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第19回 コーピング・クエスチョン ~サバイバルのコツを本人から聞き出す~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

 はじめに

 私たちの日常生活、家庭・職場・学校などで落ち込んでいる誰かがいるときに、はげまそうとすることが良くあります。例えば、「そんなに落ち込んではいけない」「気にしちゃダメ」「そんな悪いことばかり考えてはいけない」などと相手をはげまそうとすることがあります。しかし、そのはげましがうまくいかないこともよくあります。

 もちろん、はげましが非常に効果的な時もありますが、うまくいかなかった時に問題をさらに悪化させてしまう恐れがあります。

 今回は、日常生活ではげましが通用しないような場面でも活用できる、ブリーフセラピーの質問法を紹介します。

なぜ、はげましで問題が悪化することがあるのか

  そもそも、はげましが効果的どころか逆効果になることがあるのか。その理由について、2つの側面から考えます。

相補的なコミュニケーションにおちいる

 まずは、はげまそうとすればするほど、「そんなことはない」とダメな理由探しにおちいってしまうことです。ブリーフセラピーのベースとなっているコミュニケーションの視点で見ると、人間のコミュニケーションを相称的(同じ方向)か相補的(対照的な方向)のどちらかに拡大していきます。はげましがうまくいく場合は、はげまされた方向に気分が盛り上がっていきます。一方で、はげましがうまくいかない場合、はげまされるほど対照的に落ち込んでいってしまうコミュニケーションが見られます。はげましているにも関わらず「もっと落ち込め」と命令しているのと同じ結果になっていると相互作用的に考えます。

落ち込んでいる現在の否定につながる

 もう一つは、「落ち込んではいけない」「元気を出して」「気にしちゃダメ」などとはげますことで、現在の「落ち込んでいる」「元気の出ない」「気にしている」相手のその場の振る舞いを否定してしまうことです。つまり、相手をはげますことで、「そんなことではいけない」と相手にダメ出しをしている側面もあるのです。

どん底の状態に効果的な言葉

 前回まで、スケーリング・クエスチョンについて紹介してきました。「いままでで、比較的調子の良い時を100点、最悪の時を0点として、現在の状況に点数をつけるとするならば、何点ですか?」といったようにたずねて、数量化しにくい抽象的な事象について、クライアントがどのように受け止めているかを把握するための質問法です(詳しくは、連載の【第17回】【第18回】を参照)。 

 このスケーリング・クエスチョンをする際に、例えば、0~100点の間で尋ねたにもかかわらず、「マイナス20点です」とか「0点です」などと答えることもよくあります。

 このような時には、ソリューション・フォーカスト・アプローチで使われるコーピング・クエスチョンが効果的です。

ここでのコーピングとは?

 コーピング・クエスチョンのコーピング(対処)は、認知行動療法の文脈におけるストレスコーピングとは異なります。ストレッサー自体に働きかけて変化させたり、考え方や感じ方を変えようとするのではなく、すでにいま生きている存在自体がコーピングの結晶であると考えます。行動変容させることが目的ではなく、現在の生活を肯定することが重要です。

 このようにお伝えすると、「現在の生活を肯定することなんて無理」と思われることもあるでしょう。確かに家庭内暴力やアルコール依存、摂食障害などの問題がある場合、その問題を肯定する必要はありません。「全肯定するか全否定するか」ではなく、肯定できるポイント(ソリューション)に焦点を絞り拡張していくのです。

 一番確実なことは、”問題がありながらも、今日まで何とか生活を維持してこられた。そして『このままでは行けない」と思って、いま相談に来ている”という事実です。ここで、「今まで何とか生活を維持してこられた秘訣」を聞いていくのがコーピング・クエスチョンです。したがって、今までに実践したコーピングであることが大前提であり、新しいコーピングを作る必要はなく、コーピング数は1つだけでも構いません。

 もちろん、問題解決に向けて、別の対処法を提案することはありますが、少なくともコーピング・クエスチョンであつかうコーピングとはわけて考えます。

実際の使い方

 東日本大震災被災地での心理支援の際の事例をアレンジしてコーピング・クエスチョンの実際の様子を見てみましょう。大幅にアレンジを加えていますが、コーピング・クエスチョンの使い方がよくわかると思います。

