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第5回 ミルグラム服従実験(高知工科大学 経済・マネジメント学群 教授:三船恒裕)連載:#再現性危機の社会心理学

今日の心理学は、過去の研究知見が再現されないという問題(再現性の危機)に直面しています。人間の行動を説明・予測する普遍的な命題を定立することを目的とする心理学が積み上げてきた研究成果は、砂上の楼閣に過ぎないのでしょうか。こうした問題に応えようと、心理学者たちは、過去の知見の再現可能性を確認する研究に取り組んでいます。
第5回では、ミルグラム服従実験についてご解説いただきます。


第二次世界大戦と社会心理学

 戦争。人々が仲間と手を組み、敵対する集団の人たちに対して攻撃する。国家、宗教、人種、民族、集落、部族など、様々な集団の間で、また、人類の歴史上のかなり古くから、戦争という現象が観察されてきた。

 なぜ戦争は生じるのか。これはとてつもなく大きな問いであり、その答えは様々であり、もちろん、まだ解き明かされていない部分もたくさんある。人々が他者と関わりあう中で働く心の仕組みを解き明かそうとする社会心理学では、特に初期の頃の研究は、第二次世界大戦の影響を強く受け、戦争の謎に心理学の視点から挑戦してきた。

 例えば、Adornoら (Adorno et al., 1950) は権威主義的パーソナリティという性格こそがナチスドイツの残虐な行動を生み出したと考えた。社会的地位の高い「強者」の言いなりになり、地位の低い「弱者」に対しては自分が上の人間のように振る舞うという性格が戦争をもたらしうるのだと主張された。

 Stanley Milgramは、戦争は性格の問題ではなく、状況の問題であると考え、「アイヒマン実験」とも呼ばれる、一連の服従実験を実施した。このアイヒマンとはアドルフ・アイヒマンのことであり、ナチス政権下のドイツでホロコーストに関与し、数百万のユダヤ人の強制収容所への移送を指揮した人物である。戦後の裁判において「命令に従っただけ」と無罪を主張したが、死刑判決が下されている。ユダヤ系アメリカ人であったMilgramにとってもナチスによるユダヤ人大量虐殺は解くべき謎のひとつであった。ただしMilgram は、アイヒマンは残虐で冷酷非道な性格の持ち主だからユダヤ人虐殺の指揮をとった、とは考えなかった。「アイヒマンはむしろ、机に向かって仕事をするだけの凡庸な官僚に近い人物」だというハンナ・アーレントの主張に同意し、「特に悪意もなく、単に自分の仕事をしているだけの一般人が、酷く破壊的なプロセスの手先になってしまえる」と書いている (Milgram, 1974 山形訳 2008)。つまりMilgramは、権威のある人物に命令されるという状況こそが命令に服従するという心理を引き出し、そして、その服従の心理は特別な性格の持ち主だけものではなく、多くの人々が普遍的に持つ心理であり、これこそが悲惨な戦争につながったのだと考えたのだ。そのことを実証するために行ったのが服従実験である。

 それでは、Milgramによる服従実験とはいったいどんな実験なのか、見ていこう (Milgram, 1974)$${^{1}}$$ 。

Milgramの服従実験

 人々が権威のある人物に服従してしまう心理を検討するには、そうした状況を実験室の中に作り出さなければならない。しかし、もちろん、実験室の中で「人を殺せ」なんていう命令をして、それに服従するかを観察するなんてことはできない。どうしたらいいのか。Milgramはのちに「教師・生徒パラダイム」と呼ばれる実験パラダイムを開発した$${^{2}}$$ 。

 実験の参加者は「学習における罰の効果について」という実験だということを知った上で、他の参加者とともに実験室に入室した。この実験タイトルは、実際には実験スタッフの命令に服従するかどうかを観察するという本当の目的を隠すための偽のタイトルである。はじめに参加者はクジをひいて、ひとりは「教師」の役割を、もうひとりは「生徒」の役割となった。実は本当の参加者は必ず教師役になるように細工がなされており、生徒役の参加者は実験スタッフが用意した「サクラ」であり、演技をするように指示されていた。さて、これは「学習における罰の効果について」の実験なので、生徒役は記憶テストをすることになる。そして、生徒役のサクラが記憶テストを間違えるたびに、教師役となった本当の参加者が電気ショックのレベルをひとつずつ上げながら与えていくように実験スタッフから指示された。この指示に従うかどうかが服従の指標となる。

