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第16回 観察課題について② ~観察課題のパラドクス的効果~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

はじめに

 前回、観察課題について紹介しました。「とりあえず様子を見ましょう」「しばらくは見守りましょう」というのは、観察課題ではありません。相談者の役に立つどころか問題を長期化・深刻化させるだけです。観察を情報収集のために提案するのであれば「何について観察をするのか」「いつまで観察を続けるのか」などを明確にする必要があること強調しました。

 今回は観察課題を情報収集だけでなく、さらに効果的に使う方法を紹介いたします。

観察で悪循環パターンを変えることができる

 観察課題には情報収集だけではなく、パラドックスの意味合いがあることを分かっていると、ブリーフセラピーは非常に扱いやすいものになります。少し長くなりますが、事例を紹介いたします。

●小学校におけるスクールカウンセリングでの事例

 午前中の休憩時間に高学年の女子児童数名が小学校の中の相談室に入ってきた。以前から、クラスの男子児童1名(A君)と仲が悪く、毎日けんかをしている。この日は、1時間目の運動会の練習時に見学をしている女子児童らが他の見学児童と雑談をしていたため、それをA君が厳しく注意。女子児童らの言い分としては、「確かにいけないことだが、A君だって他の児童と話したりふざけているし、言い方がむかつく。別にA君に直接迷惑がかからないのだから、そこまで言われる筋合いはない。」とのこと。あの性格を直してほしい、そして私達の邪魔をしないでほしいとの相談。以下は、その後のやり取りである(「SC」はカウンセラー(筆者)、CLは「来談者(来談した女子児童)」)。)

SC「わかった。何とかできないか考えてみるよ。ところでさ、そのためにはもっと情報がほしいんだけれど、A君のいい部分って全然ないかな?」
Cl「うん、ない。」

 まさに即答でした。余談ですが、ソリューション・フォーカスト・アプローチを実践する時にも、例外を聞く際に考える気もないかのような早さで否定されることがあります。この時に、「そういわずにもっとちゃんと考えてみてください」とたずねると、<質問する→否定する→より深く質問をする→より強く否定する>という悪循環に陥り、失敗します。したがって、別な方向から切り返す必要があります。

 この時は、大げさに驚き、顔をしかめて、質問を続けました。

SC「ほんとにほんと? 本当に全然ない。いつも怒っているひどい男なの?」
Cl「いや、そこまでじゃなくて、ニコニコしているときもあるよ。」
SC「えぇ! そんな機嫌のいい日は、最近あった?」
Cl「おととい。」
SC「そっか、そのときはどんな様子だったの?」
Cl「うん、にこにこしていて、こっちの嫌がること言うこともなくて、一緒に話してた。」
SC「なるほど、他にやさしくしてもらったときはないかな。」
Cl「音楽の時間、教科書忘れたときに隣に座っていて見せてもらった。」

 このように、「ない」と即答していたにもかかわらず、聞き方を工夫すると驚くほどあっさりと答えてくれます。ここで「なんだ、やっぱりいいところもあるじゃん」などと「ある」前提で受けるのではなく、「えっ、あったの!!」という驚きの姿勢を示すことが重要です。ソリューション・フォーカスト・アプローチを作り出したインスー・キム・バーグが多用した「Wow!」です。

 休み時間の10分程度でクロージングしなければいけないので、早速介入に入ります。

SC「そうかそうか、君はちゃんと相手のいいところにも気づいているなんてえらいね。すごいよ。立派だ。そこで、ちょっと、お願いがあるんだけれど、いいかな。」
Cl「うん。」
SC「ちょっと難しいお願いだよ。これはいつも先生が大人の人にお願いすることなんだ。A君のいいところを観察してきて、僕でもいいし、担任の先生でもいいから報告してくれないかな。」
Cl「うん。」
SC「そっか、じゃあ報告を楽しみに待ってるよ。」

(昼休み時間。Clが相談室にやってくる)

Cl「先生、いいところ見つかったよ。」
SC「おお、すごいなぁ。早い!」
Cl「うん、えっと給食のときに、A君が給食当番だったんだけれど、私が好きなスープだったから順番待ちながら『あ、私これ好き』って友達と話してたら、スープたくさん入れてくれた。」
SC「おお。」
Cl「あと、休み時間に教室の中で移動する時にすれ違って、いつもは通せんぼしたり、わざとぶつかってきたりするのに、向こうがどいてくれた。」
SC「へぇ~、すごいね。こんなに早く2つも見つかるなんて。150点あげちゃう。スープ多く入れてくれたときはありがとうって言った?」
Cl「言ってない。」
SC「そっか、まあ教室に帰ったら『スープありがとうね。おいしかったよ。』って言えたら200点だね。また、来週も相談室に来て教えてね。」

 この日を境に、女子児童たちとAくんのトラブルは激減した。

 後から、担任から伺った話ですが、以前はA君のいるところで女子児童たちはA君をチラチラ見ながらA君に聞こえるような声の大きさでわざわざA君の悪口を内緒話のようにしたり、すれ違う時に「さわらないで、シッシッ!」などと、A君を露骨に避けるような態度をとっていたそうです。その態度に対して、A君はイライラして「なんでそんなことするんだよ」などと女子児童たちに怒りをぶつけ、女子児童たちが「あなたに関係ないでしょ、こっち来ないでよ!」などと言い返すことでいざこざに発展していたようです。

