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深層学習と新しい心理学(明治学院大学 研究員:池田功毅、九州大学准教授:山田祐樹、慶応義塾大学教授:平石界)

近年の深層学習(ディープラーニング)の発展には目を見張るものがあります。この発展の前で心理学は、何ができるのでしょうか? 深層学習技術が発展した世界における新しい心理学の可能性について、お三方の先生にご執筆いただきました。

科学的な心理学の目標は、心を科学的に理解・予測し、その成果を社会に役立てていくことだと言われます (e.g. 鹿取 et al., 2020)[1]。しかしこの記事の著者である私たちは、当の心理学者であるにもかかわらず、ここのところ再現可能性危機やらエビデンスレベルやらと、心理学の科学性やその社会的役割について疑問を呈し、不安を感じさせるような議論ばかり行ってきました (池田 & 平石, 2016; 平石, 2022; 平石 & 中村, 2022; 山田, 2021, 2022, 2023)。大事なことかもしれないけど、そういう後ろ向きの話はもうたくさん! もっと明るい話を聞きたいんだという意見は、心理学者だけでなく、心理学に関心のある一般の人々の間でも増えてきているのではないでしょうか。なので今日は趣旨を変え、未来の話をさせてください。新しい心理学の可能性についてです。ただし入り口は、いつも通り少し不安になる話から始まります。AI、すなわち深層学習の話です。

深層学習と心理学

ご存知のように、関連ニュースが話題に上らない日はないというくらい、AI は世間の注目を集めています。学術界でも、例えば言語学では、ChatGPT に代表される大規模言語モデル (large language model; LLM) の登場が大きな波紋を呼んでいるようです。LLM はもはや、チョムスキーの生成文法理論などに変わる「新しい理論」だという主張すら出始めていて (Piantadosi, 2023)、AI 時代における言語学の役割を自ら問う方もいらっしゃるようです (町田, 2023)。それと比べれば、多くの心理学者の方々は、まだまだ対岸の火事だとお思いかもしれません。でも、いつまでもそう言っていられるのでしょうか。たしかに、今のところは、深層学習の適用対象は言語と画像処理に限定されているように見えますが、それでも、例えば RLHF (reinforcement learning from human feedback; 人間のフィードバックによる強化学習) 技術を使えば、人間の持つ好みを LLM に反映させることができるようです (Ouyang et al., 2022)。また、一人称視点の身体情報を含む映像・音声データの集積も少しずつ進んでいるようで、環境と身体双方の情報をもとに、人間行動を予測する AI が生まれる可能性があります (Ego4D: Grauman et al., 2022)。そう遠くない将来、人々の好みや行動についても、現在の LLM や画像生成 AI レベルの正確さで、予測や介入が実現するかもしれません。そこで以下では、仮にそうした AI が実現したとしたら、心理学はどう変わるのか、あるいはどう変わるべきなのかについて議論してみたいと思います。

私たちは、先日開催された日本心理学会第 87 回大会で、「深層学習と心理学 ー その可能性を探る」と題したシンポジウムを開きました。コンピュータビジョン (岡谷, 2022)、自然言語処理 (岡﨑 et al., 2022)、認知神経科学 (神谷, 2023b) という、心理の隣接領域で、現在どのように深層学習技術が用いられているのか、それがどのような変革をもたらしたのかをご紹介いただき、心理学研究との接点について議論していただきました (四本, 2023)。そこで強調された点のひとつが、現在の生成 AI と、他の機械学習や、前世代の深層学習との違いでした。これまでの学習モデルでは、心理学的構成概念を用いた認知主義的制約 (マー, 1987) を基礎としたり、特定のタスク遂行を目指したデータセットによる学習 (教師あり学習; supervised learning) を行ってきました。それに対して、生成 AI は、これらを用いずに、比較的単純だが極めて大規模なモデルと、大規模で、かつ特定の課題に限定されない一般的なデータを用いた学習 (自己教師あり学習; self-supervised learning) を行い、それが近年の飛躍的な成績向上につながった、とのことでした (岡谷, 2023; 神谷, 2023a)。そして、そこには構成概念や認知モデルのようなものはまったく登場しません。

