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第11回 治療的ダブルバインドのコツ③ ~リスク回避をする~(吉田克彦:合同会社ぜんと代表) 連載:家族療法家の臨床ノート―事例で学ぶブリーフセラピー

はじめに

 前回、前々回に続き、治療的ダブルバインドについて解説します。治療的ダブルバインドに基づく介入を提案する難しさについて、1つは「そもそも思いつかない」という「創造性の問題」。もう1つは「現実性の問題」があります。そして、前回の連載では、創造性の問題を克服する方法の一つとして普段からポジティブ・リフレームを考えることが大事だということを、事例を交えて紹介しました。

 今回は、もう1つの「現実性の問題」です。「ダブルバインドはある程度見立てることができた。介入として治療的ダブルバインドも想像できた。しかし提案をして状況が悪化してしまうのではないか怖い」という難しさです。

怖さを実感するのは正しい

 まず、最初にお伝えしたいことがあります。治療的ダブルバインドについてある程度想像できるものの提案するのが怖い場合、おそらく、その怖さは正しいでしょう。無理にダブルバインドを提案しないで正解です。

 例えば、家庭内暴力の事例で「暴れないでほしい」から、暴れないことを意図したパラドックスとして「もっと暴れろ」というような介入を考えられます。しかし、そのままやったのではかなり危険なので、避けた方が良いでしょう。そのような安直な提案はするべきではありません。

 「では、治療的ダブルバインドが使えないじゃないか」「やっぱりブリーフセラピーは役に立たないということか」と疑問を持たれるかもしれません。それは違います。重要なことは、安直にではなく丁寧に提案をすることなのです。この違いを見逃している方が多くいます。

 第9回で不眠を訴える小学生Bさんに対して「寝る練習として起きる」という提案をしました。「寝れない」と訴えるので、「寝ない=起きる」という課題です。あの事例でも、カウンセラーが自らの行進の失敗を例に練習の大事さを伝えるなど、下地作りを丁寧に行ったからこそ成功しました。下地作りをせず、ただ単に「どうせ眠れないなら寝ないで起きてれば?」というだけでは、Bさんの不安を増幅させるだけだったでしょう。

なぜ安直な考え方になってしまったのか?

 ブリーフセラピーの魅力を伝えようとして、時には「家庭内暴力の子に『もっと暴れろ』とか提案することで、家庭内暴力がピタリとなくなったりするのです」などと単純化して伝えてしまうことがあるからです。他にも「不登校のお子さんに登校刺激ではなく『学校を休みなさい』というといいよ」、あるいは「反抗期のお子さんに『もっと反抗しろ』というと、ダブルバインドにかかって反抗しなくなります」といった説明を私も日常的に使ってしまいます。ここは私も大いに反省するところでもあります。

 これらの説明を受けると「そうか、ただ反対のことを言えばいいんだ、じゃあ早速やってみよう」と実践(しようと)して、失敗を経験するのです。ここにはノンバーバルなサインや語用論(詳しくは第2回参照)の視点が抜け落ちているのです。

 前回(第10回)で、日常にある治療的ダブルバインドとして、一升餅の例や、恋人に振られたときのなぐさめ言葉などを例にしました。「身近=簡単」ということではありません。身近にある細かな工夫に気が付くことが大事です。恋人に振られたときのなぐさめも、スマホでゲームをしながら視線も合わせずに伝えても、逆効果でしょう。言葉選びはもちろんのこと、視線や表情などノンバーバルもすべてがそろって初めて成立するのです。一升餅の説明文も毛筆体で書かれていることに意味があり、もし鉛筆でなぐり書きされていては、不快感など、全く違う拘束を与えてしまうでしょう。

治療的ダブルバインドの失敗例

 治療的ダブルバインドは、「とにかく言えばいい」わけではありません。いつ、だれが、どのように伝えるかがとても重要です。この判断がブリーフセラピーの成否のカギであり、上手なブリーフセラピーと下手なブリーフセラピーを分ける決定的な違いだと考えます。そのことについてより詳しく検討するために、2つの例を挙げてみます。

【子どもの不登校に関する相談の例】
不登校の相談があると、登校刺激を与えた方が良いかどうか悩むことが多くある。ブリーフセラピー的には、今まで登校刺激を与えていてもうまくいかないのであれば、登校刺激を止めてみる。反対に、「静かに見守る」という姿勢を貫いていて、登校刺激を与えていない家庭では、登校刺激を与えてみて反応を確かめるというやり方を考えるだろう。

しかしながら、登校刺激を与えていた保護者に「登校刺激を与えずに見守りましょう」と伝えたとしても、うまくいかないことが多い。

 上記について、なぜ、うまくいかないかというと、「保護者が納得していないから」です。納得しないために、言葉では登校刺激を与えないように見えて、表情などの非言語で登校刺激を与えないというメッセージを打ち消している場合が多くあります。

【登校刺激をしなくなったある家庭】
子どもの不登校についてスクールカウンセラーに相談した母親。毎朝、子どもを起こしては、嫌がる子どもに無理やり着替えさせ、勉強の重要性と学校に行く意味をこんこんと伝えているが、子どもは「学校なんか行きたくない」と泣き叫び、結局部屋に閉じこもったまま登校しない日が続いているという。

