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「後悔」の正体(東京カウンセリングセンター所長:菅野泰蔵) #心機一転こころの整理

「私はどうしても嫌な出来事を引きずってしまう性格だ」そんなことを思っている人は多いのではないでしょうか。そういう悩みを話された方に、数多くの人々のこころの悩みを支援してきた菅野先生はどう対応し、どこに原因があると考えたのか、お書きいただきました。

性格という神話

 心の整理には時間がかかるという。それはつまり、自分に起きた嫌な出来事についてなかなか忘れることができないということ、もっと平たく言えば「引きずってしまう」ということだろう。

 ただし、何かをずっと引きずってしまうかどうかは、人それぞれであり、ほぼ主観的なものだ。出来事の客観的な重大さというよりも、当人が受けたダメージの大きさにかかっている。たとえば、肉親が死ぬよりも愛犬が死ぬほうが悲しみは大きいという人もいるだろうし、受験に失敗したとか、失恋したという理由で自殺をする人もいる。あくまで主観的な問題なのであり、世の中の平均から逸脱していても不思議ではない。

 「そんなことで、なぜそれほどダメージを受けるのか?」といった一般的な疑問を解消する手立てとして、そもそも人は個人個人で物事の受け止め方が違うという考え方が浮上することもある。これが確立すると、いわゆる性格論ということに収斂していく。そして、たとえば、”性格テスト”の中で「クヨクヨしやすい」「すぐ落ち込む」などに○を多くつければ、この人は心理的なダメージを受けやすい、気持ちの整理ができにくいといった性格傾向が強いと認定される。

 しかしながら、このようなテストから得られる「性格」とは、客観的なものではまったくない。それは本人が自分についてどう認識しているのかを表しているだけであって、やはり主観的なものなのである。けれども、テストで示された自分の「性格」を客観的なものだと考えてしまう人は、自分に起きる多くの出来事や問題について考察する際、「性格」と熱心に関連づけるようになる。私はそのような世間一般の「性格」への信仰を正直うっとうしく思い、それを強化してきた心理学アカデミーに対しても否定的だった。

引きずる性格を直したい

 かなり前のことだが、プロゴルファー(以下Aさん)がカウンセリングを受けたいと言ってきた。「自分は失敗を引きずってしまう性格なので,それを直したい」というのである。プロのスポーツ選手がカウンセリングを受けに来るのは珍しいが、相談内容は珍しくない。これまでにも多くの人がこのようなことでカウンセリングに訪れている。

 ああ、また「性格」信仰の人が来たかと、落胆しそうになる気持ちをほんの数秒でしっかりと抑えて、彼の話を聞いていく。仕事であるから。

 おおよそこれが世間の主たる考え方であることは承知しているので、私は「性格」について否定や注意をすることはしない。むしろ、それに乗ったほうが話はしやすい。

「ああ、そうですか。そういう性格を改善したいということですね。よく分かります。できるだけ私も力になりたいと思います」

 さて、プロゴルファーと言ってもピンキリである。Aさんの場合は、ツアー出場資格を持たないプロ である。そして30代も後半、プロとして何とか一花咲かせたいと切実に思っているようだった。

 私はすぐに引き受けた。自分もゴルフをやってきたが、ゴルフ以上にメンタルな競技はなく、カウンセリングがもっとも生かせるスポーツであろうと思っていたからである。そして、本人の実力を知る必要があったが、それは一緒にプレーすることで可能となる。

 そこで、私は”ラウンド・カウンセリング”を提案し、Aさんの了承を得た。かれは少し不安そうだったが、これといった根拠もないのに、なぜだか私には勝算があった。通常の面接とは違って、はるかに大事な情報が得られるだろうと踏んでいたからである。

引きずる失敗

 その機会はすぐにやってきた。早春、あるゴルフ場に行き、二人だけでラウンドすることになった。

 私は、各ホールごとに、第一打を打つ前に、どのような心構えで攻略するのかを聞き、終わるごとに気になったプレーについて質問をしていった。
あるホールを前にしてAさんが言った。

