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概念と将来予測と就活と(早稲田大学文学学術院教授:小塩真司)#誘惑する心理学

就活場面で「コミュニケーション能力」、「主体性」などの能力はなぜ重視されているのでしょうか?
就活場面の例から、そもそも概念とは何か、概念と将来予測の関係、概念を用いた将来予測において起きうる問題について、小塩先生にお書きいただきました。

企業が大学生の新卒採用を行う際に,特に重視する内容として昔からよく挙げられるのが「コミュニケーション能力」や「主体性」です[i]。これらの内容がどのようなものであるかについて考えていくことは,なかなか厄介なことです。心理学では似たような言葉としてコミュニケーション・スキルがあり,以前から国内外でよく研究が行われています。ただしコミュニケーション・スキルというのは,効果的なコミュニケーションを行うために必要とされるスキルのことを言います。その内容は,一般的な言語能力に加え,聞いたり読んだりする能力,話したり文章で自分の考えを明確に表現する能力,他者の視点が自分自身の視点とは異なることを受け入れる能力など多岐にわたります[ii]。おそらく,就職活動場面で想定される「コミュニケーション能力」とはずいぶん違う内容をイメージするのではないでしょうか。

さて,就職の際に「コミュニケーション能力」や「主体性」を重視するのは,どうしてなのでしょうか。それは「将来を予測すると考えられているから」です。そのことについて,少し説明してみたいと思います。

概念

「コミュニケーション能力」や「主体性」と呼ばれるものは,一種の概念です。「コミュニケーション能力」という「もの」が実在するわけではありません。身体の中を調べても,脳の中を調べても,「コミュニケーション能力」を司る場所というものはありません。「コミュニケーション能力」と呼ばれるものは,行動や思考,判断や価値観などの特定のパターンに対して名付けられた,一種の抽象的な概念なのです。

心理学で研究の対象となるさまざまなもの,たとえば動機づけ,好奇心,外向性,記憶,知能など,これらもすべて抽象的な概念です。もっと身近なところで言えば,学力や運動能力と呼ばれるものも概念です。

将来予測

そして,これまでの心理学の歴史の中では,ある概念が上手く将来を予測できるということが分かると,その概念の価値を多くの研究者たちが認めていくという流れがあります。

そもそも,知能という概念もそうです。今から100年と少し前,フランスでアルフレッド・ビネ(Binet, A.)とシモン(Simon, T.)が知能検査を開発します[iii]。知能検査の開発は,義務教育の普及によって,授業について行くことが困難な子どもたちを入学前に発見する,スクリーニングの目的が背景にありました。その後,世界中でさまざまな知能検査が開発され,軍隊の徴兵の際にも利用され[iv],教育場面でも生徒たちの知的能力を測定するためとして知能検査が応用されていきます。そしてその中で,知能が高い子どもたちは低い子どもたちに比べて,学業成績も良く[v](そもそも知能検査は就学前に学校の授業についていけるかどうかを予測するために開発されたのですから,予測できて当然なのですが),そして知能は、将来の職業上の成功や収入の多さ[vi],中年期の身体的な健康の良好さ[vii],その後の人生の中において長生きすることすら予測する[viii]という成果が得られました。

知能という概念は,研究の中で「将来に生じる良い結果」を予測することで,その価値を高めてきたとも言えるのです。

知能以外でも

これは知能以外の概念についても同じことが言えます。たとえばBig Fiveパーソナリティの中でも勤勉性(誠実性,Conscientiousness)という特性は,以前はほとんど研究者たちの注目を集めていませんでした[ix]。

しかし1990年代に入ると,勤勉性の高さが学業成績[x],職業パフォーマンス[xi],健康な睡眠[xii],飲酒・喫煙・違法薬物などの使用の少なさ[xiii],そして長生きをすること[xiv]と,次々と社会的に良好な結果を予測する研究が報告されるようになっていきます。このことで,勤勉性という概念は一気に「良い特性」であり「社会にとって必要な特性」だと考えられるようになっていきました。

これは,21世紀に入ってから研究が始まり,現在では多くの人が知ることになっている概念のひとつであるグリット(Grit)でも同様です。グリットは,長期的な目標に対する忍耐力や情熱,興味の持続などを特徴とする心理特性です。そしてこの概念を提唱したダックワース(Duckworth, A. L.)は,グリットを測定する心理尺度を構成するとともに,学校段階の高さ,大学の成績(GPA;Grade Point Average),スペリングコンテストの成績などを測定されたグリットが予測することを示しました[xv]。