 もう少し説明を続けよう。電気ショックは機械を通して、15ボルトずつ上がるようになっており、最大で450ボルトとなっていた。機械には電気ショックの電圧を示す数値の下にわかりやすく「弱いショック」「中程度のショック」「強いショック」「危険 過激なショック」と書かれており、さらにほぼ最高の電気ショックレベルのところには「XXX」と、非常に危険なことを暗に意味するマークが書かれていた。このように、生徒役(サクラ)の人が記憶テストを間違えるたびに電気ショックを与えることになった本当の参加者にとって、その電気ショックが非常に危険なものであることがわかるようになっていた。

 450ボルトもの電気ショックを受ければ本当に死の危険性がある。だから教師役の本当の参加者が電気ショックのスイッチを入れても実際には電流は流れなかった。その代わり、生徒役(サクラ)の人は電気ショックのレベルに応じて、痛がったり苦しんだりする演技をあらかじめ決められた通りに演じた。参加者の中には途中で「このまま続けるんですか?」など、実験を途中でやめたいという人もでてきたが、こうした場合に実験スタッフが出す指示もあらかじめ決められていた。実験スタッフは、最初に参加者がためらった場合は「続けてください」と言い、次は「続ける人が必要です」、その次は「続けることが絶対に必要です」、さらに次は「続ける以外に選択肢はありません」と参加者に告げた。この4つの指示を聞いてなお拒否した場合は実験終了、つまり服従しない参加者と判断された。

 Milgramはこの教師・生徒パラダイムを用い、地元の新聞に掲載された広告を見て応募してきた20歳から50歳までの一般の人たちを参加者として実験を行った。実際には、細かい設定を変えて20以上の実験が行われたが、実験1として紹介された内容と結果は以下の通りである。本当の参加者は実験スタッフと同じ部屋だが、ひとり用の机と椅子に座った。生徒役(サクラ)の人は参加者とは別の部屋に配置されたが、その部屋から生徒役の声は聞こえてこず、苦しんでいることを伝えるかのように実験室の壁がドンドンと叩かれる音が聞こえてくるのみであった。この状況に参加した参加者のうち、電気ショックレベルを最大の450ボルトまで上げたのは65%、平均の最大電撃レベルは405ボルトであった。実験スタッフの指示に「服従」し、非常に高い、死ぬことさえありうるレベルの電気ショックを一般の人たちが見知らぬ人に与えたのである。

服従実験の影響

 Milgramによる服従実験は心理学の世界に大きな影響を与えた。そのひとつは実験の倫理についてである。たとえ生徒役はサクラであり、実際には電気ショックを受けていなかったとしても、教師役となった参加者にとって他者に痛みを与えてしまったという経験は精神的に大きな傷を負わせてしまう。実際、Milgram自身も、生徒役が発する苦痛の声が参加者に対して嫌悪感情を引き起こし、緊張をもたらしたと報告している。服従実験後、倫理的な問題があるとして同様の実験を行うことは非常に難しくなった。

 もうひとつ、服従実験がまざまざと見せつけたことは、人間の行動に対する状況の力の大きさである。Milgramは自身による服従実験の内容を、実際には実験に参加していない精神科医$${^{3}}$$、大学生、中産階級の成人に対して説明した上で、結果については一切明かさず、自分ならどう反応するかを予想させた。結果、どの人々も自分は低いレベルで実験を中断すると回答した。これに関連して2017年に興味深い研究が報告されている (Grzyb & Dolinski, 2017)。18歳から75歳までの564人に対して$${^{4}}$$、ミルグラムの実験手続きを動画で見せた後、自分ならどの段階までの電気ショックを与えるか、平均的な他者ならどうするかなどを推測させた。結果、他の人は高いレベルの電気ショックを与えるかもしれないが、自分自身はそれほど電気ショックを与えないという回答パターンが見られた。人々がとある状況に直面すると、それまでは予想もしなかった行動をとることがありうるのだということを服従実験は示したのだ。

追試実験

 服従実験は、人間は権威のある他者に服従して残酷な行動をしてしまう、というメッセージを発している。これは大きなメッセージである。もしかしたら、ユダヤ人の大虐殺にもかかわりうる心理がどの人間にも備わっているかもしれないということになる。これをひとつの実験結果に基づいて結論を下すのは早計であろう。やはりここでも追試実験が必要になる。