シンポジウムに参加されたみなさんのご感想をすべてお聞きしたわけではありませんが、この議論にショックを受けた方も少なくないのではないでしょうか。心理学史の教科書を見るまでもなく、現在の心理学研究の主流は、いわゆる認知主義に基づいたものが大半です。さらに構成概念にまったく依拠しない研究となると、本当に数えるほどしかないのではないかと思われます。また、特定のタスク遂行を想定した教師あり学習とは、例えば回帰分析のことですから、これもやはり心理学研究の主軸です。生成 AI の目覚ましい進歩が、こうした枠組みをあえて捨てることによって達成されたのだとしたら、それは心理学にとって、何を意味するのでしょうか? 仮に今後、深層学習が、言語や画像処理といった、現在対象としている範疇を超え、より心理学的なトピックについても正確な予測ができるようになったとき、現状の心理学研究では、もはや太刀打ちできなくなってしまうのではないでしょうか? 言語学者と同様に、心理学者も、AI 時代の心理学の役割について自問する時期に来たのではないでしょうか? (山田, 2021)

深層学習は解釈可能か?

ただ、そうは言うものの、深層学習には大きな問題があります。たしかに深層学習モデルは、言語や画像の予測と生成を、極めて正確に、自然な形で行うことができます。しかしその中身を見てみると、大量のパラメータに分散された形で演算処理が行われています。こうした分散表現 (distributed representations) は、原理的に我々の理解能力を超えており、いわゆる「ブラックボックス」になってしまっています。たしかに、科学的心理学の目標のひとつは、予測と、それに基づく応用だったかもしれないけれど、もうひとつの重要な柱である、現象の説明と理解が、まったく伴っていません。これでは、仮に心理学的トピックに関する AI モデルが出てきたとしても、それを本当に科学的な前進だと呼んでよいのか、分からなくなってしまうのではないか。そうした疑問が当然出てきます。実際,シンポジウムへの感想でそのようなコメントもいただきました。

しかし深層学習は、本当にまったく理解不能なブラックボックスなのでしょうか? それはあくまで、旧来の心理学の枠組みでは理解できないだけであって、別の自然科学的立場からは、違った見方ができるのではないでしょうか? この問いをもとに、ここではふたつの立場、すなわち物理学と生物学の視点から、深層学習の解釈可能性について考えてみたいと思います[2]。

まず物理学から考えてみましょう。例えば、現在の深層学習技術の基礎となっているホップフィールドネットワークは、統計力学のイジング模型の発展版です (Amari, 1967; Hopfield, 1982)。それに続くボルツマンマシンも、名前の通り (ボルツマンは 19 世紀の物理学者) 統計力学のアイデアを用いたものです (Ackley et al., 1985)。さらに、現在の画像生成 AI の主力となっている拡散モデルも、粒子のブラウン運動など、非平衡統計力学で扱う諸現象の記述に用いられる、ランジュバン方程式を応用したものです (Sohl-Dickstein et al., 2015)。このように深層学習は、物理学のうち、特に熱力学・統計力学との間に非常に密接な関係があり、実際にこの方向性からの理論的研究も進んでいます (e.g. 甘利, 2023)。たしかに生成 AI はまだ新しい技術なので、その振る舞いの原理は解明されていないところも多いようですが、物理学的視点で見れば、決してまったくのブラックボックスというわけでありません。今後、理論的解明が進む可能性は十分にあります。

次に、生物学、特に進化生物学の視点から深層学習を考えてみます。まず、一般的なベイズ学習を表わす式 (ベイズの定理) は、生物進化をモデル化するときに用いられるレプリケーター方程式 (Taylor & Jonker, 1978) とまったく同じ形式を持っており、そこから、進化プロセスを表わす式としても解釈することができます (Czégel et al., 2020)。加えて、深層学習もベイズ学習のひとつの派生と考えられるため (MacKay, 2003)、深層学習と生物進化を結びつけることは可能です。さらには、深層学習だけが持つ特殊な性質を、進化プロセスから説明しようという「Direct-Fit 仮説」なるものも提案されています (Hasson et al., 2020)。この仮説によれば、現在の生成 AI で用いられている自己教師あり学習は、大局的で一般的・法則的なモデル (外挿型モデル;例えば回帰分析) を用いるのではなく、大量の微細なフィッティングを局所的・盲目的に行うこと (内挿型モデル) によって、高い予測精度を実現しており、これが生物進化の盲目的で蓄積的なプロセスと酷似しているとされます。またそこで重要になるのは、データの一般性、生態学的妥当性であり、これが前世代の、特定タスクに特化したデータを用いた教師あり深層学習と、大きく異なる点だと考えます。現在のいわゆる NeuroAI と呼ばれる認知神経科学研究でも、実験デザインや刺激の生態学的妥当性は重視されており (Nastase et al., 2020)、深層学習と生物学に深い関係があることを示唆していると思われます。さらには、言語を自律進化する複雑適応系、すなわちひとつの有機体だと見做す考え方 (Christiansen & Chater, 2008) を採用すれば、言語の一般的モデルである LLM もまた、進化現象と深く関係していることになります。

