見出し画像

【第10回】心のサポートと心の成長(半田一郎:子育てカウンセリング・リソースポート代表)連載:子どものSOSの聴き方・受け止め方

 今までの連載では、子どもたちのSOSの聴き方や受け止め方について書いてきました。子どもたちのSOSの背景には、現実場面で直面する様々な困難があります。子どもは様々な不快な感情を抱きますが、それを大人に受け止めてもらうことによって、現実に向き合っていくことができます。それが子どもの成長につながっていくのです。今回の連載では、このことについて詳しく説明したいと思います。

現実と気持ちを分けて捉える

 一般的に子育てでは、「子どもの気持ちに寄り添う」ことが大切と言われています。まずは、このことから考えて行きたいと思います。ところで、気持ちに寄り添うというのは、どんなことでしょうか? 例えば、子どもから「ゲーム機を買って欲しい」という要望がでてきた場合を考えてみます。

 子どもの気持ちに寄り添うことを重視する場合、ゲーム機を買って欲しいという気持ちを大切に考えるため、ゲーム機を買ってあげることになると考える方が多いかもしれません。ゲームを買い与えることは、現実を変えているのですが、必ずしも子どもの気持ちに寄り添っていることにはならないと考えられます。

 ゲームを買って欲しいという要望は、ある意味、子どもにとって結論のようなものです。その結論に至るまでに、現実場面では、多種多様な体験があり、心の中では様々に感情や考えが動いたのだと考えられます。例えば、教室で友達同士がゲームの話をして楽しそうに盛り上がっているのを見て、うらやましい気持ちを感じてゲーム機が欲しくなったのかもしれません。自分以外の友達がゲームで一緒に遊ぶ約束をして、仲間に入れず寂しい思いをしたためにゲーム機が欲しくなったのかもしれません。動画サイトでゲーム実況を見ていて楽しくなったために、ゲーム機が欲しくなったのかもしれません。こういった、色々な過去の体験から、様々な感情や考えが生じて、「ゲーム機が欲しい」という要望が出てきたのだと考えられます。

 また、ゲーム機が手に入ったら、どんなゲームをして、どんなふうに遊びたいか、などといったことも色々と想像してゲーム機が欲しくなったのかもしれません。つまり、未来の想像(考え)と、それによって生じた様々な感情から「ゲーム機が欲しい」という要望が出てきたのだと考えられます。

 こういったことから、「ゲーム機が欲しい」という言葉だけでは、その要望に至るまでの様々な気持ちや考えは、十分に表現されているとは言えません。そのため、「ゲーム機が欲しい」という要望の背景にある子どもの気持ちを大人が十分に理解することもできていません。つまり、要望に応えるだけでは、子どもの気持ちに寄り添っているとは言えないのです。

 逆に言えば、ゲーム機を買ってあげないでも、つまり、要望に応えなくても、子どもの気持ちを理解して寄り添うことは可能だと言えます。上で書いたような子どもの過去の体験や未来の想像から生じる考えや感情をしっかりと聞き、それに共感するように関わっていくことができたら、子どもの気持ちに寄り添うことができたと考えられます。そして、子どもは自分の考えや感情が理解され受け止められたことによって、自分自身を認められたと感じるのではないかと思われます。もちろん、子どもはゲーム機を買ってもらえないことに不満を感じると思われます。その不満にも寄り添って、考えや感情を理解し受け止めることはできるのです。

 実は、こういった関わり方は、「しつけ」の基本的な関わり方なのです。大人がしっかりとした枠組みを示しつつ、子どもの感情は受け止めていくことこそが「しつけ」なのです(大河原、2004)。こんなふうに、現実と気持ち(考えや感情)を分けて捉えて子どもに関わることは非常に大切なことだと考えられます。

安心・安全の基地としての大人

 ここまでは子どもの要望を元に、現実と気持ちを分けて考えることが大切だということを説明してきました。それだけではなく、子どもが困難に直面したときにも、現実と気持ちを分けて考えることが重要なのです。それが、子どもの心をサポートし、子どもの成長を促すことにつながると考えられます。
 まずは、小さな子どもの日常的な場面ですが、こんな場面を想像してみてください。