 Blass (2012) によると、Milgram自身による実験の後、アメリカだけでなく、イタリアやドイツ、南アフリカやインドなどで服従実験が行われた$${^{5}}$$。参加者が服従した割合はオリジナルのMilgramの結果よりも高いものもあれば低いものもあったが、平均的にはほとんど変わらない服従率が見られた$${^{6}}$$。

 さらに近年、できるだけ忠実にMilgramと同様の実験を行い、同様の結果が見られるかを検証した研究がふたつ発表された。しかし、Milgramの実験をそのまま再現するのは、現代では倫理的にほぼ不可能である。いったい、どうしたらよいか。Burger (2009) は「途中までで終了」という方法を考案した。BurgerはオリジナルのMilgramの実験において、電気ショックのレベルを150ボルトまで上げた参加者のうち約80%の参加者が最後の450ボルトまでレベルを上げたことに注目した。つまり、150ボルトを、最後まで服従するか、それとも途中で服従をやめるかの基準点と見なすことができる。よって、150ボルトよりも上のレベルの電気ショックを与えようとした時点で実験を中止することにして、倫理的な問題をクリアした。新聞広告などで募集した40人の参加者に対して実験を行った結果$${^{7}}$$、70%の服従率が見られ、Milgramによる実験とほぼ変わらない結果が得られた。

 Dolińskiら (2017) はBurger (2009) よりも多い80人を参加者とし、Burger (2009) と同じく150ボルトを超えたら終了という方法で追試実験を行った。Burger (2009) ではMilgramのオリジナル実験の中の実験5が追試されたが、Dolińskiら (2017) では実験2が追試された。実験の結果、90%の服従率が見られ、オリジナルと同様の結果が再現された。

 Milgramによる服従実験は、同様の手続きを取れば同様の結果が見られるという意味で、再現性の高い実験ということができるだろう。

本当に「服従」か?

 さて、Milgramの服従実験は再現性が高いので、話はこれで終わりかというと、そうでもない。服従実験の参加者は本当に「服従」しているのか、という問題が残されている。

 Milgram自身は服従実験で生じた参加者の心理状態をエージェント状態と名づけている。人々は権威者の命令に従うことに対して責任を感じる一方で、その内容に関しては責任を感じず、ただただ権威からの影響を受け入れる精神状態だったのだ、と主張された。

 本当に服従実験の参加者の心理はエージェント状態という心理だけで説明できるのだろうか。いくつもの疑念が提出されている。例えば、服従実験では参加者は小さなレベルから大きなレベルへと段階的に電気ショックレベルを上げていった。これは、小さな要請を承諾するとその後の大きな要請をも承諾しやすくなるという、一貫性の効果が含まれている可能性がある$${^{8}}$$。

 1993年、イェール大学に保存されていたMilgramの書類などが公開された。その中には服従実験に関わるノートや音声データなどが含まれていた。それらを分析することで服従実験の再解釈が行われている。例えばHaslamら (2015) は、服従実験の参加者は科学的な実験を成功させようとする実験スタッフと心理的に近くなり$${^{9}}$$、積極的に電気ショックを与えたのではないかと指摘する。他にも様々な可能性が指摘されており(例えばHollander & Turowetz, 2017)、Milgramの服従実験の解釈について、再検討が続いている。

 筆者なりの結論をまとめておこう。Milgramによる服従実験は、確かにその状況と同様の状況を作り上げれば、参加者は実験スタッフの「命令」に従って電気ショックを与えてしまうという意味で、再現性の高い実験だと言える。ただし、そこで働いている心理は「服従」という一言で済ませられるような単純なものではない可能性がある、ということが近年の研究で見えてきたことだろう。まだまだ、わからないことはたくさんあるのだ。

脚注

  1. 服従実験やその追試実験などについて日本語で詳しく書かれており、読みやすい本として縄田 (2022) の『暴力と紛争の“集団心理”』をお勧めする。

  2. 同様の実験パラダイムはBuss (1961) でも報告されているようだ。しかし、Milgram (1963) によると、両者はそれぞれ独立に実験パラダイムを開発したようであり、Milgramのほうがはやくに報告した、と主張されている。

