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主なきホテル(著述家・編集者・写真家:山本高樹) #流離人のノート 第10回

 二日以上の旅に出れば、誰もがほぼ必ず、宿に泊まる。すべての夜を夜行の列車やバス、船、飛行機で過ごすとか、自分の車で寝るとか、キャンプ場でテントを張るとか、あるいは野宿をするという人も、中にはいるかもしれないが。
 僕自身、これまでの旅の中で、それなりにいろんな種類の宿に泊まってきた。予算がいつもかつかつなので、高級なホテルに泊まった経験は、あまりない。以前、ある国の観光局が主催するメディア向けツアーに参加した時、豪華なホテルの部屋をあてがわれたのだが、広すぎる部屋にどうにも馴染めなくて、部屋の隅に自分の荷物をちんまりとまとめて過ごしていた。手頃な料金の部屋の方が、正直言って、ほっとする。
 海外での一人旅を始めた二十代の頃は、安いドミトリー(多人数の相部屋)の宿やユースホステルがあれば、迷わずそこに泊まっていた。初めてドミトリーに泊まったのは、上海の浦江飯店でだったと思う。百七十年以上もの歴史を持つ建物が、紆余曲折を経て、当時はバックパッカー御用達の安宿に転用されていた。荘厳な造りの大部屋にずらりと並べられた寝台にそれぞれ陣取った旅行者たちは、これから始まる旅の日々に少し気負っていたのか、みな言葉少なにうつむいていた。浦江飯店の建物は今、宿としての役割を終え、博物館になっているらしい。
 ドミトリーを泊まり歩いた経験は、同じ部屋のほかの泊まり客に迷惑をかけないための所作を身につけるのにも、それなりに役立った。貴重品の管理に神経質すぎるくらい気を配るのは、むしろお互いの信頼関係を乱さないようにするためだった。旅自体が仕事の一部になってからは、管理に気を遣わねばならない撮影機材などの荷物が増えてしまったので、そこそこの料金の個室に泊まることが多くなったのだけれど。
 僕が長年にわたって通い続けているインド北部のラダックでは、宿自体がない村で、普通の民家にホームステイさせてもらう機会も多かった。居間兼台所の隅で、寝袋にくるまって寝泊まりしたことも、何度かある。そういった滞在でも苦にならなかったのは、その家の人たちのちょっとした気遣いや優しさを、直に感じていられたからだと思う。

 米国アラスカ州のアナクトブック・パスで泊まった宿のことは、忘れようにも、忘れられない。
 アラスカ北部のブルックス山脈付近に位置する、ゲーツ・オブ・ジ・アークティック(北極圏の扉)国立公園。アナクトブック・パスは、その広大な国立公園内にある唯一の集落だ。この一帯には、遠い昔からヌナミウトと呼ばれる先住民族が、カリブー(トナカイ)の狩猟をしながら暮らしていた。カリブーの個体数の減少に伴い、いったんこの地域には住民がいなくなったが、二十世紀半ば頃から、再びヌナミウトの人々が定住するようになった。百軒ほどの家屋から成るこの集落で暮らす人々の数は、現在、四百人ほどだという。
 アナクトブック・パスまでは、フェアバンクスから、十席ほどの座席を持つプロペラ機の定期便が運行している。その飛行機に乗って、未踏の原野が果てしなく続くブルックス山脈の上を飛び越えた先で目にした、一本の黒い滑走路と、その傍らにこぢんまりと集まった集落の姿は、今もありありと憶えている。集落の周囲にあまりにも何もないので、どうしてここにだけ、人が……と、訝しく思ったことも。
 着陸後、脇に建物が一つあるだけの飛行場を離れて、僕は集落へと歩き出した。ちょうど通りがかった一人の男性に、「ホテルはどこですか?」と訊く。
「ホテル……? 今はないよ、そんなものは」
 どういうことだろう? あるはずなのだ、ここには。半年ほど前、僕はアンカレジにある日本人経営の旅行会社を通じて、この集落にある唯一の宿、ヌナミウト・キャンプに前払いで予約を入れていた。そこでは寝泊まりだけでなく、朝晩の食事も、併設されているレストランで食べさせてもらえるはずだった。この集落には、食事のできる飲食店は、ほかに一軒もなかったからだ。
 しばらくうろうろと探し回って、ようやく、それらしき建物と看板を発見した。ドアには鍵がかかっている。呼び鈴を押しても、ドアを叩いても、誰も出てこない。すぐ近くの家からたまたま出てきた若い女性に声をかけると、ああ、と言って、暗証番号式のロックを押して、ドアを開けてくれた。
 中に入って、唖然とした。レセプションらしき場所なのだが、床には紙切れやがらくたがめちゃくちゃに散乱していて、文字通り、足の踏み場もない。
「……どういうこと?」
「私は、ここの掃除係だったんだけど……亡くなったのよ、ここのオーナー。何カ月か前に。だから今、この宿は、誰も管理していないの」
 どうやら、僕からの依頼を受けたアンカレジの旅行会社が予約を入れた後、一人でこの宿を経営していたオーナーの男性が亡くなってしまい、僕の予約は宙ぶらりんになっていたようなのだ。
「電気と水は使える状態だから、客室で寝泊まりはできると思うわよ」
 そう言って彼女は、廊下に並ぶドアの一つを開けて、客室を見せてくれた。そこはレセプションよりはややましで、ゴミも散らかっていないし、寝具も一応揃っている。映りの悪いテレビも一台あった。
 廊下沿いには共用のシャワールームもあったが、やはりひどく散らかっていて、まともには使えなさそうだった。トイレはかろうじて、どうにか……という状態。
「……ここには、レストランがあるって聞いてたんですが」
「食堂はあっちだけど、今は無理ね……食事を作る人もいないし」
 廊下を抜けて、突き当たりにある食堂に行ってみる。レセプション以上の惨状で、床もテーブルもどこもかしもも、空のパッケージや包装紙が散らかり放題。オーナーが存命の頃からこの状態だったのか、それとも、亡くなってから、別の誰かによって荒らされてしまったのか……。
「泊まるのはともかく、食事はどうすれば……」
「そこの電子レンジと、隣の湯沸かしポットは、使えるみたいよ。食べ物と飲み物は、村の店で売ってるわ。五時には閉まっちゃうけどね」
 選択肢は、ほかになかった。僕は彼女に礼を言って、村に一軒だけあるという食料雑貨店に走った。閉店三十分前の店内で、ボトル入りの水とジュース、レンジフード、パイナップルの缶詰、ビスケットなどを見繕って、レジに持って行く。
 愛想のいい店員の男性が、品物の勘定をしながら、僕に訊く。
「……日本人? 今日、この村に来たのかい? 誰の家に泊まってるの?」
「ヌナミウト・キャンプを予約してたんですが……誰もいなくて……それで、ここが閉まる前に、食べ物を……」
「ああ、そっか。そりゃ大変だねえ……。何か困ったことがあったら、また、ここにおいで」
 僕は食料の入った袋を抱えて、主なきホテルへと戻った。どうしてこんなことになっちまったんだろう、と、答えの見つからない自問自答をくりかえしながら。

