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【第3回】在宅勤務で座る位置を変える?:全てのことがメッセージになりうる(吉田克彦:合同会社ぜんと代表)連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

 ブリーフセラピーはちょっとした工夫の積み重ねであることの例として1回目は、日常のブリーフセラピー的な工夫について紹介しました。前回(第2回)は、ブリーフセラピー的な工夫をする上での相互作用の視点について「カラス進入禁止」の貼り紙を例に考えてみました。今回は、メールカウンセリングのひとコマから、相互作用(拘束)が対人関係だけではないという事例を紹介いたします。

在宅勤務の座る位置

 新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちのフィジカルだけでなく、むしろそれ以上にメンタルに影響を与えたように思います。新型コロナウイルスへの感染は防いでいる人であっても、新型コロナウイルスの感染拡大によるメンタルへの影響は多かれ少なかれ皆が受けているのではないでしょうか。

 筆者が実施している定額制メールカウンセリングサービスで相談を受けた事例を1つ紹介したいと思います。なお、この事例を含め本企画で紹介する事例は全て、事例掲載の許可を頂いた上でプライバシーなどに配慮し改変しています。

【事例1】会社員のAさん(20代・女性)
 Aさんは、大学で一人暮らしを始めてから、「家は何もせずただ安らぐ場所」と位置づけ、社会人になってからも「仕事は仕事、プライベートはプライベート」とメリハリをつけた生活をしていた。自宅に仕事を持ってくることはなく、通勤電車がオンオフのスイッチ変わりとなっていた。職場帰りの電車の中で、お気に入りの動画を見るのが至福の時だった。
 ところが、今回の新型コロナ感染予防のためのテレワークが始まり、家にパソコンを持ち帰り仕事をすることになった。一人暮らしで1Kの部屋。テレビもベッドも同じ部屋のため仕事部屋を作ることもできず、集中できないとのこと。
 テーブルは1つだけで、食事もテレビを見るときも定位置で過ごすという。図書館などもその時期は一斉に閉館していたため利用できず、家以外で集中することも困難な状況であった。
 Aさんのメールには、「今まで自分が確立させていた、『勉強や仕事は外で徹底してやる。家に帰ったら寝るだけ』という価値観が壊された」と途方に暮れた様子が書かれていた。 

 カウンセラー(筆者)は、これまでの生活リズムが崩れた悲しみと戸惑いに共感した上で、以下のような返信をした 
 例えば、今後家庭を築くことを考えているのであれば、『帰ったら寝るだけ』(もちろん、単純化した台詞であり、Aさんなりの『こういう作業はOK』など細かいルールがあるのでしょうが)ではまずいですよね。
 家事や場合によっては育児もやる必要があります。他にも親の介護などいろいろあるかもしれません。それらのことを考えたとき、家でも、作業(仕事ではなくルーティン)を取り入れるいいタイミングかもしれませんね。
 テーブルで仕事をする際には、食事の時と反対側に座るようにしてみてはいかがでしょうか。テーブルをずらしても構いませんので、とにかく座る場所を変えてみてください。
 もう1つは、勉強は本とノートを使うことにして、勉強が終わるまでパソコンもスマホも触らないとか、それも最初は勉強時間を1日5分だけにする。そして徐々に、10分15分と増やしていけばよいのではないでしょうか。

 Aさんは、筆者が提案した2つを実行したところ、在宅勤務のペースもつかみ、仕事量もオフィスで働くとき以上の成果を出せるようになった。いまでは、「在宅勤務をとても楽しめるようになり、出社と在宅でバランスよく働けている」という。

家で仕事ができないのは「なまけ」や性格が原因ではない

 私たちは、普段の生活では常に快適を目指しています。家での定位置では「テレビが見やすいように」「寝転がりやすいように」「間食がしやすいように」と、リラックスしやすい環境を知らず知らずに整えている人も多いのではないでしょうか。つまり、私たちは家でリラックスするように“拘束”されているわけです。「家でリラックスしてしまい、仕事に集中できないのは、個人の意志の弱さや性格などが原因ではない」この考え方がブリーフセラピーの前提となります。その上で、今回の対応を振り返りましょう。

①家での過ごし方に対する「リフレーミング」

 筆者はまず、共感をした上で、「家=休む場所」というAさんのフレームを、「今後家庭を築くことを考えているのであれば~中略~作業(仕事ではなくルーティン)を取り入れるいいタイミング~後略」と伝えました。これは、「リフレーミング」という技法です。ここで押さえたいことは、将来Aさんが家庭を築くかどうか、親の介護を実際にするかどうかは重要ではありません。結婚願望がない、あるいは親の介護をする必要がない場合は、それに合わせて別な提案をするだけです。

 いずれにせよ、メタファーなので実行するかどうかではなく、こちらの新しいフレームにAさんが触れて拘束の幅が広がったことが重要なのです。

②座る位置でパターンを変える

 いつも座っている定位置と反対側に座れば、視界が変わります。それは、非日常の空間となります。いわば、「環境との相互作用によって、仕事に集中するように拘束されている」といえます。これもフレームを広げることで、別の拘束を生み出しました。

 テーブルの反対に座るというのは一見単純なことのように思いますが、反対側に座るために、例えば、テーブルを若干ずらす、椅子(あるいはクッションや座布団)の位置を変えるといった些細な変化が生じます。この動きがオン/オフのスイッチの代わりになったのかもしれません。

 今回紹介した事例は、「家でただ座る位置を変えた。それだけのこと」とも言えます。「人の心と関係がないじゃないか」という意見もあるでしょう。しかし事例で用いた①リフレーミングや、②パターンを変えるという技法は、確実に人のコミュニケーションに影響を与え(拘束し)ます。特にリフレーミングなどは認知行動療法をはじめ他の心理療法でも使われますが、ブリーフセラピーでの「リフレーミング」は独自性があると考えます。詳しくはまた改めて紹介したいと考えています。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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