発達障害臨床のアセスメントに投映法を活用するために【後編】「認知-行動」と「今と未来」をつなぐ視点(明翫光宜:中京大学心理学部 教授)#臨床家が本音で語る 発達障害アセスメント #金子書房心理検査室
本特集では、発達障害臨床のアセスメントに投映法を活用する視点について解説しております。【前編】は投映法の考え方について解説いたしました。【後編】は、発達障害臨床における投映法の活用の仕方について、読者の皆さんは専門家に限らないということを念頭におきつつ、紹介していきます。
投映法解釈における発達臨床的視点
まず前回のおさらいから出発いたしましょう。投映法における解釈という意義では以下の2点にまとめられます。ここでは、発達障害臨床で必要な視点を筆者なりに追加しました。解釈では、この2点のポイントを意識しておきたいと思います。
(1)投映法は被検者の行動を理解するために、その背景にある原理と価値をとらえようとします(本明,1961)
発達障害臨床では、クライエントの「困っている行動」や「問題行動」とされている行動について広い視点からの理解が重要になります。その行動がどのようにして起きるのか、その背景にある原理について考えていきます。発達障害研究から発達障害のある方の認知特性(例:全体性統合理論や実行機能など)が明らかになっておりますので、その認知特性が投映法における反応にどのように関与しているかを分析します。
投映法を使いますが、無意識という視点にはこだわらず、認知特性という視点から投映法の反応を分析していきます。目的は、その反応がなされた背景となるその人なりの捉え方がわかり、その一つひとつの反応からクライエントの日常生活の行動にどのようにつながっていくかといった「認知と行動のつながり」の理解を手に入れることを目指します。
応用行動分析学にある機能アセスメントは、環境と行動の相互作用の関係を直前の状況とその行動の結果からとらえていく視点です。ここで説明した投映法の「認知と行動のつながり」という視点は、機能アセスメントとも相補的な関係にあり、よりクライエントの行動の理解に寄与するものと筆者は考えています。
(2)投映法は、個人のこころの健康な側面、建設的な発展の可能性についての資料を提供できる可能性を持っています(本明,1961)
発達障害臨床でとても重要な視点になります。投映法では「自分の病気の部分があらわになる」という不安を感じたり、「問題点となる行動のメカニズムのみがとらえられる」と思われたりするかもしれません。投映法を含めた心理検査は、反応を解釈する視点として発達の軸(未熟→成熟)あるいは病理の軸(病理→健康)を持っています。そして心理検査の反応がそれらの軸のどこにあるのかを心理職は分析・解釈しているといえます。
発達障害臨床では、発達の軸でこまかく反応の発達的な水準を見ていくという視点が重要です。その理由は、Vygotsky(1935)の発達の最近接領域(Zone of proximal development:ZPD)とつながるからです。ZPDからの発達支援の理解を筆者なりに要約すると以下になります。
人間が新しいことを学習するときに、「自力でできる部分・レベル」と「他者が少し手助けをしてできる部分・レベル」があります。その2つのレベルは明確に分かれているわけではなく、2つの重なりにあたる領域(近い将来できるかもしれない部分)があります。これがZPDです。投映法に限らず多くの心理検査において、その反応を発達的に未熟-成熟の軸で考えたときに、「今回実施したときに多く見られた反応はAだった。もう少し適応行動の学習が進んだりすると、B(発達的にもう少し進んだ反応)になるだろう。A反応を出していた人がB反応を出せるようになるためには、どんな力が育つことが必要か?」という視点で解釈をすると、ZPDあるいは発達支援のポイントや工夫が見えてくるかもしれません。
代表的な投映法の紹介と発達支援への視点:「認知-行動」と「今と未来」をつなぐ視点
上記の視点を用いて、筆者が発達障害研究で経験した投映法と有効な解釈の視点について紹介していきます。なお、ここに紹介する投映法の他にも優れた投映法が多くあることをご理解ください。
(1)P-Fスタディ
