
第22回 メールカウンセリングでブリーフセラピーを実践する① ~メールをどう活用してきたか~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー
ブリーフセラピーとメール
本連載で繰り返し強調してきたように、ブリーフセラピーは、相互作用を扱います。その中でも、言葉ではなく、非言語コミュニケーションを重視しますし、即座の反応を見ることがほとんどです。したがって、「メールやSNSはブリーフセラピーのツールとして向いていないのではないか」と疑問に持つ方もいらっしゃるでしょう。
また、ブリーフセラピーに限らず、メールでのカウンセリングを苦手に感じるカウンセラーの方も多くいらっしゃいます。「対面カウンセリングと比較して、メールカウンセリングは難しい」あるいは「メールでカウンセリングなど無理だ」という声も耳にしたことがあります。
私はブリーフセラピーの実践家として、「問題解決のために使えるものは、なんでも使う」、そして「情報というのは常に不足している」と考えます。したがって、厳しい条件の中でいかに小さな労力で最大の効果を発揮できるかと考えた時、メールやSNSはとても役立つツールであり、実際に活用してきました。
特に、EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)では、メールが大活躍しています。
そこで、今回はメールを用いたブリーフセラピーの実践を、事例を通してご紹介します。
メールカウンセリングを始めた経緯
事例に入る前に、私がメールカウンセリングを実践してきた経緯を振り返りましょう。
まず、2000年からNPO法人の事務局長として、不登校・引きこもりの問題に悩むご家族から相談申し込みを受けた際から、メールでの相談対応を行ってきました。
本格的にメールをカウンセリングツールとして重視したのは、東日本大震災の被災地心理支援からです。津波被災者と原発事故の立ち入り禁止区域からの避難者の相談対応していたため、対面カウンセリングでは月1回か隔週、多くても週1回の程度しか面接ができません。単発で訪問も場所も多かったため、メールでのフォローが多くなりました。一般的なスクールカウンセラーとは違い、相談に使える業務用の携帯電話とメールアドレス、さらには公用車もあり、かなり柔軟な活動が出来ました。その中で訪問日以外にも、そしてプライバシーが確保できれば公用車内など相談室以外でも対応できるメールカウンセリングは非常に重要な手段でした。
被災地での心理支援を離れて、2015年から一般企業での常勤心理師として働いたのですが、そこでも積極的にメールを活用しました。企業内の相談だけでなく、SNSなどを通じて被災地の方から相談があったり、以前私が担当し終結した相談者様から近況報告を兼ねて新たな相談が入ったりすることもありました。
企業内でも(新型コロナウイルスがひろがる前でしたが)メールでの相談希望が多くありました。同僚や上司の目が気になるため対面の相談は避けたいという要望や、全国の拠点や関連会社からの相談も受けるため、遠方からの相談にはメールが一番気軽に相談できるという事情がありました。特に上司との関係についての相談(ハラスメントや人間関係など)の場合やプライベートに関する相談の場合、「仕事中にその上司に『相談室に行ってきます』と言いにくいのだがどうすればいいか」などとメールで問い合わせがあり、そのままメールでカウンセリングを行うことが多くありました。
これらの経験の中から、時間や場所に縛られることなく、気軽に相談できるメールでのカウンセリングを1つの企業内だけでなく広く提供したいと考え、開業するきっかけにもなりました。現在は、月額制のメールカウンセリングサービスも提供しています。
職場でのプライベートの相談を受けることについて
ちなみに、企業で相談を受ける際に「プライベートの相談を勤務時間中に受けるのは、けしからん」とお思いの方もいるでしょう。その点はもちろん十分に配慮をしております。まず、常勤の時も、非常勤で外部EAPとして関わる場合も、事前に「カウンセリングでは仕事に関することだけでなく、プライベートの相談も引き受けます。もちろん、必要最小限なので、何年間も毎週カウンセリングするなどということはありません。数回で終わらせます。プライベートの問題を解決して、仕事に集中できることで生産性向上につなげます」と説明をした上で、契約をしています。ここで、短期間で終わらせると強調できるのはブリーフセラピーができるからです。
例えば、子どもの不登校や親の介護に関する相談を職場で対応したことで、相談した社員が家事都合による当日の休暇申請が激減したり、退職や休職の必要がなくなったり、睡眠不足の解消や仕事中に家庭のことを考えてしまうことがなくなり、仕事により集中できるようになります。
その結果を見てもらうことで、さらに信頼してもらい、常勤の時には一つの研究所所属だったのが、本社を含め工場や関連会社にも呼ばれるようになりました。これができたのも、ブリーフセラピーを実践して家族の相談も得意としていたことと、ニュースレターを発行して訪問をしていない拠点からもメールでの相談を随時受け付けていたからです。
実際の事例から
それでは、ここで実際に職場でのEAPの事例で、メールで家族問題を扱った事例を紹介しましょう。この事例を見ていただくと、プライベートな問題を解決することで従業員の生活の質(QOL)が向上し、仕事にもよい影響を与えることが、ご理解いただけると思います(なお、実際の事例にアレンジを加えた上で、相談者に掲載の同意を得ております)。
相談者からのメール(1通目)
ある日のことです。以下のようなメールが私の元に届きました。【相談者からのメール・1通目】
