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【連載】流離人(さすらいびと)のノート

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今までお書きいただいた記事が、常に好評を博していた山本高樹先生の連載が始まります。山本先生が、旅の最中に日記や思いついたことをいつも書き留めている紙のノートからのアイデアで生まれ…
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記事一覧

名もなき塑像(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第14回

 「旅先で良い写真を撮りたい時のコツについて、コラムを書いてほしい」という依頼を受けたこ…

ゲーン・ハンレーの味(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第13回

 異国を旅する時、言葉は、通じるに越したことはない。道を訊く時、宿を探す時、食事を注文す…

ピピラの丘で(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第12回

 旅先で偶然出会って、軽く言葉を交わしたくらいで、連絡先を交換するでもなく、別れて以来、…

国境の土産物屋(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第11回

「今まで旅した中で、一番好きな国は?」  旅好きの人同士が知り合った時、よく出てくる質問…

主なきホテル(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第10回

 二日以上の旅に出れば、誰もがほぼ必ず、宿に泊まる。すべての夜を夜行の列車やバス、船、飛…

青き氷河の底へ(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第9回

 昨夜まで降り続いていた雨に、森は、しっとりと濡れていた。  朽ち果てた木々や岩の表面は…

旅をした詩集(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第8回

 どこかへ旅に出る時は、必ず、一冊か二冊、本を持って行く。やっぱり、紙の本がいい。とはいえ、荷物はなるべく軽くまとめたいので、選ぶのはたいてい文庫本か、四六判くらいまでの本になる。  最初の海外渡航となった、中国からロシア、ヨーロッパを巡った時の四カ月間の旅では、以前別の文章にも書いたが、ロバート・キャパの『ちょっとピンぼけ』を持って行った。報道写真家の先駆けであった彼が、第二次世界大戦下のヨーロッパの戦地を旅して回った時の体験を綴ったこの本は、ユーレイルユースパスを利用して

辿り着けなかった岬(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第7回

 異国をしばらく旅していると、時に、油断や不注意とは関係なく、どうにも避けようのないトラ…

ハウィーのこと(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第6回

 旅に出て、行く先々で、大勢の人々に出会う。すべての人のことを憶えているわけではないけれ…

死を待つ人々の家(後編)(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第5…

 インド西部の街カルカッタ(現コルカタ)で、カトリックの聖人マザー・テレサが設立したホス…

死を待つ人々の家(前編)(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第4…

 カルカッタという街の名が、コルカタに変わる前の年の、ある夏の朝。  サルベーション・ア…

あの日のエスプレッソ(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第3回

 ハンガリーの首都ブダペストの郊外にある、ハンガロリンク・サーキット。オートバイのロード…

砂漠の街の先生(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第2回

 異国で初めて友達になった人は誰かと訊かれたら、僕は、M先生、と答えると思う。彼にとって…

キャパの本を鞄に入れて(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第1回

 最初の旅のきっかけは、ただただ、逃げ出したかったからだった。  大学も、就職活動も、人付き合いも、すべてに嫌気がさしていた。何もかもうまくいかず、どろどろに煮詰まって、どこにも出口を見つけられないでいた。何より、誰より、そういう自分自身に、一番うんざりしてしまっていた。 「……ヤマモト君は、大学、現役で入ったんでしょ? だったら一年くらい、大学休んじゃってもいいと思うんだよね。どこかへ、長めの旅でもしてきたら?」  当時、脚の怪我の治療で通院していた鍼灸院の先生に、ごく軽い