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子どものそだちを支える言語聴覚士の世界(言語聴覚士・子どもの発達支援を考えるSTの会代表:中川信子) リレー連載:子どものことばとコミュニケーションを支援する

今月から、子ども支援の領域で活動している言語聴覚士(ST)の方々に登場いただき、その実践の数々について紹介をしてもらう「子どものことばとコミュニケーションを支援する」というリレー連載が始まります。
第1回の今回は、長年STとして子どもたちやその家族とかかわり、また「発達支援を考えるSTの会」の代表でもある中川信子先生に、子ども分野のSTのことについてご紹介いただきます。

はじめに

 子ども分野の言語聴覚士(Speech- Language-Hearing Therapist 以下ST)についてお話しさせてください。

 現在、STの国家資格取得者は4万人弱ですが、その中で子どもを対象にするSTは1割ほどとされています。

 私が代表を務める「子どもの発達支援を考えるSTの会」は数少ない子ども分野のSTが集う会で会員数1200名。「子どもや家族のためにできることをやってあげたい。専門性を生かしたい」と強く願うSTたちの集まりで、子どものST同士で情報交換や研修を行っています。

 このあと何人かの会員が文章を寄せて下さることになっていますが、子ども分野のSTにもいろいろな働き方や領域があるのだなぁ、と知っていただければ幸いです。

言語聴覚士は医療職

  言語聴覚士の国家資格は1997年に「保健師助産師看護師法」の一部を開く形で成立しました。理学療法士(PT)、作業療法士(OT)の資格成立に遅れること約30年でした。「ことば」の特性上、医療に限らず広く教育・福祉・保健分野でも働くことが想定されるため、なかなか調整がつかなかったからです。最終的には医療職に位置づけられPT、OT、ST合わせて「リハビリテーションの3職種」と呼ばれることになりました。

 リハビリテーションというと、病院で白衣やケーシー(丈の短い白衣。今は白だけではなくカラフルでデザイン豊富)を着用し、患者さんたちの訓練にあたる人を思い浮かべる方が多いでしょう。一部は当たっています。

 STがリハ職として接するのは脳血管障害等の病気を発症して病院に搬送されてすぐの「急性期」、治療やリハビリが進み状態が安定した「回復期」の患者さんたちです。リハビリテーションにある程度のめどがつくと退院し、家庭あるいは地域での生活に移行します。この時期を「維持期」あるいは「生活期」といい、リハ職は訪問事業等でかかわります。

子どもは「生活期にいる人」ともいえる

 リハ対象になる成人の経過とは異なり、発達に課題を持つお子さんたちでは「あれが原因!」と言えるものや明確な発症時期はなく、成長とともに発達の遅れや障害が目立ち、支援の必要性が生まれて来ます。

 子どもの場合は成人の急性期、回復期のように集中的に訓練して機能回復の成果を上げるとの考え方はあてはまらず、生活期における支援と同様の息長い対応が必要です。

 まずは正確なアセスメントを行い、その子の状態に合わせたプログラムを立て、無理なく進めて力をつけて行くことが子ども分野のSTには求められます。

 もっとも、子ども対象でも病院式の一方的に教える・やらせる的なアプローチのSTも決して少なくありません。訓練一辺倒の関わりの結果、能力面での成果はあがっても、自己有能感や他者への信頼を持ちそこなう場合もあるので私はあまりおすすめしません。発音はきれいに治っても、人とお話しするのがキライになっては元も子もありませんから。

 とはいえ、セラピストのミッションは症状を改善することであり「よくしてなんぼ」が合いことばでもあるので、こういう対応が必ずしも間違っているとは言えません。

子どものSTの対象

  子どものSTが対象とすることばやコミュニケーションの問題は「発音(構音)の問題」「聴覚障害」「吃音」「選択性緘黙」「知的障害にともなうことばの遅れ」「特定の脳機能の障害(発達障害等)に関係すると思われることばの遅れやコミュニケーションの独特さ」「読み書きの困難」など多岐にわたります。

 それぞれの症状についてのアセスメントや指導の方法はある程度確立しているとはいえ、ことばには脳機能が関与するため、特に「特定の脳機能の障害(発達障害等)」と関連するものは原因もあらわれ方も一人ずつ大きく異なり、その子に合わせた教材や指導の方法を細かく工夫する必要があります。

環境調整も大切に「身口意」全部を育てたい

 ことばやコミュニケーションの問題は、子ども本人と周囲の環境との間に起きます。たとえば、発音が不明瞭でも聞きとりじょうずなお友だちとの間では難なく通じています。ところが、初対面で、その子の不明瞭な発音に慣れていない人には通じません。同じ発音で話していても、相手によっては「構音障害」の状態になってしまう、というわけです。

 ことばやコミュニケーションの問題については、周囲が理解して分かりやすい話しかけ方を工夫したり視覚的な手がかりをプラスしたりすることで、苦労は大きく軽減することができます。

 したがって子ども分野のSTの仕事は子ども本人に対する「直接的支援」(訓練、指導)だけではなく、家族やクラスなど周囲の人たちにじょうずなかかわり方を伝える「環境調整」も大きな割合を占めます。

 子ども分野のSTは、身口意(しんくい:からだ・ことば・こころ)のすべての育ちをめざす「ことばとコミュニケーションの専門職」であり、かつ、「遊びじょうずの何でも屋」でありたいと私は考えています。

【参考文献ほか】

小嶋知幸『図解 やさしくわかる言語聴覚障害』ナツメ社、2016年
中川信子『発達障害とことばの相談―子どもの育ちを支える言語聴覚士のアプローチ』小学館、2009年
「子どもの発達支援を考えるSTの会」ホームページ:https://kodomost.jp

【執筆者プロフィール】

中川 信子(なかがわ・のぶこ)
言語聴覚士。子どもの発達支援を考えるSTの会代表。東京大学教育学部心理学科卒業、国立聴覚言語障害センター附属聴能言語専門職員養成所卒業。旭出学園教育研究所、神奈川県総合リハビリテーション病院、調布市あゆみ学園(現・調布市子ども発達センター)等を経て現在に至る。長年にわたり乳幼児健診後のことばの相談にあたるほか、保健・福祉・教育の各分野の協力のもと、子どもが地域で健やかに育つ仕組みづくりに取り組んでいる。著書に『発達障害の子を育てる親の気持ちと向き合う』(編著、金子書房)、『発達障害とことばの相談 ~子どもの育ちを支える言語聴覚士のアプローチ』(小学館)、『子どものこころとことばの育ち』(大月書店)など多数。

主な著書

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