏による多様な刺激や周囲の強い関わりの中にあって、ゲンちゃんの「安心したい」という「願い」は叶えられていない状態でした。しかし、セッションの①②を通して、彼は、「安心したい」という「願い」が叶った感覚を得られた(安心できた)のではないかと思います。

 「安心感」が得られたら、次は「楽しみたい」という「願い」を叶えることを目標にします。ゲンちゃんの場合は、「楽しみ」として「揺れの活動」をおこなったわけです。

 本当にゆっくりと揺らすところから、少しずつ揺れを大きくしていき、彼にとって快適な状態に保てるように、動きが激しすぎないように留意しました。結果、セッションの回を追うごとに、揺れという活動によって、ゲンちゃんの多くの「願い」が叶っていることが見て取れるようになりました。
すなわち、「抱かれてゆらゆらする」という母子一体の「安心」や「楽しさ」、そして、その活動を自分が「とんとん」することで得られるという「有能でありたい」という「願い」の実現、そして、その「とんとん」をしっかりと受け止め、活動を提供してくれる母親に対する「信頼」「繋がり」。さらには、自分は母親に受け容れてもらえているという感覚、「尊重されたい」という「願い」が叶えられた実感も得られているのかもしれないと思います。

 初めて来所したとき、確かにゲンちゃんからの発信は微弱でしたし、感覚過敏や新奇な場所や人への緊張感もありました。そして、ゲンちゃんに応答してほしいという思いから、周囲の人たちが強い関わりをしていた面も確かにあったと思います。そういう中でゲンちゃんは、「願い」を持ちながらも、その「願い」が叶うことのない混沌とした世界に生きていました。

 しかし、ゲンちゃんの「願い」を知ってそれを叶えることを中心に置いて関わること、具体的には、ゲンちゃんの外側にいる「自分」から瞬間移動して、「ゲンちゃん」の立場、内側に身を置くようなイメージで、彼の視点からの「風景」や「想い」を想像しながら、彼の「願い」について「仮にでも」捉える努力をする(たとえば、「音が聞こえちゃうとボクはその音が体の中に入ってきて、遊ぶどころじゃないんだよ」「ボク、揺れるのは好きかも」「「ゆらゆら」が止まったら、お母さんをトントンしてみようかな。それで「ゆらゆら」してもらえたら嬉しいな」)、このように、イメージとしては自分とゲンちゃんという立場の違う二者の間を行き来することで、彼の「願い」への気づきや外側にいる自分たちが求められるコミュニケーションやその他の具体的な工夫や調整の内容が見えてきたのです。

 そして、周囲が彼の「願い」が叶うようにと関わるうちに、混沌として緊張感に満ちていたゲンちゃんの「世界」は、安心と楽しみ、繋がり、信頼、有能感、尊重されているという、喜びに満ちた世界へと転換していきました。このような、子どもの「願い」を叶えるような関わりを基盤にして初めて、人への興味関心の拡大や、情緒的な安定と自己制御力、さらにことばに対する理解、表現したいという意欲を前提としたことばの獲得という、子どもが生きていくために必要な様々な発達がたちあがってくるのです。

 また、母親は当初、ゲンちゃんからの応答を得たいという思いから、強い、時には一方的な関わりをしがちであり、しかし反応を得られない中で「どうしたらいいのかわからない」という無力感に苛まれていました。しかし、揺れの活動を通して徐々にゲンちゃんという存在に触れ、ゲンちゃんが母親である自分の存在を意識してくれることを実感し、彼との関わりの中に喜びを見出すことができるようになった様子が見てとれました。

コミュニケーションの原義と言語聴覚士の仕事

 コミュニケーションというと、意思疎通の意味に捉えがちですが、コミュニケーション (communication) の語源であるラテン語の「コムニカチ(communicatio)」には、「分かちあうこと、共有すること」という意味があります。

