第17回 スケーリングクエスチョン ~状況を測るのではなく創る~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー
はじめに
私たちの日常会話では、「以前より、ちょっとよくなりました」「だいぶましになった」などと表現することがあります。日常生活であれば「へぇ~、それはよかったね」程度のリアクションで済むことが多いでしょう。しかしカウンセリング、特に相互作用を重視するブリーフセラピーでは、この「ちょっと」や「だいぶ」が、どのようなことを指しているのか、そしてどのように評価しているのか、きちんと把握しておくことが大事です。この把握を怠るとクライアントとカウンセラーの理解にはズレが生じます。ズレを放置したまま面接を続けることはカウンセリングの失敗につながります。
ブリーフセラピーはコミュニケーション(相互作用)に注目をして問題を解決するアプローチです。よく、コミュニケーションのことをキャッチボールに例えることがありますが、当然ですがコミュニケーションではボールをやり取りはしていません。コミュニケーションでボールの役割をしているのは、情報です。前回・前々回で紹介した観察課題も情報を入手する“だけでなく操作する”ことに大いに役立つ技法でした。
今回紹介するスケーリング・クエスチョンは、より情報を入手し“操作する”ために役立つ技法です。
スケーリング・クエスチョン
スケーリング・クエスチョンはソリューション・フォーカスト・アプローチで紹介された技法です。
基本的には「いままでで、比較的調子の良い時を100点、最悪の時を0点として、現在の状況に点数をつけるとするならば、何点ですか?」といったようにたずねます。数量化しにくい抽象的な事象について、クライアントがどのように受け止めているかを把握するための質問法です。
スケーリング・クエスチョンを紹介したインスー・キム・バーグは1点~10点のスケールを基本として、1点~100点を使うこともありました。私たちが実際に使う場合には、100点満点でも、50点満点でも、10点満点でも構いません。
また、最低点を1点ではなく、0点にしても構いません。スクールカウンセリングなどで子どもに使う場合は学校のテストなどと同じく0点から100点とした方が理解されやすい印象があります。
このようにして、相談者がイメージしやすい物差しで状況をとらえ、漠然としていた問題がより具体的で立体的に見えてきます。使い方はさまざまありますが、私は主に次の4つの使い方をしています。
何を数値化するか
それでは、スケーリング・クエスチョンで、何を数値化するのか? 以下の「高さ」「差異」「自己評価」「解決への進捗」という4つの視点で紹介したいと思います。
①動機づけの高さを数値化する
やる気というのは目に見えないものですで、スケーリングによってはっきりさせます。「やります」「わかりました」「○○したいです」と言っても、それがどの程度なのか、カウンセラーとクライアントの中で共通認識を持つことができます。たとえば、以下のような質問です。
「あなたが問題を解決するために一生懸命やってみようという気持ちはどれくらいでしょう?」
「今回お願いしたことを実際に出来る確率は何%ぐらいかな?」
②差異を明確にするために数値化する
「今より5点アップしたら何が変わるでしょうか?」
「前回から10点下がったのはなぜですか?」
……など、比較的良い時と悪い時の差異に着目した質問をします。この際のコツは、一度満点の状態をはっきりさせた後で、点数を刻んで具体的に聞くことです。やみくもに、5点アップなどを聞くとゴールと同じ答えが出てくることがあります。丁寧に聞くことで、クライアント自身が問題解決のためのスモールステップをイメージすることにも役立ちます。
③自己評価について数値化する
「調子の良い時は100点最悪だった時を0点として、現在何点ぐらいですか?」
「自信に満ち溢れていた当時を100点、一番自信がなかったころを0点として、今は何点ぐらいですか?」
上記のようにクライアント自己の評価を尋ねることもできます。家族カウンセリングや企業でのコーチングなどの時にその面接でクライアントが、「とても状態が悪そうだな、点数低そうだな」と思える場合でも、実際にこのスケーリング・クエスチョンを試すと「(100点満点中)70点」などと高い得点を答えることがあります。そのような時には、「えっ、無理してませんか?本当はもっと低いのではないですか?」などと聞いて誘導してはいけません。クライアントから出た「70点」を生かして面接をすすめていきます。
自己評価をたずねる際に私が気を付けるのは、「最悪“だった”時」「自信が“なかった”ころ」と最悪の状態を過去形で表現することです。このことにより、「最悪だったのは過去=現在はその時と違う」という暗示になります。そのため、クライアントの答えも高値を示すことが多いように思います。
④解決に向けた取り組みの進捗を数値化する
「完全に問題が解消した時を100点として今何点ぐらいですか」
「最初に相談してきた時を0点として、する必要がなくなるのは100点だとすると現在何点ぐらいですか」
…と、進捗を数値化します。特に、社会人にはこの質問がうまく入るように思います。一方で、子どもには答えにくい質問なので、この目的のスケーリング・クエスチョンはあまり使いません。また、10点満点や100点満点にこだわらず、100%で尋ねることもできます。進捗を確かめるという意味でもパーセントの方が答えやすいようです。
パーセントの他にも、よりクライアントがイメージしやすいスケールを使うこともできます。例えば、マラソンが趣味の会社員とのカウンセリングの場合 「マラソンに例えると42.195 kmのうち、今何kmあたりですか」と確認することもできます。また登山が趣味の人には、「今何合目ぐらいですか」と聞くこともできます。野球が好きな人には 「野球の試合でいうと、いま何回あたりですかね」「延長に入らず9回で勝てそうですか?」などと聞くこともできます。
これらの尺度の場合、点数と違って、行きつ戻りつということをイメージしにくいので注意が必要です。10点満点や100点満点であれば「前回面接で、80点まで行けたんですが、いろいろトラブルがあって今回は50点ぐらいに下がってしまいました」などという報告があっても「そういうこともありますよ」と問題なく対応できますが、「前回面接で、(マラソンに例えて)40キロ過ぎた辺りまで来たといったのですが、5キロぐらいに戻ってしまいました」となると、(実際にマラソン経験がある人なら余計に)絶望を感じて場合によってはリタイア(中断)してしまうでしょう。このような一方向のスケールは、進捗を確認する質問に適しており、動機付けの高さや自己評価をたずねる場合には不向きです。
点数を聞くよりも重要な効果
ここまで書いたように、スケーリング・クエスチョンは漠然としている事柄について、数値化することで変化を見えやすくする効果があります。しかしながら、私がスケーリング・クエスチョンの効果で一番助かっていることは、スケーリング・クエスチョンを提示することで「最悪の時」と「良かった時」があり、常に変化していること。そして、大概の場合(最低点を答えなければ)、今は最悪の時よりはマシであることを暗示する効果です。
「最悪の時よりはマシですよね」などと乱暴な質問をしたら、「今もとてもつらいです」とか「カウンセラーがわかってくれない」と思われるでしょう。しかし、スケーリング・クエスチョンを入れるだけで、「変化の途上にある」という共通認識で会話をすすめることが出来ます。もし、最低点を答えたとしても、無理なく話をすすめることが出来ます(詳しくは第19回で紹介します)。
今回は、個人に対してスケーリング・クエスチョンの狙いを紹介しました。スケーリング・クエスチョンは家族や学校・会社など複数の関係者の中で使うとより効果的です。
次回は、システムへのスケーリング・クエスチョンの活用方法についてご紹介いたします。