連載:作文で変わる不登校の子どもたち~書くことで自己と対話する【第5回】自己決定を促す作文(教育支援センター(適応指導教室)教育相談員・スクールカウンセラー:林千恵子)
不登校支援を始めた当初、学校復帰について考えあぐねていました。当時は、学校復帰が大きな目標とされていたのですが、私が勤務する教育支援センター(適応指導教室)では、学校復帰する子がほとんどいないという現状がありました。
「学校に戻りなさいって言われて行けるくらいだったら、こんなに苦労してないよ。」そんなふうに話す子もいました。教育支援センター(適応指導教室)で力を付けて、自分のタイミングで学校復帰を考えればいいと思っていたのですが、不登校の状態をなんとなく継続してしまう子どもも多いように感じていました。
最も学校に戻りやすいのは、学年やクラスが変わる4月です。
押し出されて登校するのではなく、漫然と不登校を続けるのでもなく、自分と向き合って、4月からの登校をどうしたいのか自分で決めてほしい。その願いを実現するために、私が頼りにしたのは、やはり作文です。
中学3年生のように4カ月間じっくりと自己対話を深めていくわけではありません。3月の半ばに1回限り、進路学習会の中で取り組みます。
中学1、2年生を対象に、まず高校受験の方法について説明します。現在はさまざまなタイプの高校が増え、不登校の子どもたちの進学先も選択肢が増えました。しかし、ハンデとなる面はあります。そのことも含めて伝えます。自分で決断するためには、正しい情報を知ることが必要だと、卒業をしていった子どもたちに教えてもらったからです。
その後、作文を書いてもらいます。
「25歳の私」
作文のテーマは「25歳の私」です。ほぼ10年後の25歳の時に、何をしていたいか。どうなっていたら自分が幸せかをまず考えます。その10年後に続く1年として、4月からどのように過ごしていきたいかを書いてもらいます。
明日や1週間後など近い未来について尋ねると身を固くする子も多いのですが、10年後にどんな自分であったら幸せかを尋ねると、明るいイメージが語られることが多くあります。
未来に心をとばしてから、逆算して現在を考えることで、不登校だという現実にがんじがらめになっている心にゆとりが生まれ、自分と向き合いやすくなるようです。
子どもたちが安心して作文を書けるように、この作文を書いてもらいたい理由や私の思いを丁寧に伝えます。
まずは、不登校になってつらいことやあきらめてしまったことがあったかもしれないけれど、自分で決めて自分で動くことで、これからを変えていくことができるということです。たくさんの卒業生たちが高校生となり、大学に進学したり就職をしたりして、自分の人生を歩んでいることも伝えます。無理に登校を促すつもりはないこと、しかし、漫然と不登校を続けるのは良くないと考えていること。だから、自分がどうしたいかを考えて、自分で決めてほしいと語りかけます。
「この作文は自分のための作文なので、分量も作文用紙の使い方も、漢字も気にせずに。大人が喜びそうだと思うことを書かなくていいよ。自分と向き合って出した結論ならば、何も言うつもりはありません。」と話すと、子どもたちの顔が少しホッとしたものになります。自分で十分に書けたと思ったら、作文を提出してほしいと伝えて後ろで見守ります。
「学校に行きたい、いや、行きたくない。行かなければならない。でも、行けるのだろうか。もしかしたら……。やっぱり……。」
心が定まるまでに、どれ程心の中の天秤が揺れ動いていることでしょうか。
早い子は40分程度、長い子は2時間くらいかけて作文を書き上げます。あまりに苦しそうな時は声を掛けることもあるのですが、自己対話の邪魔をしないように、ほぼ見守りに徹します。
「学校に戻る」と決断する子、「学校には戻らない」と決断する子、「学校と教育支援センター(適応指導教室)を併用しながらやっていく」と決断する子、子どもたちが出した結論はさまざまです。
結論をうやむやにしていたり、向き合いきれていないと感じたりした時には、「もう少し自分の心と向き合って、具体的に書いてほしい。」と伝えて書き足すことを求めます。
一人一人の様子を見ながら、どこまで求めていいものか、毎年真剣勝負をしているような気分です。
「学校に戻る」という決断
「学校に戻る」と決めた子どもたちが書いた作文には、「学校で授業を受けて、内申をとって希望の高校に進学したい。」「部活で頑張りたい。」「友達と心から笑いたい。」「負けたくない。」など、それぞれの理由が書かれています。
つらいことがあっても、友達がいなくても、将来の夢を叶えるために頑張りたいという決意が書かれていることもあります。将来に対する夢や希望があることは、不登校の子どもの心の大きな支えになると実感しています。