 2~3歳ぐらいの小さな子どもと一緒に公園に行って遊んでいます。あなたは、ベンチに子どもと一緒に腰掛けました。子どもは、すぐに少し離れた砂場に走って行きました。子どもは砂場で遊び始めると、こちらを見て手を振ってきます。あなたが手を振り返すと、子どももニコニコしています。でも、すぐにこちらまで走って戻ってきて、「○○だよ」と言ってきました。「○○だね」と返すと、ニコニコしてまたすぐに走って砂場に戻って行きました。少しして、見たことがない少し年上の子が砂場にやってきました。すると、子どもは緊張した表情で慌ててベンチまで戻ってきてあなたの足に抱きついてきました。「お兄ちゃんが来たね」と返すと、こちらを見てこっくりとうなずきます。さらに「ビックリしちゃったね」と言うと、少し表情が和らぎました。また砂場に向かって走っていきました。少し時間がたった砂場では、年上の男の子の様子を見て、その子のマネをしながら子どもも楽しそうに遊んでいました。

 こんなふうに、子どもは、身近な大人を安心・安全の基地として、そこから外界に出て行って、現実に直面しながら活動するのです。現実場面で生じた出来事によって不快な感情が生じた時には、身近な大人のところに戻ってきます。そこで、大人から不快な感情を受け止めてもらって、安心・安全の感覚を回復します。そしてまた、安心・安全の基地から出て行って現実場面に向き合うのです。

成長のために大切なこと

 以上のように考えると、子どもが成長していくためには、現実場面で不快な出来事に直面してしまうことも、安心・安全の基地でそれを受け止めてもらうことも、その両方が大切なのです。大人でも子どもでも、生きていれば必ず、思い通りにならない状況に遭遇します。それが自然なことです。もし、現実場面の不快な出来事を全て大人が取り除いてしまうと、思い通りにならない現実を生き抜いていく力を子どもが獲得することが難しくなってしまいます。それでは子どもの成長につながりません。子どもは問題に直面しながら問題の解決を通して成長していく側面があるのです(石隈、1999)。
 先ほどの例で言えば、子どもの不安がる様子を見て、やってきた年上の男の子を砂場から遠ざけてしまうことは、子どもの成長にプラスにはなりません。思い通りにならない状況を生き抜く機会を失うだけではなく、他者と関わる機会を奪ってしまう可能性もあるからです。  

 上述のことは、中学生や高校生になっても本質的には同じです。学校は必ずしも楽しいばかりの場所ではありません。大変なことや辛いこともあります。そういった現実に直面しても、安心・安全の基地である身近な大人の所に帰ってきて心がサポートされて、また、次の日に現実場面に向かっていけるのです。
 ところで、中学生や高校生の時期は、大人から少しずつ離れて自立へと向かっていく時期でもあります。つまり、サポートすることと自立を促すことが両立するように関わっていかなければなりません。現代社会では、このことがどの人にとっても非常に難しい課題になっているように感じます。子どもへの粘り強い関わりと工夫が必要となることが多いと思います。

 一方、現実場面では、子どもに極めて大きな心理的な負担が加わり、子どもを深く傷つけてしまうような出来事も沢山生じています。いじめや犯罪などによる被害はその典型です。こういった出来事は、子どもの成長にプラスになるとは必ずしも言えません。心理的な悪影響が続くことも懸念されます。そのため、子どもが深く傷ついてしまうような場合は、その現実場面での不快な出来事を大人が改善することも大切なのです。しかし、どの程度の心理的な負担まで許容できるのかは、一概には言えません。子ども一人ひとりの年齢や特質などに応じて考える必要があります。また、子どもの安心のためではなく、大人自身の安心のために、現実場面で子どもが出会う不快な出来事を取り除こうとすることも生じがちです。
 これらのことは、私たち大人にとって、非常に難しい問題だと思います。まずは、大人が自分自身の心をよく見つめることが重要です。そして、子どもと話し合いながら、大人がどの程度手助けするのかを一緒に考えることが大切だと言えます。

子どものSOSについて考える

 上で書いたように、子どもは現実場面で困難に直面することと大人にサポートされることを通して成長していきます。この2つのことをつないでいるのは、子どもからの不快の訴えです。

 年齢が上がるにつれて子どもの世界が広がり、大人の見えないところで不快な出来事に直面することが増えてきます。そういった場合は、子どもが大人に不快を訴えなければ、大人は気づかずサポートすることができません。そのため、子ども自身が大人に不快を訴えられること、つまりSOSのサインを出せることが極めて大切なのです。

 ところで、子どものSOSのサインにどのようなものがあるのか、具体例として様々なサインが挙げられています。例えば、「子どもの心のケアのために(保護者用)」(文部科学省、2015)では、子どものストレスのサインとして以下の内容を挙げています。