以上のように、物理学のうち特に統計力学と、進化生物学からは、深層学習を自然科学的視点から解明する手掛かりを得ることができると思われます。そしてさらに、統計力学と進化生物学にも、非常に密接な関係があります。量子力学で有名な物理学者、シュレディンガーの著作を引用するまでもなく (シュレーディンガー, 2008)、生命は、一見すると熱力学第二法則 (エントロピー増大の法則) に反した現象です。そしてだからこそ、熱力学と統計力学の諸原理から説明されなければなりません。非平衡開放系の熱・統計力学である確率的熱力学 (田崎, 2023) や情報熱力学 (沙川, 2022) は、21世紀に入り着実な進展を見せており、その目標のひとつとして、生命現象の物理学的解明が掲げられています。例えば、細胞の代謝を含む化学反応ネットワークの研究が進んでおり (Ito, 2016)、生命の起源に関する仮説のひとつとされる、自己触媒反応系研究 (カウフマン, 2020) の基礎となる可能性があります。

このように、統計力学、進化生物学、そして深層学習は、互いに密接に結びつく理論の三角形を形成しています。たしかに深層学習は、構成概念や認知主義的モデルを基礎とする伝統的な心理学の枠組みからでは、理解しにくい対象かもしれません。しかしその立場から離れて、統計力学や進化生物学の視点から眺めてみると、様々な場所に密接な理論的つながりが見えてきます。であるなら、そこで用いられている概念、数式、モデルを使えば、深層学習の理論的理解も十分可能なのではないでしょうか。

加えて、仮に深層学習が物理・生物学の視点から整合的に説明可能であるのなら、深層学習が心理学にとって持つ意義も大きく異なってくるはずです。私たち人間も生物であり、そしてあらゆる生物は物理学的世界から生まれてきたものです。そのため心という現象も当然、生命・物理現象の延長上に、連続的に位置しているはずです。私たちは深層学習を、単に画像や言語を上手に生成してくれるだけの機械、「心のイミテーション」だと考えてしまいがちですが、実は、物理学、生物学、そして心理学を貫く、自然科学上の重要な原理を体現したものなのかもしれません[3]。

そのような視点から、上で述べた統計力学・進化生物学・深層学習の理論の三角形に、人間や動物の心、そして人間の言語・社会・文化を加えると、新しい統合的な科学研究の姿が見えてきます (図を参照)。そこでは、統計力学から進化生物学、進化生物学から人間や動物の心 (心理学)、そして心から言語や文化 (社会科学) へと、物質から文化までを貫く自然科学の大きな流れがあり、そのすべての頂点が、深層学習モデルによって結び合わせられています。現時点では、各領域間のつながりは、形式的一致やアナロジーに留まっていますが、今後そのひとつひとつを自然科学として基礎づけていくことにより、新しい科学を創り出すことができると、私たちは考えます。


