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連載:作文で変わる不登校の子どもたち~書くことで自己と対話する【第6回】不登校だった先輩から後輩へのメッセージ(スクールカウンセラー:林千恵子)

 教育支援センター(適応指導教室)を巣立つ前の3月に、中学3年生に最後に書いてもらう作文があります。不登校の後輩へのメッセージです。

「自分も通い始めた頃は、この先どうしていいか分からなくてつらかった。」「(後輩は)自分の人生は終わったと思ってるんだろうな。」「少しでも後輩の役に立つならば。」と、どの子も二つ返事で引き受けてくれます。自分の歩んできた道のりを振り返っているような表情です。
紙に書いても、パソコンやスマホを使っても、絵を描いてもOKです。それぞれが自分の思いを一番表現しやすい方法で行います。

めっちゃ成長したんだよ

 とびきり元気な後輩へのメッセージを紹介します。「25歳の自分」作文(第5回で紹介)で「不登校でも努力次第でなんとかなるっていう将来にしたい」と目標を立てた子が、ちょうど1年後に書いたものです。

 こんちは。うちは教育支援センターでほぼ中学校生活を過ごした人なんで、いろいろ知ってます。林センセーが満面の笑みで恐ろしいことを言うのも、ここが自分の居場所になってくることも、だんだん自分が好きになってくることも知ってます。ま、うちがここに来て楽しくなったのは3年になってからの話だけどね。でもでも、来てれば好きなコできるし、みんながちょーいいヤツだってこともわかって大好きになる。楽しくなるよ きっとね♡
受験だって、みんなと先生たちが支えてくれる。大丈夫。
 うち、めっちゃ成長したんだよ。性格変わったくらい大きくなったの!
ここに来て楽しめば、よいこといーーーーーーーっぱいあるから「今日行こっかな 休んじゃおっかな…」なんて迷わずにおいで!行かなきゃ友達なんてできないんだからさー☆うちに言えることはそれだけ。ほんとはもっと言いたいことあるし、教育支援センターもここでできた友達もちょー大好きなんだけど、うまく言えないから、これだけにしとく。
 でもほんっっっっっにいいことある!!言い切れる。感謝してるのです。めちゃくちゃに
だから楽しくはっぴーに過ごしたいならここにおいでね♡
おわり!

 紙いっぱいに元気な文字で書かれていました。成長した自分に対する喜びや自信が文章からあふれだしています。「みんなも成長できるよ。こっちにおいで。」という後輩へのエールの声が聞こえてきそうです。
 
 3年生になってからの作文練習では、私がOKを出しても、「まだまだダメ、もっと書ける気がする。」と言って、自分と向き合い続けました。「あきらめがちな自分」を見事に卒業したのです。

ほんと自分次第 
 もう一つ、メッセージを紹介します。

 私は中1の時から学校に行かなくなり、9月から教育支援センターに通い始めました。教育支援センターの人はみんな優しくてすごく安心したのを覚えています。三年間教育支援センターに来ていて思ったことは、学校に行けていないということで卑屈になったり、周りに気を遣ったりする必要がないということです。学校に行けないから同年代の人より劣るとか、行っているから偉いとかじゃないですよね。現実を受け止めて、その後どうするかが大事だと思うんです。「教育支援センターに来てる私えらいじゃん」とか思っても別に問題はないんです。(笑)だからもう教育支援センターを思い切り楽しむのが一番だと私は思ってます。
 学校だけじゃ学べないことってけっこう多いんですよねー。自分と向き合う時間があるから自分を知れるし、学校と違って、学年もばらばらだから年が違う人との付き合い方を自分なりに学べるしね、うん。
 私の中では中学校生活=教育支援センターなんですけど、まぁ今は学校に行かなかったことを後悔することはほとんどないです。今までの事じゃなく、これからの事を考えればいいんですよ。それにですね、周りが自分を認めてくれなかったり、頑張ってないと言われたりしてもね、自分が自信をもって頑張ったと思えればそれだけで充分だと思いませんか(笑)ほんと自分次第なんですよね。教育支援センターに通えてることや貴重な体験ができている事とかを生かすも生かさないも自分次第。そこで大事なのは自分で決めることだと私は思うんですよね。その選択がどんな結果になっても誰にも責任はない。そこがこの教育支援センターの特徴じゃないかなって私はずっと思ってます。
 まだまだ教育支援センターに来たいし、みんなと話したいけど、まぁ無理ですね。とりあえず仲良くしてくれた人、楽しかったです。ありがとう。本当にお世話になりました。

 作文の内容から、自己を見つめ直し、不登校という経験を俯瞰して眺めて、自分を肯定できるようになっていることが分かります。その経過の中で、自分で決めることの大切さを実感し、自分次第で変えていけるという自信が生まれています。

 作文を通した自己対話でもたらされたものが見事に言語化されていて、私がこれ以上何も書く必要がないと思うくらいです。

作文を通して誰かの役に立つ

 「後輩へのメッセージ」の中で、それまでの作文とはまた違った、さらなる深まりの感じられる思いや言葉が綴られることがあります。

 なぜなのだろうかと考えていたのですが、「誰かのために書いた作文」だからなのだと気付きました。それまでの作文は、自己対話を深める、自分のための作文ですが、この作文は、不登校で苦しんでいる後輩という明確な他者に向けて書かれています。それも、自分が経験してきた苦しみや焦りという気持ちと、今戦っているであろう後輩です。

