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第9回 治療的ダブルバインドのコツ① ~パラドックス介入を使う~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

はじめに

    前回まで、3回連続で1つの事例を通してダブルバインドと治療的ダブルバインドについて考えてきました。ダブルバインドは非常に強力なため、それを問題解決に利用する治療的ダブルバインドもとても効果的です。

    ブリーフセラピーは、いわばダブルバインドセラピーといっても過言ではないというほど、ダブルバインドが非常に重要です。問題の中にあるダブルバインドを見立て、どのような治療的ダブルバインドを仕掛けるべきか検討するのが面接の目的といえます。そして特に治療的ダブルバインドの提案は重要です。なぜなら、治療的ダブルバインドを仕掛けることで、どちらに進んでも肯定的な結果となるため、問題が問題ではなくなります。それによって問題が短期で改善することができるからです。多くの場合、治療的ダブルバインドは逆説的な介入として提案されます。

パラドックス介入

    ブリーフセラピーを少しでも知っている方であれば、パラドックス(逆説的)介入という言葉も耳にしたことがあるでしょう。パラドックス介入の代表的なものを紹介しましょう。

演技課題:抑うつに悩む相談者に「わざと調子の悪いふりをしてください」という主旨の提案をしたり、家族の不仲に悩む相談者に「わざと暴れてください」などと、問題行動をあえて演技させて、偽解決行動に変化を与える

過重課題:不眠に悩む相談者に「いつも以上に長めに起きていてください」という主旨の提案をしたり、パニック発作に悩む相談者に「できるだけ長く」という主旨の提案をして、問題行動を増やそうとすることで、偽解決行動に変化を与える

低速課題:ゴースローパラドックスとよばれることが多く、改善の兆しのある相談者に対して「順調すぎるのでそろそろ疲れが出てきて問題がぶり返してくるはず」「うまくいきすぎているので、この辺で反動が出て状況が悪くなるのが順調な証拠」などと、停滞するようなを暗示することで、停滞すれば「想定通り」となり、停滞しなければ「想定外にうまくいっている」ととらえることで、さらに変化を促進させる。

    基本的には「問題といわれる行動をもっとするように」あるいは「問題を解決してはいけない」と指示するわけです。この指示により、指示通りに問題が存続すれば「経過が順調に進んでいる」ことになり、提案に反して問題が見られなければ「結果的に、問題がなくなったことは良いこと」と、意味づけることができるのです。つまり、「問題が継続してもよい」という奨励と「問題が解消してもよい」という、相反する2つの命令があり、どちらでも奨励される状況になります。「××してはならない」「××しなくてはならない」という、相反する2つの禁止令で身動きが取れなくなる二重拘束のように、どちらに転んでも同じ結果になることは共通していますね。二重拘束の場合はどちらを選んでも否定されてしまいますが、パラドックス介入の場合はどちらに転んでも肯定されることになります。つまり、パラドックス介入とは、ダブルバインドの強力な力を治療に生かしているのです(これを「治療的ダブルバインド」と呼びます)。

    問題が深刻化している場合、その多くは“コントロールできないこと”が問題になっています。「部屋から出てきてほしいのに出てこない(引きこもり)」「落ち着いて過ごしたいのに落ち着かない(パニック)」「眠りたいのに眠れない(不眠)」「仲良くしてほしいのにいつももめる(人間関係)」など、好ましいと考えられる状況とは正反対のような状況に陥っていることが問題の問題たるところです。

    そこで、「いったん問題をもっと出しましょう」というのがパラドックス介入です。つまり、問題と扱われている事象に対して普段は「無くそう」「止めよう」という働きかけによる悪循環を断ち切るため、「もっと増やそう」と働き掛けてコントロールしようという介入です。

    もちろん、問題を悪化させて喜ぶことが目的ではありません。パラドックス介入を行うことで、ダブルバインド状態を作ることが目的です。つまり、

パラドックス介入の通り問題を増やすことに成功した → 問題をコントロールできる状態になった

パラドックス介入に失敗して問題を増やすことが出来なかった → 問題が減少した

    このように“コントロールできないこと”を、治療的ダブルバインドにより“コントロールできるようになること”が、パラドックス介入です。

パラドックスではない治療的ダブルバインドもある

    一方で、”治療的ダブルバインド=パラドックス介入ではない”ことも忘れてはいけません。パラドックスではない、治療的ダブルバインドもあるのです。例えば、本連載の中で、女子高生の言葉をカウンセラーが借りて女子高生に返した事例を紹介しました。あのエピソードは治療的ダブルバインドの例ですが、パラドックス(逆説)的とはいえません。