 では、揺れの活動を通してのゲンちゃんと母親の「コミュニケーション」で、彼ら何を「分かち合って」いるのでしょうか。それは「生きていくための力」だと私は思います。

 揺れの活動のコミュニケーションの中で、ゲンちゃんはさまざまな「願い」が叶えられる喜びを、母親は子どもとの関わりの中に喜びを見出しました。それは二人にとってまさに「生きていくための力」なのです。

 人は出会い、コミュニケーションを通して、「お互いに」「生きるための力」を分かち合います。ただ、ゲンちゃんのケースのように子どもの「願い」が見えにくく、コミュニケーションの糸口が見えない場合もあります。

 そのようなときに必要になるのは、先ほど述べたように、「自分とゲンちゃんの立場の違う二者の間を行き来する中で、彼の「願い」への気づきや外側にいる自分たちが求められるコミュニケーションやその他の具体的な工夫や調整する」ことです。「言語聴覚士」はまさにこの場面で機能します。

 言語聴覚士が接する子どもは、コミュニケーションについて何かしらの難しさを抱えています。そのために、コミュニケーションによって「生きていくための力」を得られないでいるのです。

 そして、大抵の場合、養育者も、時には支援者も、子どもとのコミュニケーションについての不安や悩みを抱えています。彼らもまた、コミュニケーションを通して「生きていくための力」を得られないでいるのです。

 そのときに必要となるのは、「立場の違う二者の間を行き来する中で、彼の「願い」への気づきや外側にいる自分たちが求められるコミュニケーションやその他の具体的な工夫や調整する」ことであり、それをするには、コミュニケーションに困難を抱える子どもについての知識と経験が必要です。言語聴覚士はそれを提供します。

 それによって、子どもとのコミュニケーションに不安を抱える養育者、支援者に対してコミュニケーションの糸口を示すこと、そして、それぞれの人が繋がりたい相手と信頼や尊重を基盤とした関係を深めていけるように、彼らがコミュニケーションを通して「生きていく力」を得られるように、専門的な知見と視点から応援することが言語聴覚士の役割であると私は考えています。

さいごに

 ゲンちゃんが初めて来所した時と数か月後の動画を、母親と一緒に見比べたことがありました。そのとき、母親は「最初とは本当に表情も動きも全然、違いますね。全く違う」と言いました。

 そして「最近は後ろから名前を読んだら振り向こうとしたり、夫婦で話していると、『ボクと遊んで』と言うように、『うーうー』っていうんです」「どう関わっていいかわからなくて困っていたこの子の父親も、「おい、抱っこはどうすればいいんだ?」と言ったりするんです」と少し微笑みながら話してくれました。

 「願い」を叶えたい。

 その思いは子どもも、家族も、支援者も同じです。子どもと家族、支援者がそれぞれの「願い」を尊び、支えあう、叶えあう、そのような繋がり合いが、より強くなり、その輪がどんどん拡がった「世界」での暮らしはどのような毎日なのでしょうか? そのような「世界」を創造するために自分は何ができるのだろうか?

 そんなことを考えながら、まずは目の前にいる小さな子どもの尊い「願い」を見逃さず、子どもの「生きていく力になる」コミュニケーションの成立を目指して、丁寧に心を込めて、彼らとの時間を積み重ねていく。
これが私の考える言語聴覚士の仕事なのです。

【執筆者プロフィール】

原哲也(はら・てつや)

言語聴覚士・社会福祉士。一般社団法人WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。児童発達支援事業所「WAKUWAKUすたじお」代表。1966年生まれ、千葉県出身。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業後にカナダの障害者グループホーム勤務、東京の障害者施設職員勤務を経て、国立身体障害者リハビリテーションセンター・学院聴能言語専門職員養成課程を卒業。29歳から小児障害児リハビリテーション専門職として、長野県の病院や市区町で発達相談や障害児の巡回相談業務に携わる。「発達障害児の家族を幸せにする」を志に、全国を駆け回り、乳幼児期から青年期までの発達障害児と家族の応援をおこなっている。

著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法~コミュニケーションが変わると子どもが育つ』(学苑社、2018)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社、2021)。

WAKUWAKUすたじお ホームページ http://www.waku-project.com/

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