P-Fスタディは、左側に欲求不満を起こさせたり、それに関係しそうな発言をしている人物があり、右側に人物が描かれている場面(24場面)が描かれた用紙があり、被検者に右側の人物がどのような発言をするのかを吹き出しの空欄に記入してもらうアセスメント技法です(秦, 2000)。被検者の攻撃性の方向(困った事実のみに注目する、困った原因に注目する、困ったことの対処に注目する)や問題解決の型(他者を責める、自分を責める、仕方ないとする)について理解することできます。解釈は、クライエントの攻撃性の方向性と型の特徴を理解することから始まります。なお、P-Fスタディの攻撃性(aggression)は、敵意的な意味とは異なり、主張(assertion)という意味で使われていることに注意が必要です(秦,2000)。
さらに発達障害のアセスメントでは、主張と問題解決の視点を持つことで理解がしやすくなります。数量的な傾向でも、その人が不意に困った状況におちいったときに、どんな対応が着想として浮かぶのかという行動傾向が推測できるでしょう。この検査の何よりのメリットは24場面の困った状況があり、ここのセリフに着目するとその人の困った場面の認知の仕方やその状況に対する対処行動のスタイルが見てとれるということです。この視点により、SOS場面での「認知ー行動のつながり」の理解が容易になると思います。
また、P-Fスタディの刺激を対人葛藤場面ととらえれば、P-Fスタディ反応をSelman(1990)の対人交渉方略の発達段階で理解することも、おそらく可能であろうと思われます。P-Fスタディ反応が発達的に捉えられれば、現在の反応より1段階発達的に進んだ反応が何かも理解でき、ZPDの視点に立った社会的スキルの支援が可能になると思います。今後のP-Fスタディ研究が求められます。
(2)風景構成法
風景構成法では、検査者が画用紙にサインペンで枠づけしながら「これから私の唱えるそばからそれを描き込んでいって、全体としてひとつの風景になるようにしてください」と教示を行います。描き込むアイテムは、川・山・田・道・家・木・人・花・生き物・石です。その後、彩色してもらうアセスメント技法になります(皆藤, 2011)。
風景構成法には、「どのように各アイテムを風景画としてまとめていくか」という構成型に注目することが有用であると考えられます。風景構成法は、課題要素が時系列に出されます。そして、最終的なゴールとして全体像としての風景画を念頭に起きつつ、教示されているアイテムを描く特殊性があります。この描画プロセスに視点の時間移動力、統合といった高度な認知課題が含まれます(高石, 1996)。さらに発達研究の積み重ねがあるため、発達心理学で必要となる自分の視点を他者からの視点に移動できるか、複数の要素を統合するメタ認知の力が発達的にどの位置にあるかが理解できるかと思います。「認知-行動」のつながりをみていくならばクライエントの実行機能の現状と課題が見えてくると予想されます。さらに風景構成法の構成型から、クライエントの認知能力がどのあたりに位置しているのかがわかれば、その構成型の段階にあわせて認知的負荷が過剰にならないように、その人に合ったサポートや応答の仕方が定まってくることでしょう。青年期以降の発達障害のアセスメントに有効であると思います。
(3)ロールシャッハ・テスト
ロールシャッハ・テストとは、検査者がインクのしみでできた模様の描かれた図版を被検者に「これは何に見えますか?」と言って提示し、被検者の答え(反応)を記録していくアセスメント技法になります(森田, 2011)。ロールシャッハ反応は、カードのどこに見えたのか(把握型)、カードの何を手掛かりにその反応を思いついたのか(決定因)、何を見たのか(内容)等の複数の視点から記号化し、クライエントの情報処理としての捉え方、思考・判断の仕方、感情の取り扱い方、自己・他者イメージ等を理解していきます。
発達障害のアセスメントとしては、把握型(クライエントがブロットのどこを見たのか)に注目します。クライエントの認知の特徴を、把握型という整理された型・パターンで捉えることができ、かつそこから発達支援の方向性が見えてくるためです。つまり、把握型にはインクブロットの捉え方に関する特徴的な型がいくつもあること、そしてその型が発達的にどの順序で移り変わっていくかが、ロールシャッハ研究の積み重ねからわかってきています。