行動の変化
・学校に行きたがらない。
・学習への意欲が乏しくなる。
・家族に反抗的になる。
・休日でも家に閉じこもりがちになる。
・ゲームや習い事など、好きなことでもやりたがらない。
・ささいな物音に驚く。
・ささいなことで物を壊したり、人に攻撃的になったりする。
・何度も手を洗ったり、少しの汚れで着替えたりする。
・親のそばから離れない、強い甘えが見られる。
・一人になるのを怖がる。

からだの反応
・食欲がない、あるいは過食になる。
・体の痛みやかゆみを訴える。
・眠れない。
・夜尿が始まる、あるいは増える。
・以前には見られなかったチックが出たり、チックが激しくなる。

表情や会話
・ぼんやりしている。
・ささいなことで泣く。
・元気がない。
・笑わなくなる。
・喜怒哀楽が激しい、あるいは無表情になる。
・学校や友達のことを話したがらない。
・一方的に話し、会話が成立しない。

 こういった子どもの様子や行動が、子どものSOSのサインであることは間違いないと思います。しかし、こういった様子や行動が見られるということは、もう既に子どもは大きな問題に直面していて、つらい思いをしている状態だと思われます。例え方としては良くないかもしれませんが、大きな火と黒い煙を火事のサインだと捉えているように思います。こういったサインに注目することは、ハッキリとした証拠があって初めて火事だと認めるということです。すっかり火事が大きくなってしまってから気づくことになるのではないかと心配してしまいます。子どもに関わる時も同じです。上記のサインはもちろんSOSのサインです。しかし、こういったサインに注目して子どもを見ていくと、子どものSOSが深刻になってから気づくことが懸念されます。

 では、子どものSOSのサインをどのように捉えたら良いでしょうか? 実は、その答えは単純です。子どもが自分から不快を訴えないことが、SOSのサインなのです。
 子どもが不快を訴えて、大人がそれを受け止めるという関係性があることが安心・安全のサインです。このことについて、大河原(2007)は、「自分の不快感情をを大人に受け止めてもらえるという安心の中で育っている子どもは、不快感を暴走させることなく、安全なものに変えて抱えていることができるのです。」と述べています。こういった関係性が見られない場合、子どもはSOSを出せずに一人で苦しんでいる可能性があると考えられます。

 もちろん、今現在、不快な出来事が生じていないために、子どもが不快を訴えて来ない可能性があります。しかし、不快を訴えてこない状態がずっと続いている場合は、要注意です。生きていれば、どんな人でも現実場面でちょっとしたつらい出来事や大変な出来事に遭遇するものです。それが、ごく自然なことです。つまり、子どもが不快を訴えてこないことが続いている場合、つらい出来事や大変な出来事が生じていないと考えるよりも、そういったことが生じているにもかかわらず、訴えることができていないのだと考える方が理にかなっています。
 こういったことから、子どもが不快を訴えてこない場合には、それがSOSのサインかもしれないと考えて、子どもに関わっていくことが求められるのです。

まとめ

 子どもは、現実場面で困難に直面したときに、大人に気持ちを受け止めてもらうことを通して、再び現実に向かって行くことができます。こういった良いサイクルが、子どもの成長につながっていくのです。つまり、子どもが自分から不快を大人に訴えてくることは、言わば安心・安全のサインです。その反対の場合、つまり、子どもが不快を訴えない場合、不快を訴えないことを子どものSOSのサインだと考えて、子どもに関わっていくことが求められます。

文献
石隈利紀 1999 学校心理学:教師・スクールカウンセラー・保護者のチームによる心理教育的援助サービス 誠信書房
文部科学省 2015 子供の心のケアのために(保護者用)
大河原美以 2004 怒りをコントロールできない子の理解と援助-親と教師のかかわり- 金子書房
大河原美以 2007 子どもたちの感情を育てる教師のかかわり-見えない「いじめ」とある教室の物語- 明治図書出版

執筆者プロフィール

半田一郎(はんだ・いちろう)
スクールカウンセラー・子育てカウンセリング・リソースポート代表。
公認心理師・臨床心理士・学校心理士スーパーバイザー。

好評を博した本連載を大幅に加筆・修正した書籍を刊行致しました。
半田一郎・著『子どものSOSの聴き方・受け止め方』四六判・212頁・2,310円(税込)

よろしくお願い致します。

▼ 子育てカウンセリング・リソースポートHP

▼ 連載マガジンはこちら!

▼ 著書