 誰もいない荒れ放題のホテルで一夜を過ごした翌日、天気はよかったので、僕はカメラを手に、人気のない集落の中をぶらぶらと歩き回った。
 集落には、教会、学校、レンジャーステーション、給油所、昨日訪れた食料雑貨店などがあり、その他はほとんどが平屋建ての民家だった。何軒かの民家の軒先には、最近の狩猟で仕留めたらしいカリブーの頭骨が、いくつも無造作に転がっていた。家のそばに駐車されているのは、スポンジのような地衣類に覆われたツンドラや沼沢地を移動するのに欠かせない、太いタイヤを履いたバギーや水陸両用車。人影はごく少なかったが、たまにすれ違うと、誰もが慇懃に会釈を返してくれた。
 妙に印象に残ったのは、集落の中のあちこちにあった、大きなコンテナ型のゴミ箱だ。それらには、一つひとつ異なる言葉が塗料で描かれていた。「ハンティング・トラディションズ(狩猟の伝統)」「ファミリー(家族)」「リスペクト・エルダース(年長者を敬え)」「コンパッション(慈悲)」「ユーモア」……。
 アナクトブック・パスを取り巻く極北の山々や、細くうねりながらツンドラを流れている川の佇まいは、奔放なタッチで描かれた淡い色の水彩画のようで、たとえようもなく美しかった。でも、そんな風景を目の前にしても、僕の心はどうにも落ち着かなくて、貴重なはずの旅の時間に、ずっと入り込めないままでいた。

 アナクトブック・パスに、僕は三日間滞在する予定だったのだが、結局、二日で切り上げることにした。天候がこれからしばらく悪化するという予報をテレビで見たという理由もあったが、何より、あの無人のホテルにわけのわからない状態で寝泊まりし続けるのが、いろんな意味で辛かったのだ。
 食料雑貨店の気の良い店員や、飛行場のスタッフに相談してみたところ、運よく一席だけ、定期便の飛行機に空きがあることがわかった。僕は飛行場のスタッフと交渉して、その便に乗せてもらって、一日早く、フェアバンクスに戻った。フェアバンクスの安いモーテルにチェックインして、部屋に荷物を置き、ベッドに仰向けに寝転ぶことができた時の、ほっとした気持といったら……何と形容していいか、わからない。
 いつかまた機会があれば、アナクトブック・パスに行きたいかと訊かれると、正直言って、わからない。取材などで何か明確な目的ができたら、行く気になるかもしれない。その時には、あのホテルが、別の誰かによってまっとうに切り盛りされていることを願う。
 旅先で、身体と心をいったん落ち着かせることのできる宿があってこそ、人は、旅そのものに思いを重ねていくことができるのかな、と思う。

【著者プロフィール】

山本高樹(やまもと・たかき)
著述家・編集者・写真家。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとザンスカールに長期滞在して取材を敢行。以来、この地域での取材をライフワークとしながら、世界各地を取材で飛び回る日々を送っている。主な著書に『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』『ラダック旅遊大全』(雷鳥社)、『インドの奥のヒマラヤへ ラダックを旅した十年間』『旅は旨くて、時々苦い』(産業編集センター)など。『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)で第6回「斎藤茂太賞」を受賞。

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