発達研究の知見があるということは、ZPDの考えを解釈に活かせるということになります。例えば、Vineland-Ⅱ適応行動尺度でアセスメントする適応行動も、日常生活の中で自分なりに取り組みその行動を学習することで一つひとつ習得していきます。そしてこの考え方は発達支援ではとても自然な考え方です。筆者は、ロールシャッハ反応について、生得的に決まった変わらない反応パターンではなく、学習的な側面はないだろうかと考えるようになりました。
Rorschachの著書に「運動性は、情動性と同じように意識的な努力によって統制することができる。そしてこの統制は習得可能なのである」(Rorschach, 1921;鈴木訳, 1998, p.80)という記述があります。ここから筆者は、例えば以下のように解釈可能性を考えてみたりします。感情のコントロールは意識的な努力によってコントロールすることができ、たとえ現状では感情のコントロールが難しい状態であっても、発達支援等の取り組みによって、統制は習得可能であると。そうであれば、現状のロールシャッハ反応が発達的にどの位置にあって、その次に出現してくるであろう反応を予測して「心理面接等でどんな課題から取り組めるだろうか」という視点も生まれるのではないでしょうか。
ZPDの考えに従えば、人間の新たな心理的機能(こころの機能)は、治療者・支援者・周囲の人々との関係性の中で生じます(心理間発生)。その後、関係性の中で繰り返し生じていたものが、その人のこころの中に組み込まれ、自分の心理的機能になっていきます(心理内で発生)。このように考えていくと、ロールシャッハ・テストはクライエントと支援者に、自分のこころの機能の現状と課題について理解するチャンスをもたらすものといえるでしょう(明翫,2019)。
おわりに
発達障害臨床において、投映法によるアセスメントを役に立たないと敬遠するのではなく、うまく活用する視点があることを知っていただきたいという思いを長年抱いていました。また読者の皆さんの想定が広いため、専門的な内容でなく、「認知-行動のつながり」を理解し、現状の行動を理解すること、そして建設的な未来に向かって発達という軸で支援の糸口になる発達の最近接領域(ZPD)をみていく視点について述べさせていただきました。本記事が発達障害臨床のアセスメントの何らかの一助になれば幸いです。
◆文献
秦一士(2000)P-Fスタディ(絵画欲求不満テスト).氏原寛・成田善弘共編 臨床心理学②診断と見立て:心理アセスメント.培風館.pp.168-176.
皆藤章(2011)風景構成法.日本心理臨床学会編 心理臨床学辞典.丸善出版.pp. 114-115.
森田美弥子(2011)ロールシャッハ・テスト.日本心理臨床学会編 心理臨床学辞典.丸善出版.pp108-109.
本明寛(1961)投影法の人格診断における意義(2).児童心理, 15(2), 250-262.
明翫光宜(2019)ロールシャッハ・テストは発達障害児者の心理的支援の何に寄与できるか?(日本ロールシャッハ学会第 22 回大会シンポジウム ロールシャッハ法によるアセスメントと心理支援の統合[2018 年 10 月 8 日 大阪大学コンベンションセンター]). ロールシャッハ法研究,23,31-34.
Selman, R. L. & Schultz, L. H. (1990)Making a friend in youth: Developmental theory and pair therapy. Univ of Chicago Pr. (セ ルマン,R. L. &シュルツ,L. H. 大西文行監訳[1996].ペア・セラピィ:どうしたら よい友だち関係がつくれるか.北大路書房).
高石恭子(1996)風景構成法における構成型の検討:自我発達との関連から.山中康裕編 風景構成法とその後の発展.岩崎学術出版社.pp.239-264.
Vygotsky, L. S. (1935)(土井捷三・神谷栄司訳[2003]「発達の最近接領域」の理論:教授・学習過程における子どもの発達.三学出版).
◆執筆者プロフィール
明翫光宜(みょうがん・みつのり)
中京大学教授。専門は心理アセスメント、発達臨床心理学。発達障害児者および家族支援の研究と実践を行っている。
◆主な著書
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