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巷にあふれる恋愛心理学を検討する:マッチングアプリ篇(東京未来大学モチベーション行動科学部特任講師:仲嶺真) #その心理学ホント?

近年利用が広がっているマッチングアプリは、恋愛を求める利用者を結びつける様々なシステムを提供しています。その一つが、心理尺度による「心」の測定を用いた相性分析です。今回は、マッチングアプリで実施される相性分析をテーマに、「恋愛心理学」と称される知見を読み解く際に注意すべきポイントを、心理学のアプローチで恋愛について研究されている仲嶺真先生にご解説いただきました。

現在、マッチングアプリの利用が広がっています(三菱UFJリサーチ&コンサルティング, 2021)。マッチングアプリとは恋愛や結婚等を目的とした会員同士をマッチングするサービスで、さまざまなものがあります(一例として、IBJマッチングアプリ研究室)。中には、心理尺度(心理テスト)を用いた相性分析を行なっているものもあります。心理尺度とは、性格や態度などの「心」を測定するために一定の手続きを経て作成された質問紙尺度(仲嶺・上條, 2019)のことで、たとえば、パーソナリティのBigFiveを測定する場合は、図1のような心理尺度が使われます(※1)。某マッチングアプリでは、独自に、このような心理尺度を作成し、相性分析を行なっているようです。

図1. BigFiveを測定する心理尺度(小塩他, 2012より許可を得て転載、※1

独自に、心理尺度を作成し、相性分析を行なっている某マッチングアプリ(あるいは、それに類する某サービス)では、その根拠は開示されていません。根拠とは、心理尺度の信頼性・妥当性(その心理尺度で対象とする「心」が一貫して本当に測れているのか)、そしてそれを用いた相性分析の有効性(たとえば、性格Aの人々と性格Bの人々は恋愛関係が長く続きやすいなど)の情報のことです。これらの情報がないため、その心理尺度を用いた相性分析が適切かどうかは判断できないのですが、しかし、少なくとも3つの「その『心理学』ホント?」があります。

1つ目は、「その理論の使い方、ホント?」です。たとえば、BigFive理論は、「あなたの性格」に関する理論ではありません。BigFive理論では、パーソナリティには5つの要素(外向性、協調性、勤勉性、否定的情動性、開放性)があると言われていますが、それは、「あなたの性格は5つの要素から成る」ということではなく、(極めて端的に言えば)「あなたたちの違いを5つの要素(パーソナリティ)から捉えるとわかりやすい」という理論です。たとえば、モレナールら(Molenaar & Campbell, 2009)は、BigFiveを測定する心理尺度を使って、それぞれの人のパーソナリティがいくつの要素になるのかを検討しています。その結果、人々の集まりに対しては、パーソナリティが理論通り5つにまとまる一方で、それぞれの人についてみると、2つ(たとえば、落ち着きのなさと生真面目さ)だったり、3つ(たとえば、わがままさ、丁寧さ、外向性)だったりすることが示されています(※2)。当然、「あなたの性格」もわからなければ、「相手の性格」もわからないBigFive理論では、「あなたと相手の相性」は理論の射程には入っていません。このように、「あなたの性格」および「あなたと相手の性格の相性」の分析・診断を、少なくとも「心理学で有名なBigFive理論」に基づいて実施することはできないと言えます。

2つ目は、「その理論、ホント?」です。たとえば、ラブ(恋愛)スタイル理論では恋愛の在り方を色になぞらえて捉え、社会(西欧社会)においてよく見られる典型的な恋愛の在り方は6タイプあると考えました。しかし、いつのまにかそれが「あなたのラブスタイル」に変質していきます。すなわち、恋愛関係にある人々(主に2者)の関係性の在り方を表す概念であったラブスタイルが、恋愛に対する個人的な態度を表す概念として考えられるようになりました(仲嶺, 2020参照)。このおかしさは、婚姻制度を例にするとわかりやすいかもしれません。婚姻制度には、少なくとも、一夫一妻制、一夫多妻制、多夫一妻制、多夫多妻制があります。これは夫婦関係にある人々の関係性の在り方を表す概念です。決して、どの婚姻制度を志向するかといった個々人の態度を表す概念ではありません。しかし、ラブスタイルではなぜかこのような概念の変質が起こっています(※3) 。そのきっかけを作ったのは、心理学者であるヘンドリックら(Hendrick & Hendrick, 1986)ですので、巷にあふれる恋愛心理学を不可解なものにしている責任は心理学者にありますが、「あなたのラブスタイル」および「あなたと相手のラブスタイルの相性」の分析・診断を、少なくとも「心理学で有名なラブスタイル理論」に基づいて実施することはできないと言えます。

