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第12回 治療的ダブルバインドのコツ④  ~家庭内暴力の事例を題材として考える~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

はじめに

 本連載では、ここまでブリーフセラピーの中心となる治療的ダブルバインドについて考えています。第9回では、そもそもダブルバインドについて紹介したうえで、治療的ダブルバインドがなぜ効果的なのかを説明しました。また、第10回第11回では、効果的なダブルバインドがうまく活用するために、よくある失敗として、「創造性の問題」と「現実性の問題」の2つに分けて具体的な事例と共に紹介しました。

 「創造性の問題」については、普段からポジティブリーフレームを自ら考えたり、日常にある(治療的)ダブルバインドを探すことが有効だと考えます。また、「現実性の問題」では、ノンバーバルコミュニケーションに注意を払うことの大切さを指摘しました。

 今回は、1つの臨床事例(許可を得た上でアレンジしてあります)を紹介し、「創造性の問題」と「現実性の問題」をどのように臨床で使っているのかを見ていきましょう。皆さんも、事例を読みながら、「どこがパラドックスに使えそうか」「どのコメントが(治療的)ダブルバインドになっているか」などを推理しながら読んでいただけることをお勧めします。

【事例】息子2人の不仲に悩む母親

 相談者は母親です。小学5年の長男と小学2年の次男がいます。夫婦は数か月前に離婚をしました。

 母親と兄弟の3人家族で過ごしはじめてから、兄弟げんかが絶えず、母親は困り果ててしまい、考えすぎるあまり食欲も無くなり、夜も眠れないといいます。

第1回の面接

 初回の面接で母親は長男を連れて来談しました。軽い自己紹介の後、まず、長男に別室へ行ってもらい、筆者は、母親と話をすることにしました。
母親は次のように言います。

「それまでは、とても良い子で私のお手伝いなどもよくしてくれました。でも、3人で住み始めた途端、いじわるになり、いちゃもんをつけては次男をいじめます。ここ数年、夫婦の問題で子どもを犠牲にしてきた部分もあり、知らず知らずのうちに傷つけてしまったのかもしれません。私としては父親がいなくても寂しい思いをさせないようにとなるべく時間を確保して一緒に遊ぶように努力してきたのですが……どうすればいいでしょうか?」

 母親は、終始ハンカチを握りしめ、涙声で細々と話していました。

 筆者は、忙しい中で面接に来てくれたことに感謝を伝え、ひとり親として仕事をしながらやんちゃな時期の男児2人の子育てをしていることを労いました。そして、別室にいる長男と交代するように伝えました。

 次に、入れ替わりで長男と話しをします。長男は「ママに無理やり連れられてきた。早く帰ってゲームがしたい」とふて腐れている様子でした。筆者は「イヤイヤながらもお母さんに付き添ってきてくれてありがとう。ゲームがしたいにもかかわらずいやいやながら来てくれるなんて、本当にお母さんのことを大切に思っているんだね」と長男につたえました。その後、ひとしきりゲームの話をしました。問題に関する話はほとんどせず、時間になったところで母親を呼びに行ってもらいました。

【介入1】
 母親を相談室に戻したあと、母親と長男を前に、筆者は次のようにコメントした。「(長男の方を向き)お兄ちゃん、今日は来てくれてありがとうね。ゲームをやりたいところをお母さんのために来てくれて、本当にありがとう。おかげでとても参考になりました」次に母親の方を向き「お母さん、(長男は)お母さん思いのやさしいお子さんですね。こんなにしっかりしていることからも、お母さんがしっかりと子育てをされてきたことがわかります」とコメントした。母親は恐縮した様子で、一方で長男は「お母さんって、怒ると怖いんだよ。グチグチグチグチうるさいんだ」と口を尖らせるものの、顔はニヤっと緩んでいた。

【介入2】
 筆者は「そうなのか」と大きくうなずいて、「イヤイヤながら、お母さんについて来たのだから、イヤイヤついでに一つやってほしいことがあるんだ。今からお願いすることは、大人でも失敗するくらいかなり難しいことなのだけど、ぜひ君にやってほしい」と伝えた。

【介入3】
 続けて、「何をするかといえば、この夏休み中に少なくとも3回、わざと弟とケンカをしてほしい。3回は無理な時は、最低1回はわざとケンカをしてほしい。もちろんわざとケンカをするのが3回だから、わざとじゃないケンカは今までどおりドンドンドンドンして良いからね。ただし、暴力はダメ。殴ったり蹴ったりするのは反則です。僕がお母さんに怒られちゃうからそれは絶対にやめてね」と言い、長男がうなずくのを確認する。そして、戸惑っている母親の方を向いて「お母さんは、夏休みに行なわれるケンカのどれが『わざとのケンカ』で、どれが『本当のケンカ』なのか当てて下さい。そして、1ヵ月後にここで答え合わせをします」と伝えた。

【介入4】
 長男は「あいつとケンカするのなんて簡単なんだよ。首筋コチョコチョするだけでムキになって、向かってくるから面白いんだ」と得意げに話す。すると隣に座る母親が「また、あなたは余計なこと言うんだから」と長男の膝を軽くたたいて軽口をたしなめた。
 その様子を見たカウンセラーは大げさに慌てて長男の口をふさぐようなフリをして「ダメだよ、いま言っちゃったら。お母さんにわざとだってバレちゃうじゃん。お母さんにヒントを教えるなんて本当にやさしいんだね。」 とコメントをして、初回の面接を終了した。