 日常の生活や体験活動の中で、誰かの役に立ったと実感できた時に、不登校の子どもたちは格段の成長を遂げると思っていたのですが、作文も一緒なのだと納得しました。自分の経験や思いを書くことで誰かの役に立ちたいという思いが、作文やその子自身を、さらに一段押し上げてくれるのです。

 誰かに伝えるために、今一度自分の不登校を振り返ることで、不登校になって得たものを実感し、つらかった頃の自分を癒して、未来への希望や覚悟をさらに固める機会になっているのかもしれません。

 たくさんの「後輩へのメッセージ」を読み返してみると、「なんとかなる。」「大丈夫。」「あせらなくていい。」といった言葉が多く使われています。自分の経験を振り返ったうえで、「不登校になって自分の人生は終わったと思っていたけれど、案外なんとかなると分かった。あせらなくて大丈夫だよ。」と書いている子もいます。

 そして、「こわいだろうけれど、まずは一歩踏み出してみよう。」「小さな目標を立ててみよう。」「自分に少し自信をもってみよう。」……という励ましが、寄り添うように書かれています。

 また、「好きなことを大切にするといい。」というアドバイスも多くあります。「自分の世界を変えてくれるから。」「つらい時を支えてくれるから。」「好きなことが夢になるから。」とそれぞれの理由が書かれています。

 「つらい時を救ってくれた大好きなゲームに恩返しするために、ゲームクリエイターになるという夢ができた。」と書いている子もいました。

 「大丈夫だと言われても、今は信じられないかもしれないけれど、一年後に後輩に向けて同じようなメッセージを書いていると思うよ。」と締めくくられた作文を読んだ時は笑ってしまいました。教育支援センター(適応指導教室)に入ったばかりの頃に、先輩からのメッセージを読んで、「どうせ、先生にうまいこと書かされているんだろう。」と思っていたと書いてあったからです。

 「ここでは大人の気に入りそうなことを書かなくていいんだよ。本音で作文を書いていいんだよ。」と付け加えられていました。

高校生になると作文が書けなくなる

 教育支援センター(適応指導教室)を巣立ち、普通に高校生活を送るようになった卒業生の多くが「作文が書けなくなった。」と言います。全く書けなくなったということではなく、それまでのような作文が書けなくなったという意味です。実際に高校で書いた作文を見せてくれるのですが、作文としての体裁はしっかりとしているのですが、文章を綴るための作文といった印象のものもあります。

 そこまで切実に自分自身と向き合う必要がなくなったのだと感じます。不登校であった時期には、自分という存在がどうしても揺らいでしまいます。心のモヤの奥に、本来の自分がうずくまってしまっている感じでしょうか。
だから、本来の自分を取り戻し、自分らしく生きていくために、深く自分を見つめ直すことが必要だったのです。

 作文という武器を味方に本来の自分探しの旅をしているようなイメージが浮かびます。自分と向き合いながら文章を書き、書いた文章に語りかけられるように自分との対話が続く。「その言葉は本当なのか?自分の心を表現しているのか?」……。

 苦しい対話の中で、ギリギリのところで、自分の心と向き合おうと必死で書き綴る。だから、優劣とは関係のない、心を綴るための作文が書けたのだと思います。

 大人になった卒業生が、「今までの人生の中で、不登校だった時期が一番頑張って生きていた」と話すことがあります。

 中学校を卒業してから十数年後に「中学生の時にギリギリまで問いつめて、自分と向き合ったから、今の自分がいる。」と話した子もいます。作文による自己対話を通して、自分の中に確かな軸を作り、自分らしく生きているのだとうれしくなりました。

 長い不登校支援の中で、不登校の解決とは、不登校の意味を見つけて、自分なりの解決法や、自分らしく歩んでいくための方法を見つけることだと考えるに至っています。

 不登校であった時間を、その子どもにとって意味のあるものとし、成長のチャンスとする。作文は、これからも私の頼もしい相棒です。

★著者プロフィール

林千恵子(はやし・ちえこ)
 スクールカウンセラー。中学校教員(国語)や様々な経験を経て、教育支援センター(適応指導教室)の教育相談員として20年以上勤務する。その間に出会った不登校の子どもと保護者、教員はそれぞれのべ900人に及ぶ。教育と心理学の間を行き来しながら「人と関わることで人は変わる」という信念の下、対話を積み重ね、多くの卒業生が社会的自立を果たしている。また、作文を通した子どもの自己対話の促進にも力を入れている。

 十数年前からは、適応指導教室の勤務と並行して公立小学校のスクールカウンセラーや巡回相談員も務め、教員研修や関係機関の研修講師、不登校親の会の世話役も行い、本年4月より、中学校内に新設された不登校の子どものためのスモールステップルームの巡回指導を開始した。

 昨年1月、不登校の子ども理解の軸となる「学習」「人間関係」「いじめ」「居場所」の4つのテーマを、実際の子どもの作文とともに考える著書『すきまから見る~「不登校」への思いこみをほぐす~』(東洋館出版社)を刊行した。

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