「行かなければいけない。」という気持ちの奥に、「行きたい。」と願っている思いを発見して、自分自身に驚いた子もいました。欄外には、「これって何?作文の魔法?」と書かれていました。
私たちは、知らず知らずのうちに、自分の心を決めつけて、思いこんでしまうことがあるようです。心を見つめないように、考えないようにすることで、思いこみが強化されていくように思います。不登校になって止まっていたこの子の時間が動き出したと感じました。
学校復帰を決意した子とは、学校に戻るにあたって不安なことの対応策を相談します。
「勉強についていけなかったらどうしよう。」「授業中に指名されて答えられなかったどうしよう。」「友達と上手に話せなかったらどうしよう。」「なんで休んでいたの?と友達に聞かれたらなんて答えよう。」などなど、たくさんの不安や心配があげられます。一つ一つの解決策を担任の先生にも協力してもらって考えていきます。その積み重ねが、子どもたちの支えになるようです。
学校復帰後に、何事もなかったように学校生活を継続できる子もますし、再び不登校になって、教育支援センター(適応指導教室)に戻ってくる子もいます。決意はしたけれど、一歩を踏み出せなかった子もいます。しかし、その経過の中で、目をみはるような成長を遂げていることが多いのです。
自分で決めて、実際に挑戦しようと動いた経験が、子どもたちにどれほどの自信を与えてくれるのかを実感しています。
「学校に戻らない」という決断
「学校に戻らない」と自分で決めることもまた、大きな意味をもちます。
自己対話の末に「学校に戻らない」と決意した中学2年生女子の作文を紹介します。
今の私は努力不足であきらめがちです。中学に戻るのも進学するのも今の私には人以上に努力が必要です。今は行けてない中学に行くのが目標で教育支援センターに来てますが戻れるのかわかりません。なのでこのまま教育支援センターに通いつつ進学に向けて頑張る方が自分に向いている気がしてます。どんな高校でもいいから努力をして通いたいです。ちゃんとした夢は決めてませんが高校やこれから出てくる夢のために高校に進学していきたい。就職したとしても専門業をしたとしてもやっぱり中学卒業だけじゃ足りないし、そのうえ登校できていないためこの一年間は勉強だけではなく、人間関係などいろんな面で視野を広げて学校に行けてない不登校でも努力次第でなんとかなるっていう将来にしたいです。
作文の中で、この子はあきらめがちな自分を正面から見つめ、これから見つかる夢のために「不登校でも努力次第でなんとかなるっていう将来にしたい。」と目標を立てています。
実際、3年生になってからの取り組みは見事なものでした。2年生の時は教育支援センター(適応指導教室)も休みがちだったのですが、ほぼ欠席がなくなり、苦手だと拒否していた集団活動にも参加するようになりました。成長の階段を一気に駆け上ったような印象でした。
また、特筆すべきは、始業式からしばらくの間ですが、自ら登校したことです。その後も教育支援センター(適応指導教室)を併用しながら登校を継続しました。
この子のように、「学校に行かない。」という結論に至った子が、4月に学校復帰することがよくあります。
なぜだろうかと考えたのですが、「行けない学校」から「行かない学校」へと気持ちが変化したからだと思うようになりました。
「行けない学校」のままでは自分で変えていくことは至難の業です。ですが、「行かない」と言う場合には、主体は自分なので、自分次第で変えていくことができるのです。
たった一文字の違いなのに、とても大きな違いです。人の心の不思議さを感じるとともに、言葉のもつ力の大きさにひたすら感心します。
作文の魔法
私自身も大きな決断をするときには、紙に書いて自分の心と向き合うようにしています。現状を書き出した上で、考えうる選択肢を挙げて、一つ一つの利点や欠点を書き、なぜ迷っているのかなどを思い浮かぶままにどんどん書き出します。マイナスな思いや考えてもいなかったような意外なワードが登場してくることもよくあります。
全てを書き連ねていくうちに なぜだか不思議なのですが、ずっと決まっていたことだったかのように心が定まります。
書くことで、いったん自分の思いを棚おろしして、自分の中から切り離した状態で眺めることが大事なようです。
「25歳の私」の作文に取り組むようになって、自ら学校復帰をする子が格段に増えました。また、次年度も教育支援センター(適応指導教室)に通う子どもたちの取り組みも前向きなものに変化しました。
周囲から押し出されるように登校するのではなく、漫然と不登校を続けるのでもない。自分で決めて、自分で動くことで、不登校をその子にとっての成長のきっかけにできたらいいと願っています。
作文は、自分の人生を自分で決めて、自分の責任で歩んでいく決断と覚悟を子どもたちに与えてくれます。本当に「作文の魔法」ですね。