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第10回 治療的ダブルバインドのコツ② ~ポジティブ・リフレームの練習~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

はじめに

 前回(第9回)は、パラドックス介入について、事例を交えて紹介しました。その上で、①パラドックス介入は治療的ダブルバインドを背景にした介入である、②問題に関して相談者が詳しく知っていて、カウンセラーが何も知らないという前提ですすめる、③ただやみくもに反対のことを提案するのではなく、きちんと流れを作って提案する、④問題が解消される場合でも、もったいぶって最後まで逆説的に対応する、といったポイントを紹介いたしました。

 パラドックス介入はブリーフセラピーの中心部分で、とても重要です。前回ご紹介したポイントが理解できても、使いこなすのが難しいと感じるカウンセラーが多いようです。カウンセラーでも難しいと考えるのでは、日常で誰でも使うことはできません。そこで、治療的ダブルバインドを使いこなすために、今回と次回は難しさについて私なりに考えてみます。

2つの難しさ

 ダブルバインドに対する難しさは大きく2つに分かれると考えます。

 1つは「そもそも思いつかない」という難しさです。相談者の話を聞いて治療的ダブルバインドが考えられない。そもそも問題の中で何がダブルバインドになっているかわからないという悩みを持たれる人も多いようです。これを、ここでは「創造性の問題」としましょう。

 もう1つは「ダブルバインドはある程度見立てることはできる。しかし、提案をして状況が悪化してしまうのではないか怖い」という難しさです。例えば、激しい家庭内暴力の子どもに対して「もっと暴れろ」というメッセージはダ確かにダブルバインド的です。しかし、「この提案をして本当にもっと暴れた場合、誰かがけがをするのではないか。最悪の場合、誰かが死んでしまうのではないか。そんなこと怖くて提案できない」という当たり前の問題があります。こちらを、「現実性の問題」としましょう。

 このように、創造性と現実性の大きく2つの問題があります。そこで、今回と次回で、それぞれの難しさを順番に取り上げていきたいと思います。まず今回は「そもそも思いつかない」という創造性の問題です。

思いつかない場合

 まず、ダブルバインドが思いつかない場合は、普段の生活場面でダブルバインド状況を探すことがトレーニングになります。一番簡単な例は、否定的な見方をされた事象に対して肯定的な意味づけに変える(ポジティブ・リフレームをする)ことです。肯定的な意味づけに変えることで、今の状況のままであっても「このままでよい」ことになります。一方で、今の状況が続かないのであれば、当初、否定的な見方をされた事象が解消されたことになります。このような練習を繰り返すことです。

ポジティブ・リフレーミングの例

 それでは、ポジティブ・リフレームをする方法を、事例を交えつつ考えていきたいと思います。

【子どもの反抗期】
高校生の子どもとの親子関係で悩んでいる知り合いがいたとしよう。親は「子どもが私たちことをまったく聞かない」そして「子どもの考えていることがわからない」と困っている。ここに肯定的な意味づけを与えるとしたらどうするか?

いろいろな意味づけができるが、その1つには「お子さんは大人になるためには、自分で判断するってことは大事。親に言われたことをやらず異なった考えができるのは立派」と伝えることも有効だろう。

このように、知り合いから相談を受けた場合などに、励ましの意味を込めたポジティブ・リフレーミングはよくあります。こういう意味づけを繰り返し、相手の反応を確かめて試行錯誤をしていきます。そうすると、面接などの場面でも以前思いついたものをそのまま使えることも多く、新しい発想も浮かびやすくなります。

【「ついつい我慢できない気持ち」に共感する】
特に親子関係などでは言わない方が良いとわかっていてもついつい小言や嫌味を言ってしまうことがある。そういった時に、「そうやって小言や嫌味を言うからお子さんが反発するのですよ」と直接的に指導をするのはナンセンスである。

「大人でも我慢することって難しいですよね」と親がついつい言ってしまうことに共感し肯定する。その上で、「こんなしっかりしたお父さん(お母さん)でさえ、わかっていてもできないことがあるのですから、お子さんならなおさら難しいでしょうね」などと伝える。

そうすることで、子どもの問題行動に対しても「○○した方がいいと気づいているのに△△できない辛さ、わかりますよね」と親に返すことができる。

 これもよく使うパターンです。本連載でも第2回の成人した息子からのDVに関する相談でも対応の一つとして紹介しました。本当に実用的なリフレーミングです。

 実用的なので、カウンセラー自身への暗示にも使っています。例えば、カウンセラーが相談者に対してネガティブな感情を持った場合などに、「カウンセラーでさえ陰性感情を持つのだから、親が子供に陰性感情を持つのも仕方がないな」と思うことで、巻き込まれず俯瞰してみることが出来ます。また、自分自身の子育て場面などでも、イライラしたり、「何回言えばわかるのだ」と子どもを𠮟りつけそうになった時に、「あっ、自分もわかっていてもついつい感情的になってしまうのだから、子どもができないのも仕方がないか」と冷静になることができます。

【ハラスメント職場で好奇心を】
以前に、企業内でカウンセラーとして勤務をした際に、産業保健職の一人にかなりひどいハラスメントを受けたことがある。私の前に採用された心理職の方は耐えきれずに数日で辞めてしまい代わりに私が入社した。

その時の私は、「この人のハラスメントはすごい。最大でも5年間だけ体験して、その間に全部記録に取っておこう。将来、研修などの題材に役立つはずだ」とすべて記録に残した。管理職がどのような対応をするか観察することも重要だった。また、身体症状が出た際にも心療内科受診や労基署などへ相談するのも体調的には辛かったものの、非常に貴重な経験になった(もちろん、このようなまねをオススメするつもりは毛頭ないが……)。ハラスメントがない時には「今日は平和だった」と喜び、ハラスメント的なことが起きた場合には「今日はこういうやり方で攻めてきたか。そして上司の対応は……」と興味深く見ることができた。

