見出し画像

他者のサポートと自分の安定を両立するために(子育てカウンセリング・リソースポート代表:半田一郎) #こころのSOS

身近な人から深刻な相談を受けたとき、私たちはついつい相手の期待に応えようと努力してしまいます。しかし、それが行き過ぎるとこちらの負担感が強くなり、かえって相手を支えるのが難しくなってしまいます。自分を大切にしながら相手をサポートするには、どうしたらよいでしょうか。半田一郎先生にご解説いただきました。

 身近な人からのSOSあったときに、その人をサポートすることは、自分自身にとって様々な負担が生じます。サポートのためには、時間も必要です。交通費がかかることも多いと思います。また、ちょっとした買い物や食事の費用も必要になるかもしれません。そういった現実的な負担だけではなく、心理的な負担も大きいものです。誰かをサポートするということは、自分のペースではなく、相手のペースに合わせることが必要です。それだけでも意外とストレスになって、度重なれば大きな心理的な負担となります。知らず知らずのうちに、その人をサポートすることが心の重荷になってしまうことも珍しくありません。

 こういったことがあるため、どのようにすれば自分の安定を保ちながら他者をサポートすることができるかについて考えてみます。

相手から依存される関係

 上述のように身近な人から相談されたり、頼られたりしたときに、その関係が心理的な負担になることがあります。そういった場面は様々な状況や深刻な状況が考えられますが、ごく単純な場面を例に考えていきます。

 相談を受けているときに、相手から自分の悩みについて「どうしたらいい?」などと具体的な解決策を質問された場面を考えてみます。こういった場合、その悩みは相手の悩みなのですが、自分自身が考えて良い解決策を提案しなければならないという気分になりがちです。しかし、ほとんどの場合、相手が直面しているのは単純な悩みや問題ではなく、解決策が簡単に見つかるようなものではありません。そういった悩みや問題について、自分が考えなくてはならないということは、大きな心理的負担です。

 しかも、「どうしたらいい?」と質問され、それに応えるという状況は、自分は考えていて、相手はこちらの反応を待っている状況になります。相手の悩みや問題であるにもかかわらず、相手自身はそれにはあまり思い悩むのではなく、自分が思い悩んでいるような状況です。相手の悩みや問題が、まるで荷物のように相手から渡されて、自分がそれを持ってその重みに負担を感じている状況です。しかも、その荷物はそのまま相手に返すわけにはいかず、何らかの解決策といっしょに、つまり荷物を少しは軽くして相手に返さなくてはならい状況なのです。

 この状況は相手から依存されている状況だと言えます。また、相手の荷物を軽くして返さなくてはならない状況だという点では、相手から支配されている側面もあります。依存されることが続くと、こちらも疲弊してサポートが続けられなくなってしまいます。しかし、相手の困難や辛い思いを踏まえると、相手の「どうしたらいい?」という投げかけを無視することもできません。反面、解決策を答える(荷物を軽くしてあげる)ことは依存することを助長する側面もあります。また、相手が大きな困難に直面して辛い思いをしていることも放っておけるわけでもありません。身近な人をサポートしようとする時には、このような難しい状況に置かれがちなのです。

 相手のためにも、自分のためにも、サポートを継続できるような関係を保つことが必要なのです。

一緒に協力する関係を持つ

 上に書いたように、「どうしたらいい?」と質問されると、それに対して回答や解決策を応えなくてはならないような気分になります。言わば、荷物を渡されてそれを相手ではなく自分が背負っているような状況になっているのです。

 相手をサポートする関係を保つには、相手が渡そうとしてくる荷物をひとまずは受け取らず、それについて一緒に考えてみることがお勧めです。その荷物を目の前に置いて2人で一緒にながめてみます。その中身を良く見て、さらに内容を仕分けます。そして、もし必要があれば最低限の物を受け取って、相手の代わりにひとまず持ってみるのです。

 具体的に考えます。実際に「どうしたらいい?」と質問された場合には、どうすれば良いでしょうか? すぐに「どうしたらいいか」と解決策を考えるのではなく、ひとまずは自分も相手と同じ姿勢、つまり「どうしたらいいだろうか?」という疑問を持つ姿勢を取ることが大切です。具体的には、「確かに、〇〇のことは、本当にどうしたらいいだろうねぇ・・・。」などと、疑問の内容に応えるのではなく、疑問そのものに同意を示すのです。その姿勢は、相手の直面している問題や悩みを、相手と一緒に並んで眺めているような関係(ともに眺める関係)です。ともに眺める関係については、以下のリンクをご参照ください。