【事例】東日本大震災被災地での心理支援にて

 自宅と家族、会社も全てを津波で失った男性。仮設住宅を巡回訪問しているスタッフとの会話である。事前に男性の知り合いから、男性が「生きていても何の楽しみもない」と言っていることと、アルコールの量が増え、食生活の乱れが気になるとの情報があった。

 男性宅を訪問すると、確かに、ごみ袋に入ったアルコールの空き缶やインスタント食品のパッケージなどが目に付いた。

 スタッフは自己紹介の後、「仮設住宅に住む人に一軒ずつ訪問していて、みんなに同じ質問をしている」と断った上で、震災から現在までの様子を伺った。男性はときおり涙を流しながらも、これまでの苦労の連続と一人暮らしになったさみしさなどを語った。話を聞き終えると、スタッフはたずねた。

スタッフ「そのような、大変な状況の中で、ここまでしっかりと仕事と生活を両立されているのはどうしてですか?」
男性「そりゃ、今すぐ死んで、早く家族のところに行こうと思ったよ。最初は。でも、自殺して早く家族に会えたとしても、家族は喜んでくれないし。仕事をすることを応援してくれてるだろうから、俺ももう少しこっちで頑張っているところを見せないとな」
スタッフ「なるほど、天国から見守っているご家族の期待に応えるために、今精一杯仕事をされているのですね」
男性「もちろん、死んで向こうで家族にあった時に『ほら、ちゃんと見てたか?』って、言えるように恥ずかしくない生活しないとな」
スタッフ「そうですね。実際に生活面で気にしていることはありますか?」
男性「いや、そんな特に気にしていることはないけれどさ」
スタッフ「ごめんなさい。突っ込んだことまで聞いてしまって。そうやって意識されているのですね」 

 その後も、たびたび会話をすることがあった。その都度、仕事の調子などを聞いて睡眠を削ってまで仕事をするなどの無理をしていないかを確認しながら、男性の生活を肯定していった。

 しばらくすると、アルコールの量も減っていき、忙しいながらも簡単な自炊をするようになったと男性は語った。

 質問をする前に肯定的な前提を作ることが大事です。先ほどの会話では「ここまでしっかりと仕事と生活を両立されている」という部分が、それにあたります。肯定的な土台があるから、肯定的な言葉が引き出せるのです。同じ場面でも「いやぁ、お酒の瓶が転がっているし、インスタント食品ばっかり食べているみたいだけれど」といった否定的な前提を入れることもできるでしょう。しかし、当然ながら、否定的な前提からの質問では、否定的な言葉が返ってくることがほとんどです。相手の現状を「よくやっている」と肯定するからこそ「その秘訣」を聞けるのです。

 会話の後半のように、あまり具体的に聞こうとすると答えにくい場合もあるので、その際には「ごめんなさい。聞きすぎました」と素直に謝って質問を引っ込めると良いでしょう。「答えられない」「わからない」と言った否定で終わるのではなく、肯定的な状態で終わらせることが大事です。

言葉を引き出せない時

 コーピング・クエスチョンをしても、あまりはっきりとした答えが出てこない場合があります。日本社会では、謙遜するコミュニケーションの傾向が強いため、「いえいえ、そんな別に大したことは…」と口ごもってしまうことも多いものです。その際に、言うまでもなく「ほら、何かあるでしょ?」「なんでわからないの?」などと責めるような対応をしてはいけません。相手を否定することになるなら、最初からコーピング・クエスチョンをしない方がいいでしょう。

 そのような時は、「おそらく、ご自身では気づかないような自然にできてしまっていることがあるのでしょう。よろしければ、次回までにそのあたりの秘訣が何なのかを意識してすごしていただけますか?」と観察課題にすることも有効です。

さいごに

「生きてるだけで丸もうけ」。この言葉は、明石家さんまさんの座右の銘だそうですが、ブリーフセラピーでもこの前提が大事です。今の存在自体を肯定した上で、変えるところは変える、継続することは継続する。この感覚がブリーフセラピーの一番大事なところであり、どんなに深刻な問題でも取り扱える理由でもあります。

※次回の掲載は、2023年1月11日(水)の予定です。皆様、良いお年をお迎えください。来年も本連載を宜しくお願いいたします。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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