他の概念でも同様です。心理学の研究が行われる中で生き残り,多くの研究に影響を与える概念というのは,社会の中で「良い」とされる結果を予測できることがひとつの条件のように思えるのです。

就活場面でも

これは,就活の場面でも同じです。もしも「コミュニケーション能力」や「主体性」といった概念が,将来の結果を上手く予測できるようであれば良いのです。就職活動をしている段階でこれらについて測定を行い,得点が高い応募者の方が低い応募者よりも実際に入社後のパフォーマンスが良好であることが確認できれば良い,ということです。あるいはこれらの観点から選抜を行ったときに,より入社後に活躍するということが確認できれば良いのです。ただし,選抜から漏れていれば入社してきませんので,比較することはできないわけですけれども。

この話そのものはシンプルなものです。入社時に判断の材料となったものが,実際に上手く将来を予測することができればいちばん良い,という考え方です。それがコミュニケーション能力であろうと,主体性であろうと,知能であろうと学力であろうとグリットであろうと,どれでも良いのです。ポイントは,将来の良い結果を予測することができるかという点にあります。

予測できれば良い

この話について考えていけば,次のようになります。予測すべき結果さえ決まっているのであれば,概念すら設定する必要はないのです。たとえば面接の際にとるあらゆる行動を記録して,その行動記録から入社10年後のパフォーマンスを予測できるのであれば,コミュニケーション能力や主体性という言葉を使わなくても構いません。具体的な行動で将来を予測できれば,「コミュニケーション能力が高いから」ではなく「将来成功しそうな確率」をそのまま判断に使うことができるようになります。

以前,就職情報サイトのリクナビが,就活を行う学生の内定辞退予測を行ったことが問題になりました[xvi]。個人情報の扱いや就活生に不利な予測を行うことの倫理的な問題を指摘することができます。

しかし現実に,ネット上の様々な振る舞いや行動記録から様々な結果を予測することは,表に出てくるかどうかやその精度についてはそれぞれでしょうが,現実社会の中でもよく行われていることでしょう。少し検索すれば,AI(人工知能)を利用した退職予測,離職予測サービスを目にすることもできます。これらの予測では,わざわざ抽象的な概念を設定する必要はありません。何らかの情報から内定辞退や退職,離職という現象が予測できれば成功なのです。

概念は何のため

では何のために概念を設定するのでしょうか。おそらく,私たちが納得したいからでしょう。多種多様な行動記録から将来を予測できても,どうしてそれが予測できているのかよくわからないことがあります。「とにかく予測できているからそれで良い」と言えるのですが,しかしそれがなぜなのかが納得できないと,私たちは何となく心地悪さを感じます。

そのあたりに登場するのが,抽象的な概念なのだろうな,と思います。果たして就職活動の中で実施される各種の心理検査の結果は,どのくらい将来を予測することができるのでしょうか。確かに,勤勉性やグリット,そして知能は,将来の良好な結果を予測します。しかし,そこで検出される量(効果量という値で表現されます)は,決して人生を決めてしまうような大きな値ではありません。

「自己理解のために性格検査を参考にする」という人もいることでしょう。しかし,そこで出てきた結果は,確実な将来を予測するわけではないということについて理解しておくことが重要です。

抽象的な概念を設定することで,私たちは自分自身や他者について理解を進めることができます。そして自己理解のポイントは,将来に向けてどのような経路を歩んでいくのかを考えていくところにあると思います。自分自身の性格を知ることには意味があるかもしれません。しかし,その性格だから将来が決定されると考えるのは正しくありません。自分自身について理解したうえで,その情報を豊かな人生のために上手く利用していくことを考えてほしいと思います。

また,人を採用する側にとって,将来予測の確率をより高めていくことは重要な問題です。今後はますます,様々な情報から将来を予測するサービスが開発されることでしょう。しかし,将来の予測は私たちの権利や自由を制限する可能性があるということも理解しておく必要がありそうです。心理検査の結果によって「この人物は問題を生じさせる」と判断することは,果たして適切なのでしょうか。では,心理検査よりも高い精度で,日常生活の様々な行動から将来を予測して判断することについてはどうでしょうか。その予測の参考にされた情報はあくまでも過去のデータに基づくものであり,いま目の前にいる人物から得られたものではありません。そして,その判断に用いられた情報はその判断されている個人のものではなく,それ以外の人から得られたものなのです。将来の予測というのは確定的なものではない,ということを踏まえておくことは重要です。たとえまだ生じていない未来を一定の精度で予測することができたとしても,そこで判断した結果はその人の将来の可能性を失わせることを意味します。そしてそれは,その人物が可能性を失うという問題だけではなく,社会全体においても予想外の成功や,予想もしない場面からの創造性が生まれる芽を摘み取ってしまう行為につながるかもしれません。このあたりについては,さらに議論される必要があるでしょう。