図:深層学習を中心とする新しい統合的科学研究のイメージ

複雑系心理学の可能性

そして、実を言えば、上記のような方向性は、心理学にとって目新しいものではないのです。物理と生物を統合し、非平衡開放系の諸現象を解明しようとする研究領域は、複雑系科学と呼ばれます (ミッチェル, 2011)。常に傍流的な位置づけではあったものの、心を複雑な現象と捉え、複雑系科学の立場から研究しようという流れは、これまで常に心理学にも存在していました。例えば、生態心理学 (ギブソン, 1986) やエナクティヴィズム (ヴァレラ et al., 2001) などが挙げられます。またかなり「主流派」寄りですが、認知言語学なども、一応そうした流れに近いものと言えるでしょう (クリスチャンセン & チェイター, 2022; 町田, 2023)。近年活発に研究が行われている心理ネットワーク分析も、ネットワーク科学の一部と見れば、複雑系科学の一種だと言って良いはずです (樫原 & 伊藤, 2021)。あるいはもう少し広い解釈を行って、社会構成主義的心理学などをこれに含めても良いのかもしれません (ガーゲン, 1998)。これら「傍流諸派」は、行動主義や認知主義などの「主流派」を、心や社会が本質的に持つ複雑性から眼を背け、生態学的妥当性・一般化可能性を軽視しているとして批判してきました。これは正しい指摘だったと思います。しかし残念なことに、これら複雑系心理学の多くは、対象の複雑性を、正確に、科学的に捉える方法論を持ち合わせていませんでした。そのため、どうしても思弁的考察ばかりが先立つことになり、自然科学ではなく哲学・思想でしかない、という批判を受けてきました (cf. 小林, 2021)。それに対して「主流派」心理学では、(再現可能性問題の詳細に目を瞑るとすれば) 少なくとも特定の統制条件、研究仕様のもとでは、一部の結果の再現が可能、すなわちそれなりに正確な予測が可能でした。他ならぬ私たち自身、たとえ生態学的妥当性や一般化可能性を犠牲にしてでも、高い再現可能性や予測妥当性を得ることが何よりも重要だと考えてきました。そのため数十年もの間、私たちも「主流派」心理学こそが「科学的心理学」に近いのではないかと信じ、その流れに沿った研究を続けてきました。同様の判断をされた方は少なくないでしょうし、当時の状況を考えれば自然な成り行きだったと思います。

しかし今、深層学習の登場によって、状況は一変したと言って良いでしょう。深層学習は、それ自体複雑なモデルであり、また自然な画像や言語など、複雑な対象をそのままモデル化することが可能になっています。統制された特殊な研究仕様と、構成概念を用いたモデルに依拠する「主流派」と比べれば、「傍流諸派」が望んできた心理学により近いと言えます。今のところ、複雑系心理学と深層学習研究の間に積極的な交流は見られませんが、こうした親近性を考えれば、今後徐々に増えてきてもおかしくありません (cf. 町田, 2023)。上に述べたような理論的図式の中で、統計力学の数式や進化生物学の諸概念を、より厳密な形で取り入れ、さらに深層学習の特徴である大規模な分散表現を理論の基礎とすることで、複雑系心理学が、新しい科学へと生まれ変わる可能性もあると思います。

新しい心理学

心理学に対する深層学習の影響を、私たちは上記のように見ています。端的に言って私たちは、今後深層学習モデルがさらに発展し、より心理学に近い領域で、正確な予測を行うようになったなら、現在主流となっている科学的心理学はその重要性を失い始めるだろうと考えています[4]。しかし、科学史を振り返れば、そうしたパラダイムの変遷は常に起こってきたことです。心理学史の中でさえ、行動主義の流行と衰退、それに代わる認知主義の到来、認知神経科学の流行、そして近年では再現可能性問題への取り組みなど、幾度もパラダイムの転換が起こってきました。たしかに比較的規模は大きいものの、深層学習による新たな変革もそのひとつでしかなく、何ら驚くことではないでしょう。では、この来るべきパラダイムシフトを前に、私たち心理学者は何をするべきなのでしょうか? 答えはシンプルです。私たち自身が、新しいパラダイムを学び、新しい心理学を作ればいいのです。正確な予測や効果的な介入をすることが目標なら、深層学習を学んで、それを心理学的なテーマに応用すればいいでしょう。あるいは予測や介入を超えて、より深い、理論的な説明をしたいと望むのなら、物理学や生物学を学べばいいでしょう。そうして手に入るであろう新しい心理学では、精神疾患治療や教育、マーケティングの現場に至るまで、これまでにない正確な予測と、効果的な介入が可能になると、私たちは考えます。基礎的な理論研究から、実社会への具体的な貢献まで、一貫した営みを確立することもできるでしょう。ただ、「シンプルな答え」とは書きましたが、それを実行に移すのは、もちろん容易なことではありません。変化に適応するために、しばらく準備の時間が必要にはなるでしょう。しかし、それを乗り越えさえすれば、私たちは、新しい心理学と、それが見せてくれる新しい世界に出会うことができるはずです。