 観察課題を提案したことにより、女子児童たちがA君を露骨に避けるような態度や、わざとA君を見ながら内緒話をするようなことがなくなりました。それによって、A君も女子児童たちにいら立つことがなく穏やかなにふるまい、A君の穏やかなふるまうことで女子児童たちもA君に言い返すことがなく、穏やかなやり取りになった(別の拘束を与えた)わけです。
このように観察課題を提案するという介入によって相互作用に影響を与えて、今までのパターンを変えることもできるのです。

問題の観察と例外の観察を意識して提案する

 このように観察課題は単なる観察ではなくパラドックスの意味を持つこともあります。つまり、観察という行動によりこれまでの偽解決行動に変化を与えます。したがって、観察課題では「問題場面の観察」を提案しますが、子どもへ観察課題を提示する場合は、単純に例外場面の観察の方がうまくいきます。

 大人の場合は、「問題を回避するための行動」がすでに繰り返され偽解決行動となっていることほとんどです。したがって、「問題場面を観察してきてください」と提案することで偽解決行動に変化を与えることができます。

 雷雨が続いている時期に「子どもが雷の音に異様に怖がる」という母親からの相談があった。母親の話をまとめると「雷鳴が聞こえると子どもが不安がるので、いつも背中をさすったり、『大丈夫だよ』と声をかけるが、安心するどころかどんどん怖がってしまうようだ」とほとほと疲れ果てた様子で語った。担任の話したところ、学校での授業中や登下校中の雷は平気で、怖がるのは家にいるときだけだという。

 カウンセラーはこれまでの母親の子どもに対する対応について肯定し、次のように伝えた。

 「お母さんが背中をさすったり、安心させるような声かけはお子さんにとってとても良い対応であり、何もしなかったらもっと怖がって不安定になっていたはずだ。お母さんが適切に対応しているからこそ、お子さんは怖がりながらも生活ができている。」

 母親は「いやいや、そんなことありません。まだまだ子どもにかかわるのが足りないようで……。実家からは『もっと愛情をかけてあげなさい』と言われます。でもこれ以上どうすればいいのか、こんなに子育てが大変だなんて」と首を横に振った。

 カウンセラーは「いえいえ、充分すぎるぐらいお子さんに接していますよ。一回実験をしてみましょう。今度雷が鳴った時にお母さんが背中をさすったり声をかけたりせずに、トイレに行くなどしてお子さんの側を離れてみてください。そして、お子さんが何分ぐらい怖がるか、時間を計ってみてください。なるべく最後まで時間を図ってほしいですが、『もうこれ以上は放っておけない』と思ったら、トイレから出ていつも通りに対応して構いません。その判断はおまかせします」と伝えた。

――数週間後、母親が来談。

 母親によると「あの後、実際に雷が鳴るときにそっとその場を離れて、子どもの様子を聞き耳を立てて確認しました。すると、最初は大騒ぎして私のことを探していたのですが、私がいないとわかると、騒ぐのをやめて宿題をやっていました。私がそばにいない方が本人は落ち着くようなので、それ以来、雷が近づくころには少し離れて過ごすことにしています。いまでは、私がいる時に雷が鳴っても驚くようですが、以前のように怖がらなくなりました」とのこと。

 カウンセラーは母親の機転の利いた対応に驚嘆のメッセージを伝え、「でも、子どもが無理にガマンしているだけではないかと不安」という母親に、「確かにガマンしているかもしれないので、雷が鳴ってなくてお母さんに余裕がある時に積極的にスキンシップをしてあげてほしい」と伝えた。
 それ以後のフォローアップでも新たな問題はなく過ごしていることが伝えられた。

 この事例では、母親の背中をさすったりして安心させようとする偽解決行動に対して、「時間をはかる」ことで変化が生じました。このように観察課題を提案することでこれまでの悪循環自体に介入できる場合もあります。

 同様の観察の使い方が、第12回で紹介した事例にも登場しています。その事例では、兄弟の不仲を相談に来た母親に「どれが『わざとのケンカ』で、どれが『本当のケンカ』なのか」を当ててもらうために観察してもらいました。この場合も、「本当か、わざとか」を確かめるため、母親の動き(例えば、ケンカしないようにケンカになる前に母親が兄弟を仲裁に入ることで母親の取り合いになり、母親の取り合いから兄弟げんかに発展するなど)が変化したことで悪循環が解消されたのだと考えられます。

まとめ

 前回と今回で観察課題について考えてきました。「様子をみましょう」「見守りましょう」と観察は明らかに違うことがお判りいただけたと思います。

 実際に紹介した事例のように、私もカウンセリング場面では観察課題だけで問題が解決する場合も非常に多くあります。だからこそ、事例検討などで「とりあえず様子を見ましょう」といったその場しのぎの対応を「観察課題を提案しました」と混同されると非常に残念に思っていました。

 拙稿をきっかけに、観察課題について少しでも意識してもらい、何を介入すべきかわからないから「とりあえず様子を見ましょう」と伝えるというような、相談者に失礼なことが少しでも改善されれば幸いです。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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