3つ目は、「心理学って、ホント?」です。たとえば、これまでの心理学を批判的に検討し、これからの心理学の在り方を展望する『パフォーマンス・アプローチ心理学』(Newman & Holzman, 1996 茂呂監訳 2022)では、「ある人がどのような人であるかは、その人が何をしたかではなく、他の人々がどのように振る舞ったかで決ま」(p.118を参考に拙訳)り、「今の心理学は、個人に目を向けるといいながらも、個人から目をそらしてきた」(p.120)と指摘されています。また、今のかたちの心理学が成立した経緯について検討したダンジガー(Danziger, 1990)を読むと、心理学が(本質的に自然科学にはなれないにもかかわらず)当時の風潮(自然科学の隆盛と市場の動向)に適応して自然科学を偽装したことが示されています。たとえば、無理のある数量化(※4)や、効率的な管理を促す知識を産出できるというアピール(※5)を行いました。そのような背景も踏まえて、『パフォーマンス・アプローチ心理学』では、心理学は「実用主義に煽られた詐欺あるいはでっち上げとしてのみ理解できる」(p.97)とも言われています。こうやって、「心理学」は、実用主義的に、集団を統制する知識を産出するようになりました。このようにみると、実は「心理学」に基づくマッチングアプリ(あるいは、それに類する某サービス)は(皮肉にも)正しいと言えます。それらは「あなたの恋愛」に関心はなく、利用者たちがいかに多く出会うか(それと同時にいかに利用者たちが増えるか)をコントロールすることに関心があり、「心理学」の興味関心と軌を一にしているからです。

マッチングアプリは、うまく活用できれば、出会いの可能性を広げる素敵なツールです。しかし、「心理学」に基づくサービスや、マッチングアプリを取り巻く「心理学」に基づく情報の多くは、「あなたの恋愛」を豊かにするものではありません。上記で述べた通り、「心理学に基づく」からといって信用できないですし、逆に「心理学に基づく」ものでなくても、深い洞察や考察に基づいていれば信用できるかもしれません。恋愛の心理についてさまざまな角度から考える、本当の意味での恋愛心理学が盛んになるとともに、それに基づいたマッチングアプリが登場することを願っています。そのような恋愛心理学を盛り上げるというかたちで、「あなたの恋愛」が豊かになることのお手伝いを私もできればと思っています。

脚注

※1(編集担当より)TIPI-Jを含めた小塩真司先生作成の心理尺度の使用に関する問い合わせについては、小塩先生の研究室のホームページ、およびこちらの小塩先生のnote記事を事前にご参照のうえ、(必要に応じて)小塩先生までお願いいたします。

※2 このような、人々の集まりでみたときと、それぞれの人についてみたときの差異が、心理学にとってどのような意味があるのかには難しい問題があります。参考として、本特集三枝氏の記事、あるいは、『心を測る』3章をご参照ください。

※3 元々のラブスタイル理論と、個人的態度としてのライブスタイル理論を別の理論として考えれば、個人的態度としてのライブスタイル理論も正当化されうるのではないかと考える向きもあるかもしれません。しかし、たとえば、多夫多妻制で生きる人たちに、「あなたは一夫一妻制を志向しますか?」と尋ねたら、「何を言っているんだね、君は?」と言われるのではないかと思います。そのように尋ねられたら「はい」か「いいえ」かで答えることはできますが、それは「その人がその志向を有する/有さないこと」を意味するものではありません。すなわち、何かしらの回答はその背後に何かがあることを表しているわけではありません。このことから、個人的態度としてのライブスタイル理論に基づいた相性分析はどのような結果であれ、現状は理論的に正しくないと言えます。

※4 ダンジガーは、アルフレッド・ビネの興味深い事例を紹介しています。ビネは、娘のマドレーヌに協力してもらい触二点弁別閾の実験をしていました。触二点弁別閾の実験とは、たとえばコンパスのようなもので皮膚の表面に触れ、その際に接触先の間隔がどの程度であれば「これは二点である」と気づけるかどうかを調べるものです。そのような実験を繰り返しているうちに、マドレーヌは「感覚が少し‘大きい’ときが二点だと思う。一点にしては厚みがあるからね。」と報告しました。これは、「一点」か「二点」かというものが、その場の実験者と被験者とのやりとり(実験状況)によって作られたものであることを表しています。数量化したい(1か2にしたい)という欲が先にあり、それに合わせて経験が報告されるという(目的と方法が)倒錯した事態が起きていたと言えます。

※5 戦争における兵士の選別が代表的な例として挙げられます。

執筆者プロフィール

仲嶺真(なかみね・しん)
Twitter:@nihsenimakan HP:Socio-Psycho-Logy
東京未来大学モチベーション行動科学部特任講師。モチベーション研究所研究員。専門は恋愛論、心理学論。
荒川出版会という任意団体を設立し、「心理学を考えること、心理学を通じて考えること」を実践。「こうしなければならない」という「正解」を押しつけるのではなく、「こうした方が面白いかも」という「正解(仮)」を作ることを心がけて活動している。
URL:https://arakawa-press.hp.peraichi.com

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著訳書

デニー ボースブーム 仲嶺 真(監訳)下司 忠大・三枝 高大・須藤 竜之介・武藤 拓之(訳)『心を測る―現代の心理測定における諸問題―』金子書房

フレド ニューマン・ロイス ホルツマン 茂呂 雄二(監訳)岸磨 貴子・北本 遼太・城間 祥子・大門 貴之・仲嶺 真・広瀬 拓海(訳)『パフォーマンス・アプローチ心理学—自然科学から心のアートへ―』ひつじ書房