疑問そのものについて一緒にながめる

 そもそも、疑問に答えるためには、疑問そのものを良く理解する必要があります。理解しないまま答えても、見当違いの答えになる可能性が極めて高いからです。少なくとも、その疑問が生まれた背景や何を求めてそれを解決したいのかということを理解することは重要です。それらは、言わばスタートとゴールのようなものです。スタートもゴールも分からないまま、どうしたら良いかを考えてしまうと、全く関係ない場所をスタートして、関係ない場所をゴールとして目指して、そこへ向かう方法(解決策)を答えてしまうことになると思います。

 そこで疑問をそのものをよく理解するために、まずは疑問が生まれた背景を2人で一緒にながめて考えるように投げかけてみることが第一歩です。例えば、「どんなときに、特にそう思うの?」などと、聞いてみることができます。どんな場面で、「どうしたらいいんだろう」と迷うのかが分かれば、その時の辛さや困惑が詳しく分かる可能性があります。

 さらに、どこへ向かおうとしているのかというゴールを一緒にながめるように投げかけてみることも大切です。例えば、「どんなふうになったらいいんだろうねぇ・・・」「どんなことが起きたらいいんだろうね・・・」などと投げかけてみることができます。「こういうことが起きてほしい」「こうなってほしい」などということが分かれば、そこからゴールを明確できるのではないかと思います。

 実際、スタートとゴールが明確になれば、ゴールまでの手段や方法は自ずと絞られてきます。それらを相手と一緒に2人でながめながら考えれば、良いアイディアが見つかる可能性が高いと思います。そういったやり取りの中で、相手からの具体的な要望と現実的な必要性があれば、その事について具体的な手助けをする場合も良いと思います。

バウンダリー(境界線)を守る

 人は誰でも自分自身の歴史や体験をとおして生まれてきた「自分」というものを持っています。「自分」とは、自分自身の体、自分自身の心、自分自身の世界、自分自身の時間など、様々な側面でまとまりを持っています。それは、他人とは違っていて、自分のオリジナルで自分自身のものです。

 人と人が関わり合うとき、その自分の「自分」と相手の「自分」のどちらも大切です。自分の「自分」と相手の「自分」の両方に大切にするには、相手とのバウンダリー(境界線)を守ることが重要です。

 例えば、身体的な暴力は同意なくバウンダリーを越えて体に影響を与える行為です。暴言もバウンダリーを越えて心に影響を与える行為です。様々なハラスメントも全て同じです。つまり、広い意味の暴力はバウンダリーを越える行為なのです。また、暴力ではなくても、同意なくバウンダリーを越える行為は相手を傷つける不快にさせる行為で、現代社会では許容されません。

 しかし、相手を傷つけるような行為ではなく、相手を助けようとする行為でもバウンダリーを越えることがあります。例えば、相手にアドバイスをしたり、考え方を変えさせようとすることは、相手のバウンダリーを越えています。反対に、相手の代わりに考えること、相手の代わりに実行することなどは自分のバウンダリーを越えて引き受けてしまっているのです。

 心のSOSがあって、相手をサポートしようとするときにはバウンダリーを越えてしまいがちです。相手は、SOSの状況に直面して自分のバウンダリーを守る力が弱くなっています。また、相談内容やそれに対するサポートも内面にかかわることが多いので、自然とバウンダリーを越えてしまいがちです。バウンダリーを越えてサポートすることが続くと、相手はこちらに頼ったり任せたりするような事が多くなります。こちらもサポートすることに負担感を感じるようになります。そのため相手に対して怒りを感じるようになることもあります。こういった負担感は無理も無いことなのですが、負担感が大きくなると相手を否定したり、関係を断つようなことも生じがちで、相手にも自分自身にも悪影響があるのです。

 そのため、相手のバウンダリーも自分のバウンダリーも守りながら、相手をサポートすることが大切です。実は、上述の「ともに眺める関係」は、同じテーマを一緒に考える関係で、バウンダリーを守りながら関わりつづけやすい関係です。会社のプロジェクトなどで同僚と一緒にアイディアを出し合って、役割分担をするような関係と同じなのです。

 相手をサポートする場合も、相手の悩みや問題を引き受けるのではなく、まずは一緒にながめてみて、一緒に考えることがスタートです。そして、相手の要望に応じて同意を得つつ役割分担して手助けをすることが大切だと思います。

【執筆者プロフィール】

半田一郎(はんだいちろう)
公認心理師・臨床心理士・学校心理士スーパーバイザー
1995年から茨城県でスクールカウンセラーとして勤務。2018年に「子育てカウンセリング・リソースポート」を開設。主な著書に『一瞬で良い変化を起こす10秒・30秒・3分カウンセリング―すべての教師とスクールカウンセラーのために』(ほんの森出版)、『スクールカウンセラーと教師のための「チーム学校」入門』(日本評論社、編著)、『子どものSOSの聴き方・受け止め方』(金子書房)がある。

子育てカウンセリング・リソースポートのホームページは以下のURL
https://www.resource-port.net/

関連記事