 さて、ここまでで何かダブルバインドや治療的ダブルバインドなどに気づかれたでしょうか。もちろん、あくまでこれは面接の一例であり、正解・不正解はありません。しかし私が考えたことをそれぞれ紹介しましょう。

【介入1】について

 筆者は長男に対し「ゲームをやりたいところを(…中略…)本当にありがとう」と伝えています。来てくれただけで、感謝をしているので、もしこの後の介入をやらなくてもすでに来た価値があると意味づけました。これで、介入に対して長男が断りやすくしました。断りやすくすることで、無理やり課題を押し付けるよりも、成功する確率を高めています。

 母親には「お母さん思いの(…中略…)しっかりと子育てをされてきたことがわかります」と伝えました。“このケースでは”、長男が面接に同行したこと自体が母親の子育てを肯定する意味付けに使いました。

【介入2】について

 この時筆者は2つの前置きをしました。
まず、1つは「イヤイヤながら(…中略…)やってほしい」です。これなら、兄が拒否をしても、「そうそう、イヤだよね。だからイヤイヤやってほしいんだ」とその態度を肯定的にとらえることができます。一方で筆者の言葉に反して「全然イヤじゃないよ」となれば、素直に「すばらしい! よろしく頼んだよ」と提案を進められます。

 もう1つは、「大人でも失敗するくらいのかなり難しいこと」という前置きです。これにより、この介入が失敗したとしても、それは子どもの責任でも親の育て方の責任でもなく「難しいことを提案したセラピスト(筆者)の問題」になります。つまり、親子のパワーが落ちることはなくカウンセラーの権威が落ちます。セラピストの権威が落ちることはブリーフセラピーとしてはむしろ好ましいことなので、全く問題ありません。

 どちらの前置きも、素直に受け止めても反発してもOKという治療的ダブルバインドになっていることがお判りいただけると思います。

【介入3】について

 ここで、前回取り上げたリスク管理について触れています。「暴力はダメ。殴ったり蹴ったりするのは反則です」と明確に危険な行動を止めています。その上で、「僕がお母さんに怒られちゃうからそれは絶対にやめてね」と筆者(セラピスト)のためにという理由を付け加えています。これは、面接で浮かび上がってきた「イヤイヤでも母親についてくる」「お手伝いなどもしてくれるとても良い子」という長男の肯定的なイメージを利用して、「セラピストを助けてくれる協力者」にしているのです。セラピストを助けてくれる協力者にするために、母親を退出させての長男との面接のときには、問題の話をせずに信頼関係を築くことだけを目的に会話をしたのです。

【介入4】について

 ここで長男は、弟へのけんかの売り方を説明してくれました。隣に座る母親は少しうんざりした表情で長男をたしなめます。そこで筆者は「お母さんにヒント」とポジティブ・リフレーミングしました。もちろん、このポジティブ・リフレーミングは治療的ダブルバインドになっています。つまり、「お母さんへのヒント」になったことで、長男がいえばいうほど「お母さんたくさんヒントをあげるなんて、とても優しい」となり、ヒントを言わなくなれば「余計なこと言う」という母親の心配事がなくなります。

第2回面接―フォローアップ

 1ヵ月後(夏休み終盤)の面接、母親のみの来談でした。長男は次男と親戚の家に一週間ほど泊まりに行っているとのこと。母親は開口一番「先月、面接から帰った日の夕方から、全くケンカをしなくなりました。夏休みでほぼ1日中一緒にいるので最初はビクビクしていたのですが……だから先生にいわれたわざとのケンカか本当のケンカか見破ることが出来ませんでした……」と申し訳なさそうに話していました。

 以前は母親も子どもたちにもケンカをしないように口うるさく見張っていたそうですが、ケンカがなくなり、今では楽しそうに過ごしているので、あまり構わずに見守っていると言います。夜もゆっくり眠れるようになったとのことでした。その後、半年ごとにフォローアップを行っていますが、特に問題もなく家族3人仲良く過ごしているという報告を受けています。

まとめ

 今回は兄弟の不仲に悩む母親の相談事例を元に、治療的ダブルバインドの使い方を見ていきました。細かい工夫をしていることと、本人の発言や(イヤイヤでも来談しているなど)具体的な事実に基づき、肯定的なフィードバックをしていることが伝われば幸いです。

 個人的には、治療的ダブルバインドを小さい「くさび」のように面接の中に細かく打ち込みながら問題を切っていきますが、大ナタをふるうように一つの治療的ダブルバインドで仕留めるセラピストもいます。この辺りは、ブリーフセラピーを実践する人の中にもいろいろな違いがありますので、いろいろな事例を見ていくと良いと思います。

 ……という訳で、ここまでブリーフセラピーの根幹といえる、(治療的)ダブルバインドを見てきました。次回からは、ダブルバインドを踏まえつつ、ブリーフセラピーの技法を1つずつ取り上げていきたいと思います。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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