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個人間構造と個人内構造:心理尺度の因子の意味(立正大学心理学部講師:下司忠大) #心理統計を探検する

心理尺度はしばしば,「あなたは外向性が高い」といったように,個人の内部にある「心」を理解するために使用されます。しかし現状,ほとんどの心理尺度は個人と個人の間での項目得点の変動に基づいて作られており,そうした使い方は支持されません。心理尺度を適切に使用するためには,尺度がどういったデータに基づいて作られたかを把握することが必要です。今回は,心理尺度による「心」の測定を考えるうえで避けては通れない,個人間と個人内での因子構造の違い,そしてそれをふまえた心理尺度の使い方について,下司忠大先生にご解説いただきました。
※今回の記事は,相関関係の分析,因子分析,心理測定などについて基礎的な知識があることを前提としています。あらかじめご承知おきのうえお読みください。

一般に心理尺度を用いて「心」を測定する実践の背景には,心理尺度への項目回答が因子によって生じたものであるという考え方があるように思います (「心理尺度」や「因子」については本特集の小杉 (2023) も参照してください)。つまり,外向性尺度の項目回答の背景には「外向性」が,サイコパシー尺度の項目回答の背景には「サイコパシー」があり,それが回答を左右しているという考え方です。このような考え方が妥当なものであれば,心理尺度の項目回答に基づいて間接的にその背景にある因子を推測できることになり,これは行動から他者の「心」を推測する私たちの日常的な考え方と類比的です。しかし,因子は必ずしも個人の内部に存在するとは限りません。それどころか,心理尺度で測定される因子はほとんどの場合「人間の内部」の特性の構造とは関係がない可能性があります (村山, 2012)。本記事では個人間・個人内変動の観点から心理尺度における因子の意味について論じます。

因子分析と個人間・個人内の変動

因子分析は複数の得点間の相関関係に基づいて,その背後に因子を仮定する分析手法です。例えば「あなたは社交的ですか?」「あなたはおしゃべりですか?」「あなたは明るいですか?」という3項目に対して「全くあてはまらない」 (1点) から「非常にあてはまる」 (5点) までの5件法で様々なひとに回答を求めるとします。これら3つの項目は正の相関関係にあり,因子分析をしてみると,その背後に「外向性」という因子を仮定できるかもしれません。このとき,「外向性」の高さが3つの項目の得点の高さを規定するという関係を想定することができます。そしてこの結果から,個人の内部の「外向性」の高さが,先の3つの項目への回答を左右するものとして解釈されることがしばしばあります。

しかしながら,この例では,因子と項目との関係性が,個人内ではなく個人間の関係性である点に注意が必要です。集団を対象に調査を行った場合には,項目得点の高低は個人間で変動します (すなわち,個人によって様々な値をとります)。したがって,その背後に仮定される因子得点の高低も個人間で変動します。このときの因子と項目との関係性は「因子の得点が高い人々ほど,項目得点が高い人々である」となります。他方で,特定の個人を反復測定した場合には,項目得点の高低は個人内で変動します (すなわち,その個人において,測定機会によって様々な値をとります)。例えば,「あなたは今日社交的でしたか?」「あなたは今日おしゃべりでしたか?」「あなたは今日明るかったですか?」という項目に毎日回答してもらったとすれば,それらの回答は日毎に異なります。そして,その背後に仮定される因子得点の高低は個人内で変動します。このときの因子と項目との関係性は「その個人において,因子の得点が高い時ほど,項目得点が高い」となります。

冒頭で述べた,因子が特定の個人の内部に存在するという考え方は,個人内で変動する因子を想定しています。他方で,現在行われている,ほとんどすべての心理尺度開発研究では,個人間データを用いて因子を仮定しています。したがって,因子が特定の個人の内部に存在すると仮定し,それに基づく尺度開発研究において一般的な尺度開発の手続きを用いると,目的と手段に乖離が生じます (この問題は本特集の三枝 (2024) で論じられている問題と同型です)。一般的な尺度開発手続きを維持したまま,因子が特定の個人の内部に存在すると言うためには,個人間の因子構造と個人内の因子構造が同等である前提を導入し,個人間の変動に基づいて,個人内の変動を推論しなければなりません。

個人間と個人内の因子構造の同等性

個人間の因子構造と個人内の因子構造が同等であるということは,集団を対象に調査を実施して得られたデータ (個人間データ) に対して因子分析をした際の因子構造 (因子数,因子負荷量,および各項目の誤差分散) と,任意の個人を対象に反復測定を行って得られたデータ (個人内データ) に対して因子分析をした際の因子構造が同じになる,ということを意味します (Molenaar, 2004)。このような同等性があると言えるならば,個人間の因子構造に基づいて,個人内の因子構造を推論することができます。ただし,個人間データと個人内データの因子構造は独立しており,両者に「法則的な関係は存在しない」(Molenaar, 2003, p.89, 筆者訳) 点に注意が必要です。つまり,個人間 (個人内) データの因子分析の結果のみの情報から個人内 (個人間) データの因子分析の結果の妥当な予測はできず,個人間と個人内の因子構造の同等性については,実証的に確かめる必要があります。