    このように、パラドックス介入以外でも、治療的ダブルバインドをかけることができると意識しておくことで、女子高生の事例のような介入もでき、治療的ダブルバインドの使いやすさが格段に広がります。

パラドックス介入の実際

    今回はパラドックス介入の典型的なものとして、不眠を訴える小学生からの相談を見てみましょう。

    東日本大震災被災地心理支援での小学生女子(Bさん)からの相談である。夜布団にはいっても眠れず、夜中に目が覚めてしまうという。日中に眠くなることなどはないが、夜中に真っ暗な部屋で目を覚ますのが怖いという。「目をぎゅーって閉じて、寝ようとするのだけれど、ぜんぜん眠れない」という。

    事前情報で、担任からは「東日本大震災後、被災地ではしばらくの間大きな余震が続いた。その揺れがトラウマとなり、不眠の要因になっているのではないか」という情報があった。家庭でも同様の判断をしており、基本的には一人で布団に入るものの、本人が寝付けなかったり、夜中に目覚める時には、子どもの不安を和らげるために、母親が添い寝をしたり背中をさするなどの対応をしていたという。

    震災の大きなショックとその後の余震によって眠れないという訴えです。確かに東日本大震災の後は、大きな余震が幾度となく続きました。11年たった今年(2022年)の3月にもマグニチュード7.4の地震があり、東北新幹線の脱線をはじめ大きな被害が生じました。こんな状況では、確かに不安になって眠れなくなることも理解できます。しかしブリーフセラピーでは、「なぜ眠れないのか(Why)」ではなく「どうやって(How)眠れない状態が続くのか」という継続する仕組みを重視します。余震を止めることはできませんが、不安や不眠を止めることはできるからです。

    「どうやって眠れない状態が続くのか」を具体的に確認すると、本人が目をぎゅーっと閉じたり、母親が添い寝や背中をさするといった対応をしていました。これらの「寝ようとする働きかけ」が結果として不眠を持続させていると見立てました。

    そこで、「寝ようとする働きかけ」を断ち切る介入を考えることになります。睡眠が充分ではない状況でも、日中に眠気が襲うなどの生活への影響がないことも確認していることも大事です。面接の続きを見てみましょう。

    カウンセラーは「意識すればするほど、うまくできないことってよくあるよね。僕も子どものころ運動会で行進する時に足と手の動きがわかんなくなってさ。考えれば考えるほど、混乱して、結局手と足が一緒に動いちゃうんだよ……」と、カウンセラー自身の失敗談をユーモラスに説明した。

    その上で、「うまくいかないときは充分な練習が必要だよ。だから、毎晩3回練習をしよう。いつものように布団に入って寝て、1回起きたら、練習1回終了。そしてまた寝て、もう1回起きたら、練習2回目終了ね。そんな感じで3回練習をして、4回目で本当に眠っていいからね。もし眠れない場合は、練習が足りないからあと3回練習をしてください。練習の途中で疲れたら、そのまま寝ちゃってもいいことにしてあげるよ」と伝えた。

    翌週、学校でBさんに会うと、「あの日からぐっすり眠れるようになったから、寝る練習はしてない」とのことだった。カウンセラーは喜びを全身で表現しつつ「練習やってないのか、惜しかったなぁ~(笑)。この一週間は、たまたまよく眠れたけど、それだけぐっすり眠れたら、今夜からまた眠れなくなるんじゃない?もし眠れない時があったらぜひ試してみて」と伝えた。その後も、毎週学校で顔を合わせたが、特に問題なく過ごしている。担任や家族からも特に新たな訴えはない。

    ここでは、“寝るために起きて練習するように”という課題を出しました。これは、演技課題の1つとも言えます。つまり、不眠に対する「起きること」を演じさせるパラドックス介入です。さらにカウンセラーは「3回練習をして、4回目で本当に眠っていいからね。もし眠れない場合は、練習が足りないからあと3回……」と、多めに指示を出しています(過重課題)。その結果、眠れないと訴えていたBさんは「あの日からぐっすり眠れるようになったから、寝る練習はしてない」と不眠が解消しました。