その話を聞いたスクールカウンセラーは「登校刺激を止めて、静かに見守りましょう」と提案した。

母親は「見守っているだけじゃ子どもは動かない」「何としても学校に登校させたい」とスクールカウンセラーに食い下がったものの、最後には「カウンセラーの先生がそこまで言うのならわかりました」と、見守ることに同意をした。

しかし、1か月後の面接では親子関係が改善するどころか、さらに悪化していることが語られた。

 なぜ、うまくいかなかったのでしょうか。多くの場合は、相談者(この事例では母親)が納得していないことによる、言葉と態度の不一致が大きく影響しています。例えば、登校刺激を止めるように言われた母親の1人は翌日から確かに子どもをたたき起こして「学校に行きなさい」ということは一度ありませんでした。

  母親面接で朝の様子を詳しく聞いたところ、子どもをたたき起こさない代わりに、毎朝子ども部屋のカーテンをわざわざ大きな音を立てながら開けました。そして、カーテンを束ねながら、寝ている子どもを見ずに「あ~ぁ、カウンセラーの先生が言うなっていうから言わないけどさ、いつまで寝ているんだろうねぇ。もう、どうなってもお母さんは知りません」と吐き捨てると、大きなため息をつき、子ども部屋のドアを音を立てて強く閉めて出ていきます。そして、廊下でもブツブツと何か独り言を言うのでした。
母親のカーテンをうるさく開けて、ため息をつき、吐き捨てるように独り言を言って部屋を出ていくという一連の行動は、子どもにとっては紛れもない“「登校しろ!」という刺激”として伝わります。その結果、今までは親子の接触できましたが、直接言及しにくいダブルバインド状態になり、さらに親子関係が悪化したのです。

 このように、雑な提案をすると、治療的ダブルバインドの効果が発揮できないだけでなく、病的なダブルバインドになることもあるのです。

リスクを回避するために

 もし、上手にブリーフセラピーを実践している人であれば、今回のような事例での母親の登校刺激への介入については、もっと慎重に進めることでしょう。場合によっては、朝のやり取りではなく、昼間の過ごし方など別の場面に介入するかもしれません。もし、朝の登校刺激を止めさせる介入をする場合でも、例えば、「朝、学校に行く働きかけを一度やめて、見守る日を作ってもらえますか」と軽く提案から入るでしょう。そして、同意を得た上で「見守るって言っても、ついつい部屋のカーテンをうるさく開けたり、寝ている子供に聞こえるように独り言で嫌味を言ったりする親御さんもいるんです。それをやってしまうと大きなマイナスなので、注意してください。もし、独り言を言ったりするぐらいなら、無理に見守ることをせずに今の朝のやり取りを続けて構いません」などと提案をするかもしれません。その上で、別な切り口から介入を考えるでしょう。

提案=相談者の否定にならないように

 先ほどの不登校の相談の朝の登校刺激に関するやり取りでもそうですが、一番大事なことは、新たな提案が相談者(この場合は母親)の否定にならないようにすることです。母親の登校刺激を止めさせることは、母親に対して「あなたの対応は間違っています」というメッセージになることがあります。ブリーフセラピーでは、“問題に対して相談者が一番詳しくて、カウンセラーは無知である”というスタンスで接します。相談者の問題解決に向けた努力が、他者からは不毛に見えるかもしれません。それでも、相談者のこれまでの努力を労い、経緯を尊重する態度が欠かせません。

 この態度を持ち続け、積極的に相談者に伝えることで、これまでと違う行動を提案したとしても、すんなりと受け入れてもらいやすくなります。

まとめ

 今回は、治療的ダブルバインドのコツとして、リスク回避の重要性を取り上げました。

 例えば、家庭内暴力の相談で「もっと暴れろ」と言ったり、希死念慮の相談で「もっと考えなさい」とストレートに提案することは倫理的にも問題であり、かなり慎重に取り組む必要があるでしょう。

 人間は言語と非言語で異なるメッセージを受け止めることがあります。したがって、逆のことをすればいいという提案でも、言語面で提案に沿っていても非言語面で提案に反する場合が多くあります。

 相談者に新たなことを提案する際には、相談者のこれまでの取り組みの否定と受け取られないように、相談者に対する労いや尊重する姿勢が必要です。

 次回は、兄弟の不仲に悩む母親の相談事例を元に、治療的ダブルバインドの実例を紹介します。

執筆者プロフィール

吉田克彦(よしだ・かつひこ)
合同会社ぜんと代表。精神保健福祉士、公認心理師。福島県出身。大学在学中に不登校や引きこもりの問題を抱える家族支援を目的としたNPO法人を立ち上げる。その後、スクールカウンセラー(小学校・中学校・高校)、東日本大震災被災地心理支援、一部上場企業の企業内カウンセラーなどを経て、定額制メールカウンセリングサービスと企業向けメンタルヘルスサービスを提供する合同会社ぜんとを設立し現在に至る。研修や事例検討会のスーパーバイズはのべ500回を超える。

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