引用文献

[i] 一般社団法人 日本経済団体連合会 (2018). 2018年度 新卒採用に関するアンケート調査結果 https://www.keidanren.or.jp/policy/2018/110.pdf (2023年5月16日アクセス)
[ii] American Psychological Association (2023). APA Dictionary of Psychology https://dictionary.apa.org/ (2023年5月16日アクセス)
[iii] Wolf, T. H. (1973). Alfred Binet. The University of Chicago Press. (T. H. ウルフ 宇津木保(訳) (1979). ビネの生涯―知能検査のはじまり― 誠信書房)
[iv] Yoakum,C.S.,& Yerkes,R.M.(1920). Mental Tests in the American Army. London:Sidgwick and Jackson.
[v] Lozano-Blasco, R., Quílez-Robres, A., Usán, P., Salavera, C., & Casanovas-López, R. (2022). Types of Intelligence and Academic Performance: A Systematic Review and Meta-Analysis. Journal of Intelligence, 10(4). https://doi.org/10.3390/jintelligence10040123
[vi] Strenze, T. (2007). Intelligence and socioeconomic success: A meta-analytic review of longitudinal research. Intelligence, 35(5), 401–426. https://doi.org/10.1016/j.intell.2006.09.004
[vii] Wraw, C., Deary, I. J., Gale, C. R., & Der, G. (2015). Intelligence in youth and health at age 50. Intelligence, 53, 23–32. https://doi.org/10.1016/j.intell.2015.08.001
[viii] Calvin, C. M., Deary, I. J., Fenton, C., Roberts, B. A., Der, G., Leckenby, N., & Batty, G. D. (2011). Intelligence in youth and all-cause-mortality: systematic review with meta-analysis. International Journal of Epidemiology, 40(3), 626–644. https://doi.org/10.1093/ije/dyq190
[ix] Tough, P. (2016). Helping children succeed: What works and why. Houghton Mifflin Harcourt. (タフ, P. 高山真由美(訳) (2017). 私たちは子どもに何ができるのか―非認知能力を育み、格差に挑む 英知出版)
[x] Poropat, A. E. (2009). A meta-analysis of the five-factor model of personality and academic performance. Psychological Bulletin, 135(2), 322–338. https://doi.org/10.1037/a0014996
[xi] Barrick, M. R., & Mount, M. K. (1991). The Big Five personality dimensions and job performance: A meta-analysis. Personnel Psychology, 44(1), 1–26. https://doi.org/10.1111/j.1744-6570.1991.tb00688.x
[xii] Duggan, K. A., Friedman, H. S., McDevitt, E. A., & Mednick, S. C. (2014). Personality and healthy sleep: the importance of conscientiousness and neuroticism. PloS One, 9(3), e90628. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0090628
[xiii] Bogg, T., & Roberts, B. W. (2004). Conscientiousness and health-related behaviors: a meta-analysis of the leading behavioral contributors to mortality. Psychological Bulletin, 130(6), 887–919. https://doi.org/10.1037/0033-2909.130.6.887
[xiv] Martin, L. R., Friedman, H. S., & Schwartz, J. E. (2007). Personality and mortality risk across the life span: The importance of conscientiousness as a biopsychosocial attribute. Health Psychology, 26(4), 428–436. https://doi.org/10.1037/0278-6133.26.4.428
[xv] Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101. https://doi.org/10.1037/0022-3514.92.6.1087
[xvi] リクナビの内定辞退予測問題って何が悪いの?問題の概要を就活生向けに分かりやすく解説 https://unistyleinc.com/columns/697(2023年5月19日アクセス)

執筆者プロフィール


小塩真司(おしお・あつし)
早稲田大学文学学術院教授。専門はパーソナリティ心理学,発達心理学。人間の心理学的な個人差特性と適応や発達,尺度構成に関する研究を行っている。
研究室:https://www.f.waseda.jp/oshio.at/
noteページ:https://note.com/atnote
Twitter: https://twitter.com/oshio_at

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