Molenaar (2004) は,個人間データと個人内データの因子構造の同等性について検討するために,Borkenau and Ostendorf (1998) の生データを再分析していますBorkenau and Ostendorf (1998) は,大学生22名の調査参加者を対象に,90日間連続で30項目からなるBig Five (外向性,協調性,勤勉性,神経症傾向,開放性の5つの個人間の因子からなるパーソナリティ特性の枠組み) の尺度に回答を求める調査を行っていました。もし,このBig Five尺度の因子構造が個人間と個人内で同等であれば,どの個人についても個人間と同様の因子構造 (すなわち,Big Fiveの5因子構造) が示されるはずです。しかし,Molenaar (2004) の分析結果は「ある参加者は2因子モデルに従い,ある参加者は3因子モデル,またある参加者は4因子モデルに従う」(p.214, 筆者訳) というものでした。つまり,このBig Five尺度に関しては,個人間と個人内の因子構造の同等性は確かめられませんでした。

この結果は,個人間データによって確かめられてきたBig Fiveのような理論的枠組みが個人間の因子構造を反映したものであり,特定の個人における個人内の因子構造とは関係がないことを示唆しています[1]。したがって,目の前の個人を対象にBig Five尺度を実施し,それに基づいて結果を解釈したとしても,それはその個人の特徴を適切に反映しておらず,それどころか誤った印象を与えてしまう可能性があります (ただし,もちろん,その個人の個人内の因子構造がBig Fiveであれば,その個人の特徴を的確に反映していることになります)。例えば目の前の個人のBig Five尺度の「協調性」得点が低かったとき,「このひとは少なくとも今は共感性が低く思いやりに欠ける傾向にあるのだな」と解釈するかもしれませんが,個人内の因子構造では,協調性項目は他の因子に散らばっているかもしれず,その得点の低さは別の意味で解釈されるべきものかもしれません[2]。

結論

心理尺度に対する因子分析から得られる因子は,特定の個人の心理的特徴を反映しているように見えるかもしれません。しかし,ここまで述べてきたように,個人間因子を特定の個人の心理的特徴とみなすことは難しく,ほとんどのケースで個人間因子は集団全体の個人間差を表すものとして理解するほうが自然です。個人間因子を個人間差として捉え,その様相を明らかにするような研究はBig FiveやDark Triad (マキャベリアニズム,サイコパシー傾向,自己愛傾向の3つの冷淡なパーソナリティ特性) などの様々なパーソナリティ特性を対象として行われてきました。他方で,これらの概念を特定の個人の心理的特徴を表すものだと理解してしまうと,個人差研究の知見を誤解したり,特定の個人の独自性や個性を見逃し,誤った認識を持ってしまったりする可能性があります。臨床場面,教育場面などで,特定の個人の心理的特徴を理解するために個人間因子を背景とした心理尺度を用いるという実践はしばしば行われているように思われますが,個人間因子の性質や特徴を理解した上で,その使用に際しては慎重になる必要があるでしょう。

脚注

  1. Borkenau and Ostendorf (1998) でも示されているように,個人内の平均的な因子構造はBig Fiveの5因子になり得ます。そして,それに基づいて「個人内の因子構造もBig Fiveである」と表現されることもありますが,あくまでも平均的な因子構造であり,特定の個人の個人内因子ではないことに留意する必要があります。

  2. このような項目得点の詳細な解釈を進めるにあたっては,本特集の樫原 (2024) の個人内データにおけるネットワークアプローチは非常に有力な方法であると考えられます。

引用文献

執筆者プロフィール

下司忠大(しもつかさ・ただひろ)
立正大学心理学部講師。専門はパーソナリティ心理学。
【主要業績】『パーソナリティのダークサイド』(監訳,2021,福村出版),『パーソナリティのHファクター』(共訳,2022,北大路書房),『心を測る』(共訳,2022,金子書房)など。
HP:https://researchmap.jp/shimotsukasa

著訳書

ヴァージル ジーグラー・ヒルデヴィッド K. マーカス 下司 忠大・阿部 晋吾・小塩 真司 (監訳) 川本 哲也・喜入 暁・田村 紋女・増井 啓太 (訳) 『パーソナリティのダークサイド―社会・人格・臨床心理学による科学と実践―』福村出版

K. リー・M. C. アシュトン 小塩 真司 (監訳) 三枝 高大・橋本 泰央・下司 忠大・吉野 伸哉 (訳) 『パーソナリティのHファクター―自己中心的で,欺瞞的で,貪欲な人たち―』北大路書房

デニー ボースブーム 仲嶺 真 (監訳) 下司 忠大・三枝 高大・須藤 竜之介・武藤 拓之 (訳) 『心を測る―現代の心理測定における諸問題―』金子書房

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