 私の実際の実体験をもとにした例です。ハラスメント行動に対する貴重な経験というリフレームでした。このようなリフレームにより、「次にどんな展開が来るのか」「それに対して上司はどう動くのか」などと、俯瞰してみることができました。

 このハラスメント行為に対するリフレームとは別に、ハラスメントをする産業保健スタッフの存在に対しても私はリフレームをしていました。それは、個人的な好き嫌いは抜きにして「この人がいなければ、この会社の心理職の募集はなかったはず。私がこの会社で企業内カウンセラーに採用されることもなかった」という事実に基づいたリフレームです。つまり、私が現在小さいながらも法人立ち上げ、個人向けだけでなく産業分野でも心理職として活動できているのは、この人の存在なしにはあり得なかったのです(とはいえ、再度お会いして感謝を伝えようとは思いませんが……)。

 このようなリフレームを行ったのは、東日本大震災被災地での心理支援経験が役に立っています。私は東日本大震災被災地である福島県の太平洋沿岸部で、4年間常駐して活動を行いました。この際に、地元の皆さんは、震災や原発事故によって多くのものを失いましたが、震災によって新たな出会いや物語が生まれていました。中には、震災復興支援がきっかけで結婚し子どもが生まれた方も多くいます。東日本大震災がなければ、その家族はなかったかもしれません。もちろん、だからといって「震災があってよかった」という話ではもちろんありません。私たちにできることは、「震災がなければよかった」とだけ考えるのではなく、震災後の新たなコミュニケーションをできる限りハッピーエンドにすることでしょう。

日常にある治療的ダブルバインド

 パラドックス介入や治療的ダブルバインドの説明だけ読むと、非常に難しく感じられるかもしれませんが、私たちは普段から治療的ダブルバインドを使っています。例えば、子育てに悩む保護者に「赤ちゃんは泣くのが仕事」「たくさん泣くのは元気な証拠」などと周囲が励ますのは、「泣いてもOK」「泣かずにニコニコしていてもOK」という治療的ダブルバインドとも言えます。

 他にも、昔からの風習などには治療的ダブルバインドが多くつかわれています。例えば、子どもが1歳の誕生日に一升持ちを背負わせる風習があります。我が家でも子どもの1歳の誕生日に一升餅を購入しました。そのお餅についてきた説明には以下のように書かれてありました。

 一升餅の重さは約2kgで、1歳のお子さまにとってはかなりの重さになります。立てない子や、嫌がって泣き出す子もいるでしょう。しかし、一升餅はお子さまの健やかな成長を祈る行事ですので、背負えなくても立てなくても喜ばしいことと受け止めます。

 背負えなかったら「一生重荷御背負わなくて済む」、立ち上がることができたら「身を立てられる」、座り込んでしまったら「家にいてくれる・家を継いでくれる」、転んだら「厄落としができた」といわれます。

 これこそまさに、治療的マルチバインドだといえます(「家にいてくれる・家業を継いでくれる」ということを肯定しているところに時代を感じますが…)。もう、一升餅があれば、持っても持たなくても途中で手放しても座り込んでも転んでも、どんなことが起きてもOK、子どもにも保護者にも不利益は全くありません。

 同様のことは、他にもあります。例えば、おみくじを引くときに「凶(もしくは大凶)」を引いた場合、「今が最悪なのでここからプラスしか起こらないから縁起がいい」との解釈を聞いたことがあります。

 他にも、治療的ダブルバインドのようなコミュニケーションは多く見られます。例えば、友人が失恋したときに「もっといい人に出会えるよ」と励まし、その恋人と友人が復縁したら「本当に良かったね。やっぱりお似合いだよ」というなど。

 普段から「お世辞」や「なぐさめ」などとしてポジティブリフレームが使われています。

 職場の場合でも、「断られるのが仕事だ」などという表現を使うことがあります。また、名言や逸話などにも治療的ダブルバインド的なものは多くあります。例えば、本田宗一郎氏の「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」という有名な言葉があります。この言葉も、実体験による本音でしょうが、それ以上に失敗を肯定的にとらえる治療的ダブルバインドをご自身にも部下たちにも与えていたのでしょう。もし、「絶対に失敗は許されない」「失敗は成功につながらない」などと言っていたら、誰も新しいことに挑戦せず、無難なことしかできません。このように、カウンセリング場面などに限らず日常的に治療的ダブルバインドは見られるのです。

まとめ

 今回は治療的ダブルバインドを使いこなす難しさとして、創造性の問題について取り上げ、解決法の一つとして普段からポジティブ・リフレーミングを行う大切さを考えました。

 ハラスメントの例の際に震災での経験を紹介しましたが、「起きてしまった出来事にばかりとらわれるのではなく、今からできることをする」、これこそがまさにブリーフセラピーの基本姿勢であり、心理支援のポイントでもあります。今からできることをするために、物事の否定的な面だけでなく肯定的な面に注目するというポジティブ・リフレーミングはとても重要なのです。また、ポジティブ・リフレーミングを行うことで、物事を俯瞰的に眺めることができます。ブリーフセラピーでは「メタポジション」といいますが、この俯瞰した見方こそが悪循環を見つけ出し介入するためにはとても役に立ちます。

 次回は、もう1つの難しさ「現実性の問題」について考えていきましょう!

執筆者プロフィール

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吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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