【第7回】ダブルバインドを面接でどう使うか~多量服薬から過呼吸になった女子高生の事例から②~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表)連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー
前回のおさらい
前回、多量服薬を図った女子高生Aさんとのカウンセリングの導入部分について、紹介いたしました。今回はその事例の続きです。前回は、Aさんの「死にたい」「楽になりたい」という訴えを、同じくAさんの「人の役に立ちたい」という枠組みを利用して一時的に棚上げすることができました。「面接が終結するまで行動に移さない」という約束が結べたとはいえ、放置するわけにはいきません。約束が結べたからこそ、今のうちに「死にたい」という衝動に取り組む必要があります。質問の順番を間違えたカウンセラー(Co)、相変わらず頼りなさげに、Aさんに教えを乞うかのように面接を進めていきます。前日の多量服薬に至った経緯について聞き取りを始めました。以下は、Aさんの話の要約です。
このように、彼女が「死にたい」「楽になりたい」と思うきっかけの1つとして、“人の役に立ちたいが、人に迷惑ばかりかけてしまっている”“自分は価値のない人間だから意味がない”と受け止めており、その根拠が対人関係、特に自傷行為を繰り返す身内のBさんとの関係にあることが分かりました。そこで、AさんとBさんの相互作用を探りました。
Aさんは、これまでBさんに声かけをした優しく温かい言葉をたくさん筆者に教えてくれました。Coは、途中であえてAさんの言葉をさえぎり、「ごめん、とてもいい話の最中だけれど一旦ストップして、もう1回最初から言ってもらえるかな。全部メモしたいから」と、Aさんの言葉をわざとAさんが見える位置でノートに書きながら何度も感心するように深くうなずきました。
一通り、Aさんの言葉をメモし終えたところから、一気に面接を展開させます。
問題解決のための治療的ダブルバインド
Aさんの言葉をAさんに返すことで、今度はカウンセラーがAさんにダブルバインドを仕掛けました。Aさんが自身の言葉を肯定すれば、「生きる価値がない」という思いが解消します。一方で、AさんがAさんの言葉を否定したならば、BさんがAさんの本心からの言葉を否定するのも仕方ないことであり、「Bさんの役に立たない(から生きる価値がない)」ことをAさんの能力の問題ではなく、働きかけ方の問題としてとらえなおすことができます。その上で、Aさんも納得する働きかけ方を面接の中で考えていくことが出来るでしょう。
このように、ダブルバインドを問題解決のために利用することを治療的ダブルバインド(Therapeutic double bind)といいます。クライアントの枠組みに沿ってクライアントの言葉を利用しているので、とても強力です。今から10年程前の出来事ですが、この時のクライアントの反応は今でもはっきりと覚えています。昔テレビで「笑ゥせぇるすまん」というアニメがやっていました。そのアニメでは、主人公の喪黒福造が客に「ドーン!!!」とやるとその相手が一瞬固まるシーンがあります。私が「この言葉、そっくりそのまま、君に返すよ」と伝えた時、まるであの稲妻が走るシーンのようにAさんが驚いていました(私が主人公にそっくりな体形だということもありますが・・・)。そのくらいのインパクトがあったようです。
Aさんが頼りないカウンセラーに対して「口ばっかりで本当はそう思ってないのでしょ」などと否定するかもしれません。その場合は、「ごめんね。本気で言ったのだけれど、うまく表現できなかったみたいで。もしかしたら、BさんもAさんが本気で伝えたのを『本当はそう思っていない』と受け止めたのかもしれないね。こういう時にBさんに本気だと伝えるにはどうすればいいだろう。Aさんはどう思う?」と切り返すことができます。
ここでは、Aさんの「人の役に立ちたい」という枠組みを最大限利用して、質問の順番を間違えたり、言葉かけが下手で気のきいたことが言えないダメカウンセラーを助けることで、Aさんの問題も自然と解消していきました。
このようにクライアントの枠組みを明確にして、その枠組みを生かした提案をすることがブリーフセラピーの特徴です。クライアントの枠組みを使っているので、いわゆる抵抗というものが生じにくくなります。仮に、こちらからの提案に抵抗があったとしても、枠組みさえしっかり押さえていれば、どのようにでも立て直しができるのです。
まとめ
今回紹介した面接場面では、頼りないカウンセラーがAさんの言葉を借りて、Aさんに治療的ダブルバインドを仕掛けました。Aさんの枠組みに沿ってAさんの言葉をそのまま利用したので、非常に効果的でした。また、仕掛ける前にあえて話をさえぎってまでメモを取ったり、力を込めて読み返してAさんの反応を確かめた上で仕掛けるなどの工夫をしました。さえぎってメモを取ることで、カウンセラーがその言葉を非常に丁寧に扱っていることを示すとともに、あらためてAさんがBさんのことを思い出し、考えながら言葉を発するのでAさん自身が言葉に説得力を加えていきます。その説得力がAさん自身に返っていったのでしょう。
このように、面接の中で会話を重ねながら、「何か使えるものはないか」あるいは「(今は)触らない方がいいものは何か」と探っていくのがブリーフセラピーの楽しさでもあり、難しさでもあります。
次回もこの面接の続きで、母親との面談シーンを紹介します。寮から実家に帰ってきているAさんをどのタイミングで寮(学校)に戻してよいのか、母親は悩みます。それに対して、どのように進めていくか一例を紹介いたします。不登校のお子さんの学校復帰のタイミングや、引きこもりやパニックで外出できない家族の外出時期など、仕掛けるタイミングをどう判断するかにも参考になると思います。
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