突然のメールですみませんが、家庭のことで相談に乗ってください。
小5の息子なのですが、空気が読めないタイプで、不良タイプの子にからんでしまったことがきっかけで、小4からいじめを受け、エスカレートしてきたため、急きょ近隣の小学校へ転校しました。
学校内でのいじめはなくなりましたが、登下校や塾で前の学校のいじめっ子にからかわれることが続きました。
塾やいじめっ子の保護者にも相談したところ、塾内でのいじめや悪口はなくなったが、大人の目が届かない帰宅時などには続いています。
親としては転塾や購入したばかりの戸建を引払い引越も検討していますが、息子としては転校をしており、これ以上いじめっ子から逃げるようなことはしたくないそうです。
とはいえ、家庭では徐々に元気がなくなり、「少しは片づけなさい」などと言うと「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」と突然うずくまってしまいます。
ゲームをしているときはにこにこしていますが、中学受験も控えており、普通に会話ができないときがあります。
また、現在小2になる妹がいるのですが、こちらは逆に空気を読みすぎる敏感なタイプです。
妹は、兄が転校した時期から、足が痛いと言い出し、2週間くらい家でハイハイをしていました。病院に行っても原因がわからず、精密検査のために入院をすることになったら、突然スタスタと歩きだしました。
家では、少し言動がおかしく、赤ちゃん返りをしている感じです。表面には出しませんが、心の深いところがモヤモヤしているのを感じます。
父親(夫)は、子育てに積極的ではありますが、現在の子どもたちの状況に苦慮しており、その深刻な表情を見てさらに子どもたちが怯えています。
とにかく、家で家族4人でいることが苦しいです。
私自身は、以前に手術を行ったガンの再発が発覚し、来月に入院をして手術をする予定です。でも、家族の状況が心配で、今の状況では家を離れて入院する勇気がありません。子どもにはまだ入院することも伝えることができません。
来月までは、子どもたちを連れてたくさんお出かけしたり、普段できないことをしようかな、と考えています。
時間が解決してくれるのかもしれませんが、何か打開策やヒントは、ありませんでしょうか。私はどうしたらよいのでしょうか。
お話したことのない方に、一方的に個人的な内容をメールするのは、本当に失礼だと思いますが、どうしても助けて頂きたいので、メールを送信させていただきます。
どうぞよろしくお願い致します。
その後、私のほうから、自己紹介を兼ねてメールを返信しました【カウンセラーからのメール・1通目】。そのメールの中で、相談者の家族に対するフレームを確認するために家族の性格について尋ねました。その返信【相談者からのメール・2通目】をまとめると、家族関係は以下のようになります。

ここまでの情報を見ると、家族の情報について、さらに細かく尋ねたり、子どもの発達特性をアセスメントするために病院を紹介して心理検査を勧めることを考えるカウンセラーも多いかもしれません。しかし、それらのことはせずに、私は問題に切り込んでいきます。相互作用で見立てるため、これだけの情報があれば、まずは充分です。
カウンセラーからのメール(3通目)
前段には、ここにはこちらの質問に対してメールに詳しく回答していただいたことへの関する感謝とねぎらい。そして、相談者の体調を気遣う文章を書いた上で、次のように続けました【カウンセラーからのメール・3通目】。
まずは、これから問題に対応するための大きな基本方針が2つあります。今回はまず、そのうちの1つを紹介します。
●基本方針1:問題が多発する時こそ、「好ましい行動に注目して褒めましょう」
人間は誰でも問題があると、「あれも」「これも」と問題ばかりが目につきます。問題を指摘するという事は「これは不正解」というのと一緒です。それよりも「正解はこれ」と伝える方がいいわけです。
例えば、大人でも、書類作成で「この書き方じゃだめだよ」と言われても困りますが、「こういう風に書いてほしい」と言われれば一発でちゃんとしたものが書けますよね。これを子供にも応用するわけです。
特に娘さんに対しては、「頑張っている時」「ニコニコしている時」に「今日は、よく頑張っているね。お母さんもうれしいよ」などと褒める。とにかく褒める。
一方で、「つらい」とか「足が痛い」とか赤ちゃん返りをしている時は、「そうなの、じゃあゆっくり寝てなさい」程度の言葉かけで、あまりかかわらないこと。これが重要です。
もし、甘えてきた場合は「あなたが元気になったらたくさん遊ぶから、今はまずは安静にしなさい」でいいです。
親として構ってあげたくて、心が揺れるでしょうが、ぐっと我慢です。
お気づきの方もいると思いますが、行動療法の「正の強化」に近い介入です。実際に、ブリーフセラピーを実践していると、悪循環を切断するために行動療法的な介入を用いることは多くあります。
ここで、私が一番気を付けたことは、“もし、甘えてきた場合は”の部分です。ここのフォローをしっかりと行うことが、ブリーフセラピーらしさであり、介入の成否を決めると私は考えます。
次回に続きます。
長くなってしまいましたので、今回はここまでにしたいと思います。 次回はもう一つの方針の紹介と、後日談となります。
メールカウンセリングに限りませんが、ブリーフセラピーでは「情報は常に不十分である」という前提に立ち、時間をかけてアセスメントをしてから動くのではなく、家族内の相互作用(コミュニケーション)に焦点を絞って、動きながら見立てていきます。その動きながら見立てる重要性と面白さが少しでも伝われば幸いです。
執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。