 「このホールでは、あそこのバンカー(砂地)から打つのは難しいです。だから、第一打があそこに入ったら欲をかかずにボールを出すだけにします」

 そして彼の第一打はそこに入ってしまった。行ってみるとなかなか深いバンカーだったので、彼が言うことはもっともだと思った。はたしてそこから打つと、ボールは深いバンカーの顎部分に当たりコロコロと元の場所に戻ってしまった。プロにはあり得ないような痛恨の失敗である。結局このホールは散々だった。大いに疑問が残ったので、あの場面ではなぜああなったのかと質問すると、意外な答えが返ってきた。

 「あらかじめ言ったように、あそこに入ったら無理をしないと思っていたんですが、行ってみると、案外ボールの置かれている状態が良かったんです。で、これならいけると思って、大きなクラブ(より飛ばせるクラブ)を持っちゃったんですよね」

 なるほど、それならプロでも失敗する。私などでは絶対にうまくいかない状況だった(そんなに下手ではありませんが)。プロであるから、打てると思った以上成功の確率は高いのだろうが、リスクも高いものではあった。

 しかし、このプレーひとつでAさんの問題が露わになった。同時に、失敗を「引きずる」ということの意味、あるいは「性格」ということの曖昧さというものが、私の中で一気に明確になった瞬間でもあった。後日の面接で、私はこう伝えた。

 「あなたは、自分は失敗を引きずる性格だと言ってましたが、その見方はちょっと違うと思いますね。あなたは失敗を引きずる性格なのではなく、引きずるような失敗をしているんですね」

 自分の見解がこんなにも正しいと思うことは滅多にない。なぜなら、彼のような失敗をすれば、誰だって後悔するに決まっているのだ。やってはいけないと自分で決めていたことを自分で破り、そして失敗する。ああ、なんてことをしてしまったのかと心底後悔し、あんなことしなければよかったと、その後も「引きずる」わけである。「引きずる」のはそこに後悔があるからである。

 失敗は誰にでもある。不可避である。ましてや、ゴルフというものはほんとうに思いどおりにならないスポーツである。運動神経に自信のある者ほど、初心者の頃に脱落しやすいのもゴルフである。

 だから、失敗することはしかたのないこととし、失敗の仕方ということを考えなければならない。あのような失敗を繰り返ししてしまう人は、やがて自分は「引きずる性格」なんだと思うようにもなるのではないか。「引きずる」こと、総じて後悔することの正体がここにあり、「性格」の正体もここにあるように思えた。

 「Aさん、今後は、自分の性格がどうたらという観点は捨てたほうがいいかもしれません。そして、失敗するにしても、引きずらないような失敗ということを考えましょう」

 彼との面接および”ラウンド・カウンセリング”は夏前まで続いた。出場する試合を見に行き、観察して気づいたことを帰りにフィードバックしたりもした。

 夏になると、彼ら無名のプロたちが最大目標とする大会があり、ひじょうな好成績で発進したという連絡が入った。あまりの快挙にびっくりしたが、その後に崩れ、大願はかなわなかった。けれども、秋には、小さな大会ではあるが優勝を重ねるという、これまでの実績からはまるで考えられないような成績が報告された。

 私のした仕事もそう悪いことではなかったようである。そして、「性格」のように、根強い”心理主義”に対して、私なりに反駁できたのが一番嬉しかったことでもある。

(注)この事例は、約25年前のものであり、本人の了承をとり、かつ改変をほどこしたものです。

【執筆者プロフィール】

菅野泰蔵(すがの・たいぞう)
東京カウンセリングセンター所長。
カウンセリングを社会に定着させるべく、東京カウンセリングセンターを立ち上げ、現在その所長を務める。多くの読者を集めた『こころの日曜日』シリーズ(法研)ほか、著書多数。

【著書】

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