  3. 山形浩生(訳)の「服従の心理」の表1、紙版の4刷だと「心理学者」となっているが、kindle版(6刷がもとらしい)だと「精神分析医」となっている。英語版のkindle(2009年再発行版?)だと"Psychiatrists"となっているため、ここでは精神科医とした。

  4. 心理学、社会学、教育学の学部に所属する学生や卒業生は除外された。

  5. Blass (2012) で紹介されている追試実験は博士論文などや非英語の論文で発表されており、手に入れることが難しかったため、原典は確認していない。ただ、社会心理学のトップジャーナルであるJournal of Personality and Social Psychology誌に3本ほどMilgramタイプの服従実験が1970年代に公刊されているのは興味深い。

  6. Blassはこの論文の中で、確かにドイツの服従率は高いが(85%)、アメリカで行われた別の実験の方が服従率が高い(91%)ことを指摘し、ナチスによる残虐行為を「ドイツ人だから」と解釈するためにこれらの結果を使ってはいけないと警告している。

  7. 正確にはBurger (2009) の実験全体では70人の参加者が参加したが、そのうちの30人はMilgramのオリジナルとは少し異なる条件に参加しており、オリジナルの結果との比較が難しいため、ここでは40人と表記した。

  8. このnoteシリーズの第2回「説得の技法」におけるフット・イン・ザ・ドアを参照してほしい。

  9. 専門用語では「同一化」と呼ばれる心理状態である。

引用文献

  • Adorno, T. W., Frenkel-Brunswik, E., Levinson, R., & Sanford, R. W. (in collaboration with Aron, B., Levinson, M. H., & Morrow, W.) (1950). The Authoritarian Personality. Harper & Brothers, New York.

  • Blass, T. (2012). A cross-cultural comparison of studies of obedience using the Milgram paradigm: A review. Social and Personality Compass, 6(2), 196-205.
    https://doi.org/10.1111/j.1751-9004.2011.00417.x

  • Burger, J. M. (2009). Replicating Milgram: Would people still obey today? American Psychologist, 64(1), 1-11.
    https://doi.org/10.1037/a0010932

  • Buss, A. H. (1961). The Psychology of Aggression. John Wiley & Sons Inc.
    https://doi.org/10.1037/11160-000

  • Doliński, D., Grzyb, T., Folwarczny, M., Grzybała, P., Krzyszycha, K., Martynowska, K., & Trojanowski, J. (2017). Would you deliver an electric shock in 2015? Obedience in the experimental paradigm developed by Stanley Milgram in the 50 years following the original studies. Social Psychological and Personality Science, 8(8), 927-933.
    https://doi.org/10.1177/1948550617693060

  • Grzyb, T., & Dolinski, D. (2017). Beliefs about obedience levels in studies conducted within the Milgram paradigm: Better than average effect and comparisons of typical behaviors by residents of various nations. Frontiers in Psychology, 8, 1632.
    https://doi.org/10.3389/fpsyg.2017.01632

  • Haslam, S. A., Reicher, S. D., Millard, K., & McDonald, R. (2015). ‘Happy to have been of service’: The Yale archive as a window into the engaged followership of participants in Milgram’s ‘obedience’ experiments. British Journal of Social Psychology, 54(1), 55-83.
    https://doi.org/10.1111/bjso.12074

  • Hollander, M. M., & Turowetz, J. (2017). Normalizing trust: Participants’ immediately post-hoc explanations of behaviour in Milgram’s ‘obedience’ experiments. British Journal of Social Psychology, 56(4), 655-674.
    https://doi.org/10.1111/bjso.12206

  • Milgram, S. (1963). Behavioral study of obedience. Journal of Abnormal and Social Psychology, 67(4), 371-378.
    https://doi.org/10.1037/h0040525

  • Milgram, S. (1974). Obedience to authority: An experimental view. (ミルグラム, スタンレー 山形 浩生 (訳) (2008) . 服従の心理 河出書房新社)

【著者プロフィール】

三船 恒裕(みふね・のぶひろ)
東洋大学社会学部卒業、北海道大学文学研究科にて修士号と博士号を取得。日本学術振興会特別研究員を経て現職。
集団内への協力行動や集団間の攻撃行動の心理・行動メカニズムを社会心理学、進化心理学、行動経済学の観点から研究している。近年は国際政治学者との共同研究も展開している。社会心理学研究、Evolution and Human Behavior、Scientific Reports、PLoS ONEなどの学術雑誌に論文を掲載している。

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