    翌週に眠れるようになったと報告を受けた際には「この一週間は、たまたまよく眠れたけど、それだけぐっすり眠れたら、今夜からまた眠れなくなるんじゃない?もし眠れない時があったらぜひ試してみて」と、反動で悪くなる可能性を伝えています(Go slow:低速課題)。その上、カウンセラーが喜びを表現しつつも「惜しかったなぁ~(笑)」と練習をしない(起きなかったこと)を残念がりました。このため、もし翌週「やっぱり眠れなくなった(起きてしまった)」となってもこれらの積み重ねにより、短期に問題が解決したのです。

パラドックス介入で失敗するコツ

     問題を訴え、特に不安を抱えている相談者に対して、パラドックス介入を提案するにはコツが必要です。今回も、「無理に寝ようとしないで起きていたら?」と提案することもできたでしょう。実際に「起きていたら?」と助言する場合もあるでしょう。しかし、あまりうまくいきません。ここにブリーフセラピーの難しさがあり、上達するためのコツがかくれています。

    そもそも、相談者は、寝たい(起きていたくない)から相談に来ています。その相談者に「起きていたら?」と提案するのは、少々乱暴です。相談者も「いやいや、起きていたくないから相談に来ているのに」と思うでしょう。その思いを、カウンセラーに伝えるかもしれません。そうするとカウンセラーは「起きていた方が良い理由」を並べて、相談者を説得的なやり取りが行われるでしょう。ブリーフセラピーは「相談者が詳しく知っていて、カウンセラーが何も知らない」という前提を大事にします。しかし、説得すると、どうしても「カウンセラーが詳しく知っていて、相談者が何も知らない」という関係になってしまいます。あるいは、相談者はその場では「わかりました。やってみます」と言いつつ、「このカウンセラーに相談しても無駄だ」と判断して、次回面接をキャンセルし、中断するかもしれません。

    パラドックス介入を失敗させたい場合は、不眠の相談には「起きていたら?」と、家庭内暴力の相談には「殴り返せば?」と、不登校の相談には「家にいれば?」と、ストレートに提案してください。ほぼ確実に失敗します。しかし、成功したい人は、このような短絡的な提案はやめた方が賢明です。

パラドックス介入で成功するコツ

    この事例では、カウンセラーが行進の時に手と足が一緒になってしまうという失敗例を伝えました。これは、カウンセラーが不完全な人間であることをはっきりさせたのです。その上で、以下の4つを伝えました。

・寝るためには練習が必要。
・毎晩3回練習する。
・もし眠れない場合は、練習が足りないからあと3回練習する。
・練習の途中で疲れたら、そのまま寝ちゃってもいいことにしてあげる。

    寝る練習を3回するためには少なくとも2回は起きなければなりません。このように提案すれば「起きること」が「寝ること」と矛盾しなくなります。つまり「寝れないから起きてしまう」という状況を、「寝るために起きる」と変えたのです。

    もう1つ、「練習の途中で疲れたら、そのまま寝ちゃってもいいことにしてあげる」と、もったいぶっているところもポイントです。「練習の途中で寝ちゃってもいいからね。むしろそれが狙いだから」と言ってしまうとパラドックスではなくなってしまいます。あくまで、「寝ないこと」を指示しましょう。練習をせずに寝られた時も単純に喜ぶのではなく、先述の通り、「惜しかったなぁ~(笑)」と練習をしない(起きなかったこと)を残念がるダメ押しが重要です。

まとめ

    今回は、パラドックス介入のコツについて、事例を交えて紹介しました。読者の皆さんには、

・パラドックス介入は治療的ダブルバインドの原理を利用している。
・問題に関して相談者が詳しく知っていて、カウンセラーが何も知らないという前提で進める。
・ただやみくもに反対のことを提案するのではなく、きちんと流れを作って提案する。
・問題が解消される場合でも、勿体ぶって最後まで逆説的に対応する。

    以上のポイントを押さえていただければと思います。
    次回も、治療的ダブルバインドのコツをさらに深掘します。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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