最後に、ひとつ深刻な懸念を指摘させてください。たしかに、新しい心理学が実現すれば、明るい未来が約束されているようにも思えます。しかしその一方で、仮にその強力な予測と介入の技術が悪用された場合、社会はどうなってしまうでしょうか。先端的な深層学習技術を独占する一部の人々によって、人々の政治的信念や倫理観に大規模な介入が行われ、思い通りに操作されてしまったら、民主主義自体が崩壊してしまうかもしれません。まるで SF 映画に出てくるような、文字通りのディストピアです (cf. Chiang, 2023)。これまでにも、メディアを通じた人心操作に対しては懸念が表明されてきましたが (クラインマン, 2018)、今までのところは、現実的な話ではないと一蹴されてきました。しかし現在我々が手にしている深層学習技術は、このパンドラの箱を開けるだけの力を秘めているかもしれません。こうした負の懸念に対して、社会を準備し、悲劇を未然に防ぐためにも、私たち心理学者は、新しい心理学を学び、広めていく責務があるのではないでしょうか (cf. 戸田, 1971)。私たち人間は、現在の深層学習モデルのように過去のデータを学ぶだけではなく、未来に向けた理念を掲げ、それを目指して生きていくことができます。どのような世界を実現したいのか、実現するべきなのかを、私たち自身が改めて考え、それを理念的な目標とした上で、新しい心理学の理論と技術を用いた社会設計を行っていかなくてはならないでしょう。

脚注

  1. なお、最初にお断りしておきたいのは、ここで検討する心理学とは、あくまで自然科学としての心理学、すなわち、自然現象のひとつとして心を取り扱い、その説明・予測・介入を目指す取り組みだけを指しています。臨床場面での取り組みや、社会規範の検討などについては、直接的な議論の対象とは考えませんので、ご了承ください。

  2. なお、深層学習の理論的理解としては、当然のことながら、機械学習理論からのアプローチがありますが (Shalev-Shwartz & Ben-David, 2014; ビショップ, 2012) 、ここでは自然科学としての心理学を考えたいため、自然科学からのアプローチに限定して議論したいと思います。

  3. 例えば具体的には、様々な生命・文化現象が、自己触媒反応ネットワークのような自律的有機体であるとすれば、そこでは、自己を含む環境全体のゆらぎを内挿型モデルを用いて予測し、そこから仕事 (物理学での work) を抽出、それを用いて自己維持 (自己複製) を行うというプロセスが生じていると考えられます。そして深層学習は、このうちの内挿型予測プロセスの特徴を反映しているという仮説を立てることができます。そこから生命・文化現象は一般的に内挿型予測モデル、すなわち大規模分散表現としての特徴を持っており、そのことが深層学習の成功につながっているのではないかという仮説が導かれます (cf. Farmer, 1990)

  4. もちろん私たちも、現状の深層学習モデルが、今のままで人間の活動をすべて予測できるようになるとは考えていません。例えば現在の LLM はまだ人間的な推論やプランニングを行うことが難しく (e.g. Valmeekam et al., 2022)、言語や文化の起源や、記号接地問題なども未解決のままです (e.g. Bender & Koller, 2020; 町田, 2023)。しかしそうした問題を考えるにあたっても、従来の科学的心理学が用いてきた構成概念や外挿型モデルに依拠するのではなく、深層学習モデルの特徴である、大規模分散表現に基づく内挿型予測プロセスを基礎とする新しいアプローチが主流となるのではないかと、私たちは考えています。

Reference

【著者プロフィール】


池田功毅(いけだ・こうき)
明治学院大学研究員。専門は心理学。趣味はゴールデン街トーク。
Bluesky: https://bsky.app/profile/kokiikeda.bsky.social


山田祐樹(やまだ・ゆうき)
九州大学准教授。専門は認知心理学。犬と心理学が大好き。
HP: https://sites.google.com/site/jyamadayuk/
note: https://note.com/momentumyy
X(Twitter): https://twitter.com/momentumyy 

平石界(ひらいし・かい)
慶應義塾大学教授。専門は心理学。ありとあらゆる生活道路にハンプを設けたい。
HP: https://sites.google.com/site/kaihiraishi/
Bluesky: https://bsky.app/profile/kaihiraishi.bsky.social 

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